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第25話:俺と、人間嫌いのアレクシア

 満月が寒々しく光を発していた。


 その下にアレクシアさんが立っている。


 俺を目の前にして、うつむいて立っている。


「……ダメなんですよ。私は」


 そして、そんな呟きを発している。


 それに対し、俺は言えることは何も無くて……




 

 ハイゼ家には、立派な竜舎がある。


 ドラゴンが十体もいれば、それも当然だと言うべきか。ラウ家のように、民家が牛馬を飼っているような規模ではないのだ。


 さながら牧場の牛舎だった。


 広大な放牧地を前にして、長屋のような大きな竜舎が立っていた。


 その一房を、俺は住処として借り受けていました。で、そこに収まった俺の前にである。


 娘さんがいました。


 日差しは暖かくとも、寒風は激しい。そんな中であって、娘さんは外套も身につけていなかった。

 

 寒さなんて気になっていないようだった。


 苦しげに眉間にシワを寄せて、「はぁぁ」とため息をついている。


「頭ごちゃごちゃするぅ……あー、もう」


 そして、そんな嘆き節でした。


 俺もまた同意見と申しますか。頭ごちゃごちゃするぅ、でした。


 現状への理解が及ばない、と言うわけでは無いのですが。


 果たして現状に対して、何をすればいいのか? それが問題でして。


「……ふむ。やはり、ここに逃げ出していたか」


 もはや耳慣れた、陰鬱のような落ち着きがあるような、そんな声音。


 無精ひげを散らした、ちょっと不健康そうな顔色の男性。クライゼさんでした。クライゼさんが、こちらに近づいてきているのである。こちらは、外套をきっちり着込んでまして、手にはもう一着、畳み込んだ外套をつかんでいました。


「あ、クライゼさん」


 娘さんが振り向くと、クライゼさんが手にある外套を差し出してくる。


「忘れ物だ。風邪など引くなよ」


 さすがと言いますか、顔に似合わず優しさにあふれているのがこの人でありまして。


 娘さんは笑顔で手を伸ばします。


「ありがとうございます。ちょうど少し寒く感じたきたところです」


「騎手ともなれば、自分の体の面倒は自分で見るべきだと思うがな」


「あははは。はい。気をつけたいと思います」


「ふむ。そうするといい」


 気心の知れた師弟のやりとりでございました。娘さんの鬱屈とした雰囲気が少しばかり晴れることになりましたが、


「会議の結果を知らせておこうと思って来たが。聞くか?」


 この問いかけに、娘さんは表情を曇らせて「ははは……」と力なく笑い声を上げました。


「あー、ですよね。外套に届けに来て下さっただけとか、そういうことはないですよね」


「まぁな。で、どうする?」


「いえ、せっかく来て下さいましたし……まぁ、結果は知れているような気はしますが」


 これにクライゼさんは頷きを見せます。


「ご明察だな。結局、覆ることはなかったな」


「はぁ。ですよねー」


 娘さんはため息でした。


 で、俺はため息も無しに、ただただ納得でした。それ以外には、ならないような気はしていましたが。


 査問官の人たちも言ってましたがね。


 王都からの軍勢を望む静観派。


 ハルベイユ候領の独力で解決を図るしかないとする対抗派。


 黒竜への対策で、ハルベイユ候は二派に分断されるだろう。そして、静観派が主流になるだろう。


 これがずばり、現実になっているんですよねぇ。


 人数が集まることの出来るだけの屋敷があり、黒竜がいるであろう異界にもほど近い。


 そんな理由で、ハイゼの屋敷には、ハルベイユ候領の領主たちが集まりまして、今後の対策を話し合ったりしているのでしたが。


 案の定と言いますか、ハルベイユ候からの使者は、静観を叫ばれておりまして。


 それで大勢が決まっているそうで。


 静観だと。


 ハイゼさんや親父さんは対抗を訴えているのだけど、全体として静観ということになっているのでした。


 俺は対抗した方が良いと思うけどねぇ。


 あんな雷竜とぶっちゃけやり合いたくはないけど、そう思うしかないと言いますか。


 黒竜と遭遇してから、もう一週間経ちますが。


 王都からは軍勢を送るような報告は来ませんし。


 その最中で、村が新たに三つ焼かれることになりましたし。


「……もう、腹をくくって挑むしかないような気はするんですけどね」


 被害を思っての、娘さんの言葉だったのかもしれなかった。


 クライゼさんは「ふむ」と頷きつつも、首をひねったりもされていた。


「そうだな。だが、雷を操る黒竜か。二の足を踏むのもよく分かる。ドラゴンは家の宝だ。そんな意味の分からない脅威にドラゴンをさらしたくはないだろう。来る可能性が低くても、王都の軍勢を望むのも理解は出来る」


「でも……被害は広がっていて……」


「早急に対処する必要はあるだろうな。だが、二の足を踏む彼らを説得するのは難しいだろう」


 娘さん、大きくため息をつかれていました。


 それが娘さんの悩みの種でして。


 領民たちのためにも、いかに静観派を説得するか。黒竜を討伐するための状況を作れるか。そこに頭を悩ませておられるのでして。


 ただ、娘さん。悩みの種は、そればかりでは無くってですね。


「……あのー」


 やはり、気になってますよね。


 俺はすぐそう察したが、クライゼさんはそうでは無く。軽く首をかしげられる。


「なんだ? 聞きたいことでもあるのか?」


「はい。アレクシアさんのことですが……どうでした?」


 クライゼさんはなるほどと頷かれました。


「あぁ、彼女のことか。それはまぁ、気になるか」


「えぇと、はい。そうなんです」


「ふむ。別に変わりはないぞ。お前が逃げ出す前と同じだ。えらく叩かれていたし、雰囲気を悪くしていたな」


「……なるほど。そうでしたか」


 娘さん、物憂げな表情で黙り込みます。


 これがね、娘さんのもう一つの悩みの種でありました。


 アレクシアさんである。


 黒竜に対抗出来るように、ハルベイユ候領の諸侯がまとまれるように協力してくれる。


 そうおっしゃったアレクシアさんであり、事実その通りに働きかけをして下さったのですが……その結果がね。


 かなりのところ、散々だったようで。


 王都から軍勢が来る望みはまず無い。だから、ハルベイユ候領の諸氏でこの問題に対処するしかない。


 上級の査問官として、王家の事情にも通じるリャナスの一門として、言葉を尽くして説明してくれたようなのですが……


「……アレクシアさんは、正しいことを言っていると思いますが」


 娘さんの呟きに、クライゼさんは頷きを見せる。


「そうだな。正しいものだっただろう。だが、受け入れられるかどうかは別問題だったようだが」


 本当、そうらしくってですね。


 その理由はと言えば。


「まぁ、無理もあるまい。あれだけ嫌われてしまっていればな」


 そういうことであるようでして。


 娘さんからも、そんな話は聞いていた。


 嫌われているらしいのだ。アレクシアさんは査問官として騎竜の任を受けた家は全て訪れていたが、そのほとんどの当主から反感を受けていた。


 だからこそ、誰も説得を受け入れはしなかったとのこと。そんなヒマがあるのなら、王都から軍勢を引っ張って来いと邪険に扱われることもあったとか。


 娘さんが会議から逃げ出してきたのもこれが原因だとか。


 いくら邪険にされてもアレクシアさんは諦めなかった。変わらず説得を続け、それは会議の場でも変わらず。


 結果として、会議は荒れてしまったらしい。


 邪魔だから出ていけとまで言われて、それに対して、アレクシアさんは領民のことを思ってはいないのかと言い返してしまったりして。


 そんな空気に耐えられずとのことだった。娘さんは、どうしようもなく竜舎まで逃げ出してきたとのことだった。


「……何故なんでしょう? 私には、アレクシアさんがそんな嫌われるようには思えないのですが」


 娘さんはそんなことをクライゼさんに尋ねた。


 気持ちは分かった。俺も娘さんも不思議に思っているのだ。何故、あそこまで嫌われているのか。無愛想な人なので、ある程度嫌われるかもしれないが、それにしてもと俺には思えるのだが。


 クライゼさんはアレクシアさんを嫌ってはいないようだが、そんな人の見解はどうなのか。無精ヒゲをさすりながらに、答えてくれた。


「お前は、真面目に調べてくれていると、そんなことを評価していたな?」


 以前の会話が思い起こされた。


 他の査問官たちがロクに調べてくれないのに対して、アレクシアさんは真面目に調べてくれている。


 そんな会話が確かにあったような。娘さんはすぐに頷きを返す。


「はい。真面目に調査して下さっていて、素晴らしいな、と。その思いは今も変わりませんが」


「俺もそう思うし、事実そういう方なのだろうな。だが、真面目なだけで、あまりに不器用すぎる。そんな話なのかもしれん」


 娘さんは首をかしげる。


 不器用すぎる。俺も首をかしげました。手先がなんて話でもなければ、何を指してアレクシアさんを不器用だとしているのか。


 俺と娘さんの疑問のふるまいに、クライゼさんはすぐに口を開いてくれた。


「ご当主に話してみたのだ。アレクシア殿は査問官にしては珍しい大した人だ。真面目に調査をしてくれていると。そう言ったならば、ご当主は確かにと頷かれた上で、しかしあれでは嫌われるばかりだろうなと苦笑いを浮かべておられた」


「あれでは……ですか?」


「うむ。査問官とは元から嫌われ者だ。それが笑みもなく、ただただ相手を追求していく。相手からすれば、自分が疑われているのではと不快に思えて仕方がないだろう」


「でも……アレクシアさんは真面目に仕事をしているだけで……」


「真面目であれば好感を得られる。それが理想ではあるだろうが、なかなかな。それにアレクシア殿は、女性ながらに官吏であり、なおかつ部下を率いる立場にある。それだけでも、嫌悪感を示す男はいるものだ。お前も、戦場でその経験はしたと思うが」


 娘さんは「まぁ」と頷く。


 確かにそんな輩はいた。誇り高い騎手に女がなるとは。そんな感じで眉をひそめる人がいた。


 ただ、クライゼさんの後ろ盾もあれば、そんなことを声高に言う人はいなかったし、そもそも娘さんの性格のこともあった。


 なかなか娘さんは人に嫌われるような性格はでは無かったし、娘さんに笑顔で挨拶を受けるとね? 強いて悪口を言おうなんて、そんな気分にはなかなかなれないようでして。


 娘さんはともあれ、問題はアレクシアさんか。


 クライゼさんは悩ましげに頬からあごにかけて、ざらりとなでる。


「せめて愛想笑いでも浮かべられれば、反発を抑えられるのだろうがな。しかし、あの方にはそのような器用さは無いだろう。となれば、嫌われることも仕方あるまい」


「それで不器用ということですか?」


「そういうことだ。それは、どうやら王都でもそうだったようだがな」


 え? でした。


 いきなり話が広がりましたが、それをクライゼさんが口にすることが意外と言いますか。


「クライゼさん、アレクシアさんについて知っておられたのですか?」


 娘さんが不思議そうに問いかける。


 俺も同じ疑問を抱いておりまして。以前は初対面のような口ぶりであったと記憶しているのですが。


「いや。ご当主が調べられたのだ。カミール閣下からアレクシア殿について助けてやれという手紙がお前に届いたのだろう?」


「はい。そのような手紙が」


「それでアレクシア殿について少し気になったそうでな。王都のツテを頼って調べたのだそうだ」


「アレクシアさんの王都での様子をですか?」


「そういうことだ。評判はあまり芳しくなかったそうだ。あの態度は王都でも変わらずで、人と関わることもまるで無いらしい。そのせいか、敵ばかり作っているそうでな。なかなか成果を上げられてはいないようだ」


「……そうですか」


「人間嫌いのアレクシアなどと呼ばれているそうだ。カミール閣下が手紙をしたためられたのも、その辺りのことを耳にされたからかもしれん」

 

 

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