第8話:俺と災難の予感
風雲急を告げる……的な何かなのでしょうか?
「ははは。ラウ家の当主殿。お久しぶりですな」
やってきたハゲ頭の男性が親父さんににこやかに挨拶をした。それはとても柔和で親しげで、馴染みの旧友への気さくな挨拶って感じだけど……うーん、どうだかなぁ。
周りの人たちが……ねぇ? ハゲ頭さんは五人の男を引き連れていた。その誰もがガタイが良くて、目つきが鋭い。おまけに腰には剣だろうか、長い鞘を差している。
こんなのを後ろに控えさしての柔和な挨拶だから、とってもすごーく意味深。少なくとも親しい旧友にただ会いに来ただけというのは、まずあり得ない気がする。親父さんも友人に向けるものとは思えないような、緊張感のある表情をしてるし。
「これはハイゼ家の当主殿。おひさしぶりですが……一体どのような用件ですかな?」
親父さんは重い口調でそう尋ねかけたが、ハイゼ家の当主だというハゲ頭さんは意に介した様子はなかった。
「こちらが修行に行かせたという娘さんですかな? 確かサーリャ殿とか聞いたような」
娘さんは固い顔をして頷く。
「は、はい。ヒース・ラウの娘、サーリャと申します」
「あははは。そうですか。立派に育ったものですな。ラウ家の一人娘として、女だてらにドラゴンにも乗ろうというのだから、それはもう立派なものだ」
ハゲ頭さんは娘さんの反応を待たなかった。今度は、俺たちドラゴンへと笑みを向ける。
「そして、これがラウ家のドラゴンですか。ほう、なかなか。こちらも立派なもので。まぁ、一体ほど大きなトカゲぐらいのものが混じっているようですが……」
ん? これってもしかして俺のこと? さりげなくディスってくれやがりました。まぁ、娘さんにディスられたことに比べれば、毛ほどにも感じることはないけどね。はぁ。
「ハイゼ殿。それでご用件は? ご覧の通り、娘は騎乗の鍛錬をし、私はその手伝いをしていたのだ。手短にお願いしたい」
いつになく鋭い親父さんの口調。ここでようやくハゲ頭さんは親父さんにしっかり向き直った。
「あぁ、そうですな。お互い忙しい身。手短に申しましょう。ハイゼ家当主としての意見ですがな。私は貴殿らがドラゴンを扱うことを非常に心配に思っております」
「心配? でしたら、それは杞憂ですな。先々代までは当家もドラゴンをよく扱ってきた。確かにここ数代はドラゴンに関わってこなかったが、そのことへの不安を払拭するためにも娘を修行に出してある。何も心配はござりますまい?」
「その通りのようで。ラウ家はかつては騎竜の名家。娘さんもしっかりと修行はされたと聞いております。ただ……やはり私はフール家の方がドラゴンを担うのにふさわしいと思っておりましてな」
親父さんは荒々しく鼻を鳴らした。
「ふん! バカバカしい。フール家はドラゴンを五体も死なせて、ハルベイユ候から不興を買った。ふさわしいも何も無いでしょうに」
「その辺りは私からもハルベイユ候にとりなしをさせて頂きましてな。ハルベイユ候もやはりフール家がふさわしいのではないかと思い直されたようで……」
「何だとっ!? ハルベイユ候がそのような……いや、それよりもハイゼ殿っ!! 何を思ってそのようなことをっ!? ハイゼ家と当家は古くより良好とは言えぬ間柄だったが何故っ!?」
激昂する親父さんに、ハゲ頭さんは不敵に微笑む。それが親父さんの怒りに余計な油を注いだようで……なんか言い合いが始まりました。いや、親父さんが吠えて、ハゲ頭さんがなだめるって感じで言い合いっぽくはないけど、それでも場は白熱して剣呑な空気が濃厚に立ち込める。
しかしまぁ、あれである。こ、怖い……。普段温厚な人が怒ると、かなり心臓にビリリとくるものがある。娘さんもあんな親父さんを初めて見るのか、怯えた様子で後ずさってるし。
ただ、親父さんは何故怒っているんだろうか。正直なところ会話を聞いていてもちんぷんかんぷんだったが。まぁ俺が分からないからと言って、あの親父さんが怒っているのだ。きっとそれなりの理由があるに違いない。
そう思って言い合いに耳を傾けていると、なんとなく事情のようなものが見えてきた。
まずだが、ドラゴンというのは勝手に飼っていいものではないらしい。
それぞれの領主が、上司のような存在である大領主の許可を得て、そこで初めて飼うことが出来、同時に乗ることが出来るようになる。
騎竜の任とか、そんな風に言っていたような。
そこで問題なのが、許可には数限りがあるとのこと。限定三人と言うか三家まで育てられるとしたら、四家目が飼いたいっ! 乗りたいっ! っていくら声を上げたとしても、それが許可されることは無いそうで。
で、我らがラウ家もしばらくその四家目だったらしい。だが、フール家とやらが何やら大失敗を起こしたらしく、免許剥奪と言うか、ドラゴンの飼育と騎乗が出来なくなったそうだ。
その結果、かねてより飼いたいっ! 乗らせてくれっ! って言ってたラウ家に飼育の許可が出された、と。騎竜の任が下りたとかなんとか。
そして、である。
今日ここで何が起こっているのかと言えば、同じ許可を受けたハイゼ家とやらが、ラウ家が許可を受けていることに一言物申しに来たとそういうことのようだ。
「とにかくっ!! 騎竜の任は当家が負うっ!! 良いドラゴンもいれば、騎手も育った。文句を言われるような筋合いは当家には無いっ!!」
親父さんは荒い息をして、そう断言した。一方で、ハゲ頭さんはそれこそ涼しい顔をして親父さんをせせら笑っている。
「ふふん。なるほど、確かに良いドラゴンは育ったようで。ただ問題は騎手ですな。ドラゴンはそこにあるだけで良いと言われるようなものでは無い。腕の立つ騎手があって、初めて良いドラゴンと評されるものです」
「ハイゼ殿。貴殿は何を言いたい?」
「問題は騎手だと言っているのです。娘さんが騎手となられるようですが、そのような可愛らしい騎手で戦場での荒働きが出来るのかどうか」
親父さんが一層顔を赤くしたが、その思いは俺も同じだった。おのれこのハゲが、娘さんを侮辱しやがったなっ! このハゲのくせに生意気な! って、頭頂部が怪しかった俺が言えたぎりでも無いかもしれないが、とにかく許せんっ!
しかし、俺たちって戦場用に育てられてたのね。そのことに対して怖いと言うか思うところはあったけど、今は娘さんだ。親父さんっ! そのハゲにビシリと言ってやって下さいっ!
「はんっ! それはハイゼ家の当主とも思えない言葉だな。歴史上、有力な女騎手は数は少なくとも確かにいた。女だからといって、娘がそのようなそしりを受ける道理は無い」
「ふむ、確かに。だが、不安の声が上がっていることは事実。ハルベイユ候もその辺りの事情を懸念されておられた」
「それは、貴殿がそのように焚きつけたからだろうがっ!!」
ハゲ頭さんはなんかもうクッソ腹立つ仕草で「まぁまぁ」と親父さんをなだめる。
「仕方ないことでしょうに。ハルベイユ候はラウ家の騎手に不安を持っている。それは事実。その上で、それならばフール家に任せた方が良いかともおっしゃっていた。私ももちろん同意させて頂きましたがね」
ハゲ頭さんはニヤニヤと親父さんの表情をうかがっている。
もはや親父さんは怒り心頭で、今にも殴りかかりそうだった。お、親父さん! どうか落ち着いて! そりゃまぁ、殴りかかってもいいと言うか、それも当然だと思うけど、いかつい取り巻き連中のことを考えるとちょっと……。親父さんは必死に自分を押さえつけてらっしゃるようで、是非ともそれをがんばって頂きたい。
しかしこれ、どういう状況なんだろうか。もしかしたらラウ家が……親父さんと娘さんがドラゴンの飼育が出来なくなるかもしれないって流れに思えるんですけど。
そうなったらどうなるのか。ここでの生活はどうなるのか。俺は親父さん、それに娘さんと一緒にい続けることが出来るのだろうか。
俺が現状を心配している間、親父さんは殴りかかりはしなかった。ただ、身にまとう雰囲気をぐっと一層剣呑なものにさせた。
「……分かった。よく分かった。貴殿がハルベイユ候にあらぬ入れ知恵をして、当家を陥れようとしていることは良く分かった。貴殿と話すことはもうない。ハルベイユ候には私が直接話をする」
コイツとは話すだけ無駄。親父さんはそう結論づけたらしい。俺も正直そう思います。実権を持っているのはハルベイユ候とやらみたいだし。だったら、話すのはハルベイユ候というのも当然。
本当がんばれ親父さんである。もしかしたら今は、俺の生活が一変しかねない瀬戸際かもしれないのだ。嫌われているとしても俺は娘さんが好きだし、親父さんのことも同じように思っている。現在の状況を維持してもらうために親父さんにはとにかくがんばってもらわなければならない。
善は急げということらしい。親父さんは早速、足早にこの場を去ろうとする。ハルベイユ候の元に向かおうとしているのだろうけど、ここでまたハゲ頭さんだった。うざったらしい笑顔でしゃしゃり出てくる。
「その必要はござりますまい。ハルベイユ候には私がしっかり話をさせて頂きましたので」
「それが問題だと言っている。とにかく、どかれよ。貴殿と話すことはもう無いぞ」
「誤解がありますようで。いくらラウ家に不安があったとしても、それだけでドラゴンを取り上げるのはあまりにも気の毒ではないかと私は伝えさせて頂いたのです」
親父さんは不審な物を見るように目を細める。
「貴殿は一体何を考えているのだ?」
まったくである。悪口を吹き込んだその口で、善人みたいなフォローを入れて。ラウ家からドラゴンを取り上げたいのだと思っていたけど、一体何のつもりのフォローだったりするのか。
ハゲ頭さんはニヤニヤと品の無い笑みを浮かべ続けている。
「長らく交流のあるラウ家のためにと、私が一肌脱いで差し上げたということでして」
「意味が分からんぞ、ハイゼ殿」
「問題は、ラウ家に戦場働きをこなせる程度の騎手がいるかどうか。そこをハルベイユ候も心配なされていた。ですから、それを試されてはどうかと私は進言させて頂いたのです」
「試す? それはどういう意味か?」
「簡単な話です。竜騎士同士の一騎打ち。そこで娘さんにその実力を証明して頂ければと思いましてな」
俺も親父さんも、思わず娘さんに目を向けた。おろおろと状況を見守っていた娘さんはびっくりしたように目を丸くする。
「わ、私ですか?」
「そうですとも。一騎打ちで実力を示せば、ハルベイユ候のラウ家への懸念もたちどころに霧消。すべては丸くおさまるとこういうわけで」
聞く限りにおいては、善意の提案と聞こえなくも無い。そんなハゲ頭さんの発言。まぁ、そもそもラウ家への懸念の火を燃え上がらせたのはハゲ頭さんなわけであって。何かあるよな、絶対。親父さんもまた、話の裏というのを疑っているようだった。
「ハイゼ殿。一体何を企んでいる?」
「心外ですな。せっかく育てたドラゴンと騎竜の任を取り上げられるのは気の毒だと、私なりに配慮したつもりでしたが」
「それが信じられれば、問いかけなどせずに済んだのですがな」
「とにかく、これは決定事項でしてな。ラウ家は一騎討ちに臨まなければならない。ハルベイユ候もすでに同意になされている。断るなど、もはや出来ぬ相談ですぞ」
おおいに不満はある。そんな様子の親父さんだったが、口から出たのは否定の言葉では無くため息だった。
「……蛇のような貴殿のことだ。根回しも相当されていることだろう。今さら一騎討ちを撤回させることは難しいか」
「ご理解頂けたようで」
「良いドラゴンもいる。娘は修行に出て、確かな力をつけて戻ってきた。フール家の者なぞ、ものの数ではない。貴殿の思い通りにならぬことは理解しておくがよかろう」
親父さんは敵意もあらわにハゲ頭さんをにらみつける。すると、ハゲ頭さんは不思議そうに目を丸くした。
「はて? 何やら思い違いをされているようですがな」
「白々しい。貴殿の悪意に気づかぬ私だと思ったか」
「いえ、そこではなく。何故かフール家の者と一騎討ちをするように思っておられるようですが、いいえ、それはとんだ思い違いで」
親父さんは眉根をよせて首をひねる。
「当家への対抗馬はフール家なのだろう? ならばフール家の者が一騎討ちに挑むのが筋ではないのか?」
「いえいえ。今フール家にはドラゴンはいませんので」
「ならば、ハイゼ家から貸し出せばよかろう」
「乗り手が問題でしてな。かつての騎手もここ数年ドラゴンの背にまたがることはなく、娘さんのように修行に出ていたわけでもありません」
「ならば、誰が相手になるというのだ?」
「仕方ありませんからな。当家のドラゴン、サーバスにクライゼが騎乗してお相手をつかまつることになりました」
「……サーバスに……クライゼだと?」
俺にはさっぱり分からない名前だったが、親父さんにとっては大きな意味を持つものだったらしい。今日一番だった。親父さんの目が激しく怒りに燃えている。
「ここハルベイユ候領において、最高の精鋭たるドラゴンに騎手の名ですな、ハイゼ殿」
「相手にとって不足はありますまい。いやぁ、楽しみですな。ハルベイユ候から使者が出て、近隣から観戦する者も多く集まることでしょう。その中で、当家とラウ家の精鋭が素晴らしき試合を披露するのです。胸が躍るようですなぁ」
「……衆人環視の中で、ラウ家の名誉を地に落とし、ここまで育て上げたドラゴンと竜騎士の立場も奪い取る。それが貴殿の狙いか?」
ハゲ頭さんは楽しそうにほほ笑むばかりで、親父さんの疑問には答えなかった。
「ともあれ、お伝えしました。日程に関してはハルベイユ候の都合もありますからな。それはまた後々とお伝えするということで。それでは」
ハゲ頭さんは取り巻きを引き連れ、悠々とした足取りで草原の向こうへと去っていく。その姿が見えなくなった、その時だ。
「えぇい、くそっ!! なんだこれはっ!! こんなことが許されていいものかっ!!」
怒りであり、嘆きであり、さらには焦りもあるといった感じだろうか。親父さんは地団駄を踏んで大声で叫び続ける。
「あの、ハゲたぬきがっ!! まさかこのような汚い手に訴えてくるとは思わなかったわっ!! えぇい、次あったら、一体どうしてくれようかっ!!」
「お、お父さんっ! 止めよう。ドラゴンも驚くから」
確かにその通りであって、娘さんの制止は確かに伝わったらしい。親父さんは一度大きく息を吐く。
「はぁ……そうだな。叫んだところでどうにもならない。だが……どうすればいい? 一騎討ち? 相手はあのサーバスにクライゼだ。我々に勝ち目など……」
悲嘆にくれる親父さん。正直俺はこの展開にあまりついていけていないのですが……もしかしてヤバいの、これ? ハメられちゃったりしてる? あのハゲ頭さんにハメられちゃった?
俺も親父さんも娘さんも、当然ラナもアルバも、なにかヤバい事態に陥りつつあるってことなの? え、マジで? どうなるの一体? どうすればいいの? え? え?
「お父さん。大丈夫」
混乱する俺の耳に、娘さんの静かな声が届く。その声は静かだが、何かしらの決意がにじみ出たように力強かった。声は当然親父さんにも届き、親父さんは軽く首をかしげる。
「大丈夫? どういう意味だそれは?」
「大丈夫。一騎討ちでしょ? 私が勝てば問題ないんだよね?」
「それはそうだが。相手はサーバスにクライゼ。一朝一夕でかなう相手ではないぞ」
意気消沈する親父さん。それとは対照的に、娘さんの顔には強気な笑みがあった。
「大丈夫。アルバは良いドラゴンだから。私も今日からしっかり鍛錬するし、大丈夫。なんとかなるよ」
「そうは言っても相手が相手では……」
「大丈夫っ! なんとかするっ! そのため私も修行してきたんだから!」
娘さんの笑みには何のかげりも無い。がんばれ必ず勝てる。そんな自信が表情からは透けて見えるようだった。
その笑顔を見て俺はといえば……う、うおおおおおぉっ! 娘さんっ! やっぱり頼れるのは娘さんっ! 娘さんだっ! 娘さんさえいれば、この困難も打開出来るっ! 娘さん、ばんざいっ! 娘さん、ばんざああぁいっ!
とは、さすがに……ねぇ?
親父さんも不安そうな表情をして「うーむ」と唸るのみ。だよね。そうだよね。俺も親父さんも、娘さんのドラゴンへの向き合い方には疑問を感じている。自然、一騎討ちに関してもポジティブな想像は難しいわけで……
本当、どうなるんでしょうね、これ?