第15話:俺と、アレクシアさんの胸中
まぁねー。
前世で親とも会話しなかったようなヤツがね。話術を発揮しようなんて、何をトチ狂ったのかっていう話だよね。
ただ、幸いにもと言うべきか、会話は弾んでおりまして。
「へぇ。なるほど。ドラゴンはドラゴン同士でそんな会話をしているんですねぇ」
アレクシアさんは興味深そうに何度も頷いております。
興味の先は、俺という珍奇なドラゴンの身の上話にあるようでした。今はラナとアルバの話を要望されていて、俺はそれに応えています。俺が何かを答えるたびに、アレクシアさんは楽しそうに反応してくれているのでした。
ただと言いますか、全然娘さんの話題に移れていません。アレクシアさんがあえて避けているような感じはないのですが……う、うーん。なんか、分からん。どうやって話題を移していいのか、さっぱり分からん。完全に俺のスキル不足である。
そもそもですが、聞かれたことに答える。相槌を打つ。これが俺の話術スキルの限界っぽくてですね。本当に何を考えていたんだろうね、俺。娘さんの話題に誘導しようなんて、身の丈を知らない愚考もいいところでした。
もうね、流れをぶったぎってしまうことを覚悟で、娘さんの話題をぶっこむしかないのでは? そう思わざるを得ないのですが……これもなぁ。
正直、ためらいます。
何故と言って、アレクシアさんだ。今の話をかなり楽しんでおられるようでして。
昼間に涙を見たから、なおさらだった。話題、変えにくいよなぁ。こうも楽しそうに笑っている姿を見ると、変えちゃあ悪いなって、そう思えるのだ。
……これはね? これはこれでいいんじゃないですかね?
アレクシアさんに気の休まる一時を提供出来たのならね。それはそれで良いと思うの。ロクに何も出来ない俺なのだ。この成果で十分だと納得すべきではないだろうか?
って、意志薄弱な俺は思うのですが……で、でもなぁ! 俺なんかと話すよりも、絶対娘さんと話した方が楽しいし、心が安らぐだろうし。娘さんも、アレクシアさんと仲良く出来たら、きっと喜ぶだろうし。
ふんばれ、俺。
なんとか娘さんの話題に持っていくのだ。そして、娘さんとアレクシアさんの仲をとりもってみせるのだ。
そう思って、しかしどうしようかと悩んでいると……不意にだった。アレクシアさんが楽しげに含み笑いをもらしてきた。
「……ふふ。しかし、ノーラがこれだけ会話が出来る。あの子が知ったら、きっと驚くでしょうね」
あの子って、娘さんだよね?
そう悟って、きたっ! と前のめりになるのと同時に、んん? と内心首をかしげることになった。
もしかして、娘さんは俺が言葉が分かることを知らないって、そう思っていらっしゃるのでしょうか?
んー、どうなのだろう? 分かっていたら、公言してるはずって思ってるのかな? 公言した方が得なのにって俺には言っていたけど、娘さんについても知っていたら公言するはずって思っているとか。
これ、どうしましょうね。
事実は、娘さんは知っているになるのですが。ここは……うん。
《おどろく と おもいます》
こうすることにしました。
俺に話したことが娘さんに伝わることはない。そう思ってもらった方が、安心して話してもらえそうな気がしたので。実際、伝わらないしね。俺はまだバレたことを娘さんに伝えていませんので。あー、怖い。絶対怒られるよなぁ……マジでどうしよう。
え、えーと、それはともかく。
俺の返答に対し、アレクシアさんは苦笑いを浮かべるのでした。
「そうでしょうね。あの子のことですから……」
そこまで口にされてでした。本当に突然だった。アレクシアさんの表情が妙に暗く沈んだように俺には思えました。そして、
「……あの子のことですから、きっと愛らしく素直に驚くのでしょうね」
そう俺に告げてきたのですが、そこにある声色は今までと明らかに違っていた。と言いますか、戻っていた。
普段の声色でした。
あの淡々として感情のうかがえない声色で、娘さんをそう評されておられました。
え、えーと、アレクシアさん?
俺が突如の異変に首をかしげる中、アレクシアさんは淡々として尋ねかけてくる。
「あの子はきっと周囲に愛されているのでしょうね。どうなのですか?」
ど、どうなのですかって、聞かれますと、それはまぁ。
頷く。
アレクシアさんもまた頷いてくる。
「でしょうね。愛嬌もあれば、人に愛されて……そして、実力もある。あのカミール閣下に、英雄として称された実力者……」
その時、アレクシアさんの顔に笑みが浮かんだ。自嘲の色が強い、どこか痛ましく思える笑みだった。
「……はは。不公平ですよね。持っている人は全てを持っているものです。でも私は……私は……」
自嘲の笑みで立ち尽くす。
なんだろうな。
そうである娘さんへの羨望。
そうでない自分への侮蔑。
そんなものがアレクシアさんの悲しげな立ち姿からは伝わってくるようだった。
アレクシアさんが何故娘さんを忌避していたのか。その理由が少し分かったような気がしましたが……これ、どうすればいいんでしょうね?
アレクシアさんと娘さんの間には、けっこうな壁があるようだった。出来れば二人には仲良くして欲しいけど、そのために俺は何をすればいいのか?
まったく分からなかった。
しかしである。それは置いておいても、伝えなければならないことがある。そんな気がして、俺は地面にカギ爪を走らせる。
≪あれくしあさん は すごい です≫
アレクシアさんの顔に浮かんだのは、またしてもの自嘲の笑みでした。
「気を使ってくれてありがとうございます。貴方はお世辞も上手なのですね」
そんなことを言ってくれましたが、い、いやいやいや! 俺はぶんぶんと必死で首を横にふります。
お世辞とかね、そんな話じゃまったく無くってですね。
正直、なんでアレクシアさんがこうも自嘲しているのか分からないといいますか。だって、普通にすごい人じゃん。不当な非難を受けつつも、真摯に調査を進めておられて。まだ結果は出てないけどさ、それでもその精神力と職務への責任感だけで、俺には雲の上の人のように見えてるんだけど。
ところが、この思い。自嘲気味でネガティブ思考なアレクシアさんには伝わっていないようで……雄弁になるのは難しいからね。俺はとにかく頭を振って熱意を示すことにした。
届け! 俺のこの思い!
なんてやってますと、アレクシアさんが心配そうな顔になって語りかけてきました。
「あ、あのー……体に悪そうですし、そろそろ止められた方が」
……そうですね、そうします。頭が正直ぐわんぐわんしてきましたし。俺の脳みそなんて、少しばかり傷んだところで品質に大差は無いんだろうけど、それでもちょっと気持ち悪くなってきましたし。
しかし、どうですかね? 少しは伝わったでしょうか?
そう思って吐き気に耐えつつ見つめていると、アレクシアさんは苦笑で頷いてこられました。
「貴方が嘘を言っているわけではない。そのことはちゃんと伝わりましたから」
そう言って、アレクシアさんは苦笑をどこか柔らかいものに変化させた。
「……そうですか。貴方はそう言ってくれるのですか」
アレクシアさんはそれきり黙り込んだけど、それはきっと悲痛な沈黙ではなかったと思う。
月明かりの下、時間だけがただ過ぎていく。