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第8話:俺と、出発

 まぁ、俺の同意なんて、当主の鶴の一言に比べれば無価値もいいところなんですけどねー。


 なんのことかと言えば、それは目の前の状況である。


「……よろしくお願いします」


 ぶぜんとして娘さんが頭を下げる。


 翌日の朝、屋敷の前である。アレクシアさんを始めとする査問官の人たちが並んでいた。いよいよ本格的な調査に出発ということですが、その彼女らを前にしてである。娘さん、心底イヤそうな顔をして、頭を下げているのでした。


 何のために頭を下げているのかと言えば、それは道中仲良くお願いしますということである。


 娘さんも調査に参加することになったのだ。


 娘さん宛の手紙だったんだけどね、一応ということだった。親父さんにも見てもらったのだ。で、結果がこれである。親父さんからついていけと当主命令が下ったのであった。


 何が親父さんをその気にさせたのか? 多分だけど、文中の女友達ってフレーズだろうなぁ。


「若輩ではありますがな」


 親父さんはにこにこしながらアレクシアさんに声をかける。


「年の頃も近ければ、話しやすい部分もありましょう。是非、頼りにしていただければ」


 親父さんの口ぶりから考えても、やっぱりそんな感じなのかねぇ。ただまぁ、アレクシアさんにその気があるのかは疑問だけど。


「ご配慮痛み入ります。しかし、無理に協力して頂けなくても、私どもは一向にかまいませんが」


 むしろ、来るなと言いたそうなアレクシアさんの冷たい口ぶりでした。


「ほら、お父さん。アレクシアさんもこう言ってるじゃんか」


 娘さんが、これ幸いと親父さんに協力の撤回を催促する。でも親父さん、この訴えは笑顔で黙殺されるようで。


「今回の暴挙は我々としても信じがたく、許しがたいことを感じています。是非、協力させて頂きたい」


「心中お察しします。ですが、協力とおっしゃられまして、サーリャ殿に一体何が出来るのか。正直、疑問ではありますが」


 やっぱり来るなって、アレクシアさんは思ってるっぽい。ここでも娘さんは「お父さん」と撤回を呼びかける。だが親父さん、やはり笑顔で無視されます。


「娘はそれなりにハルベイユ候領に土地勘があります。それに、他の騎手との人脈もありますからな。微力ではあれど、お力になれるかと」


 どうやら、カミールさんから頼まれたとは告げないみたいですね。


 まぁ、アレクシアさんに分からないように渡された手紙、その頼み事である。内緒にしたい事情があるだろうと思うのは、当然と言えば、当然なんだろうけど。


 で、この親父さんの売り文句。


 アレクシアさんにはそれなりに効果があったっぽい。


「……確かに、現地の協力が得られるのはありがたいことですが」


 返答はこんなだった。


 娘さんはげんなりとして、親父さんは満面の笑顔になりました。


「それではよろしくお願いいたします。調査が早々と結論を得られることを期待しております」


「……まぁ、善処したいと思います。しかしです。サーリャ殿ですが、ドラゴンも連れて行かれるつもりですか?」


 アレクシアさんの視線は、うんざりとして立つ娘さんの隣にあった。


 はい、そうなんです。


 俺もですね、今回の調査に同行するようでして。娘さんの隣に、手綱だけは身につけて座っていたりします。


「えぇっと、はい、そうです」


 ここからはお前が話せと、親父さんに目線で促されての娘さんだった。アレクシアさんは不審そうな目をして口を開く。


「何故ですか? 理由をおうかがいしても?」


「あー、犯人をつかまえるのに便利かなと思いまして、はい」


 娘さん、気のない返事でした。


 まぁ、それは当然と言いますか、実際とってつけた理由ですし。


 本当の理由はと言いますと、それは一人じゃ寂しいから。こうなっております。まぁ、他にも理由はありますが、これが一番大きな理由でして。当然公にされることは無さそうでした。


 で、この適当な理由への反応ですが、意外や意外。アレクシアさんは納得したように頷いています。


「なるほど。相手がドラゴンで逃げ出そうとするかもしれないですからね」


 娘さんはやや驚いたような顔をしていた。


 昨日のことを思えば、さもありなんか。難癖をつけられるのかと疑っていたのかもしれない。


「は、はい。そんな時にきっと役に立てるかなって」


「そうですか。てっきり、私たちの調査を力づくで妨害する気でもあるのかと思っていましたが」


 で、淡々と、そんなことを言ってくれました。


 意外と雰囲気良く同行出来るのかな? そう思ったのですが、希望的観測に過ぎなかったようです。


「嫌なヤツ……」


 娘さんは聞こえるように呟いていましたが、アレクシアさんは無視を決め込むらしい。


「それでは行きましょうか」


 そう言って、アレクシアさんは歩き出す。


「……その、あれだ。がんばるのだぞ」


 親父さんもこのやり取りを見て、簡単に楽観は出来なかったっぽい。先行きを予想してか歯切れ悪く応援してくれた。娘さんはげっそりとして頷いて、俺の手綱を引くのだった。


 とにもかくにも、調査でした。


 もはやラウ家は大丈夫だろうということで気楽ではあるけどねー。しかし、この道中がどうなるか。正直不安しかありませんが、とにかく調査である

 

 調査は主に聞き取りということだった。騎竜の任を担う家を尋ねて、当日の状況を聞き、その付近の住民にも同様の聞き取りを行うということだった。



 そういうわけで、まず一件目でございます。


 

 近場でございました。目的地には日が一番高くなる前にたどり着くことが出来た。


「おぉ! 来たか! 待っていたぞ!」


 山間にある小さな領主の屋敷だった。


 山男と言った感じの男の人が出迎えてくれましたが、見覚えのある人でした。先日の戦だった。ハルベイユ候の本陣で出会った、騎手にして領主だという男性である。


 そこまで付き合いがあったわけじゃないはずなんだけどね。それでも本当に親しげな様子で娘さんを出迎えてくれた。


「お久しぶりです。お元気でしたか?」


 好意に会って、娘さんは笑顔で挨拶する。山男さんは「おう」と豪胆に応じてきた。


「そらそうだ、何も無かったからな。しかし、会えて嬉しいぞ。ハルベイユ候領の英雄に、あらためて一度は挨拶したいと思っていたからな」


「は、はははは。それはありがとうございます」


「ラウ家の親父さんからの早馬で知っているぞ。王都の調査に協力してるんだってな? ウチにやましいことなんてねぇがな、何でも聞いてくれていいし頼んでくれ。出来る限り協力するからな」


 娘さんが調査に協力する。


 これって思っていたよりも効果が大きかったのかな? 前回の戦での英雄ってこともあるし、娘さんけっこう可愛がられるタチだしね。協力を引き出すには、最良の人選だったのかもしれない。


「……失礼」


 そんなやり取りの中に、アレクシアさんが割って入る。


「アレクシア・リャナスと申します。王下の査問官です。調査にご協力いただき感謝いたします」

 

 アレクシアさんの挨拶に、山男さんは笑みのままで頷いた。


「おお。そりゃご丁寧に。しかし、アンタが査問官だって? それになんだ、しかも頭って感じなのかい?」


「はい。この調査は私が率いさせていただいています」


「へぇ。女で査問官で、しかも頭か。そりゃ珍しい」


 別に悪意はなかったと思うんだけどね。


 気のせいか、アレクシアさんの表情が鋭く引き締まる。


「……女で査問官でその頭で……それはおかしいですか?」


 この問いかけに、山男さんは戸惑っているようだった。


「別にんなことは言ってねぇが……なんだ、愛想の無い査問官さんだな」


 これまた別に悪意は無かったと思うけどね。ドラゴンの優れた聴覚がギリリと歯ぎしりのような音をとらえた。


「……とにかく、調査は公明正大に進めさせてもらいます。早速よろしいですか?」


 言葉は丁寧だが、目つきはにらみつけるようだった。


「……なぁ? 俺、何か悪いことしたか?」


 問いかけられた娘さんだが、「さ、さぁ?」と困ったように首をひねるしかないようだった。


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