第36話:俺と、会議後半
「クライゼさんはその、どう思われますか?」
黒竜の雷を封じることが出来るかもしれない穂先。それをいかに黒竜に届かせるのか。
そんな問題を前にして、娘さんは真っ先に熟練の騎手に意見を求めたのでした。
で、意見を求められた当人ですが。クライゼさんにとっても、これはなかなかの難題だったようで。
「……ふむ。槍の穂先だからな。当然槍として使うとしてだが……アレクシア殿。ノーラに出たような効果を上げようと思えば、やはり突き立てなければならないですかな?」
この疑問に、アレクシアさんは頷きを見せられます。
「はい。出来れば、式がある程度埋まるぐらいには」
「……ふーむ。そもそもですが、普通のドラゴンであっても、槍を突き立てるのは至難の業ですからな」
クライゼさんは、そのドラゴンである俺の体を眺めて、言葉を続ける。
「背面は論外。頭蓋も含めて、堅固なうろこに覆われています。槍を刺せるとすれば、それはまず腹側。次いで、喉元、あるいは四つの足の膝裏などになるでしょうが……」
「クライゼ殿でも、難しいでしょうか?」
「まず経験がありませんからな。騎手を落とせば、騎竜は無力化出来る。それが我々の常識なのでして」
「なるほど。それは確かに」
「槍の扱いには慣れている我々ではありますが……ふるい方も違ってきますし、寄り方も相当変える必要があり……かなりのところ難しいでしょうな」
納得のと言いますが、俺も完全に同意でした。
騎手の人たちの仕事って、相手の騎手を引っかけて落とすことだもんね。ドラゴンを狙う仕事でもなければ、その攻める軌道は上方から相手の騎手の迫るものであって。
ドラゴンの腹を狙うような、そんな鍛錬は積んでいないわけであります。なかなかね、急にやれと言われたところで、騎手の人たちもかなり困ってしまうだろうなぁ。
門外漢であるアレクシアさんですが、騎手の事情には理解を示されたようで。
あごに手を当てて、悩ましげな表情をされています。
「……そうですか。ただ、黒竜の雷を封じようと思えば、この手段ぐらいしか無く……逆にお尋ねしたいのですが、それを果たせそうな方はどれほどいらっしゃいますか?」
そしての、そんな疑問でしたが、それはまぁねぇ。その筆頭はと言えば、このクライゼさんですが……はて。そのクライゼさんは、難しい顔をしてにわかに返事が出来ないようですが。
「……ふむ。正直、即答しかねますな。サーリャが苦戦した雷の嵐。その中をかいくぐってとなると、それこそ神域の技量が必要とされる気がしますが」
この返答は俺にとってはかなり衝撃でした。クライゼさんが成し得ないとなると、少なくともこのハルベイユ候領では、黒竜に槍を突き立てられる騎手はいないことになりますが……
「いえ、そこまでの技量はおそらく必要とされないかと」
しかし、アレクシアさんでした。
相変わらず悩ましげな表情をされながらも、ここでは首を横に振られました。
「次回は数はそろえられそうですので。雷が魔術ならば、サーリャさんの前回のようなことにはならないはずです」
「ふむ。その理由をお聞きしても?」
「はい。サーリャさんにお聞きしたいのですが、追いかけていた時と、追われていた時では、雷の威力、精度が違ったはずです。どうでしたか?」
不安げに二人のやりとりを見守っていた娘さんですが、急に名前を呼ばれて驚いたように背筋を伸ばします。
「は、はい! お、追っていた時と、追われていた時の違いですか? ……そうですね。かなり違ったような覚えがあります」
俺にも同じような覚えはありました。
まるで違うとは言いませんが、追われていた時には明らかに精度と威力が増していたような。
アレクシアさんは一つ頷きを見せました。
「であれば、あの雷はやはり魔術なのでしょうね。魔術は如実に想像しきる必要がありますが、まずは見ることが大事ですので。現実をしっかりと把握し、その中に自らの魔術を描ききる。それが魔術を行使する上で、重要なことです」
「へぇ。じゃあ、あの黒竜の雷撃が精度を増したのは、追う側になって、私たちをしっかりと視界に捉えることが出来るようになったからなんですか?」
「おそらくは。逆に、あの黒竜が追われる側だった時には、後ろばかりを見てられなかったでしょうから。それが威力が抑えられていた原因かと」
「なるほど……だからなのですか? 人数がそろっていればという話ですが」
人数が揃っていれば。魔術には現実の把握が大事という話でしたが、確かに人数があれば、そこに影響を及ぼすことが出来るような。
アレクシアさんはすかさず頷かれました。
「そうなるはずです。注意すべき相手が増えれば増えるほど、視界を固定するような余裕は無くなるはずです。魔術を描ききるには集中力も大事ですが、数が多いというのは、集中させずにすむという点においてもこちらに有利に働くでしょう」
そう述べて、アレクシアさんはクライゼさんへと視線を移すのでした。
「ある程度ですが、多勢において黒竜の力を削ぐことが出来るはずです。どうでしょうか? 黒竜に槍を突き立てられるような方に心当たりは?」
ふむ、とクライゼさんでした。
無精ヒゲをなでながらに、すぐさま答えられました。
「期待出来そうなという話でしたら、まずは私でしょうな。そして、サーリャとなるでしょう」
娘さんが表情を引き締めるのを横目にしながら、アレクシアさんはクライゼさんに頷かれるのでした。
「そうですか。他にはおられませんか?」
「傲岸に聞こえるかもしれませんが、ありませんな。実戦に際して被害を少なくしようと思えば、接近戦を挑むのは我ら二人に限るべきかと」
「となると、直接的な攻め手は、クライゼ殿とサーリャさんが。他の方々は、黒竜の集中を削ぐように立ち回る。こうなるでしょうか?」
「それが無難かと。あとは、お前だな。ノーラ」
はいさ。俺ですね、俺。
先の戦のことを思えば、俺の役割は大体予想が出来た。クライゼさんは俺を、次いでラナを見渡してくる。
「前回の再現だな。お前には、黒竜の撹乱をお願いしたい。今回も、ラナには骨を折ってもらいたいが、頼むことは出来るか?」
多分ですが、大丈夫だと思います。本人、やる気満々みたいなので。しかし、それでも一度尋ねかけてみておくとしますか。
『ラナ。さっき言った黒竜と戦って欲しいんだけど、大丈夫?』
この尋ねかけに対して、ラナの返答は『はぁ?』でした。
『何でそんなことイチイチ言われなきゃいけないのよ? 言われなくても勝手に戦うっての。アンタをケガさせたヤツなんでしょ? そのお返しはしてやるわよ』
で、そんなことを述べられまして。
ふ、ふむ。なんかこう、本当にやる気満々ですね。俺の仇討ちみたいな感じっぽいのかな? 正直、くっそ嬉しい。ただ、ラナがケガするような目に会うのは勘弁なので、その辺りのフォローはしっかりしないとなぁ。
『……そうだなぁ』
ここで、意外なヤツが声を上げました。
アルバでした。すでに寝入っているかと思っていたけど、とぐろを巻きながらもまだ起きていたようでして。そして、俺のことをじっと見つめてきていますが。
『アルバ? どったの?』
『俺はどうなんだ? 一人で飛ぶようなことはないのか? 前回と同じか?』
『あぁ、うん。娘さんが乗ることになると思うけど』
『そうか。じゃあ、やれることは少ないだろうがな。お前を痛い目に会わせたヤツなんだ。俺も、精々気張るとするか』
アルバはわずかにだが、目つきを鋭くしてそんなことを言ったのでした。
……なんかなぁ。めっちゃ嬉しい。二体共、めっちゃ情に厚いなぁ。俺もね、ちょっと頑張らないとね。
《らな は だいじょうぶ です あるば も がんばる そうです おれ も そうです》
俺の返答を待っていたクライゼさんに、全部盛りでお伝えしました。クライゼさんは「そうか」とにこやかに微笑まれます。
「本当に助かる。二体には、俺からだと礼を伝えておいてくれ。お前にも、もちろんだがな」
《はい》
「とにかく、これで大枠は決まった。ノーラにラナ、それに多くの騎竜をもって黒竜を撹乱する。そして、そのスキを突いて、俺とサーリャが魔術封じの槍を突き立てる。後は、ただのドラゴンに成り下がった黒竜を慎重に料理する。アレクシア殿、これでよろしいかな?」
思案を止めるつもりはない。
そんな様子のアレクシアさんでした。即断はせずに、考え込むように目を細め……しかし、クライゼさんの発言以上の思案は浮かばなかったようで。
「……それしかないでしょうね。本当は、もっと安全であれるような対策があれば良かったのですが」
確かに理想はそうですよねぇ。クライゼさんも同感らしく、難しい顔をして頷かれます。
「もっともですな。黒竜を討ち果たしたからといって、褒美が出るような戦もでありませんからな。戦後のことを考えると、出来るだけ損害が少なくなるような策が欲しいところですが……ノーラ」
再びの呼びかけでしたが、今回は理由がさっぱりでして。俺が首をかしげて見つめる中、クライゼさんは眉間にシワを寄せながらに口を開かれる。
「何かないか? 人間の思案では、ここまでが限界のようだが」
黒竜への対策は何かないかって、そういう話ですかね? ドラゴンの視点であれば、別の対策を思いつくのではと期待されているようですが……そ、そうですねぇ。
ぶっちゃけ思いつきませんが。ドラゴンだから、俺だから思いつけることと言えば……まぁ、一応話が出来ますから、説得なんて一度は考えたことはありますが。
もう村を焼くのは止めろと説得するのである。ただ、そもそも相手が何を思って村を焼いているのか分からないわけで。目的も分からなければ、説得のしようがないという結論に至りましたが。
と言うことで、申し訳ないですが、何も思いつかないよなぁ。でも、期待してもらっている分、何か思いつきたいけど。
そんなことを考えているとでした。
「あのぉ……」
娘さんがおずおずとして手を上げられたのでした。黒竜への対策に、何かご意見があるようですが、はてさて。