第28話:俺と、娘さんとアレクシアさん
「……サーリャさん」
娘さんの登場に、アレクシアは思わずと言った様子でその名前を口にしていた。
戸惑っておられるようでした。眉を八の字にして、娘さんが何故ここに来たのかをいぶかしんでいるようで。
そして、アレクシアさん。すぐに俺へと視線を戻しました。つまるところ、娘さんに背を向けたということである。娘さんと目を合わすつもりは無いと、そういうことだろう。
「…………」
そして、黙り込む。
目を合わすつもりも無ければ、言葉をかわすつもりもない。そんな意思表示だろう。
その意思は娘さんにも十分伝わったらしい。
娘さんは、アレクシアさんと何らかのやりとりをするつもりで、ここを訪れたのだろう。だが、何も口に出来ない。もどかしげにアレクシアさんの背中を見つめるばかりで、何も出来ない。
しかし、娘さんの意思は固いようだった。
不意に俺を見つめてくる。
そしての頷きだった。決意を示すような、力強い頷きだった。
「……ノーラと何か話していたんですか?」
話しかける。
それに対して、アレクシアさんは無視の一手……とは、いかないようだった。悩ましげに眉を寄せている。まぁ、この人はねぇ。
人間嫌いとは言われているらしいけど、人間に優しく出来ない人じゃあまるで無い。ハルベイユ候の領民のためにと、この件にわざわざ首を突っ込んでくれた人でありまして。
娘さんを邪険に扱い続けるのも難しいらしい。
アレクシアさんは、ためらいがちにだが、口を開いてくれた。
「……別に、何も話してはいないですが」
そっけない返答だったが、娘さんは言葉を返してくれたことに安堵しているようだった。わずかに表情がゆるむ。だが、緊張感は変わらずだった。再び固い表情に戻って、言葉を作る。
「はは。そうでしたか。でも、私は話したいことがありまして……少しいいですか?」
アレクシアさんは、悩ましげな表情を深めていました。無視は出来なかったようですが、話し合うとなると、また事情は違ってくるようで。そして、
「……いえ、けっこうです。貴女はこのドラゴンに用事があるのでしょう? 邪魔者は去ることにします。では」
早口で拒否の言葉を述べ上げる。そのままの勢いで、アレクシアさんは娘さんに顔を見せないようにして立ち去ろうとしましたが……
「ま、待って下さいっ! 大事な話があるんですっ!」
この言葉に、足を止めることになった。
やっぱりと言いますか。この人、根は良い人でしか無いよね。大事な話と言われて、立ち去ることは難しかったらしい。
アレクシアさんは俺に向き直る。
現状への息苦しさを物語るようにため息をつきながら、娘さんに声を上げる。
「……はぁ。なんですか? 手早くお願いします」
これを娘さんは良い傾向と捉えたのかもしれない。わずかに笑みを浮かべながらに頷きを見せる。
「は、はい。では、あの、手早くですが……なにか、私に出来ることはないでしょうか?」
「はい?」
「黒竜に対抗しようって感じになかなかなれないので……私にも何か出来ることはないかって、そのご相談なのですが」
アレクシアさんと仲良くしたい。
それを私利私欲と娘さんはおっしゃっていましたが。
もちろん、そのことは前面に出さないということみたいでした。ハルベイユ候領の領民のため。黒竜をどうにかするため。それをまず第一にとのことらしい。
結果としてアレクシアさんと仲良くなれればいいが、まずは公私混同はしない。娘さんは、そんなスタンスでアレクシアさんに向き合うことにしたらしい。
アレクシアさんは、苦しげな表情をされていました。
娘さんに思うところは多いだろうけど、公私混同をしたくないのはこの人も同じだろう。無下に断るようなことはやりにくいのではないだろうか。
否定は無しに、沈黙は続く。
娘さんが固唾を呑んで見守る中、アレクシアさんは静かに口を開いた。
「何もありません」
静かに否定の言葉だった。
「何もありません。貴女は騎手なのですから。来たるべき黒竜との一戦に向けて、その準備を進めていれば良いのではありませんか?」
それはある意味で正論で、しかし現状を正しく認識しているものとは思えず。
「た、確かに私は騎手ですが……でも、今は黒竜と戦う以前の状況のような気がして。戦いたくない人たちを説得するために私にも出来ることがないかと思っているのですが……」
ひかえめながらに、娘さんの反論でした。それに対してアレクシアさんは、
「ありません。そのようなことは考えなくてもけっこうです」
否定の言葉でした。
だが、それが本心かと言えば違うようで。
アレクシアさんは罪悪感を覚えているようで、苦しげな表情をされていました
娘さんに人望がある。そのことは十分に分かっておられるのだろう。娘さんの力を借りれば、説得を上手く進めることが出来るかもしれない。そんなことも考えておられるのかもしれない。
しかし、娘さんの力を借りることを良しとは出来ない。
そんな自分に対し、アレクシアさんは苦しい思いを抱いているのかもしれなかった。
「……話はそれだけですか? でしたら、私は戻りますが」
この場にこれ以上いるのが耐えられない。そんな感じだろうか。アレクシアさんは、足早に立ち去ろうとする。だが、
「なんで、私は嫌われているんですか?」
足が止まる。
娘さんの踏み込んだ一言を無視しきれなかったようだった。
俺は娘さんを見つめる。
ラチが開かないと思ったのかもしれないし、単純に我慢しきれなくなったのかもしれない。
娘さんは力強い目をして、そう核心に切り込んでいた。
「これは黒竜の件とは関係ありません。でも、聞かせて下さい。なんで私は嫌われているんですか? 理由が本当にさっぱり分からなくて、悲しいですし、正直……不快です。意味も分からずに嫌われていて気持ち悪いです。教えて下さい。なんで私は嫌われているんですか? なんでアレクシアさんは私を嫌っているんですか?」
その言葉には少なからずトゲがあった。
アレクシアさんと仲良くしたいと願いつつも、そればかりではいられなかったのだろう。
娘さんの本心がにじんだ、そんな問いかけだった。それに対して、アレクシアさんは……いや、アレクシアさんも平常心ではいられなかったようだ。
「……不快ですか? それはこちらの言葉ですが」
アレクシアさんは変わらず娘さんに背を向けていた。だから、娘さんには分からずとも、俺には見えていた。
アレクシアさんは剣呑に目を細めていた。唇をかみしめていた。白い頬を真っ赤に紅潮させていた。
憎らしい娘さんに不快などと言われて、アレクシアさんは明らかに怒りを露わにしていた。
「ふん。では、教えて差し上げましょう。私は貴女のような方が不快で仕方がないのです。本当に不快で……こうして話しているのも耐えがたく思っています」
「それは分かっています。見れば分かります。理由を教えて下さいって、私は言っているんですが?」
アレクシアさんの怒気にアテられてか、娘さんの口調には明確な怒りの色があった。
それを受けてなのか。
アレクシアさんは怒りの口調で答えるのだった。
「……本当、大嫌いです。貴女のような人は本当」
「だから! その理由を言って下さいよ!」
「……許せないのです」
「は?」
「貴女のような人は許せないっ! 私はそう言っているのですっ!」
寒風に白い吐息を振りまいて、アレクシアさんはそう叫んでいた。
「許せないのですっ! 貴女のように恵まれた人間は本当に受け入れられないっ! 愛嬌があって、人に愛されて、実力もあって……なんですか? 何なんですか、貴女はっ!」
「あ、アレクシアさん?」
「私が今までどう言われてきたか分かりますか? 無愛想で、何を考えているか分からなくて、気味が悪くて……そんなことばかり言われてきたんですよ、私は」
「……」
「誰かの役に立とうと思っても、そればかりで。私の言葉なんか、誰も聞いてくれなくて……誰も私を評価してくれなくて。でも、私はそんな自分をどうしても変えられなくて……」
しゃべりすぎたと思ったのかもしれない。
アレクシアさんは唇をかむようにして口をつぐみ、そして、
「……とにかく、私は貴女が憎くて仕方がない。本当にそれだけです。分かったら……早く立ち去って下さい」
沈黙がおとずれる。
娘さんは立ち尽くしていた。
アレクシアさんの本心に触れて、強烈な感情にさらされて立ち尽くしていた。
おそらく娘さんは思い知ったことだろう。アレクシアさんとの間には大きな確執があることに。なかなか埋めがたい溝があることに。
それが分かったはずだ。だが、娘さんは立ち去ろうとはしていなかった。
まだ何か言いたいことがある。そういうことらしい。
娘さんは俺を見てきていた。
どこか、ためらいをにじませた瞳で俺を見てきていた。
……背中を押して欲しいのでしょうかね。
正直、何を言ってもアレクシアさんの娘さんへの感情は変わらないように思える。だが、それでも娘さんがあきらめないのでしたら。
まったくもって無責任だけどね。
俺は小さく頷きを見せる。娘さんは頷きを返してきて、そして、
「バーカっ!!」
そんなことをおっしゃったのでした。うん。娘さんが何を言うつもりなのか、さっぱり予想は出来なかったけどね。これはちょっと……えぇ? 顔を真っ赤にしての、至極どストレートな罵倒の叫びでしたが……
戸惑ったのは俺ばかりではなかったらしい。
アレクシアさんは困惑を顔に浮かべる。
「は? なんですか、貴女はいきなり何を……」
「バカって言ってるんですよ、バーカ! 本当意味分からないこと言って、本当バカですか? バーカ! もうバーカ!」
私も、貴女のおっしゃっていることがさっぱり分からないのですが……えー、それはともかくとしまして。
アレクシアさんはその発言を侮辱と受け取ったらしい。
イラ立ちを露わに、鋭く目をとがらせるのでした。




