第38話:俺と、再びの異界
思い出されるのは、先日の戦でした。
適度に開けた土地をもって、集結する数多のドラゴン。武装した騎手たちもまた同様に集まっており、それぞれの鞍や手綱の手入れに余念がない。
戦場の景色でした。
空戦を間近に控えた、騎手たちの景色である。
と、言うことで。
ついにその時が来たのでした。
異界の森に集結しまして、いよいよ黒竜討伐とそういうことで。
「……」
その騎手の面々ですが、その中には当然娘さんの姿がありました。
今は、槍を手にしておられました。長さは三メートルは超えるだろうか。二十センチほどの穂先が、指の爪先ほどに思えるような長槍である。
くだんの雷封じの長槍なのでした。
娘さんはそれを手にしつつ、何やら思案にふけっているようでしたが。
「……うーん。いつもの釣り槍よりは軽くて扱いやすいけど……慣れる気がしないなぁ」
そしての不安の声でした。はぁ、とため息を一つ。そして、目の前にいる俺に向けて、首をかしげてくる。
「どうかなぁ? 上手くいくかな、これ?」
いざ、空戦を目の前にしてでした。
娘さんは、どうにも不安を覚えておられるようでして。
無理もないはずでした。
今までの成功体験が通用しない相手なのだ。
飛び方が違えば、得物も違う。なかなか自信満々になれないのが当然に違いない。
俺もねぇ。正直、不安しかありません。前回、ボロクソにビリビリにさせられた黒竜が相手ですし。ぶっちゃけ怖いですし。
ただ、弱気を見せたら娘さんを不安にさせるだろうしなぁ。
《うまく いきます》
娘さんには、そう返しておくことにしました。だが、俺の意図が上手くいったかと言えば、
「あはは。ありがとう、ノーラ。そうだよね、上手くいくよね。でも……うーん」
笑みは誘ったものの、安心とはほど遠いようで。娘さんは、眉を八の字にしてうなり続けます。
まぁ、楽観ばかりしていられる状況じゃあ無いからねぇ。しかし、あれです。俺も不安の思いがふくらんできたような。どうなるかなぁ、本当。なんか怖いなぁ。
『うーん』
「うーん」
そろってうなってしまいます。
『アンタら、何やってんの?』
側で座り込むラナがそうツッコんできますが、不安が晴れることは無く。しばしうなり続けてしまいます。そして、
「……なんですか。主従そろって似たような顔をして」
呆れたような声が届いて、うなり続けてはいられなくなりました。
「あ。アレクシアさん」
俺は娘さんの声の方向へと目を向けます。あぁ、本当。アレクシアさんですね。黒竜討伐の立役者であるアレクシアさんは、当然この場にも足を運ばれていたのでした。
槍の穂先の式が、ちゃんと式として機能しているのかどうか。
それを気にされていたみたいで、騎手の人たちの穂先をチェックして回られていたのですが。娘さんの番が回ってきたということなのでしょうか。
「ではあの、お願いします」
娘さんもその辺りに思い至ったようで。槍の穂先に近い部分を掴んで、アレクシアさんに差し出します。どうぞチェックして下さいという感じでしたが、アレクシアさんは不思議な呆れ顔でした。
「けっこうです。なんですか、もう何十度見たか分からないですのに。まだ見て欲しいのですか?」
あー、はい。そうでしたね。
中心戦力ということで、娘さんとクライゼさんの穂先は、アレクシアさんも徹底的にチェックされておられましたので。チェックはもう十分とのことらしい。
「あははは、そうですね。さすがにですねぇ。しかし、でしたら何故ここに? 私かノーラに用事でも?」
確かに、そこは気になるところでして。
その問いかけに、アレクシアさんは娘さんの顔を指差されるのでした。
「その顔です」
「へ?」
「不安そうにしておられましたので。貴女のような名声のある騎手でも、今回のような空戦は緊張されるものなのでしょうか?」
目的は、そんな尋ねかけのようでした。
娘さんは、「えー」と言葉に迷いながらに答えられます。
「私名声なんて無いですし、そもそも戦場に出たのは前回が初めてですし。半分素人みたいなもんですから、やっぱり緊張しますよ。でも、今回はクライゼさんも同じじゃないでしょうか? 歴戦のあの人ですが、今回は経験に無いことですから」
俺は首を伸ばして、思わずクライゼさんの姿を探しました。
クライゼさんは、騎手の間を歩き回っているようでした。ベテランらしく、若手の騎手などに声をかけながら、緊張の緩和に努めておられるようですが……確かに、前の戦の時と比べますと、表情はやや強張っているように見えますような。
「……なるほど。でしたら、皆さんが緊張されているのも仕方がないことでしょうか」
周囲を見回しながらのアレクシアさんでした。
俺もまた見渡します。どの顔にも緊張の色がありました。若手の騎手も、壮年の騎手も変わらずです。
「仕方がないと思います。やはり、異常な空戦ですから」
苦笑いの娘さんでした。
受け入れるしかないと、そんな感じでしたが、アレクシアさんの思いは違うのかな? 眉をひそめながら、周囲を見渡し続けておられます。
「……何か、出来たら良いのですが」
不意にもれてきたのは、そんな呟きでした。
どこか苦しげな目をして、「ふぅ」と息をつかれます。
「私に出来ることはここまでなので。後は騎手の方々にがんばって頂くしかないのですから、今ぐらいは何か貢献したいものですが」
そんな嘆息でしたが……十分のような気はしますけどね。
もともと、縁もゆかりも無かったのに、ここまで協力して下さって。俺としては、後はゆっくりご覧になっていて下さいって気分なのですが。
「アレクシアさん。ありがたいですけど、もう十二分に協力していただきましたから。あとは、私たちに任せて下さい」
娘さんが笑みでそう告げられましたが、ここはアレクシアさんらしいと言いますか。なかなか、そうは納得出来ないようでした。
「出来る限りはしたいのです。カミール閣下であれば、皆さんを鼓舞して回られたかもしれませんが……私はなかなか」
アレクシアさんは心底悔しげな様子でした。そうですねー。アレクシアさんの性格からしても、それはなかなか難しいかもしれませんが……カミールさんですか。あの人、軍神とは呼ばれていますが……しますかね、そんなこと?
「アレクシアさんはもう十分に働いておられると思いますが……カミール閣下であればですか? ……するかなぁ? あの人がそんなことを? うーん」
娘さんも同様の感想を抱かれたようでした。
ですよね。あの人のことをそこまで知っているわけでは無いですが、鼓舞して回るねぇ? そんなイメージは無いよなぁ。
「え? されないのですか? 軍神ですよ?」
アレクシアさんは素直に驚きを露わにされていました。まぁ、そうかもですね。アレクシアさんは戦場には出たことは無いだろうし。実際の軍神の様子を目の当たりにはされていないはずですし。
「あの人、軍神ですけど……そんなことはされていないような。むしろ逆?」
目の当たりにされた娘さんは、そんなご意見でした。アレクシアさんは「え?」と戸惑いを露わにされますが、俺もねー。正直そう思いますよ、はい。