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第18話:俺と、魔術とドラゴン

 ドラゴンが雷を降らしたのかもしれない。


 そんなアレクシアさんのご意見でしたが、俺は内心思わず笑い声を上げてしまいました。


 ははは。そんな、ご冗談を。


 そんな感じでした。俺はドラゴンだから分かるのですがね。ドラゴンは雷なんか降らすことは出来ませんからね。それはよくよく自覚しております。


 で、こちらの専門家ですが。


 俺と同じような心境なのですかね。娘さん、笑って手のひらを横にふっています。


「あははは、アレクシアさん。そんなことありませんから。ドラゴンは火を吐きますけど、雷なんてそんな」


 騎手とドラゴン、専門家と当人の意見は一致しておりました。ところがです。アレクシアさんは、思慮深げに目を細めたりされています。


「いえ、可能性としては……ドラゴンに火を吐けるような内蔵器官は存在しない。以前に話をした気はしますが、覚えておられますか?」


「へ? あぁ、はい。確かそんなことを話していただいたような」


「何故、ドラゴンが炎を吐けるのか? それには一つの信頼性の高い学説があります。炎は魔術によるものだと、そう言われているのです」


 はい? でした。


 ドラゴンの炎が魔術? えーと、いやいやいや。苦笑を浮かべたい思いでした。ドラゴンとしての意見ですが、そんな高等なことをしている感覚はさっぱりありませんが。


「いや、アレクシアさん。それは多分無いと思いますけど」


 娘さんも苦笑しつつの否定でした。ですが、アレクシアさんは、否定の言葉を意に介していないようでした。


「いくつかの実験もありまして、おそらく魔術だろうということは分かっているのです。炎を知らずとも、炎の魔力の練り方も知らずとも、炎の魔術は使える。そのことは分かっているのです」


 淡々と、アレクシアさんはそう述べ立てました。嘘や冗談を言っているという気配はまるで無かった。


「そ、そういうものなのですか?」


 娘さんは、アレクシアさんの物言いに信ぴょう性を感じたらしい。苦笑が消えておりました。


 俺もまた同じような気分でして……えー、これマジの話なのですかね? ドラゴンブレスって、実は魔術だったの? 俺、魔術師なの? そんな感じはさっぱりなのですが。

 

 アレクシアさんは娘さんに小さく頷きます。


「はい。まぁ、確証はありませんが。ただ、ドラゴンは魔術的な生き物であるとは、魔術師界隈ではよく言われていることです。中には、ドラゴンをして魔術の始祖ではないかと唱える方もいます。人はドラゴンに魔術を授かったのではないかと。それはもちろん冗談のたぐいだったのですが……」


 じぃぃぃっ、とでした。


 アレクシアさん、俺を見つめてきております。え、え? なんですかね? 俺という奇妙なドラゴンがいることを考えて、本当にドラゴンが人に魔術を教えたのかどうか。そんなことに思いをはせているのでしょうか?


 い、いやぁ、そんなことは無いと思いますけどねぇ。ドラゴンにとって、ドラゴンブレスは当然のもの。歩ける、飛べると同じように、ただただそういうものですし。人に教えられるような、論理立った代物では全くありませんし。


 不意にでした。


 アレクシアさんの口から「ふっ」と含み笑いがもれます。


「……まぁ、だからと言って、ドラゴンが雷を操る。そんなことは論理の飛躍ですが」


 娘さんに対して、笑顔を向けられました。


「魔術師の騎手による犯行。そちらの方が、はるかに可能性が高いでしょうね。サーリャさん、ありがとうございます。調査への良い手がかりになりそうです」


 とにかく、一連の魔術の話はこれでおしまいということでしょうかね。


 ドラゴンと魔術。その話は正直気になるところでしたが、まぁねー。俺たちは事件の調査のために、ここを訪れているわけで。


 娘さんも気になるようでしたが、調査に意識を向けることにしたらしい。


「えーと、はい。手がかりになったら嬉しいと思います。しかし、これからどうされますか? 雷を扱える魔術師を探されますか?」


 この問いかけに、アレクシアさんは微笑で首を横にふるのでした。


「いえ。それが出来たら一番良いのかもしれませんが、せっかくここまで来ましたので。ここで出来る調査をしたいと思います」


「と、おっしゃいますと?」


「この村の生き残りの方の証言などがありまして、飛び去った方向は分かっています。それをたどってみるのはどうかと」


 何とも堅実な方策でした。


 手間はかかる一方で確実性が高いと言いますか。証言を集めながらに犯人の逃げた先を追うつもりなのかな?


 娘さん、笑顔で同意の頷きでした。


「良いと思います。ただ、他の査問官さんたちは嫌がりそうですけど」


「仕事ですから。そこは我慢してもらいます」


「ははは。それはそうですね」


「森の中を歩くことになりそうで、何とも大変そうですけどね。証言をして下さった方は異界などとおっしゃっていましたが。どういう意味かと尋ねましたら、行けば分かるとのことで……少し不気味ですね」


 森の中かぁ。


 俺もちょっと憂鬱でした。人の手の入っていない森なんかは、木の根が邪魔であまり歩きたくはない場所ですが……って、いや、それよりもですね。


 い、異界?


 えぇ? 濃厚にファンタジックな雰囲気が漂ってきましたが……なにそれ、怖い。なんか悪魔とか、それに類するヤバい生き物が湧いてきそう。


 きっとアレクシアさんと同じように、娘さんも不気味に思ったりしているのだろうなぁ。


 そう思って娘さんの顔を見て、俺は『はて?』と首をかしげることになりました。


 驚きの表情でした。さも意外と言った感じで目を丸くしておられました。


「あれ? アレクシアさん知らないんですか? 異界」


 常識でしょ? と言わんばかりの、そんな口調でした。


 アレクシアさん、きょとんとして娘さんを見つめておられます。


「いえ、知りませんが……この辺りの方々は知っているものなのでしょうか?」


「えーと、多分ですが。私も昔に一度、お父さ……ラウ家の当主に連れられて行ったことがあります。変な木がいっぱいあって、けっこう面白いところでした。ある種の名所みたいな感じですかね? 他の地域にもあると聞いてはいましたが」


「私はその、寡聞にして存じ上げませんが」


「あー、でしたら当主の勘違いかもしれません。あの人けっこういい加減ですので。とにかく、特に不気味なところではありませんでしたけど」


 あー、なるほどでした。


 珍しい植物やらがあって風景が特殊なので、それを指して異界と称しているということだろう。


 だったら一安心でした。名所なんて言われるほどなのだから、危険なんてものはまずありえないだろうし。しかし、親父さんの扱いがヒドイと思いましたが、最近の娘さんとの関係を思うと仕方ない……のか? うーむ。


 それはともかくとしまして。


 ここで娘さん「あ」と声を上げて笑顔になりました。


「多分ですけど、私の行ったことのある異界は、向かう先の異界と一緒だと思います。もしかしたら道案内も出来るかもしれません」


 役に立てるチャンスがあれば、ぜひとも役に立ちたい。


 そんな娘さんでしたが、アレクシアさんは思わずといった様子で苦笑を浮かべるのでした。


「それはありがとうございます。ただ、大丈夫なのですか? 昔とおっしゃっていましたが、覚えておられるので?」


「大丈夫です! 行ったのはもう十年も前ですけど!」


「ふふ。それはまた、頼もしい限りですね」


「だ、大丈夫ですから! しっかり思い出してみせますので!」


「はい。それでは期待しております」


 にっこり出来たらね、本当したかったねぇ。


 本当にほほえましく思える二人のやりとりでした。そう言えば、娘さんが同行することになったのはカミールさんからの手紙が原因だったような。この光景を見ればカミールさんも喜んでくれるんじゃないだろうか? 親父さんに至っては言うに及ばずだろう。


 ただ……どうなるのかねぇ。


 ほほえましいとばかりは思っていられないのでした。


 犯人がねぇ、よく分からないしなぁ。


 ドラゴンが村を焼いた。それだけと言ってしまうには被害が大きいけど、それでも単純な事件だと思っていたのだ。


 だが、落雷の跡をきっかけにして、それだけではない気配が漂ってきまして。


 この先、どうなるのか。


 何ともなしに不安です。


 俺は樹皮のただれた木を、遠目にじっと見つめるのでした。


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