第17話:俺と、魔術講座
そういうことで、アレクシアさんの魔術講座が始まりまして。
「雷を不合理と称させて頂きましたが、それはやはり脳裏に描くことが容易いか、否か。そんな問題でして」
そんな話の入りでした。
で、俺は前知識ゼロの不出来な生徒でありまして。全てに疑問符がつきまとうのですが、娘さん、俺に代わって早速疑問の声を上げてくれました。
「脳裏に描く、ですか?」
アレクシアさんは、疑問は当然と笑顔で頷かれました。
「はい。想像しやすいかと言った方が良かったですね。おそらく、サーリャさんが知る魔術師は、全員が炎を扱っていたかと思いますが」
「あぁ、確かに。私の知っている魔術師は皆そうでした」
「炎は一番身近ですからね。目に見ることも出来れば、触れればもちろん熱い。感覚として、もっとも理解しやすい現象と言えるかもしれません。ひるがえってですが、風はどうでしょうか? そして雷は? どう思わますか?」
あー、なんか話の流れが分かってきたかも。
娘さんもそうなのか、納得されたように「あぁ」と頷かれました。
「そうですね。風は肌で感じるところがあっても見えません。雷はそもそも目にする機会も少ないですし……そういうところが大事なのですか?」
「その通りです。魔術を行使するにあたって、その点が大事でして。まるで目の前にあるように、如実に想像しきる。その力が魔術師には必要なのですが……」
「炎と雷じゃあ、その難しさは違いそうですねぇ」
「そういうことです。百倍は違うと言う人もいましたね。同じ才能を持つ二人が、炎と雷、どちらかを選んで修練を積んだとすれば、片方がドラゴンを焼き切るほどの実力を得る頃には、もう片方は静電気を散らすことしか出来ないとも」
「へ、へぇ。その差は大きそうですね」
「そうなのです。だからこその不合理でして。魔術師としての栄達を望むのならば、雷を選ぶ理由はまったく見当たらないのです」
不合理。話を聞くと、本当になるほどでした。
炎を選んでいれば戦場で大活躍出来たのに、雷を選んでしまえば冬場のセーターごっこしか出来ない。そうなると、確かに雷を選ぶ選択肢は無いような。
ただですね、それで存在しないと言い切るのははちょっと無理があるような気がしますが。
「でも、雷を扱う魔術師がいてもいいような気はしますけど。炎を扱いつつも、雷の修練を進める。そんな人もあり得るのではないですか?」
首をかしげて尋ねかける娘さんでしたが、ですよねー。炎で活躍しながら、雷を扱う実力を身に着けていく。そんな器用なことをする人がいても俺はいいような気がしますが。難しいとされる雷の魔術なのだ。身につけることが出来れば、栄達という意味では実入りが大きそうですし。
そんなことを俺は思うのですが、アレクシアさんの顔にあったのは苦笑でした。
「確かにそれが出来れば良いのですが。しかしですね、それはなかなか難しいのです」
「難しいのですか?」
「はい。それには魔術師の修練が関係しているのですが……えー……」
さて、どう説明したものか。そんな感じで言いよどむアレクシアさんですが、不意に里山とは逆の方向を指さされました。
「すいません。少し移動してもよろしいですか?」
指の先を見ますと、そこには砂地の地面が広がっています。何故そこに移動する必要があるのかは分かりませんが、異を唱える理由も無くてですね。娘さんも当然同意しまして、皆でそこに移動することになりました。
たどり着くのと同時でした。アレクシアさん、その地面にしゃがみ込みます。そして、砂地に手を伸ばしまして、さらさらと図のようなものを書き始められました。
「……あのー、これは?」
娘さんは首をかしげておられましたが、俺もまた何じゃこれでした。
真円を基調とした、不可思議な文様。円の縁には、俺の知らない奇妙な文字列が踊っており、四角や三角などの図形が文様を彩ったりしている。
んー? これはなんとも……俺の漫画やらアニメやらの知識が思い出されますが。そういうこととして理解しても良いのですかね?
どうやら完成したらしい。作業を終えて、アレクシアさんは立ち上がりながら、娘さんの疑問に答えられました。
「式と呼ばれています。魔術師の修練に欠かせないものです」
んー、俺が思っていたものとは違うのかな? 魔術を使う時にバァーン! と出てきて、ボォーン! と火を噴いたりするような、そういうアレかと思ったのですが。
で、娘さんです。
何か思い当たるところがあったみたいです。「あぁ」と大きく頷いております。
「聞いたことがあります。魔術師は、こんな模様の上で修行をするものだと」
「そうですね。その模様で間違いないかと」
「……あのー?」
「はい? なんでしょうか?」
「私もその……乗ってみたりしても良いでしょうか?」
興味津々といった感じでした。娘さん、目を輝かせながらのお願いです。
気持ちねー、分かるなぁ。
魔術師の修行に使うもの。そんなこと聞かされたらね、ちょっと自分もってなるよね。ぶっちゃけ俺もしたいし。これに触れたら魔術が使えるようになるのでは? って、思わず期待しちゃうし。
アレクシアさん、どこかほほえましそうに頷かれます。
「どうぞ。乗るというよりは、手のひらをつけるのが良いと思いますが」
「はい……では」
娘さん、かなりドキドキしているみたいです。緊張しているのか眉間にシワを寄せつつ式とやらにかがみ込みます。
お、俺もねぇ。なんか緊張するなぁ。まさかね、覚醒とか? 娘さんが魔術師騎手として目覚めるとか、そんなこともあったりしますかね?
娘さんは、そっと文様の中央に手のひらを置きました。そして、
「……えー、あのー?」
「はい?」
「これって、手のひらを置いたら、何か感じるものだったりするんですか?」
「えー、一応そういうものになります」
「……なるほど、そうですか」
娘さん、ガッカリとした表情を浮かべながら手を離すのでした。
「何も感じるところがない……どうやら、私に魔術師の才能はないみたいです」
そんな、落胆のお言葉でした。
うーん、なるほどねー。先の戦で知っていたことだけど、魔術師って数が少ないみたいだしね。そんな簡単になれるものじゃないみたいですねー。ちょっと残念。
「いえ、そんな落胆されるようなことは無いのですが……」
ただ、アレクシアさんは困ったようにそう娘さんに声をかけておられました。娘さんは肩を落として立ち上がりながら、力なく首をひねりました。
「そうなのですか? 魔術師失格の烙印を押されたような気分なのですけど」
「えー、少し手を押し付けたところでどうこうという話では無くってですね。あー……」
また、どう説明したら良いか迷っておられるようです。アレクシアさんは困った表情を見せながら口を開かれました。
「魔術師としての一歩は、自らの魔力を自覚することから始まります。本来の使い方ではありませんが、この式はそれにも利用出来ます。魔力の質を変化させるものでして。自らの内に当然にあって気づけなかったものを、変化させることによって分かりやすくしてくれるのです」
「なんか変わったって、そう思えるんですか?」
「違和感と言いますか、そんな感じですね。ただ、違和感を覚えるまでがかなり時間がかかりまして……私は一年かかりました」
「……一年?」
娘さんが繰り返しましたが、俺も内心で同じことをしていました。一年? 自分に魔力があると気付けるまでに一年。それは……娘さんが急に魔術に目覚めなかったのも無理のない話と言いますか。
「私は一年でしたが、長い方では十年かかる方もいます。その上でですが」
アレクシアさんは、足元の紋様を指差します。
「これは、本来的には炎の魔術のための式です。人の中にある魔力を、炎として現象化するためにふさわしい質に変化させる、そのための式です。そして、魔術師はこの式を自らの中に取り込む必要があるのです」
娘さん、首をかしげております。
で、俺はと言いますと、まったく分かりません。式を取り組む? それは……えーと?
何と説明したらよいのかどうか。そんな感じなのでしょうか、アレクシアさんは悩ましげな表情しておられます。
「これは本当に、感覚的なものでありまして、説明しづらいのですが……その式に手をふれているぐらいでは、炎の魔術を行使出来るほどの魔力を得ることは出来ないのです。だからこそ、式の仕組みを体の内に作る必要があると言いますか」
「……え、えーと?」
「あー、とにかく覚えておいて欲しいのはですね、炎の魔術を扱うには炎の魔力を作る修行が必要になるのです。そして、その期間はかなりのものになりまして……一般的には十年かかると言われています」
正直、アレクシアさんの説明を理解出来たとは言えません。ただですね、十年。これはなかなか、インパクトのある数字でございまして。
「十年?」
娘さん、目を丸くしておられました。
「十年もかかるのですか? 炎の魔術を使えるようになるまでにですか?」
「正確には、使う下地が出来るまでですね。そこからもまた修練です。脳裏で思い描き、現実に反映させる。これもかなり時間がかかりまして。一人前と言われるようになるまでに、これもまた少なくとも十年必要だと」
「また十年。合わせて二十年……」
「はい。そしてなのですが、雷の魔術の下地を作るまでに、もちろん十年かかります」
「で、また修練が必要で……あれ? あの、アレクシアさん? 雷は炎を扱うよりも百倍大変、そんなこと言っていましたよね?」
そう言えば、そうでしたような。
炎で十年かかるとしますと、その百倍は……
アレクシアさん、苦笑いを浮かべながらに頷きます。
「はい。そんなことを言いました」
「……人間の寿命じゃ足りないような気がしますけど?」
「そうです。まぁ、あくまでそのぐらい難しいという話に過ぎませんが」
「でも……大変そうですね?」
アレクシアさんは、今度は大真面目な表情をされて頷かれました。
「大変です。いえ無謀です。炎と雷、両方の下地と作ろうと思えば、それだけで二十年。そこから果てのない修練がありまして……正直、どっちつかずになるのが目に見えていますね。炎すらまともに扱えないままに、寿命を終えることになるでしょう」
「それは……そうかもですねぇ」
「とにかく、雷を学ぼうとする魔術師などいない。それが常識です。炎を扱うかたわらになどと思う魔術師はさらにありえません。そのために払う労力があまりにも膨大ですからね。だったら炎に専念する方が合理的ですし、はるかに大成出来ます」
「あのー、そもそもですけど、雷を扱える魔術師なんて方はいらっしゃるのですか?」
「伝説上では。史上では皆無です。その点もあって、雷を扱うことは極めて不合理なのですが」
そんな、アレクシアさんのご説明でした。
う、うーむ。なんか納得。
魔術師は雷を降らせられるのでは? 娘さんにそう言われた時に、アレクシアさんはどこか呆気に取られていましたが、これが理由だったのですかね。
雷を扱う魔術師などいない。実感と知識をもって、それが分かっているからこそ、犯人が雷を扱う魔術師なんて、想像だにしていなかったのだろう。
「……ただですね」
そんなことを言いながら、アレクシアさんは里山へと目線を向けます。そこにはもちろん、樹皮の垂れた木がありまして。
「あれを目にしますと……雷を扱える魔術師。信じてみなければならないような気はしますが」
そうですねぇ。
実際に、この廃村では不自然なほどに落雷が生じていたわけで。その理由を探すと、そんな可能性も頭に置く必要があるような。
アレクシアさんの意見を受けて、娘さんは「うーむ」とうなりながらの頷きを見せました。
「アレクシアさんの話を聞きますと、雷を扱う魔術師なんていなさそうですけど……ですよねー。まさかドラゴンの方がって、そんなわけないでしょうし」
俺もですよねー、でした。
ドラゴンは炎を吐けますが、それ以上のことはありませんし。有り得そうにはなくても、雷を扱う魔術師を探す。その必要はあるような。
これもまた大変そうですけどねー。
アレクシアさんによれば、そんな人は歴史上でも存在していないようで。それを探すなんて、どんな手段をもってして、どんな苦労をすれば良いのやら。
まぁ、アレクシアさん自身が魔術師ですからね。探すための方法を、きっと何かしら思いついていただけると思うのですが……って、ん?
アレクシアさんと目が合いました。
な、なんでしょうか? 俺のことをじっと見つめておられますが……え、なに?
「……ドラゴンが? ……ふむ」
何か考えておられているようですが、ドラゴン? この流れで一体何が頭にあるのでしょうか?
「アレクシアさん?」
その異変に娘さんは当然気づかれまして。名前を呼ばれたアレクシアさんは、ふと我に返ったような反応されました。
「あ、すいません。少し考えごとをしておりまして」
「考えごとですか?」
「はい。ドラゴンが雷を操る……あり得ない話ではないかもしれませんね」
そして、そんなお言葉でした。んん?