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第29話:俺と、アレクシアさんの決断

 バーカ、なんて不意の罵倒を受けてですね。


 意味は分からずとも、平静ではいられなかったようでした。


 アレクシアさんは、まなじりを鋭くして荒々しく口を開きました。


「うるさいですね……なんですか! 貴女は何が言いたいのですか!」


「バーカって言ってるんですよ! 何なんですか! ツッコミどころしかないことをベラベラベラベラと! まずなんですか! 誰が恵まれてるですか、誰が!」


 何かこう、色々と文句があるようでして。


 娘さんは、湯気が立ちそうなほどに顔を真っ赤にして声を上げます。


「修行時代に私がどんな扱いを受けていたのか分かりますか? ヘラヘラしているだけの邪魔者だって。本当ロクな扱いを受けられなくて、結局ほとんど独学するしか無かったし……私は、そのぐらいの扱いを受けるような人間でしかなかったんです。まったく、どこが恵まれているんですか、どこが! 本当、落第生もいいところでしたよ!」


 俺も初めて聞くことでしたが……う、うーむ。本当辛い思いをされたんですね。口調からも迫真の思いが伝わってきましたが、とにもかくにも。


 自分は恵まれていると言われるような優れた人間ではないし、事実優れた人間としての扱いを受けてはこなかった。


 そんな娘さんの主張でしたが、これにアレクシアさんは反発を覚えたようでした。


「だからなんですか? 今はどうですっ! 愛嬌を持って、人に愛されて。実力を持って、それを認められて……どこが恵まれていないのですか! どこが才能に恵まれていないと言えますか!」


 そんなことは過去の話にすぎないだろう。そんなアレクシアさんの反発でした。で、これに対して娘さんはすかず怒鳴り返されまして。


「は、はぁ!? 私がですかっ!? 恵まれてなんかいませんっ!! それは私を見守ってくれる人や、見込んで鍛えてくれる人がいてくれるからそう見えるかもで、別に私は……」


 ここで不意にでした。娘さん、にわかに落ち着きを見せられました。そしてです。アレクシアさんに見えずとも、一つ静かに頷かれたのでした。


「……そうですね。確かに私は恵まれているかもしれません。ただ、それは私がどうのこうのという話じゃないです。本当、私は人に恵まれていると思います」


「は? ……人?」


「そうです。私なんて、本当愛されるような人間でも評価されるような実力者でもありません。一騎討ちの頃なんて、本当ひどかったですし。いやもう、本当言葉に出来ないぐらいで……」


 頭が痛いといった感じで、渋い顔をされる娘さんでした。


 黒歴史ではありませんが、あの時の言動はなかなか思い出したくは無い代物のようでして。


 だが、今はそれについて後悔している場合ではない。そんなことを思われたのでしょうか。過去への思いを振り払うように、勢いよく頭を横にふり、そして口を開かれます。


「とにかく! 私は人に恵まれました。お父さんは私をいつも見守ってくれますし、ハイゼさんも優しくて、クライゼさんは未熟な私を一人前であれるように鍛え上げてくれます。それに……ノーラはこんな私を見捨てず、いつも力を貸してくれます」


 娘さんはにわかに笑みを浮かべ、すぐに表情をひきしめられます。


「ちょっと気になったんですけどね。アレクシアさんにはいましたか? 私みたいに、恵まれたなんて言えるような人が」


「……私にですか?」


 不意を突かれたような感じでした。アレクシアさんは怒気も無く、呆気に取られたように首をかしげられました。そして、呟かれます。


「私に……私にそんな人は……」


「ですよね。そんな気はしてました。だったらっ! なんですかっ! なんでそんな卑屈になっているんですかっ!」


 娘さん、再びの怒り顔でした。アレクシアさんの背中に、勢い込んで声を上げます。


「本当、そこが心底分からないと言いますか。そんなどうでもいいような人たちに言われたことを、バカみたい真面目に抱え込んで。そんなの、私がいつまでも修行時代に言われたことを引きずっているようなものじゃないですか! バカバカしい!」


 娘さんは力強く、自らの胸を叩くのでした。


「そのぐらいだったら、私の言うことを聞いて下さいよ! 私、何度も言いましたよね? アレクシアさんはすごい人だって! クライゼさんもそう言ってました! ノーラだって、同じことを言っていました! それなのに、なんですか、もう!」


 不満たっぷりといった様子で、腕を組んでのため息でした。


「はぁ。本当さっぱりですよ。運に恵まれただけの私みたいな女に、何が許せないですか。アレクシアさんみたいなすごい人が、うらやましいみたいなことを言って本当にもう……さっぱりですよ。さっぱり分かりませんよ」


 そう言って、娘さんは大きく首をひねるのでした。


 あー、何と言いますか、つまるところですね。


 アレクシアさんのようなすごい人が、自分のような大したことのない存在を敵視している。それが娘さんにはバカバカしいと思えて仕方がなかったようでした。


 娘さんらしい……のかな?


 アレクシアさんを評価していて、なおかつ謙虚な娘さんらしいということなのか。アレクシアさんが自分に嫉妬しているというのが、どうにも理解出来なかったようです。


 そして、それに対してのアレクシアさんですが……困惑しておられるのでしょうか。


 少なくとも、娘さんへの敵意は消えているようですが。怒気は無く、しかし難しい顔をして黙り込んでおられます。


 響くところは、少なからずあったのですかね。


 アレクシアさんは、おそらく娘さんにコンプレックスを抱いている。


 無愛想であり、それで嫌われてきて、さらには変わろうとしても変われなかった。評価なんてものを得ることも出来なかった。


 そんなアレクシアさんにとって、娘さんは本当憎らしい『敵』に思えて仕方ないのだろうけど……それでも、娘さんの言葉はアレクシアさんに響いたのかもしれなかった。


 こんな熱烈に肯定されたのは多分初めてなのではないだろうか。


 だから、アレクシアさんは黙り込んでいるのではないだろうか。これ以上、娘さんを拒絶出来ずに。娘さんが心の底から自分を肯定していると分かって、はねつけられずにいるのではないだろうか。


 でも、だからと言って、簡単に受け入れることが出来るわけでもなく。


 今までキツイ言葉をぶつけてしまった手前、黙り込むしかなくなっている。


 そうであったらいいなと俺は思うのでして、その……ついですね?


 そんなことを思ってしまったので。


 ついです。シャシャリ出てしまうのでした。


《あなた は すごい ひと です》


 悩ましげな瞳で、アレクシアさんは俺の書いた文字列を見下ろしてくる。アレクシアさんが文字列を目で追い終わるのを待って、俺は続きをつづる。


《だから うけいれられる そう おもいます》


 な、なんか、余計なことをしてしまった気がしますが……ど、どうですかね?


「……はぁ」


 ため息でした。


 アレクシアさんは深々とため息をつきました。そして、


「そう言われてしまったら……仕方ないですね」


 そんなことをおっしゃられました。


 くるり、と。


 アレクシアさんは娘さんに体の正面を向けます。


「……あー、それで、何の話でしたでしょうか? 確か、サーリャさんに何が出来るのか、そんな話でしたか?」


 これで俺にはアレクシアさんの表情は分からない。だが、娘さんの表情はいぜんとして良く見えている。


 え? と娘さんでした。


 思わぬ事態でしょうからねぇ。唖然としながらに、頷きを見せられました。


「は、はい。黒竜に対抗出来る状況を作るために、私にも何か出来ないかって話でしたけど……」


「あぁ、そうでしたね。しかし、そもそも私が何も出来ていないのですが。なにせ、こんな顔でして。そもそも信用してもらえていません。逆に教えていただきたいのですが、私はどうしたら良いと思いますか? どうでしょう?」


 これまた、え? でした。逆に問いかけられて、娘さん混乱しております。あたふたとされながら口を開かれました。


「え、えーと……確かに、アレクシアさんいつも怖い顔をされていますし、ちょっと評判は良くないような気はしますが……」


「ふむ。なかなかはっきりおっしゃいますね」


「い、いやあの、すいません!」


「気にしないで下さい。事実ですので。そうですね、私の評判はすこぶる悪いようです。でしたら、私の出来ることは……そうですね。評判の良い方に表に立ってもらって、話を聞いてもらえる環境を整えることでしょうか。ということで、サーリャさん」


「は、はい?」


「よろしくお願いします。私の言葉が聞いてもらえるように、骨を折って下さい」


 アレクシアさんは娘さんに軽く頭を下げていた。


 それはまったくアレクシアさんが娘さんを受け入れたと、そういうことになりまして。


 娘さんは本当にもう分かりやすく顔を明るくされるのでした。


「は、はい! 任せて下さい! 私がもうその役目を必ず果たして見せますから!」


 犬だったら尻尾をぶんぶん振っていそうな、そんな喜びようでした。


 本当にねー。良かったですねって、そんな感想しか思い浮かびませんわ、えぇ。


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