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第11話:俺と、ハイゼ家お宅訪問

 もう付き合いとしては半年ぐらいにはなるのかな?


 それでも、お宅に訪問したのは今日が初めてでした。


 そういうことで、俺と娘さんはハイゼ家にお邪魔しているのでした。


「……ふーむ」


 ラウ家とは比べものにならないほど立派なハイゼ家の屋敷には、これまたラウ家のものとは似ても似つかない立派な中庭がありまして。


 そこでは一人の男性が立ちつくして、悩ましげにうなっていた。クライゼさんである。腕から胸にかけてのケガはかなり良くなっているらしく、あごの無精ヒゲを親指でなでつけたりしておられましたが……ともかくうなっております。その理由はと言えば。


「……ふむ。なかなか大変のようだな?」


 クライゼさんの視線の先である。


 娘さんが、げっそりとした表情でこちらも立ちつくしていた。


「はい。なかなかに大変なんです。調査についていくのが、まさかこんなに気苦労が多いとは思いませんでした」


 そう言って、娘さんは肩を落として「はぁぁ」と息をつくのでした。


 近況報告というか相談というか愚痴というか。


 査問官さんたちが聞き取りに出ている、その最中である。ヒマな時間が出来た娘さんは、その時間を利用してクライゼさんに会いに来ていたのだ。


 最初は、お見舞いのような感じだったんだけどね。


 最近調子はどうですか? ちゃんと睡眠はとってますか? ちゃんとご飯食べてますか? みたいな、半分お母さんと息子さんのようなやり取りが続いたのですが、まぁ当然の流れとして、調査についての話題も上がりまして。


 そしての今である。


 娘さん、再び深いため息を吐き出しました。


「はぁ。本当に居心地が悪いんです。ねぇ、ノーラ。ちょっとキツイよね?」


 俺もこの場にはいました。娘さんの隣で犬座りをしております。


 で、娘さんへの返答なのですが、本当にちょっとですかね? クライゼさんは俺が言葉を理解することを知っている。遠慮なく意思を表明することにしました。


《かなり です》


 俺の字を覗き込んだクライゼさんは、またもやの「ふーむ」でした。


「ドラゴンにまで、ここまで気づかいをさせているのか。アレクシア殿と他の査問官たちの対立はそこまでヒドイのか?」


「いえ、対立がヒドイかと言われると、そうとも言い切れないのですが……」


 娘さんの否定の言葉に、クライゼさんは軽く首をかしげる。


「ふむ? だったら、何がそこまでお前を疲れさせているんだ?」


「えー、なんて言いますか、対立のダシにされていると言うか、そんな感じでして……」


 さらに首をかしげるクライゼさんに、娘さんはその辺りの事情を話し始める。


 この辺りのことは、もちろん俺もよく知るところだった。


 対立そのものはヒドくはないのだ。いや、陰湿ではあるのだが、陰口を叩く査問官さんたちに対して、アレクシアさんは終始無視の一手。冷戦と言いますか、直接的に敵意がぶつかるようなことはまったくもって無かった。


 で、娘さん。その対立に奇妙な巻き込まれ方をしてしまいまして。


 引き合いに出されちゃっているのである。


 娘さん『は』明るくていいなぁ、とか。


 娘さん『は』一緒にいて楽しい、とか。


 まぁ、そんな感じだった。


 こんなことをアレクシアさんの目の前で堂々と言うのだ。


「……それは……なかなかだな」


 クライゼさんが同情の目線を娘さんに送ってくる。


 娘さんは今日何度目かになるか分からないが、深く深いため息だった。


「はぁぁ。なかなかじゃなくて、ホント最悪ですよ。居心地が悪いなんてもんじゃないですよ、もぅ」


「悪い意味で引き合いに出されているわけか。文句を言ってやっても……まぁ、はぐらかされるだけか」


「実際、そうでした。ちょっと悪趣味じゃないですかって言ったんですけど、なにをおっしゃっているのやらって笑われて」


「ふーむ。災難だな。お前に非がなくとも、アレクシア殿から恨まれることにもなりそうだが」


 そんな心配をしてくれたクライゼさんだが、その辺りのことは心配なさそうでしたが。


「いえ、ダシにされたからって、あまり変わりは無かったです。もしかしたら慣れてるんじゃないかってノーラとは話してましたけど。今までにもきっと似たようなことがあったんじゃないかって」


「アレクシア殿には気の毒なことだが、とにかく恨まれずにすむことは幸いだな」


「はい。とは言っても、最初から嫌われているみたいで、そこは変わらないんですけど……」


「やはり災難か。そして、苦労のわりには……か?」


 これに、娘さんは疲れ果てた様子で頷く。


「全然、むくわれません。犯人ですけど、全然見つからないんですよねぇ」


 本当に、そうなんですよねぇ。


 犯人はすぐに見つかるだろう。そう思えばこそ、我慢出来ていたこの道中なのですが、犯人ですよね。全然、見つからないのです。


「ふーむ」


 ここでクライゼさんは不審そうにうなるのでした。


「見つからないか? あれだけの派手な事件だったのにか?」


「無いです。調査はハイゼ家で最後なんですけど……」


「見つからなかったか?」


「はい。ノーラにも、ドラゴンに聞き取りはしてもらったんですけどね」


 俺はクライゼさんに首を横にふってみせた。全然ダメでしたーと、そんな意思表示である。


 最近、どこか変わったところに飛びませんでしたかー? とか、そんな感じで道中のドラゴンからは残らず話を聞いていた。


 その結果は、まったくもっての異口同音。


 そろいもそろっての、んなことは無いという返答でした。


「……そうなると、調査は大変になるだろうな」


 不吉な予感をさせてくれる、クライゼさんのご返答でした。


「陰謀ではないがな、他領のドラゴン所有者による犯行である可能性も出てきたわけだ。犯行を犯したドラゴンと騎手の飛行経路を割り出して、犯人を見つけ出していく。その努力は必要となるだろうな」


 調査は新たな局面に入っていく。


 それを示唆するクライゼさんのご意見でして、それは娘さんの苦難が延長されていくことも意味しておりまして。


「……ですよねー。あーあ」


 嘆き節の娘さんでした。そんな娘さんをクライゼさんは苦笑を浮かべて見つめていた。


「気持ちは分かるが、よろしく頼むぞ。お前にはノーラがいるからな。公には出来ずとも、ノーラと共に調べたことは調査の助けには間違いなくなるだろう」


「それは私も思っています。ただ……なんとも調査が上手くいく気がしないんですよねぇ」


 娘さん、引き続きの嘆き節でしたが……あー、そうですねぇ。分かります。娘さんと道中を同じくしたドラゴンとして、同じことを思わざるを得ません。


「なんだ? 査問官の間の対立は、調査にも影響しているのか?」


 少しばかり眉をひそめてのクライゼさんの疑問でしたが、そういうわけでは無いのですよ。


 娘さん、うんざりとした顔で首を横にふります。


「そういうわけじゃないんですが……アレクシアさんを除いた査問官の人たちなんですけど、全然まじめじゃないんですよね」


 そうなんですよねぇ。


 本当、娘さんの言う通りでした。あの人たち、陰口を叩くのには熱心なんですけど、それ以外にはまったくやる気を見せない人たちでして。


「調査も本当そんな感じで。二言三言、世間話したら終わりみたいな調査しかしないんです。アレクシアさんはちゃんとしっかり話を聞いてくれるんですけど……なんですか? 査問官って、あんな感じの人たちなんでしょうか?」


 思わず問いかける娘さん。


 それに対して、クライゼさんはさもありなんと頷くのでした。


「そんなものだぞ。査問官に限らずだが、たいがいの王都の官吏とはそんなものだ」


「そ、そうなんですか?」


「うむ。王都の官吏になるのは、たいていが貴族の次男坊、三男坊だ。領主になりたかったのに、生まれが遅くて成れなかったような連中だな。その連中が仕方なくなるのが王都の官吏というものだ。もちろん例外はあるが、査問官なんてものは代表的な嫌われものだからな」


「なおさら、やる気のある人は少ないってことですか?」


「そうなる。実際、俺はアレクシア殿のような方には初めてお会いしたな。優秀な査問官など、ある意味ノーラに匹敵するのではないか? まず存在せん」


 アレクシアさんが実にレア度の高い存在であることがわかった上で、なんか本当にがっかりです。査問官って、そんなもんなんですかねぇ。先行きに不安しか覚えられないような。


「だったら長引きそうですねー。あーもう」


 肩を落とす娘さんでした。


 俺もまったくの同意見というか、やる気も無く、調査はだらだらと長引きそうな、そんな予感しかありませんでした。


「まぁ、調査を早く終わらせたいのなら、アレクシア殿に協力して差し上げることだな」


 そしての、クライゼさんの助言でした。


 娘さん「むむ」と苦い顔をされます。クライゼさんは「あぁ」と頷きをみせた。


「そう言えば、当主殿が言っておられたな。初対面で色々とあって、お前がアレクシア殿を嫌っているとか」


「えぇと、はい、そうです」


「それはいまだに変わってはいないのか?」


 娘さんは何とも言えない表情で黙り込みました。


 気持ちは分かりました。娘さんとの間では、何度もこの件が話題になりましたし。


「……嫌いってわけじゃなくなったんですけどね」


 どう表現したらよいか。


 それに悩んだ末といった感じで娘さんは口を開きました。


「嫌いってわけじゃないんです。あの人、真面目に調査に取り組んでくれていますし。そういう点は、素直にすごいなって思いますし」


「だが、好きにはなれんか?」


「最初から、何故か敵視されているんですよね。今は、そこまでじゃないんですけど、やっぱり冷たい感じですし。そんな対応されてますから、好きっていうのはちょっと……」


「ふむ。なるほど」


「何とかなったらなぁって思ってはいるんですけど。クライゼさんはどう思いますか? 何で私が冷たくされているのか、正直さっぱりなんですけど」


 これは、むろん俺にもさっぱりでありまして。


 是非ともクライゼさんの意見をうかがってみたいところでしたが。


「以前に面識はないのだな?」


「はい。まったくありません」


「ふーむ。まぁ、それも当然か。リャナス一門のご令嬢の官吏に、田舎ラウ家の娘の騎手。つながりがなければ、わざわざ嫌うほどの理由も……うーむ」


 クライゼさんは困ったように頭をかくのでした。


「悪いが。さっぱりだな。住む世界が違えば、お前を嫌う理由などなさそうだが。見下すというのなら、ありえる話ではあるのだが」


「そんな感じは全然無いです」


「だったらもう分からん。すまんが力にはなれんな」


 クライゼさんの謝罪の言葉に、娘さんは苦笑して首を横にふる。


「いえいえ、力になって下さってありがとうございます。ただ……そこが分かったら、何か変わるような気がするんですけどね」


 娘さんは、人を憎み続けられるような人ではない。


 どこかでやはり手を伸ばしたいと思う人であって、アレクシアさんとも可能であれば、仲良くしたいと思っているようであった。


 俺もねぇ、何か出来たらいいんだけどねぇ。


 寂しげな苦笑を浮かべる娘さんを見て思うのでした。


 今までと比べれば深刻さは違うけど、娘さんはどうにかしたいと悩んでいるみたいなわけで。娘さんのドラゴンとして、俺も何か力にはなりたい。そう強くは思うのだ。


 ただ……うーむ。


 言葉も文字も分かるし、書くこともいくらか出来る。ただ、それは秘密とあって、活かしは出来ない。


 でも、なんかないかねぇ。


 クライゼさんでは無いけれど、俺は『うーむ』とうなり続けるのでした。

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