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第26話:俺と、娘さんの胸中

 アレクシアさんの王都での動向。


 あまり成果を上げられていないこと、人間嫌いなどと呼ばれていること。


 話を聞いて、娘さんは黙り込んでおられました。


 その胸中は俺には分かりませんが、俺はと言えば、なんかちょっとショックといいますか。査問官の人たちは、まったくの嘘ということでは無かったらしい。


 有能な人で、きっと活躍されておられるのだろうなぁと思っていたのですが。あの方も、相当苦労されているんですね。


 しかし、人間嫌い。いつぞやの夜を思い出さざるを得なかった。


 人に愛されていると、娘さんをうらやんでいたアレクシアさんの顔が浮かんでくる。


 人間嫌いと呼ばれていることと、どれだけ関係があるのかは分かりませんが……それでも関係性のようなものを思わず考えちゃうよね。


「しかし、お前はアレクシア殿には気に入られているようだったな? ここに戻ってきた時には、そのように見えたが」


 不意の問いかけでした。


 その意図は分からずとも、俺はちょっと『あっ』て感じでした。


 娘さんは今、頭がごちゃごちゃするぐらいに、多くの悩みを抱えていますが、これはその中でも大きい方の悩みでして。


 娘さんは歯切れ悪く答えることになりました。


「……えぇ、まぁ……そうではありましたが」


「反感を受けているとは言え、あの方が王都の実情に一番くわしいのは事実だ。そして、王都から軍勢が来ないという言葉に一番説得力があることも事実。あの方に、もう少し上手く立ち回ってもらえるように頼むことは出来んか?」


「は、はぁ……頼む、ですか」


「そうだ。現状はあの方への反感ばかりが膨らんでいる。こんな状況で、あの方がいくら正論を口にしたところで、火に油を注ぐだけだ。反感を和らげるためにも、ひとまず静観してはもらえないか。俺やご当主の言葉はあまり聞いてもらえていないようなのでな。お前に頼みたい。出来るか?」


 クライゼさんの意図は分かった。


 アレクシアさんは、今は誰とも話をしたくない気分のようで。わりと好意的なハイゼさんやクライゼさんとも交流してはいないらしい。だが、娘さんの言葉なら届くのではないか。そんな期待をされているのだろう。


 でもねぇ。


 そんなことを言われても、今の娘さんは困るとしか言えないのでした。


「すみません。それは……」


「出来ないのか? それはまた何故だ? これがアレクシア殿のためにもなると思うが」


「私もそう思います。ただ……」


「ただ?」


「……私も、どうやら嫌われてしまったみたいでして」


 娘さんは、悲しげな笑みを見せていました。


 そうなのである。


 それなりに仲を深めたように見えた、娘さんにアレクシアさんだった。


 それが戻ってしまったのだ。娘さんは何も変わらない。だが、アレクシアさんからの娘さんへの態度が、初対面の時のように戻ってしまっていた。 


「……ふむ」


 クライゼさんは首をかしげていました。


「そうか。何か気にさわることでもしたのか?」


「いえ、特にそんなことをした覚えはないのですが……本当によく分かりません。とにかく嫌われているんです」


 話しかけても、ろくに反応してくれないようになったとのことだった。


 ここに来て、二日ぐらいはまだ交流があったようなのだ。


 だが七日経った今では、ほとんど没交渉の域に入ってしまったとのこと。


「あ」


 不意に、娘さんがそんな声を上げた。


 娘さんの視線は、屋敷から伸びるこの竜舎までの道にあった。そこには人影があった。寒風に黒髪を揺らす人影。アレクシアさんの姿がそこにはあった。


 アレクシアさんはびくりとして身を固めた。そして、すぐに身をひるがえして去っていった。


「……お前がいることに気づいてということか?」


 クライゼさんの問いかけに、娘さんは寂しそうに頷く。


「はい。そういうことだと思います」


「ふーむ、そうか。しかし、何だ? 何故ここを目指してきたのか。竜舎などに用事はあるまいに」


 クライゼさんは不思議そうにしていたが、これは娘さんの知るところでした。


「私とは目も合わしてくれなくなったんですが、ノーラには会いに来てるみたいなんです」


「それもまた何故だが」


「私は……分かるような気がします。あの人、ドラゴンのことけっこう好きみたいで。だから、会いにきてるんだと思います。辛い時は、不思議と会いたくなりますから」


「……ふーむ」


 クライゼさんは俺の顔をじっと見つめてきました。


「お前に癒やしてもらって、それでアレクシア殿がせめてサーリャとぐらいは交流出来るようになってもらって……まぁ、期待しすぎだろうが。愛想良くな、ノーラ」


 俺はすぐに頷けませんでした。


 癒やすとか、なんとか。俺は多分、この屋敷に集まった誰よりもアレクシアさんの本心に近いところにいる。だからこそ、簡単には頷くことは出来ませんでした。


 なかなかねぇ。


 ちょっと心が安らいだぐらいでアレクシアさんの態度が変わるような。そんな感じはまったく無いのだ。


 正直、二人が仲良くあれたことの方が異常に思えるのだった。


 本質的にはおそらく、娘さんはアレクシアさんにとって『敵』でしかないのだ。


 そんなことを思いつつも一応頷いて。


 クライゼさんは屋敷に戻っていきました。今後についてハイゼさんと打ち合わせをするとのことで。


 娘さんは戻りませんでした。


 まだ、俺に話したいことがあるようでして。


「……本当、どうしようなぁ」


 悩んでおられるようでした。肩を落としてうなだれつつ、俺に話しかけてきます。


《くろの どらごん ですか?》


 黒竜について悩んでいるのか。静観派をどう対抗派へと説得するのか。そんなことで悩んでいるのか。そんなつもりの問いかけでした。


 娘さんは「うーん」と煮え切らない反応を見せてきます。


「確かにそれもあって、それが一番重要なんだけど……アレクシアさんのことがなぁ……」


 娘さんの頭にあるのはアレクシアさんのことのようだ。


 クライゼさんから助言するように頼まれていましたが、そのことが頭にあるのかどうか。でも、重要なんだけど……って、おっしゃっていましたし、それとは関係ないんですかね?


《あれくしあさん ですか?》


「うん。何とかして上げたいって、そんなこと思ってるの」


 娘さんは力なくだが、頷きを見せてきた。


「かなりヒドイと思うから。そりゃあ、アレクシアさんはちょっと無愛想かもしれないよ? でも、心からここの領民のために骨を折ってくれてて……それなのに、あれだけ罵倒されてばっかりっていうのは、やっぱりおかしいから」


 アレクシアさんのためを思って。そういうことらしい。


 娘さんらしいなとは思った。


 ハルベイユ候領の領民のためを思って動いているのに、非難されて、精神的に追い詰められてしまっている。そんなアレクシアさんを放っておけなくなったようだ。


 応援したいなとは思った。だが、素直に出来るかと言えば……ちょっと難しかった。


 根本的にだが、娘さんとアレクシアさんは相容れない。そう思えたからだ。娘さんに助けたい気持ちがあっても、それが受け入れられるかどうか。正直、疑問符だった。


 だから俺は、


《でも きらわれて ますよ?》


 そう問いかけた。


 娘さんは苦笑して頷いてきた。


「そうだね。嫌われてるみたいだよね。でも、うん。力になりたいと思う。それがきっと、領民のためになると思うし」


 確かにその通りで。


 上手くいけば素晴らしいことだと思う。娘さんの手助けで、アレクシアさんの説得が受け入れられるようなことになればね。ただ、


《あなた が きずつく かも ですよ?》


 拒絶されることも大いにあり得る。


 そのことを思って俺は、こんなことをつづった。


 娘さんは変わらずに苦笑だった。


「あはは。気を使ってくれてありがとう。でも、傷つくんだったら、もう傷ついてるからなぁ。せっかく仲良くなれたと思ったのに、こんなことになって」


 それはまぁ、確かに。


 だが、歩み寄ろうとしてはねつけられるのは、これはこれで辛いものがあると思うけど。


 俺だったらねぇ、勇気を出してそんなことになったら、なかなか再起が難しいことになるに違いない。で、俺は娘さんが拒絶される可能性が高いと思っている。


 曖昧な言葉を選ばずに、直接的に制止した方が良いのではないか。


 そう俺が迷っていますと、


「……こんな時に、ちょっと声を大きくして言えないんだけどね」


 娘さんはいたずらっぽくほほ笑んでこられました。


「同年代の人とさ、あんな風に話したりするの初めてで……だからね、もう一度仲良くなれたらってね、そう思ってるの」


 娘さん、再び苦笑に戻られました。


「本当、声を大きくして言えないんだけどね。私利私欲って感じだし。でも、私は正直そんなこと思ってるかな。だから、拒絶されるのは辛いけど……ね?」


 ……ふーむ。


 これは、制止は取り止めかな?


 娘さんがそのつもりならね、俺ごときがとやかく言えませんわ。


 ただただ、応援させていただきますし……そうね。


 ドラゴンとしてっぽいけど、俺がアレクシアさんに一番心を許してもらえてるっぽいしね。


 出来る限りのことは、させてもらいますかね。


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