第33話:俺と、お久しぶりで
黒竜に対抗する。
それがハルベイユ候領の方針になったそうです。
その原因はといえば、もちろんアレクシアさんと娘さんの働きがあってですね。それに親父さんやらハイゼさんやらが骨を折って下さいまして。
対抗派が多数派になりまして。
日和見のハルベイユ候も、ついに対抗に同意せざるを得なくなったようです。
で、そんな決定があったので、このハイゼ家の屋敷も、かなり雰囲気が変わってきました。
さながら前線基地と言いますか。
異界に一番近く、一番大きなお屋敷ということでですね。続々と、戦力が集まっているのでした。相手が黒竜ということで、主戦力はもちろんドラゴン。各家のドラゴンたちが、次々と屋敷の敷地に集まってきているのです。
で、そんな状況の中でですね。
ハイゼ家の放牧地にて、俺はなつかしい出会いに心を震わしているのでした。
『え、えーと……なによ、まじまじと見つめちゃってさ』
赤色のドラゴンが居心地悪そうにみじろぎをする。
思わずね、見つめてしまったのです。まだ一ヶ月も過ぎてなかったんだけどね。それでも、毎日顔を合わせていた仲ですので。再会は一層感慨深かったと言いますか。
赤色のドラゴンはもちろんラナでありまして。
そういうことなのである。黒竜との戦いのためにということで、ラウ家からもドラゴンが運ばれてきたのだ。
『あー、えーと、ごめん。なんか懐かしくて。会えて嬉しいなぁって』
本当にそれしか無くってですね。
ラナはと言えばどうなのか。何やらそわそわしながら、言葉に悩んでいるようだけど。
『……私も、まぁね』
そんな入り方で、ラナは俺の顔をおずおずと見つめてくる。
『まぁ……私も懐かしいとは思ってるわよ、うん』
そう思ってくれているのなら、俺も嬉しい限りであった。ただ、こちらのドラゴンは、そこまでの気分ではないようでしたが。
『そうか? そんな思うほどか?』
ラナのすぐ隣でした。
そこには黒の巨躯でとぐろを巻くドラゴンの姿がありまして。
アルバでした。彼はとりたて感慨も無く俺を見上げているのですが、うーむ。薄情なとは言わないけど、意外と言えば意外だろうか。ラナよりもアルバの方が、俺はなつかしんでくれるような気がしていたのだが。
『まぁ、三十も日は経ってないしなぁ。なつかしいって思う俺の方が、正直どうかとは思うけど』
そう返してみると、アルバは何故かいぶかしげに目を細めてくるのでした。
『いや、三十程度も経てばそう思うのも分かるが……三十日? そんなに経っていたか?』
そんなアルバの疑問ですが、えーと、正確には覚えていないけど、そのぐらいは経っていたような……
『はぁ、少なくとも二十日は経ってるっての。コイツ寝すぎだから。絶対に時間の感覚がバカになってるから』
で、ラナさんが呆れがちに補足を入れてくれるのでした。あー、なるほど。アルバだからなぁ。普段から、月日の流れなんてあまり気にしてないっぽいし。って言うか、月日の流れなんて、ドラゴンが気にするものでもないか。ドラゴンには給料日なんてものも無ければ、カレンダーを気にするような生活とは無縁だし。
逆に、ラナはよく俺がいなくなってからの日数を把握していたなと驚きだった。意外と繊細なラナさんなので、ドラゴンながらにそういうことを気にしたりするのだろうか。そんなことを思っていますと。
『本当、コイツ寝すぎでさ。全然遊びにも付き合ってくれないわけ。退屈ったらありゃしなかったわよ』
ラナの愚痴で俺は理解しました。この子、心底遊ぶのが好きだもんねぇ。その上で、俺と遊ぶのがお気に入りのようで。アルバと遊べず、俺と遊べる日を一日千秋の思いで待っていたのだとしたら、月日の流れもそこそこ記憶に残るものだったのかもしれない。
まぁ、推測に過ぎないですけど。なんて思っていますと、ラナがわずかに目を輝かせながら俺を見つめてきたのでした。そして、
『……遊ぶ?』
推測が確信に変わりました。
しかし、そうねぇ。俺との遊びをそこまで待ち望んでいてくれたのか。そうなると、俺としても一肌脱ぐ気にはちょっとなれませんごめんなさい勘弁して下さい。
まだ火傷の後遺症で、皮膚がひきつっておりますし。動くのに痛みがともなってますし。再び黒竜とやり合うことを考えると、出来れば今は回復に専念したかったりするのでして。
『そんなことよりもだな、ノーラ』
どう断ろうかと悩んでいますと、アルバからそんな救いの手が差し伸べられました。意図は分かりませんが、正直ありがたく、ただラナにとっては心外なもののようでして、
『ちょっと、アンタ。そんなことって何よ、そんなことって』
当然のごとく不満の声が上がりました。これに対して、アルバは「まぁな」と軽めの同意を示します。
『言い方は悪かったかもな、多少な。だが、先に聞かせてくれ。ラナも気にしてただろう? 何で、俺たちはここには連れてこられたんだ? 前の遠出みたいなことなのか?』
前の遠出って、多分先日の戦のことだろうか。なるほどである。それはやっぱり気になっただろうなぁ。
かなりのところ不評だったしね。
疲れた、しんどかったって。今回も同じことになりゃしないかと、それを気にかけているらしい。
うーん、もちろん前の戦のようなこととは違いますが。ただ、今回は今回で、アルバもラナも大変な思いをするだろうなぁ。
とにもかくにも、説明はしなきゃですね。
今までの経緯なんて興味がないだろうから、異常な黒竜がいること、それを相手しなければならないこと。この二点についてはしっかりと説明しなければ。
で、なんとかかんとか説明をしまして。
『……ふーむ。雷をあやつるか。そんなヤツもいるんだな』
ふーん、って感じでした。
アルバは興味が薄そうな、淡々とした反応をしてきました。
まぁね。ドラゴンですからね。
まさかドラゴンが雷なんて!! って驚く理由が無いだろうし。ドラゴンは炎を吐くものなんて、そんなこだわりは無いだろうし。納得の反応ではございました。
『雷ねぇ。雷って、あの、ピカッ! ガシャーン! の雷よね? へぇ』
ラナもまたそんな感じでした。それこそ『へぇ』以上の感慨は無かったようで。ただ、何かしら思うところがあったのか。
何故か、俺をじっと見つめてきますが……は、はて? そんな話はどうでもいいから遊べってこと? い、いや、その気持ちに理解は示せますが、遊びはまた今度にしておいていただきたいのですが……
『アンタ、そいつとはもうやりあったの?』
しかし、出てきたのはそんな疑問でして。あらら? 意外な言葉と言うか、何を思ってそんなことを口にしてきたのか。不思議には思いますが、とにかく答えます。
『まぁ、うん。一度ね、そんなこともあったけど』
『……ふーん。じゃあ、そのケガもそいつ?』
俺は思わず目を丸くすることになりました。
なんか、めちゃくちゃ察してくれていますが。ケガをしたなんて一言も口にしていないし、察せられるほどにぎこちない動きをしていたつもりも無かったのですが。
『ノーラ。お前、ケガしてたのか?』
アルバも驚きの声を上げております。
俺もラナの観察眼に驚きつつ頷きを見せます。
『う、うん。ケガしてるけど……ラナ、よく分かったね。すごい』
素直に感心を言葉にしますと、ラナは得意げに『ふふん』と目を細めまして。
『まぁ、そりゃあね? いっつも見てたら、そのぐらいのことは……』
それだけ言って、何故か口をつぐみました。そして、
『……別にアンタなんかいつも見てるわけじゃないけどね? 分かる時にはそら分かるもんよ』
何故か訂正されました。
わざわざ言い直す必要があったのかどうか。俺はラナのお気に入りの遊び相手みたいだし。俺がどんなコンディションで、どんなパフォーマンスを発揮しそうか。ラナがつぶさに観察していも別に不思議な話ではないですし。
ただ、ラナはそれを隠したいようでしたが。まったくもってはてさてですが、気にしないことにしておきます。ラナの考えることはなかなか俺には理解出来ないだろうし、ラナは別の話題に移りたいみたいだし。
『とにかく! アンタをケガさせたヤツと、私たちはやりあうわけ?』
そんな疑問でして、俺は頷く。
『まぁ、うん。そうなるけど』
『……ふーん。分かった。楽しみね。どうなぶり殺しにしてやろうかしら』
そして、そんな物騒な言葉を口にされるのでした。う、うん。なんか、めちゃくちゃ怖いですが、やる気があるのはけっこうなことだと思います、えぇ。
『しかしまぁ、どうなんだ? 今までにケガをしたことのないノーラがケガをしたんだ。厄介な相手だったりするのか?』
アルバが冷静な疑問を口にしてきました。うーん、さすがはアルバと言いますか。ドラゴン離れして冷静沈着でいらっしゃる。そこです。そこが問題でして。
『雷がねぇ。よけるのが大変で』
『ふーむ。そうか……痛いか?』
『ズガンと来て、今はヒリヒリする』
『ふーむ、そうか……』
アルバは悩ましげと言いますか、非常に億劫な雰囲気を漂わせていました。
『痛いのはなぁ。寝付きが悪くなるしどうにかして欲しいものだが、それがよけるのが大変なのか。雷か。嫌な相手のようだな』
本当にねぇ。嫌な相手と言いますか、厄介な相手と言いますか。とにかく対抗するのが難しい相手である。
どうなるんだろうねぇと正直思う。
アルバやラナを初めてとして、ドラゴンの数はそろってきた。だが、それで対抗出来るのか? 前回は二体のドラゴンがまたたく間に堕とされていたが、次回もその再現になるだけではないのか? 雷に一網打尽にされるだけではないのか?
そんな不安がありました。
アレクシアさんは対抗策があると言っていて、何やら事実策を練っているようなのですが……雷なぁ。一体どうすればいいんだろうね。
『むむ』
不意にラナが不快そうにうなり声を上げました。一体何ですかね? 俺は思考を切り上げて、眉間にシワを寄せるラナに目を向けます。
『どったの、ラナ? 何かすごく嫌そうだけど』
『……アンタがいなくなってね、一つだけ良いことがあったのよ』
『は、はい?』
『毎日入り浸られて、やかましてくて、うっとうしくて……そんな生活から解放されたのにね』
あー、なんか分かりました。
そうだね、ラナは心底うんざりしてたからね。だから、最近の生活はラナにとっては、なかなか居心地が良いものであったに違いない。
と、いうことでですね。
ここに来られていると、そういうことですかね?
『……アイツ、来やがった』
アイツ呼ばわりはどうかと思うけど、その通りでした。
屋敷の方からの複数の人影があった。
その中にはラナの言うところのアイツ……娘さんの姿もありましたが、俺は思わず別の人影に注目するのでした。
人影は三つありまして、一人は娘さんでもう一人はクライゼさんでしたが、俺が注目したのは最後の一人であるアレクシアさんでした。
いつも通り冷たい無表情のアレクシアさんでしたが、その手には何やら見慣れぬ代物がありまして。
細身の……なに? ナイフ? 短刀? そのようなものです。アレクシアさんがあんな凶器を持ち歩いているのは見たことがありませんが……
あんな物を手にして、娘さんとクライゼさんと連れ立って、一体何用ですかね?
俺は不思議の思いで、娘さんたちを待ち受けるのでした。