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第27話:俺と、ドラゴンごとき

 娘さんが、アレクシアさんと再び仲良くなりたいと告げてきた。


 その日の夜だった。


 鈍色の雲が立ち込めて、風の強い日だったが、それでも彼女は今日も来ていた。


「……」


 アレクシアさんだった。月明かりが無いということで、手にはロウソクを挿したランタンを手にしている。


 その淡い光に照らされて、アレクシアさんの顔色はひどく冴えないものに見えた。満足に食事をとっていないのではないか? そう思えるぐらいに血色は悪く、頬はややこけているようにも見える。


 そんな彼女はぼそりと今日も口を開くのだった。


「……今日もダメでした」


 これも何度聞いただろうか。


 この七日間で、毎日聞いたであろう言葉だった。そして、続く言葉も、


「私は、私なりに考えた多くの人のためになるだろう意見を伝えているつもりです。ですが……誰も聞いてくれません。内容を聞いてはくれません。私の意見だからって、内容について考えてくれません。お前は信用出来ないからって、それだけです。本当にそれだけなんです」


 これも毎日のように聞いていた。


 細部は違えど、似たような内容を似たような口ぶりで……ただただ、淡々と伝えてくる。そして、


「でも……あの子は違います」


 これもまた一緒だった。


 あの子……娘さんのことが話題として上がるのだ。


「あの子は違うんです。わざわざ率先して口を開かなくても、話を聞いてもらえます。意見を求められます。別に尋ねられて、何か言えるというわけでは無いのに……」


 アレクシアさんは首をかしげながらに今にも泣き出しそうな笑みを浮かべる。


「不思議ですよね? 私とあの子、何が違うのでしょうか? 領民を思う心では、さして差は無いような気はしますが、それでも周囲の態度は歴然の差で……愛嬌でしょうか? へらへらしていたら、それでいいのでしょうか? そうすれば、物事は上手く回っていくのでしょうか?」


 アレクシアさんは俺に向けて、静かに首を横にふってくる。


「私には無理です。出来るのなら、とっくにやっていて……はは、本当にうらやましいですね。私があの子のようだったら、もっと成果を上げられて、カミール閣下にも評価されて、人々のためにもなれて……」


 力無い笑みが、その青ざめた顔に浮かぶ。


「……本当に、ダメですね。私は。結局、何もすることが出来なくて。私は本当に……」


 それっきりだった。


 それっきりアレクシアさんは黙り込んだ。


 無表情になって、ただただ時間が過ぎるのに任せている。


 ここまでが、ここ毎日繰り返されていたことだった。本心に近いものを俺に向かって吐露されているのだが……あらためて思うよなぁ。これは本当に、ちょっと難しいというか。


 娘さんは、もう一度仲良くなりたいとおっしゃりましたが。


 それは俺も素晴らしいことだと思う。単純に俺はそんな光景を是非もう一度見たいし、それが現状を打開するのに役立つかもしれないし。


 娘さんは先日の戦もあって、ハルベイユ候の諸氏からの信頼は厚い。アレクシアさんと諸氏の間を、娘さんが取りなすことが出来れば、静観派の説得も上手くいくことになるかもしれない。


 ただ……うん。


 それが本当に理想に過ぎないように思えるのであって。


 アレクシアさんにとっての娘さんだけどねぇ。友達にしたいと思える、そんな存在からはかけ離れているような気がして。


 多分だけど、アレクシアさんにとって、娘さんは理想の自分なのだ。


 アレクシアさんは自分が無愛想であることを、全くもって良いものだとは受け取っていない。だからこそ、娘さんが理想になるわけであり……憎らしい敵としても映るのである。


 自分の求めるものを、まったく労せずして全て手に入れている。


 アレクシアさんにはそう見えているようだった。


 人当たりも良ければ、人に愛されて。その結果、無事に成果も上げて。アレクシアさんはどうにもカミールさんからの評価に執心している面があるらしく、その点でも娘さんは憎らしい相手にしかなり得ないようだった。


 だから、難しいと思うのだ。


 娘さんとアレクシアさんが仲良くする、協力し合う。そこには大きなハードルがあると思わざるを得なかった。


 ただである。


 方法が無いわけではないようにも思えるのだった。


 短い期間ではあるが、親しく見える時があったのだ。焼かれた村から異界までの短い期間ではあるのだが。


 何故、あんな期間が生まれたのか? 一応、俺は答えを見つけていた。


 前日に、俺はアレクシアさんにすごいと伝えていた。それが原因ではないだろうか。


 アレクシアさんは妙に自己評価が低い。おそらく、それは周囲から評価を得られずにいたからだろうが、とかく自己評価が低い。


 だからこそ、ドラゴンに認められた程度でも、心に余裕が生まれたのではないか。娘さんの好意を、好意として受けいれられることが出来るようになったのではないか。


 それが、今回も通じるとは限らないけどね。


 それでも今の俺に出来るのは……これしかないかな。


《あれくしあさん は すごい です》


 今まで俺は、ただただアレクシアさんの言葉に耳をかたむけて、言葉を返すことはしなかった。それをアレクシアさんは望んでいると思ったし、正直返す言葉が思いつかなかったからだが……だからこそ、アレクシアさんは驚いたらしい。


「……ノーラ?」


 いきなり何をしだしたのかと、そんな疑問の声だろうか。


 さて、である。


 ここから何を示せば、アレクシアさんの心に余裕をもたらすことが出来るのか。俺には話術なんて欠片も無い。技術的にアレクシアさんの心を解きほぐすようなことなんて、そんなことは夢物語だ。


 思うところを素直に伝える。


 それしかないかな、うん。


《わたし は しっています》


 アレクシアさんが首をかしげる中で、俺はカギ爪を宙に浮かせる。


 知って欲しいことは決まっている。だが、それをどう表現すればいいのか。少ないボキャブラリーに悩まされながら、俺はカギ爪を地につける。


《しっています あなた は せきにんかん が つよい ひと です》


 アレクシアさんの表情はうかがわない。とにかく、伝えるべきことを伝えられるように専念する。


《あたま が よくて ひと のこと を おもえる ひと です》


 これで良いのかどうか。


 分からないが、これで最後だった。


《わたし は そう おもいます そう しっています》


 正直なところを伝えたつもりだった。そして、その成果はと言えば、


「……ありがとうございます」


 アレクシアさんの口からお礼の言葉がもれる。だが、その表情はと言えば……まったく笑みはなかった。なのに、笑い声はもれ伝わってきて。


「……ふふ。しかし、ドラゴンは面白いことをおっしゃいますね。まぁ、人間のことはあまり分からないでしょうから。私がどれだけ大したことのない人間か。ちょっと分からないでしょうね」


 社交辞令のような形で受け流されてしまっていた。これはちょっと……どうする? 人の事情を理解しない、ドラゴンの戯言。そんな風に捉えられてしまっているようだけど。


《わかって います あなた は すごい ひと です》


 そう伝えてはみた。


 だが、アレクシアさんは皮肉げな笑みを見せてくる。


「貴方には悪いですが、ドラゴンに何が分かりますか? 私の何が分かりますか? 私が世の中でどんな評価を受けているのか。誰もいないんですよ? 私に良い評価をしている人なんて誰もいないんです。人間は、そんな評価しかしてくれないんですよ」


 ドラゴンごときに、自分のことなんて分かるわけが無い。


 そんな胸中を、悲しい言葉と共にぶつけてきた。


 まぁね。


 アレクシアさんの気持ちは分かるような気がした。本当、俺はたかがドラゴンだからね。素人が専門家に意見しているような感じだろうか。とかく滑稽だと。人間のことの何が分かるのかと。そんな心中なのかもしれない。


 ちょっとね、俺の言葉はアレクシアさんに届かないかもね。


 以前は聞いてくれたのですが。今はあの時ほどの余裕が無いと、そういうことなのかもしれない。


 すみません、娘さん。俺にはちょっと無理そうです。


 そう思いましたが、でも。


 これだけは伝えておこうと、そう思いまして。


《います》


 つづる。アレクシアさんは、眉をしかめて口を開く。


「います? 一体何を言って……なんですか? 私を評価する人がということですか?」


 さすがでございます。ご明察で。


 アレクシアさんは「ふん」と不快そうに鼻を鳴らしてきました。


「何を言っているのですか? ドラゴンのくせに。貴方にそんなことが何故分かるのです?」


 それはまぁ、じかに聞いているからでして。俺はもう一度いますと言葉を記す。アレクシアさんは、ますます不快そうに顔をしかめられます。


「馬鹿馬鹿しい……ドラゴンが適当なことを。誰なんです? いるとしたら、誰です? 答えられるのなら、どうぞ、答えてみて下さいな」


 では、答えさせていただきますが……なんて、俺は思ったのですが。


 その必要は無さそうでした。


 アレクシアさんは背筋を震わして、背後を振り返ります。


 でしょうね。


 以前には、査問官の人たちに驚かされたこともありまして。足音に敏感になっているであろうアレクシアさんでした。


 ともかく、俺も気づいていました。


 足音に気づいていました。親しみ深い足音が近づいて来ていることに気づいていました。


 そして、登場でございます。


 ランタンを手にして、固い表情をしながらも、目には力を宿して。


 娘さんのご登場でございました。


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