第6話:俺と、軍神からの密書
「う、うがーっ! なんなのよ、あの女は!」
えーと、娘さんです。
ハルベイユ候の使者を追い返して、でも事態が丸く収まることはなくてのすぐ後でございますが。
竜舎の前である。娘さん、ご乱心でした。冬空の下、顔を真っ赤にして、罵倒の言葉を吐いているのである。
「おかしいでしょ、あんなの! いきなり人を犯人呼ばわりして……あんな失礼なのないよ! ねぇ、ノーラ。あなたもそう思うでしょ?」
尋ねかけられました。俺は今竜舎の中にいるのだが、自分の足元をそっと見下ろす。そこには、≪そうですね≫と同じ言葉が十も二十も書き連ねてある。
俺、完全に太鼓持ちでした。娘さんの愚痴に付き合って、完全に頷くだけの人……ドラゴンになっているのである。
人付き合いに縁の無かった俺には分からないことですが、世の人々は皆こんな経験があったりするんでしょうかね? だったら、普通というのもなかなか大変なことで。
そんなことを思いつつ、俺は今日何十度目かの≪そうですね≫を地面につづるのでした。そうですね……っと。
「だよね! ノーラもそう思うよね!」
ぶっちゃけ心無い返事の自覚はあるけど、娘さんはそれで満足なようでした。我が意を得たりと何度も頷いてくる。
で、また愚痴は続いていく。いや、続いていくというか、繰り返されていく。俺はそれに対して、さも初めて耳にしたかのように頷きを返してみせるのでした。
まぁね?
正直、やや疲れてはきたのですが……しょうがないかなと思うのだ。あんなことがあったんじゃそりゃあねぇ。
ドラゴンに村が焼かれた。
そして、その犯人が娘さんだと不条理に言い立てられたのだ。
だからまぁ、娘さんが怒るのは理解出来た。で、俺もあきらめて娘さんに付き合っているのである。
ただ……うん。
そろそろ建設的な話がしたいなって、そんなことを思うのだ。
気になることがあったのだ。
まずはアレクシアさんのことである。
何故、娘さんを前にした時だけ、あのように敵意を見せてきたのか。それが一つ。
で、娘さんは今後どうするのか。
犯人を見つけると言っていたけど、具体的には何をするのか? これから何か行動は起こしていくのか?
そんなことを話し合ってみたかった。
だけど……うーむ。
人がしゃべっている時に割り込んでいく。
俺はそんなことが出来るようなタチではまったくないのでして。
『……ねぇ、ノーラ』
そんな折の俺への呼びかけだった。
ラナである。気だるそうな声をしての呼びかけでしたが、ふむ? 何故呼ばれたのか、何となくピンと来ました。
『やっぱり、うるさい?』
『分かってるならどうにかして……』
俺に似て神経の細いところのあるラナである。さきほどの使者との集団とのやりとりも相当神経にはこたえただろうし、娘さんの愚痴もまた同様だろう。
ちなみに、アルバは例のごとく寝入っていますが、それはともかく。
これは良いきっかけかもしれない。
ラナのためにも娘さんの愚痴を止める。俺は建設的な話を始めることが出来て、一石二鳥である。
そういえば ですけど。
とりあえずはそんな入りでいいだろうか。俺は延々と愚痴を続ける娘さんの前で、地面にカギ爪をつける。
「本当、帰っちゃえばいいのにっ! ねぇ、ノーラ?」
そのタイミングで娘さんは問いかけてくる。
よし。ここで話題のスイッチだ。期待を裏切るのは申し訳ないけど、俺のため、ラナのため、ここは話題を変えさせて頂きます。よし、やるぞ! 話題変えてやるかんね!
《そうですね》
「だよねっ! 本当別の人が来たら良かったのにっ!」
そうして愚痴は続いていく。
『……ノーラ?』
『……ごめん』
終らねぇじゃねぇかというラナの問いかけに、俺は謝るしかなかったのでした。すっごいストレスなんです。口をはさんで不機嫌にさせたらって、そんなことばっかり考えてしまうんです。
へ、へるぷみー。
そんなことを情けなく願う俺でしたが、助けは……え? き、来た?
「ふーむ。なにやら荒れているようですな」
救世主テイク2。
本日二度目のありがたいご登場でした。ハイゼさんが、ニコニコしながら竜舎を尋ねてくれていた。
「は、ハイゼさんっ!?」
さすがにハイゼさんを目の前にして愚痴は続けられなかったらしい。
すぐに居住まいを正して、ちらりと俺の足元を見てくる。分かっております、分かっております。俺はすでに≪そうですね≫の群れを掃除し尽しておりました。
しかし、なんでしょうかね?
ハイゼさんのご用件である。想像はつかないけど、俺の望む建設的な話であれば嬉しいなぁ。
「ど、どうされましたか? 私に何か用事ですか?」
娘さんが尋ねかけると、ハイゼさんはもちろんと頷いた。
「ラウ家の当主は、客人を相手にしなければなりませんからな。代わりに私が話し合いの経緯を説明しに来たわけで」
なるほどでした。
ラウ家の屋敷では、現在話し合いの場がもたれているのでした。
アレクシアさんを筆頭にした査問官さんたちとの話し合いだ。事件の当日にラウ家のドラゴンがどんな状況にあったのか。それを説明した上で、ラウ家がどんな協力が出来るのか。そんなことを話し合っているのだとか。
で、娘さんが何故話し合いに参加していないのかと言えば、アレクシアさんにつっかかり過ぎて、親父さんに追い出されたとのこと。娘さん自身が、憤然として俺に教えてくれました。
ともかく、ハイゼさんはその経緯を教えてくれるとのことでしたが……これはありがたかった。正直、愚痴を聞き続けるよりは、はるかに建設的であるし。
ハイゼさんの好意に、娘さんは笑顔で頭を下げた。
「それはわざわざありがとうございます。それで、どうでした? あの女、疑って悪かったってちゃんと謝ってましたか?」
これが娘さんの一番気になっていたことらしい。さもありなんである。この一時間ぐらいで身に染みて理解したけど、アレクシアさんのことを本気で嫌っているみたいですし。
ハイゼさんは苦笑して首を横にふった。
「いや。そのような話は出ませんでしたな。ただ、安心されてもよろしいかと」
「安心ですか?」
「アレクシア殿が、サーリャ殿が犯人であると邪推して決めつけている。私にもそう思えましたが、まぁ、そこまでのことは無いようで。疑いはするが、決めつけたのは悪かった。そう謝罪してはおられました」
これはかなり、俺にとって安心出来る報告でした。
第二のハルベイユ候かと思ったもんね。犯人だと決めつけられて、ラウ家がまた危うい立場になるかと思ったけど、その心配はどうやら無いのかな?
「……ふん。謝罪はいいですけど、それは本人にして欲しいですけどね」
娘さんも安堵はしているみたいだけど、それよりは苛立ちが上回っているらしい。納得の憎まれ口でございました。
ハイゼさんは苦笑を見せてくる。
「ま、その内にあるのではないですかな? ともあれ一安心ですな。これでラウ家は無罪放免ということで」
「はい。そこは一安心です。これで、今回の件も一件落着ですね」
ラウ家は当然だが、村を焼くような蛮行に関わってはいない。ハイゼ家ももちろんそうであって、調査はアレクシアさんたち査問官が行う。となると、娘さんの言う通り、これは一件落着とそういうことになりそうで。
いやぁ、良かった、良かった。
俺もホッと一安心でした。アレクシアさんに疑われた時は、自分たちの罪をはらすために犯人を見つけなければならないかと思ったけど。そんなサスペンス的な行動は、どうやら必要ないらしい。
ハイゼさんもラウ家が助かったことを喜んでくれているのか。ニッコリとほほえんでくれた。
「ははは。いやぁ、それはどうかと」
そして、そんなことをおっしゃってくれた。はい?
「え?」
娘さんは不安そうにハイゼさんを見つめる。
「あ、あのぉ? なんか、すごく不安になるのですが……」
俺もでございます。
二段底じゃないけど、な、なんかあるんですか? ですか?
「いやははは! 失礼。そう身構える必要は無いと思いますがな」
そう笑い飛ばして、ハイゼさんは懐から一通の書簡を取り出した。
「それは?」
娘さんの問いかけに、ハイゼさんは書簡にある差出人の名前を見せてくる。ふむ? この文字列は……もしや?
「カミール・リャナス……カミール閣下からのお手紙なんですか?」
「その通りで」
やっぱりだった。カミールさんからのお手紙。娘さんはパァっと表情を明るくする。
「へぇ! 閣下から! それは嬉しいです! けど……確かに何かありそうですね」
一転して、いぶかしげな顔になる娘さん。まぁねー。あの人、ひとクセもふたクセもある人ですからね。ありふれた時候の挨拶なんかを送ってくるとはとても思えない。
ハイゼさんは楽しげな顔をして頷く。
「まったくもって同感ですな。宛名を見てもらえれば、それもなおさらかと」
娘さんに書簡を渡してくる。娘さんは言われた通り、宛名に目を細めて……んん? と首をかしげる。
「……これ、宛名はハイゼさんですよね?」
俺もさりげなく首を伸ばして、覗きこんでみる。確かに。これ、ハイゼさん宛です。どう見ても娘さんへの手紙じゃないのですが……
「とにかく開いてみてはいかがな?」
そう言われて、娘さんは言われる通りに開き、また首をかしげる。
「……なにこれ?」
不思議そうに呟き、書簡に指を差し入れる。そして取り出したのは、ロウで封された、またしてもの書簡。差出人はカミールさんそのままに、宛名はサーリャ・ラウとなっていた。
「この書簡はアレクシア殿から渡されたのですがな。ま、なかなかに意味深ですな?」
ハイゼさんはますます楽しそうな顔をされていますが、そ、そうですねぇ。
娘さんへの手紙を、アレクシアさんにバレないように渡したかった。そんな意図があるんだろうけど、それは何のためなのか? う、うーむ、謎の深い手紙ですな。
「……なんか、嫌な予感がするなぁ」
で、娘さん。不信感バリバリです。
心底嫌そうな顔をしながら、ロウの封に指をかける。