第9話:俺と、査問官の人たち
「ノーラ、いる?」
山男さんの屋敷の敷地にて。
今は調査の合間のお昼休憩でした。ありがたいことに山男さんは昼ごはんを用意してくれていましてですね。今日は珍しくも小春日和であったため、野外にてそれに舌鼓を打っているのです。
で、娘さん、地面に腰を下ろしながら、俺の目の前にある物をかざしてきていた。チーズの乗った黒パン。いるかどうかと言えば別になのですが、周囲では査問官さんたちも食事をとっている。返事はちょっと出来そうにない。
それは娘さんが食べて下さいな。
目線で訴えたつもりだったけど、なかなか俺の目線にはそこまでの情報量は込められなかったようで。
「よし。それじゃ、あーん」
以心伝心なんてね、なかなかね、難しいよね。仕方なし。あまり欲しくはないけど、俺は座りながらにあーんと口を開く。
ぽいっとチーズの乗ったパンを放り込まれまして、もぎゅもぎゅ。あかん、分からん。ドラゴンの味覚ってかなり大雑把。のどごしで味わっている部分が大きいので、この少量だと本当思うところがなかった。
「おいしい?」
さっぱり分かりませんでした。そう目線で訴えたつもりでしたが、やはり無意味。娘さんは「良かった良かった」と自らもパンを口にしている。うーん、アイコンタクトの限界と、言語の大切さを実感せざるを得ない。もっとがんばって覚えよっかな、うん。
「ははは。サーリャ殿はお優しいですな」
同じように食事をしていた査問官さんの一人だった。柔和な笑みを娘さんに向けてきている。
娘さんは苦笑してそれに応じた。
「そんなことないですよ。ただの自己満足ですから。こんな少量をもらったって、腹の足しにはならないでしょうし」
確かにその通りで。
ただ、その優しさは本当に嬉しく思っていますけど。
「いえいえ、きっとドラゴンだって、その優しさは嬉しく思ってますよ」
俺の思いを的確に読み取って下さいました。
娘さんは「そうだったらいいですけどねぇ」と返していましたけど、これは後でちゃんと伝えないとね。
「しかし、本当にサーリャ殿が来て下さって良かった」
別の査問官さんが陽気な笑みを浮かべながら声を上げる。
これにも娘さんは笑顔で応じる。
「あはは。どうしたんですか? そんなこと言われるような覚えはないんですけど」
「いやいや、絶賛させて下さい。この食事ですよ。普通、調査に出かけてこんな待遇を受けることはありませんからな」
「へぇ、そうなんですか?」
「疑われて喜ぶ人間はいませんからな。食事を出してもらえることなんてまずありません」
「はぁ、なるほど」
「だからこそ感謝しかありません。なぁ、みんな?」
異議なしと、次々に声が上がる。
娘さんは「ははは」と笑って、その様子を見渡していた。
うーん、平和だなぁ。
地面に寝そべりながら、俺は娘さんたちのやりとりを眺める。朝のことを思えば本当にねぇ。この調査の道中、どれだけ胃が痛い思いをするかと思ったけど、安らげる時間もありそうですねー。
まぁ、条件があるんですが。
アレクシアさんがいない。こんな条件である。
「……あのー。あの女……じゃなくって、アレクシアさんは何か他に用事でもあったんですか?」
宿敵の動向は娘さんも当然気にしていたらしい。
朗らかな会話の合間に、そんな尋ねかけをしていた。
俺も非常に気になってました。パンやらスープやらを受け取るまでは、一緒にいたはずなんですけどね。いつの間にか姿を消されていましたが。
「あぁ。それは別に気にしないで下さい」
査問官の一人が笑いながらに手のひらを横にふってくる。大した用事ではないってことですかね? いや、それでも気にはなりますが。
「私には言えない用事ってことですか? 査問官としての極秘の任務みたいな?」
娘さんはと言えば、秘密の用事かと勘ぐったようだった。これに対し、査問官たちは一斉に笑い声を上げた。
「はっはっは! いえいえ、そんな大層な話じゃないですよ!」
とのことらしい。
娘さんは首をかしげることになる。
「はぁ。でしたら、どんな用事なんですか?」
「別に用事ではなくてですね……あの人、私たちとは一緒に食事をしたがらないんですよ」
へぇ、だった。
アレクシアさん、この人たちと食事をしたくないんですね。それはまた……なんか、前世の記憶が呼び覚まされるような。一人飯ね。あるよね。気まずいもんね、うん。
アレクシアさん、この人たちとは仲良くなかったりするんでしょうかね?
「……まぁ、そういうこともありますよねー」
で、娘さん。
そんな反応でした。
気持ちは分かりました。
娘さんも、おそらく一人飯経験者だったりするでしょうしね。修行時代が色々と大変だったっぽいですし。宿敵が一人飯をしていたところで、それを笑う気にはとてもなれないらしい。
この話題はおしまい。
そんな感じで黙り込む娘さんでしたが、査問官さんたちにその気はなかったようで。
「一度、二度はご一緒したのですがな。その時も黙り込んでいましたなぁ」
「ははは。食事に限った話ではないがな。仕事では雄弁なくせに、俺たちとはまるで話すつもりがない」
「趣味で仕事をしているリャナス一門のお嬢様ですからなぁ。私たちなんかとは口をきくつもりは無いのでしょうよ」
そして、楽しそうな笑い声が響く。
で、娘さん、苦虫をかみつぶしたような顔をしてチーズ乗せの黒パンをもぎゅもぎゅしております。
宿敵の悪口ではありますが、娘さん、それを楽しめるような性格はしてないですからね。めちゃくちゃ居心地が悪そうです。
「……あー、ちょっと席外しますね」
急いで食事をすませて、俺の手綱を手に取る。査問官の一人は娘さんを見て首をかしげた。
「ドラゴンを連れてのご用事ですか?」
尋ねられて、娘さんはとりつくろった笑顔で頷く。
「は、はい。えーと、ドラゴンの世話でちょっと」
「はぁ。やはり、ドラゴンの面倒をみるのは大変なんですなぁ」
素直に受け取ってもらえたけど、絶対世話とかじゃないです。
娘さんは俺を連れて、急いで査問官さんの目が届かない場所へ。
「……ぬわー、居心地悪いなぁ」
そして建物の影に逃げ出してきての、この嘆息でした。俺も思わず《ですよね》と返答する。娘さんは勢いよく頷きをかえしてくる。
「ほんとだよー。そりゃあさ、あの女が嫌われるのは分かるよ? でも、こうも部外者の前で悪口言わなくってもさぁ」
あの人が、嫌われるべくして嫌われているのかはちょっと分かりませんが。ただ、後半に関しては本当に同意だった。本人の目の前で言ってきた俺の元同僚とかと比べれば優しいかもしれないが、それにしてもねぇ。
《これが りゆう でしょうか?》
言葉足らずだったけど、娘さんはすぐに察してくれた。
「カミール閣下が、助けてやってくれって手紙に書いてた理由?」
《そうです》
「あー、かもねー。あれだけ嫌われてると、ちょっと仕事も大変そうだし」
同僚ではあるけど、味方とはかなりのところ言いづらそうですしねぇ。色々と大変そうな感じはします。
《たすけ ひつようそう ですね》
何となく自分のこと思い出しつつ、そんなことを書いてみた。娘さんは「むっ」と顔をしかめる。
「助け……かぁ。でもなぁ。あまり気が乗らないし、そもそも助けるって言ったってねぇ? 何すればいいか分からないし……」
それは確かに。手伝うのならば、聞き取りのってことになるのだろうか。ただ、娘さん、一応疑いを向けられている方だしなぁ。現状の案内役というのがせいぜいのような気はします。
ただ、気の優しい娘さんである。何もしないというのはこれも居心地が悪いようで。
「うーん。まぁ、助けるってわけじゃないけど……やれるだけのことはやろっか?」
はい、そうしましょうか。
寂しいから。それが俺を連れて来られた第一の理由だが、決してそればかりでは無いわけで。
人とも竜とも交流出来るドラゴン。
出来ることは、一応それなりにあるのです。
「じゃ、行こっか?」
俺は娘さんの後について歩き出した。