第23話:俺と、黒竜への方策
軍勢は……来ない?
俺はにわかに川の中にあって寒さを忘れていた。
軍勢が来ない。アレクシアさんはそうおっしゃいましたが、え? 何故に?
雷を操る黒竜。ハルベイユ候の手に負える存在でもなければ、軍勢送るべきじゃないの? あんなのを放っておいたら、ハルベイユ候領だけの問題ではすまなくなっちゃうかもだよ?
「こ、来ないのですか? あんなドラゴンなんですよ? 放っておいたら、村が一つ焼かれたぐらいじゃすまなくなるかもしれないのに……一刻も早く、対処すべきなのではないのですか?」
本当に、その通りだった。
あんな凶悪な実力を持った、好戦的なドラゴンなのだ。早々に軍勢をもってして対処すべきだと、俺も思うのだが。
娘さんのそんな真っ当であろう意見に対し、アレクシアさんは同意の頷きを見せてきた。だが、表情はと言えば、どうにも悩ましげなものでした。
「気持ちは分かります。ですが、それはじかに目の当たりにした我々だからこそ思えることです」
そして、そんなことを口にされましたが……あぁ、それは確かに。
ちょっと納得しました。
雷を操る黒竜。
可能性自体は探っていたが、それでも目の当たりにして、ようやく受け入れることの出来た存在。
「……信じてはもらませんか?」
俺と同じ結論に至ったらしい娘さん。
アレクシアさんは固い表情で頷く。
「そうなると思われます。雷を操るドラゴンも、それがあるいは災害になりかねない実力をそなえていることも。信じてはもらえないかと」
「そうなりますと、現状は……」
「はい。村が一つ焼かれた。悲惨なれど、それだけの話です。当然、軍勢を送るような話ではありません」
カメラも無ければ、スマートフォンも無い。
そんな世の中なのだ。映像で証明することは出来ない。実物でもなければ証明は出来ない。あり得ないものは、やはりあり得ないものとして処理されるしかない。
娘さんも、そんなことはよくよく分かっているだろう。
だが、それでも現実を見知っているわけで。何とももどかしそうな表情をされていました。
「でも、何とかなりませんか? あの黒竜は、おそらく全力ではありませんでした。私とノーラで敵うこともなければ、やはりかなりの戦力が必要だと思うのですが」
「残念ながら、難しいかと。ハルベイユ候領を超えて、多くの村や街が焼かれることになれば、あるいは。それだけの重大な事件になり、目撃者も増えれば、王家にとっても動く理由にはなり得ると思います。雷を操るドラゴンについても、信じてもらえるかと」
「……でも、それじゃ遅いですよね?」
娘さんの目には不安の色があった。
対処が出来るのなら、被害者が出る前にしなければならないのに。そんな娘さんの胸中が想像できるようでした。
俺もまったく同感でした。
どうしても、あの廃村の光景が頭に浮かぶ。あんな村や街が増えて、犠牲者が増えていく。それを座して待たなければならないというのはどうにも……耐えるのはキツそうだった。
「はい。まったくもって、その通りです」
そして、それはアレクシアさんも同様だったらしい。力強く頷いてくる。その顔、その瞳には普段のこの人からは想像もできないほどに強い光があった。
「なんとかしなければならないのです。領民たちが焼かれるのを、ただ見ているわけにはいかないのです」
本当に、その通りとしか言えなかった。
娘さんもまた、力強い頷きを見せる。
「はい。見過ごすことは出来ません。凶行を止めなければいけません。ですが……方法が」
娘さんは悔しそうに口をつぐむ。
そこが問題だった。
あの黒竜を止める。それは俺と娘さんが全力で当たるぐらいでは、とても実現出来そうになかった。止めることが出来なければ、黒竜の凶行をただ眺めることしか……
「方法は無いわけでもないかと」
だが、そんな回答だった。
アレクシアさんは、淡々と娘さんにそう答えてきた。
「え? 方法が? あ、あるのですか?」
前のめりに問いかける娘さんに、アレクシアさんはこれまた淡白に頷かれました。
「はい。まずは、持ち主を探すことです。おそらくはこの異界にいるであろう黒竜の持ち主をです。それが解決の一案になるのかと」
正直、がっかりしたのは否めませんでした。
黒竜には、もしかしたら飼い主なんていないのかもしれない。俺はそのことを知っているため、その解決法に期待を抱くことは出来なかったのだ。
一方で、娘さんもまた、どこか落胆したような表情をされていまして。黒竜の飼い主事情についてはまだ話していないのですが、何かしら思うところがあるようでした。
「それは、一つの方法かもしれませんが……すいません。少し、甘いのでは?」
「甘い、ですか?」
「はい。この森を探すとなれば、それなりの人手が必要で、人手が多くなれば、相手に気づかれる可能性も高く……その時には、やはり黒竜を相手せざるを得なくなります」
「結局は、黒竜を相手にする方策がなければ、と?」
「人員が無駄に失われることになるかと」
とにかく必要になるのは黒竜への対策であるようだった。
黒竜を放っておけば領民に被害が出るだろうが、対策なく黒竜に挑めば、それもまた大きな被害を出すことになるだろう。
「分かっております。その方策も考えてあります」
そして、アレクシアさん。そう娘さんに告げるのでした。
え? だよね、うん。
方策。あ、あるんですかね、そんなの?
「ほ、方策ですか? そ、それは?」
またまた前のめりの娘さんでした。アレクシアさんは少し考えこむようにあごをなでられまして。
「魔術とあれば、対策は立てられます。雷は常識の範疇の外ではありますが、それでもです。ただ、それでもあの黒竜は、サーリャさん一人でどうにか出来るものではないでしょうね」
「ま、まぁ、どんな対策があっても、一人で挑みたくはないですが……」
「少なくとも、ハルベイユ候領の騎竜を総動員する必要はあるでしょうね。やはり、相手は規格外ですから。数はいるにこしたことはないでしょう。ともかくハルベイユ候に進言する必要はあるでしょうが……サーリャさん」
何を思われたのか。
アレクシアさんはあらたまって娘さんの名前を口にされました。娘さんは慌てて返事をします。
「は、はい。なんでしょうか?」
「さきほどの空戦を拝見してよく分かりました。貴方と……その騎竜、ノーラは並外れた実力の持ち主です。黒竜を相手にするのには、貴方たちの参加は不可欠です。協力してはいただけますか?」
そんな問いかけでした。
娘さんはにわかに難しい顔をされます。
「え、えーと、私はラウ家の騎手で、ハルベイユ候旗下の騎手であって、私個人でそれを判断するのは難しいですが、それでも……」
「それでも?」
「……私も、黒竜はどうにかしなければいけないと思っていますし、これはハルベイユ候領の問題ですから。協力するのは当然だと思っています」
娘さんの立場もあって、即断とはいきませんでしたが。
それでも、そんな意見でした。
俺もまぁ……ねぇ? 正直、戦いたくはないが、これはハルベイユ候領の問題であり、ラウ家の領土にも被害はその内に波及しかねない。
娘さんのためにもね、がんばらないといけないかもね。いや、実際本気で嫌だけど。まぁ、仕方がない。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
アレクシアさんは笑顔でした。で、娘さんも笑顔を返されたりしていましたが……俺をちらりと見てこられました。その時には、少しばかり笑みを曇らせていましたが。
まぁ、俺がこんなですからね。
俺を再び非常な脅威にさらすことに、申し訳なさを覚えておられるようですが……いや、お気になさらずでした。
俺は娘さんの騎竜でして。
娘さんがやる気なら、俺も当然従いますとも。黒竜に対する方策は詳しくは分かりませんが、まぁ、やってやりますかねー。出来れば、暖かくなってからの方が良いですけど。火傷の対処が寒くなさそうですし。
ともあれ、方針は決まったそうで。
王都からの軍勢の派遣は無い。
だから、直接の脅威にさらされているハルベイユ候領の面々で、何とか黒竜に対処する。そういうことで。
ただ、これは娘さんとアレクシアさんの方針に過ぎないからなぁ。これをハルベイユ候やら、親父さんやらハイゼさんやらに打ち明けた時にどんな反応があるのか。それは未知数でした。
「……少し、よいでしょうか?」
俺がそんなことを考えていた時だった。
男性の声が上がった。
それはもちろん、査問官の人たちの一人によるものでした。ぶっちゃけ存在を忘れていましたが、一体何用ですかね?
彼らは、そろってアレクシアさんを見ていた。
どこかうんざりしたような表情で見つめていた。