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第24話:俺と、査問官の人たち

 不意にでした。


 査問官の人たちの一人が、アレクシアさんに呼びかけてきました。


 それまで笑みを浮かべていたアレクシアさんでしたが、表情を消して、その声に向き合われました。


「なんですか? 今までの話に、何か意見でも?」


 黒竜対策について、何かしらの提言でもあるのか。そんなアレクシアさんの問いかけでしたが、うーん。この人たちなぁ、ハルベイユ候領の領民のことを思って何か考えてくれるような、そんな人たちじゃ無い気がするけど。


「あはは。いえ、そうではなく」


 案の定でした。


 先頭に立つ査問官の男性が、苦笑いで首を横にふってくる。そして、


「アレクシア殿は査問官の役割について、もちろん存じておられますな?」


 そんな問いかけでした。


 釈迦に説法と言いますか、正直意図の分からない問いかけでした。


 アレクシアさんもそんな心境らしく、わずかに首をかしげたりされていますが。


「もちろん分かっておりますが、それが?」


「ハルベイユ候の領民のために骨を折る。それは立派なことです。ですが、それは査問官の仕事でしょうか?」


 あ、もう分かった。


 娘さんはまだ首をかしげておりますが、俺はもう分かりましたよ。蛇の道は蛇と言うけど、俺も性格は良い方じゃないしね。あの人たちの言うことは良く分かりました。


 アレクシアさんは付き合いの長さがものをいったのですかね? 静かに頷かれました。


「分かっています。調査するまでが我々の仕事です。ここから先は、査問官の任の外にあります。貴方たちが、わざわざ骨を折るような必要はありません」


 やはり、分かっておられるようで。


 査問官の方々は安心したようにほほえんでいました。


「それを分かっておられるようでホッとしました。貴女の趣味に付き合わされのではとヒヤヒヤしておりましたので」


 一人の方がそう口にされましたが、本当ストレートに失礼な物言いでした。


 正直ね、気持ちは分かります。査問官の人たちからしたら、管轄外の問題に過ぎないし。黒竜なんて異常な存在に巻き込まれたくないだろうし、ホッとする気持ちはわりと分かる。


 でも、言い方ってものがあるような気はするけどねぇ。


「……本当、イヤミだなぁ」


 娘さんが、思わずといった様子で呟かれていましたが、それは俺の耳ぐらいにしか届かなかったようで。


 アレクシアさんは、皮肉に反応するつもりは無いらしい。淡々と話を進めます。


「分かりました。では、申し訳ないですが、私は趣味にいそしませていただきますので。王都への報告の方は、よろしくお願いします」


 協力なんて期待していなかったのか、淡々とそんな言葉を口に出されました。


 まぁ、ともあれ、この話はこれでおしまいでしょうか?


 この後は、ハルベイユ候の元を訪れるなりして、黒竜について説明をして、今後の対策についての話をしたりするのでしょうかね。


 そんなことを思っているとでした。


「……相変わらずですな、貴女は」


 査問官の一人が、冷たい笑みを浮かべてそんなことを言ったのだ。


「はい?」


 アレクシアさんが不思議の声を上げる。


 査問官の一人は「ふん」と鼻を鳴らす。


「他人に興味をまるで示すこと無く、期待もしない。どうでもいいと思っているような態度であり目つき……まぁ、相変わらずで」


 俺は少しばかり戸惑いを覚えた。


 それは今までの陰口とは質が違うように思えたのだ。悪口などと称せる感じでは無くて、もっと剣呑で辛辣なものに俺には思えた。


 アレクシアさんにそんな感覚はあるのかどうか。それは分からないが、面と向かっての非難の声にわずかに眉をひそめたようだった。


「……そうですか、それは今後の参考にさせていただきます」


 軽くいなそうとした。そんな感じだった。それに対し、査問官の一人は、


「貴女のことを思って助言させていただきます」


 そんなことを言ってきました。


「助言?」


 アレクシアさんが思わずと言った様子で繰り返し、それには頷きが返ってくる。


「はい。助言です。今回の件に関わるのは止めておかれた方が良いのでは? 正直、貴女が関わることが良い結果をもたらすとは思えないのです」


 あざ笑うようにしての、そんな発言でした。


 アレクシアさんはほとんど無表情でしたが、娘さんはむっとしたようでした。


 無理もないと言いますか、それも当然だろう。立場上の責任も無いのに、それでもハルベイユ候領の領民のことを思って、アレクシアさんは協力してくれようとしているのだ。


「そんなことは無いと思いますが。魔術師でもあるアレクシアさんが協力してくれることは、間違いなく大きな力になるかと」


 娘さんが不機嫌を隠さずにそう伝える。それに対して、査問官の一人は……


「いえ、間違いなくそうはならないかと」


 そんな返答でした。それに対し、娘さんは戸惑いを示されていた。と言うのも、査問官の方がとても真摯なと言うか、真面目な表情でして。


「王都から軍勢は来ない。そのために、ハルベイユ候領の有力者たちで事態の打開を目指す。そのことは自体は正しいと私も思います。だが、それには問題が出てくるはずです」


 査問官の人は、真面目な表情そのままに言葉を続けます。


「それは、有力者たちの意見の相違です。覚悟を決めて黒竜に対抗しよう。そう思う者が出る一方で、かなうはずも無ければ、王都からの軍勢を望もうとする者も必ず出ます。領主とは、そもそも手勢を危険にさらすことを嫌がるものですからな」


「それは……はい、確かに」


「対抗派と静観派。その二つの派閥で割れるのは間違いない。その上で、おそらくハルベイユ候は静観に回ろうとするでしょう。老いたあの方に、黒竜に対抗するような気概が残っているとは思えません」


「……それは、そのような気がしますが」


「静観派が主流になる。それもまた間違いはないでしょう。そして、静観している間に被害はおそらく膨れ上がることになるかと」


 さすがに王都の官僚さんだということなのだろうか。


 冷静な見立てであるように俺には思えた。確かにありそうな気がするというか、俺自身、王都の精鋭なりでどうにかして欲しいと思っていたし。


 査問官の人は誠実な口ぶりで言葉を続ける。


「だからこそ、かなりの政治的な働きが必要となります。対抗派の結束を固め、静観派を切り崩し、その多数派工作をもって、ハルベイユ候を説得する。そんな働きがですが……」


 査問官の人は、アレクシアさんへと視線を向ける。関わらない方がいい。そう言われていたアレクシアさんは、やや剣呑な目つきをしながらに頷かれました。


「そんなことは分かっています。もちろん、私はそのような働きかけをするつもりです。王都の上級官吏でもあり、リャナス一門という泊もあります。それなりの働きは出来るつもりです」


 この人こそ、本当さすがにと言いますか。


 俺は内心強く頷いていました。さすがはアレクシアさんである。有能感がすごい人ですけど、やはりその通りのようで。査問官の人たちが思いつくぐらいのことは、当然分かっていたっぽい。


 さらには、黒竜に対抗できるように、政治的に尽力していただけるようで。娘さんは本当に聖女だったりするけど、この方もかなりその口だよねぇ・


 本当ね。


 何でコイツらは、アレクシアさんに関わらない方がいいなんて、そんなことを言うんだろうね。


 そんなことを思っておりますと。


「……ふん、無能が偉そうなことを」


 さきほどまで話していた査問官とは別の男だった。荒々しく、そんな呟きを発してきた。


「ちょっと! なんですか、それは! 失礼な!」


 娘さんが思わずといった様子で声を荒げる。


 それに対して、だ。その発言をした査問官は、何故か同情の目をもって娘さんを見つめてきた。


「サーリャ殿。貴殿は良いお方だ。騎手として素晴らしい実力者でもあれば、尊敬に値する。だからこそ、助言をさせていただきたい。そこの女に関わらせるのなら、貴方自身が働きかけを行った方が良い。その方が、必ず上手くいくでしょう」


 その口ぶりには、娘さんに対する親身な心配がにじんでいて……な、なんなんだ?


 真面目なアレクシアさんに対する、不真面目な査問官たちの敵意。それだけでは説明出来ないものを含んでいるような気がするのだが。


 娘さんは困惑しているようだった。アレクシアさんへの侮辱に声を上げることなく、発言の主を見つめている。


 その発言の主である査問官の人は、訴えかけるような目をして再び口を開く。


「貴女はそこの女を高く買っているようですが、王都での評判は真逆です。アレクシア・リャナスの名前はですな、無能の代名詞のようになっているのです」


「む、無能? い、いえ、ですから! そんな失礼なことを口にするのは……」


「事実を事実としてお伝えしているのです。ロクな成果を上げたことなど一度も無いのです。ですから、本当にこの女を関わらせるのは止めた方がいい。リャナス一門は秀才揃いで有名ですがな。アレクシア・リャナスの名は、その中でも失敗作として有名で……」


 ガンッ! と鈍い音が鳴った。


 それはアレクシアさんの足元からであった。河原の地面を激しく踏み鳴らしたのだった。


 アレクシアさんはにらめつけていた。


 発言した査問官を、そして他の査問官の人たちを。


 白い顔を紅潮させ、瞳に怒気をにじませてにらめつけていた。


「……黙りなさい。いいから、黙りなさい」


 発言をしていた査問官の人は、黙りはしなかった。やれやれとでも言いたそうな表情を浮かべながら、娘さんに目を向ける。


「とにかく、忠告はさせていただきましたぞ」


 その言葉に対し、娘さんは返す言葉が無いようで……一連のやりとりに混乱しているのだろうか。唖然とアレクシアさんを見つめたりしています。


 俺もまた唖然としていました。混乱していました。


 何を思えばいいのか分からなかった。

 

 アレクシアさんが無能と断じられて、しかしそれに怒気を覚えることも出来ない。それだけ査問官の人たちの口調には親身な配慮があったように思えて、どこか真実味が感じられて……


 とにもかくにもでした。


 雷を操る黒竜。その出現を受けての今後。


 俺は不安を覚えるしかありませんでした。


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