第10話:俺と、竜舎のアレクシア
俺と娘さんが目指したのは、この家の竜舎だった。
目的はそこにいるドラゴンである。
ここで俺の個性が活かされるわけだ。ドラゴンからの聞き取りである。ドラゴンは人間の意思なんて汲んではくれない。だから、飼い主をかばおうなんて嘘をつくことは無い。信頼性のある証言が得られる可能性は高いのだ。
まぁ、でもね?
俺が言葉を理解出来ることは、秘密にする方向なのだ。当然、これで得た情報はアレクシアさんには伝えられることは無い。
無駄にはなるかもしれない。
でも、どこかで活かされることもあるかもしれないので、とにかくやってみようと、そういうことだった。
で、やって参りました、この家の竜舎。娘さんと俺は早速聞き取りに入ろうとしたのですが……
「げ」
そんな言葉が娘さんからもれる。
三棟ある竜舎の中の一つ、その前である。
アレクシアさんだった。ただただドラゴンを見つめておられるようでした。だが、俺たちがやってきたのに気づいたのか、首だけでこちらを向いてきた。
「なるほど、貴女でしたか」
そう言って、アレクシアさんは何故かふんと鼻を鳴らしてきた。
「一人でいる私を笑いにきましたか。それはけっこうなことですね」
そして、そんな言葉をにわかにぶつけてきました。へ、へ? 俺も戸惑いましたが、娘さんももちろんそのようで。
「は、はいっ!?」
驚きの声を上げる。アレクシアさんは不快そうに目を細める。
「このような場所に来て、他に用事なんてありますか? わざわざ誤魔化す必要はありませんよ。彼らが私がいないところでどんな話をしているのか。もちろん存じておりますので」
お、おおぅ。
まぁ、こうであることは予想の範疇でしたが。陰口を言う連中って、当人が耳にしちゃっていることを分かってて、あえて盛り上がってみせる連中も多いし。私の経験談ではございますが、アレクシアさんにその自覚があったのは別に不思議なことではないだろう。
ただ、その査問官さんたちと娘さんを一緒くたにされてもねぇ。一緒くたにされた当人は、心外だと目端を釣り上げた。
「な、なんですか! 私はそんな趣味の悪いことはしませんよ!」
「でしたら何ですか? 何のために、このような場所に足を運ばれたので?」
これに娘さんはウッと言葉を詰まらせた。俺が言葉が分かることは秘密。その前提に立つと、話せるところはまったく無いのだ。
だが、ここで何も言わなければ、アレクシアさんを笑いにきたと受け取られてしまうわけで……娘さん、額に汗を浮かべてますね。が、がんばって。
「え、えぇと、それは……挨拶です! この家のドラゴンに挨拶に来たんです!」
「ドラゴンに挨拶? それに何の意味が?」
「伝統です! そういうもんですから、意味なんてないですけどね!」
これで押し通すつもりらしかった。
俺を連れて、アレクシアさんの隣へと。
「こ、こんにちは! ラウ家の騎手です! よろしくおねがいします!」
娘さん、徹底されております。頭を下げての挨拶でした。まぁ、アレクシアさんは、それでも不審に思っているみたいでしたが。
「それ、本当ですか? 毎回同じことをやっているんですか?」
「当たり前です! 騎手としてはもう義務ですよ、義務!」
大嘘ではありますが、開き直っている分どこか真実味はあったようで。
「……そうですか」
アレクシアさん、追求することは止めにしたようでした。再びドラゴンに目をやって、そのまま黙り込みました。
で、沈黙です。
娘さん、めちゃくちゃ気まずそうでした。だが、立ち去るのも難しいようで。気持ちは分かるような。せめて一言ぐらい声をかけないとって俺だったら思うなぁ。嫌っていると誤解されるんじゃないかって、俺は不安になりますし。
まぁ、娘さんはアレクシアさんのことを嫌っているんだけどね。それでも、何かしら思うところがあったのかどうか。
「……ドラゴン、好きなんですか? それでここに?」
そんな尋ねかけだった。
アレクシアさんはちらりと娘さんの顔をうかがってきた。
「……私が何故ここにいるのか。それが分かっていて、そんなことを聞いているのですか?」
なかなかにトゲのあるお言葉でした。
逃げ出してきてここにいるのに、わざわざそんなことを言葉にさせたいのか? そんな感じですかね、えぇ。
で、一人飯経験者だろう娘さん。アレクシアさんの言葉を俺と同じように解釈したらしい。慌てて首を横にふった。
「ち、違いますよっ! 単純にドラゴンが好きなのかなって。アレクシアさんって、ドラゴンを初めて見るんですか?」
「いいえ。何度も見たことありますが」
「ですよね。だったら、なおさらに好きなのかなって思いますよ。ドラゴンって愛嬌が無いですから。好きな人でもないと、そんなわざわざ見たりしないかなって」
なるほどだった。
ドラゴン、人になついたりしないもんね。初めての人にとっては物珍しい存在かもしれないが、愛着のわくような存在ではない。
だからこその娘さんのご意見だったようで。
で、実際はどうなのか。
「……好きですよ、ドラゴン」
そんな返答に、娘さんは敵対心をにわかに忘れたようだった。嬉しそうな笑みを顔に浮かべる。
「へぇ、そうなんですか。好きなんですね、ドラゴン」
「はい。ドラゴンは不思議な存在ですから」
「不思議ですか?」
「盟約などと言われていますが、従いはすれどなつきはしないその生態。そこも不思議ですが、知っていますか? 解剖してみると、ドラゴンには炎を吐けるような臓器は存在しないそうです。翼の大きさと体重の比率もおかしくて、本来ならば飛べるはずのない生き物と言われているようで。不思議ですね?」
娘さん、半笑いで困惑しております。
好きは好きでも、アレクシアさんの興味はもっと学術的なところにあるらしいようで。
「そ、そうですね。えーと、不思議です。確かにドラゴン不思議なところありますし……」
そう言って、娘さんは俺を見下ろしてくる。まぁ、俺は不思議なドラゴンではありますが。ただ、アレクシアさんの言う、不思議とはちょっと違う気がしますけどね、はい。
「……あとは、目が好きです」
娘さんはおや? っとアレクシアさんの顔を見つめる。自分が理解出来る話題になるのかと、期待しているようだった。
「目が好きなんですか? 目の構造がーとか、そんな話ではなくってですか?」
「さすがに、そこまでドラゴンに詳しくはありません。ただ好きなんです。意思が見えるんです。意思が見えて、でもそこに悪意は見えなくて……そこが好きなんです」
アレクシアさんは相変わらず淡々として話されていましたが……なんか、アレクシアさんの本音に近い部分が透けて見えたような、そんな気がしました。
ただ、おっしゃっていることは俺にはよく分かりませんでしたが。で、意見を向けられた我らが娘さんはと言えば。
「……分かるなぁ。分かる。すっごく分かる」
こんな感じでした。
なんか、妙な訳知り顔でしみじみと頷いていたりします。
「わ、分かりますか?」
急にフランクになった娘さんに驚きを覚えたのか。アレクシアさんは不審そうに娘さんに問いかける。
娘さんは不審の目を向けられていること気づいていないらしい。感慨深げに目を閉じながら、うんうんと頷いていた。
「分かる。そりゃ分かりますよ。あの目ですよね。意思があるんですけど、そこに人間に対する好きや嫌いはない。そこがいいんですよね。錯覚に過ぎないとは思うんですけど、自分を自然に受け入れてくれているみたいな、そんな気分になれるんですよねぇ。うん」
そんなドラゴンフリークのご意見でした。
すみません、娘さん。正直分からんとです。俺だったら、犬みたいに、好きですご主人! みたいな方が嬉しいけど。こういう趣味の人もいるって、そういうことですかね?
そして、である。
アレクシアさんはどんな反応をされるかと思ったのですが……もしや同好の士なのですかね?
初めて見る表情だった。
アレクシアさん、わずかに目を見張って驚きを露わにしている。
「……そうですね。そういうところはありますね」
「ですよね! ありますよね! ホント分かるなぁ。なつかないからって、騎手でもドラゴンを好かない人はいるみたいですけど、あれは本当分かってないよなぁ」
「は、はぁ」
「あ、だったら、この子なんてもう最高ですよ! ノーラです! まぁ、ちょっとと言うか大分他のドラゴンとは違うんですけど、本当に性格が良いんです! 一緒にいたら、本当幸せな気分になれますから!」
お、お褒め頂いてなにやらむず痒いですが、それはともかく。
娘さんのカワイイところが存分に出た感じでした。
話せる人だと思って、敵意なんてさっぱり忘れてしまったっぽい。非常に親しげな態度でした。
で、アレクシアさんも、それを嫌がってはいないみたいで……ちょっと期待しちゃうなぁ。
これは仲良くなれるじゃないだろうか。
敵意をぶつけ会うこともなく、もっと気楽にスムーズに調査が進められて……なおかつ、娘さんに友達が出来る。
そうなるんじゃなかろうか。
俺はそう期待しました。だが、ふむ?
「……なるほど」
その納得の声は、何に対して向けられているのか。
アレクシアさんは冷たい目をされていました。
「……貴女のような人は、きっと誰にでも好かれるのでしょうね」
「へ?」
「安心して下さい。調査は公正に行います。貴女を強いて陥れることはしませんので。では」
そして、アレクシアさんはいずこかへと去っていった。
娘さんとそろって唖然としてしまいました。
今までの雰囲気はどこへやら。急に冷たい空気が漂って、その空気そのままのアレクシアさんの退場でしたが。
「……調子に乗って怒らせちゃった……かな?」
不安そうに娘さんは俺を見つめてくる。
い、いやぁ?
そういうわけでは無いと思いますけど。そんな流れじゃ無かったと思いますし。しかも、娘さんのような人は、人に好かれる? 妙なことをおっしゃっていましたが……うーむ。
俺と娘さんは、ただただ首をかしげるしかありませんでした。