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第22話:俺と、川が冷たい

『……ぬわー、ひぃぃぃ』


 思わず声がもれてしまいました。


 これね、はたから見たら拷問だよね。言葉は伝わらずとも、感情は十分に伝わったらしい。娘さんは苦笑を俺に向けてきます。


「あはは。ごめんね。でも、ちゃんと冷やさないとだから」


 わ、分かっております。ただ、くっそ寒いです。俺は身震いしつつ何とも憂鬱でした。


 俺の姿は川にありました。


 異形の森に流れる小川である。そこに俺は伏せるようにして、半身を浸しているのでした。このくっそ寒い、寒空の下においてである。


 理由はもちろん火傷のためであった。


 腹部を中心にして、かなりの範囲を火傷しておりまして。火傷の薬もなければ、せめて冷やさなければと、こんなことになっているのである。


 そして娘さんは、俺のすぐそばの岩の上で濡れないようにして立っています。


「じゃ、かけるよー」


 娘さんの手には、目的地であった付近の村で借りた木桶がありまして。浸りきれなかった火傷部分にざざーっと冷水が。ひ、ひぃぃぃぃ。さむーい。でも、水につかっていないと、火傷の痛みが本当ひどくて。


 うーむ。痛しかゆし。火傷の治りを良くするためにも、ここは水につかるしかないのですが……ぬおおおおおお。寒い! ドラゴンになってから風邪なんて引いたことがないけど、その心配もちょっと必要になるような。


 娘さん、そんな俺を見て苦笑いを見せます。


「かわいそうだなって思うけど、これは仕方ないからなぁ……でも、ごめんね。私をかばって、こんなことになって」


 不意に、娘さんが申し訳なさそうに目をふせてきた。


 俺は水につかりながらに、娘さんの表情をうかがう。心優しい娘さんらしいと言いますか、心苦しそうな顔をされています。


 そんなのねー。気にされてなくていいですけどねー。


 水面に文字をつづるわけにもいかないので、俺は首を横にふる。本当、俺であって良かったのだ。落雷を受けて、人間の娘さんだったら死んでしまったかもしれませんし。


 だから、本当に気にされないで下さい。


 俺がそんな思いでおりますと、娘さんは苦笑して俺のほおをなでてきます。


「貴方は……本当に優しすぎてちょっと心配になるかな。怒りたい時はちゃんと怒っていいんだよ?」


 なにをおっしゃりますのやらでした。俺が怒るなんて、とてもとても。むしろ、怒られるような覚えはいくらかありますが……う、うむ。


 とりあえずは、まぁ考えないことにします。


 怒ることなんてありません、と引き続き首を横にふる。娘さんは苦笑そのままに頭を下げてこられました。


「とにかく、ありがとう。貴方のおかげで本当に助かったから。ノーラは本当に私の自慢のドラゴンで……って、あ。忘れてた。じゃ、かけるねー」


 俺の火傷がぬれているように常に気にかけてくれている娘さんでした。もうちょっとお褒めの言葉に浸っていたいところでしたが、これは仕方の無いことでした。ざざー、で。そして、ぬおー。さむい。もう、ただそれだけ。


 ほ、本当ね! 最悪だね! ケガだけはマジでするもんじゃないね!


 でも、生き残れただけもうけものかもなー。


 俺は寒空に目をやった。あそこでやりあってたんだよなぁ。俺の常識では測れない、かなりのところの化け物とねぇ。


 なんだったんだろうね、あれ。


 雷を操る、黒竜。


 本当に良くわからない存在だった。


 雷を操ることもそうであり、騎手なくして飛んでいたこともそうだ。飼い主がいないことをほのめかしていたが、そこもまた不思議だった。


 言動もよく分からなかった。詳しくは覚えていないが、妙なことを多く口にしていたような気がする。


 そして最後には、俺に期待しているなんて言って去っていったが……本当になんだったのかねぇ。


 なんか、もう一度俺に会いたそうな感じでしたが。何を思って、そんな言葉を投げかけてきたのやらである。まぁしかし、俺としては再会なんて心から願い下げでしたが。


 もうね、強いのなんのってね。


 雷だけでも手に負えない上に、技術も抜群のものも見せてきまして。クライゼさんに匹敵するのではないかと思えるほどでした。


 俺は娘さんのためであれば空戦も喜んでするけど、それが別に好きなわけではない。向こうさんは終始楽しそうだったけどね。俺は本当にかんべんなのでした。


 で、その黒竜ですが、飛び去って、行方の方は分からないそうで。アレクシアさんを初めとする査問官の人たちが、付近の村の人たちに聞き込みはしているみたいだけど……って、お?


 ちょうどなタイミングでした。


 アレクシアさんを先頭にして、査問官の人たちが川辺にやって参りました。


「お加減はいかがですか?」


 アレクシアさんが心配そうな顔して尋ねかけてきます。もちろんそれは、俺へのお言葉でしょうね。娘さんは「うーん」と苦笑での反応でした。


「良いことはありませんけど、思ったよりは大丈夫そうです。本当に、もうダメかと思ったんですけど」


 ですよねー、でした。


 俺も、もうダメかと思ったのですが。意識も白黒して、棺桶に片足を突っ込んでいる感覚がありまして。ただ、あれは感電のショックみたいなところが大きかったようで。


 火傷はけっこうヒドイし痛いんだけどね。それでも命に別状は無いのでした。


「そうですか。それは幸いです」


 アレクシアさん、笑顔で頷かれていました。俺が堕ちた直後に駆け寄ってきてくれたのですが、その時にはけっこう青い顔をされていまして。本当ご心配をおかけしましたでした。


「そちらはどうでした? 調査の方についてですけど」


 娘さんの問いかけに、アレクシアさんは「はい」と頷かれました。


「その結果をお知らせしようと思いまして。まず、撃墜された騎手に騎竜ですが。どうやら無事であったようで、すでに飛び去っていたようです。付近の村人がそれを目撃していました。あの黒竜を追っていた事情は聴けませんでしたが、一つ良い知らせですね」


 娘さんはほっとしたように笑みになりました。


「そうですか。それは良かったです」


 俺の無事を確認した後だった。


 娘さんは撃墜された騎手に騎竜たちのことをかなり心配されていたのだ。同業者ということもあり、思うところは大きかったようだ。俺も娘さんほどでは無いにしろ、ビリビリを体感した仲間として心配をしておりました。これは一つ良いニュースとなりましたね。


「あのドラゴンについてはどうですか? 行方などは?」


 ここで本題って感じかな?


 にわかに険しい表情をされた娘さんに対し、アレクシアさんも雰囲気を鋭くして応じられます。


「どうやら、異界のいずれかに降りたようです。その目撃証言がありました。騎手ないし所有者も、この異界に潜んでいるようですね」


 あ、と思いました。


 そうだ、色々と伝えないとね。あの黒竜が飼い主がいないようなことを言っていたこともそうだが、他にも気になることを色々と口にしていたし。


 今までは火傷の面倒が第一で、そんなことを伝えられる余裕は無かったけど。機会を見て伝えとかないとね。


 ともあれ、あの竜はここ異界を根城にしているのだろうか?


 何とも趣味が悪いなぁとかいう感想はさておきつつ。


 これで一応、目的は達成されたことになるのかな? アレクシアさんたちの、当初の目的がである。


「これで犯人が分かって、その潜伏先も分かったんですね」


 娘さんがおっしゃった通りでございました。


 村を焼いたであろう騎手に騎竜を探す。それが、この一団の目的だったわけです。


 その目的は思わぬ形で果たされることになったのですが……ともあれ達成されたことには変わりはないだろう。


「これからはどうなるんですか? アレクシアさんたちは、これから何を?」


 娘さんはそんなことを尋ねられましたが、俺もそこは気になるところでした。


 目的は果たされたわけですが、アホみたいにやっかいな問題は残っているわけで。本当、どうされるんですかね?


 アレクシアさんは淡々として口を開かれました。


「当初の予定では、犯人を見つけましたら、それをハルベイユ候に知らせた上で、王都に報告に戻るつもりでした」


「戻られるのですか?」


「はい。我々は査問官ですので。調査とその報告までが責務です。そこから先はまた別の者が」


 なるほどでした。


 調査までがアレクシアさんたちの仕事。そこから先はまた別の人たちの仕事。まぁ、そうなるよね、普通。


 なんだか、ちょっと一安心でした。


 俺と娘さんが、何でこの場にいるのか。直接の原因としては、カミールさんの手紙であり、アレクシアさんの調査を助けるのが目的でありました。


 で、その目的は無事果たされまして。


 娘さんはここまでで良いってことだよね? その点が何とも一安心でありまして。


 あんな化け物とやり合うのはねぇ。これ以上はゴメンでした。関わらずにすむのなら、本当関わりたくない。雷撃を受けたのが俺だったから良かったものの、あれが娘さんに直撃した可能性もあったわけで。


 誰かに任せられるものなら、喜んで任せたい。そんな俺の胸中でした。


 一方で、娘さんは何を思っているのか? 何やら眉尻を下げて、不安そうな顔をされていますが。


「これからどうなるのでしょうか? あの黒竜を放っておくのはありえませんけど、尋常ではない強さで。正直、ハルベイユ候にどうにか出来るような問題には思えなくて……王都から軍勢を送ってもらえるようなことにはなるのですか?」


 あの黒竜を放っておけないという思いが強いようで。


 まぁねぇ? あの廃村のことを思うと、あの黒竜をどうにかしなければならないという思いは良く分かった。


 その上で、王都からの援軍を願う気持ちもよく分かった。あんなの、俺と娘さんの手に負えないのは間違いがなければ、多少数が集まったところでどうにかなる感じもない。


 この国の王様なのだ。きっと俺が想像できないような、精鋭の騎手だったり魔術師などを抱えこんでいるに違いなくて。


 こんな大問題であれば、きっとそんな人たちを送ってくれる……と俺は願っておりますが。


 こちらはどう思っておられるのか。


 アレクシアさんは妙に固い表情をされていて……んん?


「……軍勢は来ません」


 そんなことをおっしゃられました。


 娘さんは思わずといった様子で繰り返します。


「軍勢は来ません……ですか?」


「はい。少なくとも、来ると楽観視は出来ません」


 アレクシアさんの表情は固かった。


 そして、その瞳には、不思議と強い意思の光のようなものが浮かんでいた。


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