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第13話:俺と、娘さん、仕方なかったんです

 アレクシアさんが泣いている。


 そんな光景を目の当たりにして、俺は思わず胸中で呟いた。


 それはまぁそうか。


 俺は妙に納得していた。


 査問官として正しく職務を果たそうとして。それなのに、いわれない批判と悪意にさらされ続けて。


 平気でいられるはずがないのだ。


 平気でいようと思ったところで、傷つかずにすむわけがないのだ。


 でも、それはアレクシアさんにとっては不本意なんだろうなぁ。


 アレクシアさんの泣き顔を見ながらに思う。悔しそうだった。泣いている自分が許せない。そんな感じだった。あの査問官たちに泣かされている。それをひどく屈辱に思っているような感じだった。


 気持ちは分かるような気がした。


 俺はアレクシアさんほどに優秀でもなければ真面目でもなかった。それでも、あの上司や元同僚のことがあって自分が泣いている。そのことは非常に屈辱的で情けないことに思えたし。


 でもまぁ……ね?


 泣くのはね、良いと思う。


 あくまで俺の場合はだけど、どれだけ屈辱的に感じて情けなく思えたとしても、少しは気分が晴れることになったし。


 ここだったら見ているのは俺と牛さんぐらい。もはや木や草と似たようなもので、泣くのに遠慮なんて必要はないし。


 そう思って俺はアレクシアさんをただ見守るのですが……むむ?


 俺は思わず耳をそばだてた。


 足音が聞こえたのだ。二種類の足音。そのどちらとも娘さんのものではない。おそらくは、査問官の人たちのもので、どうやらこちらに向かってきているようだけど……


 どわっ、と。


 冷や汗がね、首筋でダラダラですよ。


 これ、マズイんじゃ?


 アレクシアさんが泣き顔を人に見られたいのか? それも査問官の人たちの見られたのか? そういう話なのだ。


 こんなの否に決まってるでしょ。


 仮に泣いている理由が査問官さんたちとは関係無くてでもある。こんな人気の無い場所で、それでも声を殺して泣いているアレクシアさんなのだ。


 気軽に泣いて、それを人に見られても良しとするような、そんな人間だとは思えない。


 それに個人的にもこの泣き顔を査問官さんたちには見せたく無かった。アレクシアさんの心労を思いやってくれるとは到底思えないのだ。アレクシアさんをバカにする材料として利用されるだけ。そんな未来しか、俺には思い描けない。


 ど、どうする?


 アレクシアさんの泣き顔を隠すために俺に何が出来るのか。騒いでみる? 異変が近づいているぞって、騒いで示してみる? それで人が近づいているって気づいてもらえればいいんだけど。


 でも、何かあるのか? って、探しに行かれても困るしなぁ。それでバッタリ鉢合わせしちゃったら、それは俺の望むところではもちろん無いし。


 では、その、どうする?


 なんて思っている間にも、足音はどんどんと近づいてくる。考えている時間は無いし、俺の足りない頭じゃ、ロクな解決策が浮かんでくるとは思えないし……


 じゃ、じゃあどうする?


 再度自問して、しかし答えは無くて、さらに時間もまったく足りなくて。


 え、えぇい! もはやこれまで! 


 仕方なし。俺、咄嗟に動きました。


 バンッ! と、前足を地面に叩きつける。静かに泣いていたアレクシアさんですが、ビクリとして俺の足元を見つめてきます。


「え?」


 驚いておられるところに、俺はカギ爪をババァッ! と閃かせまして。


《ひと が》


 はたして何が起こっているのか。そんなことを思っていらっしゃるのか、アレクシアさんは涙を流しつつも目を丸くされていました。で、俺は後半をつづります。


《うしろから きてます》


 お願いします。分かって下さい。もはや時間は無いんです。


 そう俺が願う中で、アレクシアさんは俊敏だった。


 誰かに泣き顔が見られるのかもしれない。明敏なアレクシアさんは、そのことに咄嗟に思い至ったのかもしれない。


 この場で良い障害物になりそうなのは、俺か牛さんぐらいのもので。アレクシアさんが選んだのは俺だった。慌てて俺の背後にしゃがみこんでくる。俺は足音の方向に側面を見せて、出来るだけ大きな壁になれるように工夫する。


 で、やってきまして。


「……はぁ。ここにもいないのか」


 うんざりとした口調でしたが、やってきたのは案の定の査問官さんたちでした。二人して、けだるげに周囲を見渡している。


「一体どこにいるのだ? まったく、あのお嬢様は」


「自らの職責を分かっているのかどうか。いい加減にしてもらいたいものだな」


 お二人はそんなことをほざいていましたが、ともかく何かしらの用事でアレクシアさんを探しているようだった。


 くっそドキドキします。


 まさか隠れているだろうなんて思わないだろうからね。俺の後ろを探すなんて、そんなことはありえない。そう分かってはいても、どうにもこうにもだった。うっわ、心臓いてぇ……は、早くどこかに行ってはくれないでしょうかね?


 そもそもあまり熱心に探すつもりは無かったらしい。


 ぶつくさ言いつつ、すぐに姿を消してくれました。


 俺、ほっと胸をなでおろします。


 そして、首を回して視線を自らの横腹へ。


 そこにアレクシアさんがいました。俺の脇によりかかるようにして座っておられますが、なんか妙な表情をされています。


 ドキドキもあり、混乱もあり、驚きもあり。


 その結果なのかどうか。口を半開きのどこか幼い表情をされていました。う、うむ。それはまぁ、俺が文字を操ることを目の当たりにしての、突然の逃避であったわけで。なかなかの心的負担だったろうし、唖然として呆然としてしまうのも、それは仕方のないことだろう。


 とにかく危機は去りました。


 それを伝えようと思って、俺は大丈夫と頷きを見せる。その意味が伝わったのかどうか。アレクシアさんは、こくりと頷きを返してこられましたが……


 なんか時間が止まりました。


 ただただ、涙の余韻の残ったアレクシアさんと見つめ合う。そんな時間が過ぎていきまして、


「……貴方、言葉が分かるの?」


 童女のような素朴な表情をしての、アレクシアさんの問いかけでした。


 ……えーとね? 今さらね? もう無理だよね、これ。今さら分かりませーんは無いよね?


 娘さん、本当にごめんなさい。


 俺は罪悪感で胃を痛くしつつ、一つ頷きを返すのでした。


 


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