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第16話:俺と、焼けた光景

 ハイゼ家を出てから、まる二日が経ちました。


 やっとこさです。


 目的地にたどり着きました。


「うわぁ……」


 焼け出された村、その民家の一つの前に、俺と娘さんは立っていました。


 娘さんは唖然とした声を上げていましたが、俺も眉をひそめる思いでした。


 ヒドイとしか言いようがなかった。民家と言って、もはや家の形はすでになしていない。いくらかの木の柱が形を残しているぐらいで、あとは完全に燃え尽きている。


 ここにどんな人たちが住んでいたのか? どんな生活を送っていたのか? それに思いをはせられる余地はまったく無い。


 すべてが終わった。


 ここにあるのは、そんな余韻だけだった。


「……全部、これなんだ」


 娘さんは元民家から、背後へと視線を移す。

 

 俺も同様にする。そこにあるのは、死んだ村の景色。盆地にある小さな村だったらしいのだが、冬空の下、今はまばらに家の残骸が散らばっているのみ。


 だが、この光景はもちろん被害の一端に過ぎないのであって。


 ここに来るまでに、俺と娘さんはこの村の生き残りの人に会ってきていた。その方の言葉が何ともなしに思い出される。


 人さえ生きていれば……


 家は焼かれても田畑は生きている。秋に収穫した小麦も、来春のための種もみも全て燃え尽きてしまったそうだが、それも領主の支援次第でどうにか出来る望みはあったとのこと。


 人さえ生きていれば、だ。田畑は耕すことが出来る。村は復興出来る。その希望はあったのだ、と。


 しかし現実には、そのような展望は開けないようだった。


 人はもういない。


 焼き殺されて、もういないのだった。


 村はもう死んだ。


 生き残りの方は乾いた笑い声を上げながら、そんなことをおっしゃっていた。


「……犯人か。捕まえないとね」


 娘さんの呟きに俺は頷きを見せる。


 アレクシアさんと娘さんの関係だとか、アレクシアさんと査問官の人たちとの対立だとか。正直、そんなことばかり気になっていたけど、いざこの景色を目の当たりにさせられるとねぇ。


 報いは受けさせるべきだ。


 そんな怒りにも似た感情がふつふつと湧いてくる。


 ただですね、一体何をすればいいのか。


 そこはいぜんとして難しいところでして……うーん。俺って、基本的には役立たずでしかないよなぁ。


「あ」


 突然だった。娘さんはそんな声を上げて、廃村の一角を指差した。


 そこにいたのはアレクシアさんだった。里山の方である。何故か木々をじっと見上げているようですが。


「……よし。行ってみよっか?」


 娘さんが何の気負いもなく俺にそう告げてくる。


 そして、歩き出したのですが、その足取りにためらいはまったく見受けられない。


 娘さんに続きながら俺は思うのでした。ちょっと嬉しいかもね。役立たずの俺ですが、少しは意味のあることが出来たのではと思えたりするのだ。


「アレクシアさん。少しいいですか?」


 娘さんが背後から声をかけると、アレクシアさんの背中はわずかにびくりと震えた。


 そりゃあねぇ。まだ娘さんから声をかけられることに慣れてはいないでしょうし。ただ、少し慣れてきた部分もあるのでしょうか。


 振り返ってきたその顔には、ぎこちないながらにも笑みが浮かんでいました。


「……さ、サーリャさん。それにノーラですか。ど、どうされましたか? 私に何か用でも?」


 しかしながら、口ぶりはまだまだ緊張が透けて見えるようで。気楽に話せるのはまだまだ先になりそうですが……ともあれ。


 少しですけどね、娘さんとアレクシアさんとの距離が縮まったのだ。


 アレクシアさんが娘さんに敵意を示さなくなったのだ。冷たく接することがなくなって、娘さんは安心して声をかけられるようになっていた。


 自意識過剰かもしれないけどね。俺が何らかのきっかけになったんじゃないかって、そう思っていたりするのだ。


 アレクシアさんと俺が話し込んだ夜。その翌朝からだった。明らかに娘さんへのアレクシアさんの態度が軟化していた。


 まぁね。


 そのことに俺が関わっているなんて、思い違いも良いところなのかもしれないけどね。

 

 それでも現状に対して、俺が何かしらの役割を担うことが出来たのならば。それは本当に嬉しいことだった。


 緊張をにじませるアレクシアさんに対して、娘さんはほとんど対照的でした。真摯な仕事ぶりに好意を抱いていたこともあってか、気安い笑みで尋ねかけていく。


「何をされてるんですか? 何か気になるところでも?」


 里山の木々を眺めるアレクシアさんへの疑問でした。ふむ。そこは俺にとっても疑問かな。


 焼かれた民家などと比べるとね。


 この里山に気になるところなどあるのか。正直、首をかしげるしかありませんでしたが。


 ぎこちない笑みを浮かべるアレクシアさんは、どこかたどたどしく里山に指を向けるのでした。


「え、えー、あれです。あの木です。分かりますか?」


 はて、あの木?


 目の前には雑木の里山が広がっている。あの木と指差されましても、なかなか判別は難しいのですが……って、む?


 分かったような気がします。あの木って、えーと、その木ですかね?


「……あれですか? あの、幹から樹皮が垂れている?」


 周囲と比べて、少し背の高い一本の木でした。娘さんの言う通りに樹皮がだらりと垂れていて、少しばかり目立っております。そしてその木が、アレクシアさんの言うあの木だったようで。


「はい。おそらく雷に打たれたのではと思っているのですが」


 あー、確かに。


 ラウ家の周囲でも、雷が落ちた次の日にはこんな木をよく見かけましたが。


 しかし、雷。


 何かちょっと、思いつくものがありますね。


「そう言えばですけど、私も雷の音は聞きましたね。事件のあった当日ですけど」


 娘さんも同じことを思い出しておられました。そうなんですよね。俺も同じ音を聞いておりまして。そのことを思い出していたのですが。


「私が調べた中でも、多くの方が同じことおっしゃっていましたね」


 アレクシアさんの返答に、娘さんはなるほどと頷いた。


「この季節に珍しいなとは思ってたんですけど。じゃあ、雷は気のせいでも無くて、本当に落ちてたんですね」


「そうなるでしょうね。当日、この辺りには雲があったということですし。ただ……」


 ただ? アレクシアさんは悩ましげに樹皮の垂れた木を見つめております。俺の内心と同様に、娘さんは首をかしげておりました。


「ただ……どうかされたんですか?」


「……数が多いかと」


「へ?」


「八十五本です。私が数えた限りですが、このような木がそれだけ見つかりました。少し多いのではと私は思っていますが」


 それは確かに……多いかも。


 空から見たとするならば、この廃村などは本当に猫の額ほどの広さにしか見えないだろうか。そこに、それほどの落雷があったとするのは、俺の感覚的にも不自然としか言えなかった。


 娘さんも何か疑問に思っているのか。首をかしげながらにくだんの木を眺めています。


「私の家からは、大きな雷の音が一回聞こえたきりでしたけど。そんな雷が降ってたんですね」


「証言からすればそうらしいです。ひっきりなしに雷鳴が響いていたそうで。ラウ家に届いたのは、その中でも一際大きなものだったのでしょうが……どう思われますか? いくらひどい降雷があったとして、この狭い範囲にこれほど落ちるものなのでしょうか?」


「それは……無いような気がしますね。でも……」


「でも?」


 何を考えているのでしょうか。


 娘さんは真顔でアレクシアさんを見つめられます。


「八十五本って、アレクシアさん、それ全部調べられたのですか?」


 はい? と、アレクシアさんでした。


「え、えぇ。それはまぁ、そうですが」


「……へぇー、すごいなぁ」


 娘さんの口からもれたのはそんな感嘆の言葉でした。本筋とはちょっと関係が無いような気がしますが、それですよね、それ。俺も同じこと思いましたよ。


 娘さんは感心を表しているのか、何度も頷いておられました。


「うん。本当すごいです。私なんて、この景色に圧倒されるしかなかったのに。アレクシアさんは冷静に確かな努力をされていて。すごいなぁ」


 心の底からといった感じで、娘さん感嘆しておられます。


 それに対し、アレクシアさん。気恥ずかしいと言うよりは、褒められるのに慣れていない感じ。ぎこちない笑みで、妙に慌てておられました。


「い、いえ。そこまで言ってもらえるようなことは。私もこの光景には思うところは多かったですが、以前から雷鳴については気になっていたので。努力と言われましても、せっかく現地に足を運んだのですから。出来る限りの調査はしませんと」


 謙遜されているみたいですが、まぁね。この発言が娘さんのさらなる感心を呼んだのは当然のことでして。


 はぁー、と感心の吐息でした。


「やっぱり出来る人って違うんですねー。本当、しっかりされていて……どこぞの連中にも聞かせてやりたいですね」


 で、不意に毒を吐かれました。これもまた、まぁね? そう思うのは当然と言いますか、俺も同じことを思っていましたが。


 どこぞの連中とは、もちろん査問官の人たちのことです。


 あの人たち、ここには来てないんですよね。


 今さら、焼け跡で何が分かるのか? そんな文句を垂れたりしまして。一応、近隣の村で聞き取りを進めるとはおっしゃっていましたが、今までの実績から考えるとねぇ。それは非常に怪しいものでしたが。


 アレクシアさんも、どこぞの連中が誰かは分かっていただろうけどね。


 でも、悪口で盛り上がるつもりは無かったらしい。苦笑しながら、どこぞの連中という点には触れませんでした。


「とにかく、このような落雷の被害は不自然です。自然現象で納得することは難しくて……何とも理解のしようがありません」


 俺も、頭をこの事件に戻しまして。


 うーむ。確かに、自然現象として理解するのは難しいですが。でも、だからと言って、それ以外の何かって理解するのもなぁ。


 人為的なものだとすると、そんなの、俺の元いた世界の科学力でだって難しいんじゃ? って言いますか、雷を落とすとか勇者かよ。なかなかファンタジックな力でもないと、雷なんて落とせるものではないような……って。


 俺は思わず自らを見下ろす。


 そう言えば、俺もなかなかにファンタジックな存在でしたね。いや、ファンタジックな力があるかと言えば、正直うーんではあるのですが。


 ただ、この世界にはファンタジックな存在が確かにあるわけで。そして、そう言えばですが、そんな存在は目の前にもいらっしゃるような。


 気がつけば、娘さんはアレクシアさんをじっと見つめておりました。思考の経緯はともかく、同じことを考えておられるのかな? 俺もまたじっと見つめますと、アレクシアさんは「はい?」と首をかしげられました。


「あ、あのー、どうされました?」


「……アレクシアさんって、魔術師なんですよね?」


「え? まぁ、拙くはありますが」


「魔術師の人でしたら、雷の雨を降らせたりとか、そういうことは出来ないんですか?」


 ずばり同じ考えでした。


 人の身でありながら、ドラゴンほどの炎を出せるのが魔術師なのだ。雷だってもしかしたらって、そう考えたわけです。


 そして、娘さんの問いを受けた、アレクシアさんです。何やら、真顔で首をかしげておられますが……えーと?


「……そうですね。よく考えてみると、魔術師であれば出来ないこともありませんでしたね」


 で、返答は肯定でしたが、何だか妙に持って回ったような言い回しでして。


 その内幕が気になるところでしたが、娘さんは違うようでした。


「でしたら、その黒いドラゴンの騎手は魔術師ということになるかもしれませんね。村を焼いたのは、ドラゴンの炎だけじゃなくて、雷によるものでもあるのでは?」


「……まぁ、あるかもしれませんね。落雷を受けた木々はその余波。その可能性もある……かもですね」


「で、でしたら! けっこう犯人は絞られるんじゃないですか? 魔術師で騎手なんてのは、きっとそうはいませんよ!」


 娘さん、握りこぶしでした。熱弁でした。


 気持ちは分かりますような。娘さんも、自分に何か出来るのかと悩まれてましたからね。貢献出来るチャンスと、ここぞとばかりに推理を披露されている感じでしょうか。


 で、その推理。けっこう的を射たりしているのでは? それでいて有用だったり?


 多すぎる落雷には一応説明がつくかもですし。その上で、犯人を捕まえるのにも役に立つ気も。先の戦では、魔術師で騎手なんて方は一人も見かけませんでした。そんな方がいるとすれば、かなりのレアケースに違いなく、被疑者がかなり絞れるような、そんな気がするのです。


 ただでも、やはりと言いますか。


 可能性は肯定されたアレクシアさん。でも、その口調は何とも歯切れの悪いものでして。そこがすごく気になるよなぁ。


 アレクシアさんは「ふーむ」とうなっておりました。何か考えて込んでおられるようですが、その中身は何なんでしょうかね?


「……確かに、可能性はありますよね」


 再びの煮え切らない肯定の声。ですが、娘さんは肯定された事実しか、気にされていないようで。


「よし! じゃあ探しましょう! 狙いは魔術師の騎手ですね!」


 娘さんはこれで決まり! みたいな感じで意気込んでおられますが……アレクシアさんはと言えばですね。


「……ふーむ」


 相変わらずうなっております。

 

 娘さん、ここにきまして、ようやくアレクシアさんの妙な態度に気づかれました。


「え、えーと、あの……私の意見って、やっぱりおかしかったでしょうか?」


 不安そうに尋ねかけます。


 それに対して、アレクシアさんは苦笑を浮かべるのでした。


「いえ、そういうことではありません。素晴らしい意見だと思いますし、その線で探る意味は大いにあると思います。ただ……」


「た、ただですか?」


「雷を扱う魔術師。そのような方は、存在しないものだと思っていましたので」


 存在しない? 珍しいでもなく存在しない。何とも気になる発言でしたが、俺が疑問に思ったように、娘さんも疑問を抱いたらしい。


「存在しないのですか?」


 すぐにアレクシアさんに尋ねかけてくれた。で、尋ねられた当人は苦笑のままで応えてくる。


「いえ、私はそう思っていたという話に過ぎませんし、その考えは今回で改めなければならないかもしれませんが……しかし、そんな魔術師がいるなんてことは、正直どうにも不可解に思えて仕方ありません」


「はぁ。雷を扱うのは難しいとか、そういう話なんですか?」


「難しいと言いますか、不合理なのです。雷をわざわざ扱うなど、魔術師の道を志すのならばほぼあり得ないことなのですが……よろしければ説明させていただきましょうか?」


 それはご親切に。もちろん、説明していただけるのでしたら。


 娘さんも、拒否なんてことは選択肢に無いようでして。


「ぜひお願いします」


 その即答に、アレクシアさんは笑顔で頷きを見せられました。


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