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第19話:俺と、異界

 異界。


 そんなおどろおどろしい名前の場所に、俺たち一団はやってくることになりました。


『……ふーん』


 冬の晴れ空の下、枯れ葉を踏みしめながらに俺は周囲を見渡します。


 異界……かぁ。


 そう呼ばれるのは分かるような気も。なんかこう不思議な光景でありました。


 ここハルベイユ候領は、多くが森に覆われています。その森の様相はと言いますと、本当に森らしい森と言いますか。針葉樹と広葉樹の入り混じった、前世の俺にとっても違和感のない森の姿をしております。


 ただ、ここは……なんだろうな。異国情緒なんて言ってもいいのかどうか。少なくとも、俺の知る森らしい森とはかけ離れていました。


 一見すると、数多の蛇がのたうちまわっているようにも見えると言うか。


 枝ぶりのおかしな木々の数々。すっと空に伸びているような木は一本もない。どこまでが幹でどこまでが枝か分からないような木々が、ただただ乱雑に空間を埋め尽くしている。


 うーん、何とも異様な景色ですが。


 春になればね、もっとおかしな光景が見られるかもしれないね。


 今は枝葉は散って、草木も枯れ果てている。だが春になれば、きっとおかしな枝葉が伸びて、奇妙な草木がしげることになる。ここは、そんな予感をさせてくる場所であった。


 正直、気味が悪いですね。

 

 娘さんは不気味では無いと言っていたけれど、俺はそう思うのでした。


 でも……何だろうな。俺は思わず異様な木々を見つめます。不思議な感覚を俺は覚えているのでした。なつかしい……なのかな? 妙な居心地の良さを感じていたりしましたが、はて? こんな場所に縁なんてあったかな? いや、そんなことは無いはずでして……うーむ。


「ノーラ?」


 先を歩く娘さんが、不思議そうに声をかけてくる。おおっと、でした。今は行進の真っ最中でしたが、思わず足を止めてしまったらしい。なんでもございません、大丈夫です。俺はすぐに歩みを再開します。


 まぁ、とにもかくにも。


 今は犯人捜しの真っ最中でした。犯人の去った方向をたどって、その形跡を探ると言いますか。この異界の近くにも集落があるらしく、そこを目指したりしています。異界に去ったとする黒竜が、さらにどこかに向かったのかどうか。その証言を得ようというのでした。


「……でも、本当に不思議ですね。興味深いです」


 先頭を歩くアレクシアさんだった。言葉通りに大変な興味を抱いておられるらしく、あっちをキョロキョロ、こっちをキョロキョロ。こんな場所でも細い道が通っているのですが、気が付けば道を外れてどこかに行ってしまいそうな、そんな視線のさまよわせ方をされていました。


「アレクシアさん、危ないですよ。足元にけっこう根が浮いてますから」


 さすがに案内は無理でしたが、二回目の来訪ということもあってか落ち着きのある娘さんでした。苦笑を浮かべつつ、注意を喚起されます。ただ、アレクシアさん。なかなかそうはいかないようですが。


「分かっています。ただ、明らかにこの地域の植生とは異なっていて……面白いですね」


 好奇心の前には、安全性は二の次ということなのか。本当にこの人、けっこうな学者肌ですよねぇ。


 ちなみにですが、アレクシアさんほどでは無くても、他の王都の来訪者さんたちも似たような感じでした。


 俺たちの背後に続く、査問官の人たちである。


 奇妙な木々を指差しながら、驚きの言葉を交わし合っている。査問官として、きっと色々な所に出向いてきたはずなんだけどね。そんな人たちにとってもここは新鮮な驚きを覚える場所のようだった。


 しかし、本当静かでいいですね。ここ数日で、範囲が娘さんにまで拡大した陰口を聞かずにすむのだ。彼らには末永くおのぼりさんであって欲しいものである。


「……異界ですか。なるほど、聞いたことはあるかもしれませんね」


 歩を進めながらです。


 アレクシアさん、目を静かに輝かせながらに呟かれました。


「あ、そうなんですか? うちの当主が適当を言ったものだと思っていましたけど」


 で、娘さん。こちらも当然歩きながらですが、親父さんdisをはさみながら、そんなことをおっしゃりました。


 廃村での会話の続きかな? 娘さんは他の地域にもあるはずって言っていましたが。


 アレクシアさんは視線を左右にしながら頷かれます。


「はい。過去には、王都の周辺にもこのような土地があったと。ただ、異界と呼ばれてはいなかったような気はしますが。今は切り開かれて、もう存在しないと聞いたような気も」


「へぇ。じゃあ昔はあったんですね」


「そうなりますが……ふーむ。しかし、不思議ですね。本当にどこか別の世界に紛れ込んだようです」


 そんなアレクシアさんのご意見でしたけど、意外と異世界って違和感を覚えないものですよ? まぁ、俺のケースに過ぎないのですが。


 ただ、未経験者の方々は同じことを思われるようで。


 ははは、と。


 笑い声が上がりました。娘さん、アレクシアさんに同意の頷きを見せております。


「分かります。以前に来た時に、私も似たようなことを思いました。それで野生のドラゴンが出てきそうなんて当主に伝えて、笑われたりしましたけど」


「ふふ。それは面白いことをおっしゃいましたね、野生のドラゴンなんて。気持ちは分かりますが、そんなまさか。見つけることが出来たら大変な騒ぎになるでしょうね」


「あはは。ですよねー。実際探しましたけど、見つかりませんでした。あの時はガッカリしたなぁ」


 そんな朗らかな会話でしたが、ふーむ? ドラゴンって野生にいないのですかね? 野生の馬はもう存在しないなんて、前世のニュースで聞いたことがありますが、そんな話なんでしょうか? ちょっと気になります。


「……しかし、ドラゴンですか」


 不意にでした。


 好奇心に浮ついていたようなアレクシアさんでしたが、にわかに表情を引き締められました。


「どうされました?」


 娘さんの疑問の声に、アレクシアさんは真剣な目をされて口を開かれました。


「雷を操るドラゴン。そのことが頭に浮かびまして」


 これもまた廃村でのやりとりの続きだろうか。


 娘さんは、はて? と首をかしげられます。


「その話ですか? そんなものはあり得ないみたいな結論になりませんでしたっけ?」


「はい。そんな結論になりました。ですが……そのことが頭から離れないのです」


 ふーむ?


 二人の後に続きながら、俺は首をひねります。


 実際、どうなんでしょうねぇ。ドラゴンが雷を操る。アレクシアさんの発言によれば、ドラゴンにはもしかしたら雷を操ることの出来る素質があるのかもしれないけど。


 ドラゴンブレスは魔術。


 だったら魔術を扱えるドラゴンは雷も操ることが出来る。そんな理屈でしたが。


 でもねぇ?


 ちょっと思ったりしたのだ。じゃあ、俺にも出来るのかな? って。で、雷よ出ろー、と念じてみたりしたのですが、結局無駄骨でありまして。


 あるいは魔術の修行を積めば出来るのかもしれないけどね。でも、自らの魔力に気づいて、目的の魔術のための魔力の作り方を覚えろなんてねぇ? 


 ドラゴンは人によく従う生き物だ。それでも、こんな複雑なと言いますか、抽象的な部分の多い命令にはしたがうことは出来ないだろう。式だったかな? あの紋様に足をつけろと言われれば従うだろうけど、それ以上はちょっと無理だろう。


 俺みたいなドラゴンがいれば、あるいはだけど。その可能性はねぇ?


 それで、娘さんである。


 ドラゴンとべったり付き合ってきただけあって、アレクシアさんの意見には懐疑的なようでした。


「無いと思いますけどねぇ。ドラゴンが雷を操るなんて、そんな話は聞いたこともありませんし」


「私もありません。ただ……少し気づいたことがありまして」


 気づいたこと。はてさて、それは?


 アレクシアさんは眉間にシワを寄せて、どこか悩ましげでした。


「黒いドラゴンが村を焼いた。その目撃証言はいくつもあったのですが、よく思い出してみるとですね。一人として騎手について言及されている方がいなかったのです」


 はい? でした。


 娘さんもまた、はい? でございまして。


「それは……えーと?」


「ドラゴンには騎手がいるはず。私はそう思い込んでいたのですが……どうでしょうか? ドラゴンが単独で村を焼いた。その可能性も考える必要が出てきたように思えるのです」


 ドラゴンが単独で?


 それは……正直、信じがたいことですが。


 娘さんも同様なのか。ぎこちなく苦笑いを浮かべておられました。


「い、いやそれは……ドラゴンに騎手がいるのは当たり前。そう思って証言されなかったのでは?」


「それがですね、私が騎手について尋ねた場合でも証言は得られずでして。覚えていない、きっと乗っていたのだろうけど記憶に無い。そんな回答ばかりでした。きっと黒のドラゴンに対する印象が強烈で、騎手にまで意識が向いていなかったのだろう。そう思っていたのですが……」


「ドラゴンが単独でという可能性もあると?」


「はい。そして、そうだとしますと、雷を降らしたのはドラゴンだという結論になりまして……荒唐無稽だとは思いますが、サーリャさんはどう思われますか?」


 どうって言われましてもねぇ。


 娘さんはドラゴンをよく知っている。回答は決まっているような気がしますけど。


「……私は無いと思いますけど」


「そう思われますか?」


「はい。やはり騎手は乗っていたのだと思います。ドラゴンを一人で飛ばして、村を焼かせる。そんな調教はちょっと難しいと言いますか……まぁ、中には変な子もいるにはいますので。出来ないとは言い切れませんが」


 そう言って、娘さんは振り返って俺を見つめてきました。


 う、うむ。気持ちは分かります。


 俺だったら、頼んでもらえたらその通りに実行して見せますしね。人を逃さずに、村を焼き尽くしてこい。そんな指示を全うすることは出来るだろう。いや、言われても絶対にやりませんけどね、えぇ。


 で、こちらの方も同じことを思ったようでして。


「……そうですね。中には変な子もいますからね」


 アレクシアさんも振り返って、俺を見つめてきております。


 これもまた、当然と言いますか。アレクシアさんも俺が言葉を理解することを分かっていますしね。きっと娘さんと似たようなことを思って、俺を見つめているんだろうなぁ……って、あ。


 ……少し冷や汗が出てきました。にわかに思い出したのですがね、俺、娘さんにアレクシアさんにバレたことを隠していまして。で、アレクシアさんには、娘さんは俺が言葉が分かることを知らないって嘘をついておりまして。


 この状況、ちょっとマズくない?


 俺のことを知る二人が、そろって俺を見つめている。これ、何かの拍子に俺の二つの隠蔽が露呈したりしません?


 あれ? もしかして……知ってます? このドラゴンが言葉を理解するドラゴンだって知ってます?


 そんなやりとりに発展したりとかで……な、ないよね? そんなことなれば、俺はもちろん相応の報いを受けることになるでしょうが……


 む、胸が痛い。激しい動悸で心臓がはち切れそう。あ、歩きながら後ろを向くのは危ないですよ? ですよ?


「……まぁ、騎手は乗っていて、その騎手が雷を操っていた。そう考える方が自然ですね」


 アレクシアさん、俺から目線を外されます。そして、


「そうですね。そうだと私も思います」


 娘さんも前に向き直りました。


 よ、よし! じゃない。で、ですよねー。そうですよねー。


 俺、内心で頷きます。俺みたいなドラゴンはおそらくとてつもないレアケースであって。黒いドラゴンには、魔術師の騎手が乗っていた。その解釈の方がはるかに有り得そうな話に違いなく……って、あかん、ダメだ。


 全然、本題について頭が回りません。


 どうしようかねぇ、これ。


 娘さんにバレたことを知らせずに、アレクシアさんには娘さんと話していないと嘘をついて。


 これ、やっぱりマズイよね? 娘さんに知らせていないのはねぇ。バレたことはもちろん怒られるだろうけど、バレたことを隠しているのはなおさら怒られるだろうし。


 アレクシアさんに嘘をついていることは、それはもちろん嘘ですし。怒られないわけがないですしね。


 ほ、ホントにどうしよう?


 さっきもちょっと怪しかったけど、何かのきっかけでお互い知ることになりそうだしなぁ。


 二人の背に続きつつ、俺は『うーむ』と思わずうなります。


 隠し通せるなんてことは考えない方がいいだろうし、そもそも隠し事をしている現状が何とも罪悪感がすごくて……そうねぇ。


 今日の夜にでも、娘さんにバラしてごめんなさいをしなきゃね。その上で、アレクシアさんにも嘘をついていてごめんないをしないと。


 ……絶対、怒られるだろうけどなぁ。


 でも、自分でまいた種だ。仕方ない。ただ、俺はとんでもないヘタレであって。その時になって日和らないためにも、今の内から心の準備を……って、ん?


 俺は思わず首を伸ばしました。


 耳を高いところにして、聴覚に意識を集中する。


 音が聞こえたのだ。聞き慣れた音だった。だが、ここで耳にするとは予期していなかった音でもあった。


 これは……羽音だよね?


 ドラゴンが翼で大気を揺らす、その衝撃音。


 瞬間だった。


 何かが、直上を轟音と共に過ぎ去っていった。


 音から到来を予期していた俺は、その姿をしっかりと目に焼き付けていた。


 黒い表皮をした、細い体躯のドラゴン。

 

 その赤い瞳と目があったのは、気のせいかどうか。


「お、おい! ドラゴンだぞ!」


 背後では査問官の人たちがにわかに騒ぎ声を上げていた。


 ドラゴンだぞ、と。黒いドラゴンだぞ、と。そして気になる一言があった。


 騎手はいたか?


 そんな疑問の声だった。


 再び、轟音が響く。


 ドラゴンがまた過ぎ去ったのだ。二体だった。こちらの背には騎手の姿があった。どこの家の騎竜かは分からないが、黒いドラゴンを追っていると、そういうことになるのだろうか。


 ともかく、だった。


 この状況で俺たちはどうするのか。


「サーリャさん!」


 アレクシアさんが鋭く娘さんの名前を叫んだ。間髪入れず、娘さんは俺の背に飛び乗ってくる。


「ノーラ! 行くよ!」


 当然の選択だった。


 くだんの黒いドラゴンを見つけたのだ。それは騎手を伴わない異様な姿だったが、追わないなんて選択肢は無い。


 助走には細い道がそのまま使えた。


 俺は大地を蹴って、異形の森から空に上がる。


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