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第37話:俺と、エルダードラゴンへの道、そして

 あのぉ、でした。


 黒竜への対策を話し合っている最中です。娘さんはそんな感じで声を上げられたのですが、しかしまぁ、肩身の狭そうな控えめなアピールでして。アレクシアさんは呆れたような笑みを浮かべられます。


「そんな遠慮がちに意見を主張されなくても。貴女は黒竜に対するための、中心的な騎手なのです。もっと堂々と意見を述べられてもよろしいのでは?」


「い、いやぁ、そう言っていただきありがたいんですけど、大した意見でもなくて……少し、その穂先を貸して頂いてもよろしいですか?」


「はい? えぇ、もちろんかまいませんが……」


 意図が読めないといった様子のアレクシアさんでした。俺も同じでしたが、それはクライゼさんも同じのようで。


「なんだ? 穂先がどうかしたのか?」


「いえ、穂先がってわけじゃないんですが」


 娘さんは、アレクシアさんから穂先を受け取りました。そして、それを手にして、何故か俺を見つめてきます。なにやら、わくわくしているように目を輝かせておられますが、は、はい? あの、その瞳の真意は一体?


「魔術の説明を受けた時から、ちょっと思ってたんですけどね」


 すたすた、と。


 俺の隣に近づいてきた娘さん。そして、ぺたりでした。俺の背中に、穂先の腹をつけてきます。


「えーと、これは風の式……という話でしたでしょうか?」


 娘さんの尋ねかけに、アレクシアさんは首をかしげながらに頷かれます。


「はい。それは風の魔力を練るための式ですが……えー、貴女は何をされているのですか?」


「ノーラだったらって、ちょっと思ったんです」


「はい?」


「あの黒竜が魔術を使えるのなら、ノーラもって思いまして。ノーラは賢いし、何とかこう……魔術とか使えたら、あの黒竜ともやり合えるかなって考えたのですが」


 ほ、ほー。


 娘さん、そんなことをお思いでしたか。俺も似たようなことを思いましたがそんなねぇ? 無理かと。ほら、アレクシアさんも本当、失笑されてますよ、失笑。


「ふふ。まぁ、良い考えだと思います。私も同じことは考えましたから。ですが、時間が問題です。黒竜と再戦するまでに果たして間に合うでしょうか?」


「え、えーと、時間がかかるのは分かっています。でも、万が一っていうのがあるじゃないですか? もしかして、いきなりバァーンって使えたりとか……」


「ふふふ。いえいえ、そんな無茶な。いくらドラゴンが魔術的な生き物だと言われているとしても、そんなそんな。とかく、あり得ません。私がどれだけ苦労して魔術を会得したと思っているんですか、まったく」


 腕組みをして、心底呆れた様子のアレクシアさんでした。まぁ、そうだろうなぁ。賢明なアレクシアさんですら、長い月日をかけて会得されたそうなので。ドラゴンという違いがあるにしても、俺なんかがまさかそんなねぇ?


 でも、娘さんは諦めきれないご様子。


 俺の目前で握りこぶしで、発破をかけてこられました。


「の、ノーラ! アレクシアさんはああ言ってるけどね、ノーラは賢い子だから! ノーラならきっと出来るから! お願い! がんばって!」


 え、えーと、何が娘さんをこうまで駆り立てているのか。分かるような、分からないようなでした。さきほど、すっごく目を輝かせておられましたので、多分、純粋な興味とか、えーと、ロマン? そんなものを抱いておられるような気もしますが。魔術をあやつるドラゴン。ちょっと、エルダーな感じがして、いい感じですし。


「試すのはいいでしょう。実現出来れば、素晴らしい戦力になりますので。まぁ、無駄だとは思いますが」


 一方で、けっこう辛辣なアレクシアさんでした。


 アレクシアさんの魔術士としての見識が、そんな物言いをさせているのでしょうが、やっぱ無理だよなぁ。でも、娘さんは俺に期待の視線を注ぎ続けていて……試すだけならね。誰にも迷惑をかけないし、やってみようかね。


 で、いっつちゃれんじたいむ。


 俺は背にある式の刻まれた穂先を意識します。この式から魔力の練り方を学ぶ。それが魔術師としての修練らしいのですが……うーん、これは……


「ど、どう? ノーラ?」


 娘さんが期待を露わに尋ねかけてこられてきましたが、どうにも反応のしようがありませんでした。


 分かるような、分からないような。


 そこに異質な感じはあるのだ。何か、俺の知らない論理、メカニズムで成立する何かがある。それは感じるのだが、おぼろげ過ぎて、まったく手応えが無くて……


「式とは、一義的に循環を表すものです」


 アレクシアさんでした。


 期待感など何も無いようで、冷めた目で俺を見つめておられますが、本当優しい人なんだろうね。思わず手助けをしたくなられたようで。


「その式にあるのは、風の魔力を作るための手順であり、それが真円を通して無限に繰り返されています。その繰り返し……循環があることを意識出来れば、魔術を会得するための大きな手がかりになるはずですが」


 そんなご助言でしたが……うーん、分からん……こともない?


 あ、ちょっと分かってきました。


 確かにそんな感じがします。一秒に何回とかそんなレベルじゃないほど速いけど、確かに繰り返されてる感じがする。特定の手順が、無限に繰り返されている。その手応えが感じられる。


 うん、分かってきました。


 似たような感覚を俺は知っていた。ドラゴンブレス。それを吐こうと思った時には、こんな感覚をいつも味わっていたような。


 ただ、細部と言いますか、循環にある過程のようなものは、かなり違っているようでして……うーん、こうか? 式にある過程を、自分の中で再現出来るよう努力してみる。それは本当感覚的で、おぼろげで、ほとんど手応えの無い試行でしたが、でも目的に近づいているような、そんな実感はあり……


 えーと、こんなものかな?


 体内で風の魔力を練り続ける。多分、出来てる。式と同じような過程が、体内で繰り返されている。


 で、どうすればいいんでしたっけ?


 ドラゴンブレスだったら、本当意識せずにボォーなんですが。風よ吹けーなんて、それでいいのかどうか。


 一応試してみる。だが、不発。となると、如実に想像するだっけ? それをやってみる必要があるわけで。


 風、ねぇ。アレクシアさんは雷と並べて、行使するには不合理なものとおっしゃっていましたが。想像しにくいとかが理由だったようですが、俺としてはねぇ。そこまで想像しにくいものとは思えませんが。


 風はけっこう見てきましたからね。


 飛んでいる時には、それこそ如実に見えるのでした。秋なんかはまさにそうだ。収穫の秋。緩やかにたゆたう黄金の穂波。風というものを、視覚的に理解出来たものだけど。


 じゃあ、やってみましょうか。


 目前に目を向ける。娘さんは隣にいるわけで、視界の中ではアレクシアさんが興味が薄そうに、クライゼさんは興味津々と言った様子で俺を見つめて来ています。


 その間を吹き抜けるようにね。風の塊が通り抜けるように……こう、えーと……あー、うん。むずい。でも、手応えがないわけでも……ど、どうだ?


「……おい」


 クライゼさんがにわかに目を丸くされましたが、むむ? これは?


「風だが、これは自然のものか? ノーラ?」


 成功してるっぽい? クライゼさんとしては、自然のものなのかどうか、イマイチ判断が出来ていないようですが……ふむ。もっと強くしてみるとか。試してみますかね。


 流れと言いますか、勢いというものを意識してみます。で、結果はと言いますと。


「こ、これは……」


 アレクシアさんが驚きの声を上げられました。手のひらをかざして風を確かめられたりされていますが、うん、成功してるっぽい。大体イメージ通り。アレクシアさんの黒髪が、扇風機の中スイッチぐらいの勢いで揺れていますが、俺の想像通りの光景でありました。


「の、ノーラ!」


 で、娘さんであります。成功と判断されたみたいでですね。俺の首に勢い良く抱きついてこられました。ぐべべ。俺の首も相当丈夫ではあるのですが、まったくの不意打ちでございまして。


 息が止まりました。で、集中が途切れて、風も止みましたが、ともあれ娘さんは俺の耳元で喜びの声を上げられました。


「す、すごい! やっぱり天才だよ、天才! ノーラなら出来るって思ってた! アレクシアさん! これなら、黒竜だってどうにかなるんじゃないですか!」


 う、うおー、めっちゃ喜んでもらってるぅー。


 そのこと自体はとても嬉しかったです。天才って言われて、小躍りしたくなるぐらいに嬉しかったですが……後半はねぇ? ちょっと無理がありますような。


「そんなわけが無いでしょう」


 そして、やはりでした。


 アレクシアさんは、呆れたような口調で冷たく言い放つのでした。娘さんは「へ?」と首をかしげられます。


「え、えーと、そうなのですか? 魔術ですよ? ノーラが魔術を使えたのですが……」


「使えたからなんですか。ドラゴンに乗ることなど誰だって出来ますが、だからと言って、それで空戦を繰り広げられるかは別問題のはずです。そういうことです。分かりますか?」


 まったくもって、その通りですよねー。騎手の娘さんのためといった感じの例え話でしたが、娘さんはすぐに理解に及んだようで。


「……魔術を使えるからといって、それで戦えるかは別問題ということですか?」


「そういうことです。私だって魔術は使えますが、実戦など思いもよりません。魔力を練るところから、魔術として成立させるまでの時間が一秒もかかってしまえば、実戦では使えない。そう言われていますが、ノーラ。貴方はどうですか?」


 一秒かぁ。つまるところ、実戦に出てくるような魔術師はコンマゼロ秒の速さで、魔術を放ってくるということになるのだろう。


 そういう意味では、俺は全然でした。首を横にふります。さっきだって、少なくとも一分はかかっていましたし。一秒以内なんて、はてしなく遠い領域の話だ。実戦で使えそうな手応えはかけらも無い。


「ふーむ。それはまた残念な」


 クライゼさんでした。


 言葉通り、「ふむ」と残念そうに息をはいたりされていましたが。


「あるいは全てをノーラに任せて、私は家で寝転んでいようかと思ったのですが。なかなかそう上手くはいかないようで」


「そんな余地はまるでありません。修練さえ積めば、ノーラはあの黒竜を相手に出来るかもしれませんが、さすがに一朝一夕でそれは難しいでしょう。ノーラ、どうですか?」


 再び尋ねられましたので、今度は縦に頷きを見せます。ここまではすんなり来られましたけど、ここからはちょっと……年単位の努力が必要な予感がぷんぷんします。

 

 アレクシアさんはさもありなんと頷きを返してこられました。


「でしょうね。さすがにそこまでは難しいでしょう。ただ……」


 ただ?


 俺が首をかしげる中で、アレクシアさんは眉間にシワを寄せながらに呟かれます。


「……出来てしまいましたか」


 え、えーと、どうされましたか? 何やら意気消沈されているようですが、え、え?


「あのー、アレクシアさん?」


 娘さんが尋ねかけますと、アレクシアさんは「はぁ」と深くをため息をつかれました。


「……えー、一応ですね? 私がノーラの領域にたどり着くまでに十年かかったんです。それがまさか、こんな一瞬で……努力の価値は平等では無いとは言え、まさかこれは……」


 あまりにヒドイと、そんなことを言いたげなアレクシアさんでございました。


 そ、それはまぁ……はい。心中はお察しします。ただ、気になされなくても良いような気はいたしますが。多分ですけど、これってドラゴンがそういう生き物ってだけの話でしょうし。


「あ、アレクシアさん。ノーラは人間じゃありませんし、あまり比べないほうが……」


 そして、俺のものと似た、娘さんのご意見でした。アレクシアさんも、思うところは同じらしい。悩ましげな表情をされながらも、同意の頷きでした。


「そうですね。その通りだと思います。ドラゴンはそういった生き物なのでしょうね。魔術を学ぶことが出来れば、人間よりもはるかに上達する生き物であると。しかし……あの黒竜もそういうことなのでしょうか?」


 にわかに、アレクシアさんの表情が冷たく引き締まります。


「その辺りが本当に疑問でして。魔術を学べるドラゴンとなると、ノーラのように非常に特殊な個体なのでしょうか? それで、魔術を学んだと。しかし、ノーラは黒竜には持ち主はいないのではないかと言っていて……」


 アレクシアさんは目つき鋭く、言葉を続けます。


「あの黒竜はどこで、誰に魔術を学んだのでしょうか? そもそも、一体どこからやって来たのか。全てが謎です。まるで分かりません」


 その疑問の声は、黒竜の素性に対するものでした。まぁ、ですよねー。俺も疑問に思ってはいます。あの黒竜の素性は本当にさっぱりでして。異常な脅威であることが分かっているぐらいでして。


「ですよね。あの黒竜は何もかもが良く分かりませんね」


 娘さんも同意されまして、クライゼさんも反応を見せます。


「まったくですな。素性が分からず、相手をするにしても何やら気味が悪い。ただ……」


 ただ?


 娘さんもアレクシアさんも、その先に耳をかたむけているようでした。もちろん俺もそうでしたが、次に俺の耳に届いたのはクライゼさんの声では無く。


「クライゼ殿っ!!」


 屋敷の方からでした。


 若い男性の声が、荒い息遣いと共に聞こえてきました。


「ふむ。当家の若衆ですな」


 クライゼさんの告げてきた通りなのだろう。屋敷の方からは、ハイゼ家の者なのだろう、若い男性が駆け寄ってきておりました。


「どうしたっ! 何があったかっ!」


 クライゼさんの叫びに、若い男性は立ち止まって声を張り上げるのでした。


「黒竜ですっ!! サバス領の村が、また一つ焼かれたそうですっ!!」


 クライゼさんは眉をひそめつつ叫びを返します。


「承知したっ! 伝令ごくろうっ! 俺もすぐに屋敷に戻るっ!」


 用件はこれだけだったらしい。ハイゼ家の男性は、頭を下げて、すぐに屋敷に戻っていった。


 そしての、クライゼさんでした。重苦しく「ふむ」とうなり声を上げられます。


「……当家からは逆の方向だったと、喜んでいる場合でもありませんな。これでやられた村は六つ。合わせて百戸以上が焼かれたことになり、被害を受けた領民は少なくとも三百は超えたでしょう」


 クライゼさんは、ガリガリとイラ立たしげに頬の辺りをかかれるのでした。


「戦でも無しに、未曾有の大災害となったわけで。黒竜の素性は気になるところです。ただ……とにかく、早急に討ち取ってしまわねば」


 ただの先はこんな文言だったようでした。


 娘さんもアレクシアさんも、ただただ頷かれるばかりでした。異論なんてあるはずも無ければね、俺も当然頷いて見せます。


 対策はもしかして不十分かもしれないですけどね。


 それでも、ある程度の損害を確保してでも挑まなければならない。


 現在はそのような状況にあるようで。


 なにやら火傷がうずくような感じでした。あまり挑みたくは無い相手ですが……次はアルバもラナもいて、サーバスさんもいれば、クライゼさんも付いてくれている。


 当然、娘さんもいらっしゃるわけで。


 気合を入れてね、挑むとしましょうかね。


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