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第5話:俺と、思わぬ追求

 アレクシアさん、魔術師でもあったりするんですねぇ。


 その実力が行使されて生まれた沈黙。


 アレクシアさんは静かに使者のリーダーを見つめる。


「処分は保留ということでよろしいのでは? 私どもでも独自に調査を進めますので。処分はその結果を待ってということで」


 静かな口調だが、強制力は強そうだった。いや、発言内容が問題ではなくて、手のひらではいぜんとして紅蓮が燃えておりますし。


 すぐに炎は消えたけど、使者のリーダーはかなり気圧されているようだった。しかし、よっぽどハルベイユ候に強く求められてでもいるのか。強気の姿勢を見せつけてくる。


「その必要はありません。当領地の問題として、この問題は我々が迅速に裁きます」


 これに対して、査問官さんの表情が変わった。今まで感情がないのかと疑うぐらいに無表情だったけど、非難めいた光がその目には宿っていた。


「新たな被害者が出たらどうしますか?」


「は?」


「ずさんな調査の末に冤罪を起こして、そのはてに新たな被害者の発生を許した。そんなことになった時に、貴方たちはどうしますか? 被害者にどんな顔をして会うつもりですか?」


「……」


「ハルベイユ候には、大領主として民により沿った政治を行う義務があるはずです。王家もそれを望んでいます」


「……脅迫、なのでしょうかな?」


 正直、思わぬ発言だった。多分、王家に悪い報告をされたくなったらここは退けって言われていると思ったんだろうけど……ここで、そんな発想が出る時点でなんだかなぁ。


 査問官さんの表情には非難を通り越して、不快感がにじんでいるようだった。


「とにかく、この問題は王家が預かります。異論は許しません」


 もはや説得ではなく、断言だった。


 使者のリーダーはどうしようもなく頷くしかなかった。


「……承知しました。ハルベイユ候には、そうお伝えしましょう」


 それで終わりだった。


 使者の集団は、リーダーを始めとして憎々しげな表情だったが……足取り重く、竜舎の前から立ち去っていった。


 よし、だった。


 これで勝ちとそういうことですね。


「あらためて挨拶させていただきましょう。私はヒース・ラウ。ラウ家の当主です。調査ということですが、当家としては全面的に協力させていただきます」


 歓声が湧く中で、親父さんが査問官さんに頭を下げる。無表情に戻った査問官さんは、頭を下げ返した。


「あらためましてアレクシア・リャナスと申します。調査へのご協力を感謝いたします」


 その名乗り上げに対し、親父さんは驚いた顔を見せる。


「リャナスと申しますと、まさか一門の方で?」


「はい。本家ではありませんが、分家としてリャナスの姓を名乗っております」


 へー、だった。カミールさんのご親戚。そう言われてみると、どこか風貌が似て……は無いか。皮肉な笑いでもしていればアレだけど、正直親戚と言われてもピンと来るところは無かった。カミールさん、無表情とは縁遠い人だったし。


「なるほど。貴殿が査問官であるからこそ、カミール閣下は当家の要望を快諾してくれたのでしょうかな?」


 そんな実際有り得そうな問いかけに、査問官さん……アレクシアさんでいっか。アレクシアさんは、わずかに首をかしげた。


「どうでしょうか。ゼロではないと思います。ただ、この件は王家が扱ってもなんらおかしくはない問題です。カミール閣下が進言すれば、私がいなくとも、確実に査問官は派遣されていたでしょう」


「ふむ、なるほど」


「ただ、親戚ですので。閣下より、言伝を預かっております」


 言伝? 娘さんは興味深そうな表情をされていますが、はてさて?


「親と隣人、上官は選べないものだからな……とのことです」


 これには親父さんに娘さんも苦笑だった。もちろん俺も同じだ。カミールさん、めっちゃ同情してくれてますね。快諾の裏には、娘さんへの恩以外なものもけっこうありそうだった。


「ただ、勘違いはしないで下さい」


 静かにアレクシアさんはそう告げてきた。


「私はリャナスの一門ですし、こうして私的な言伝を預かってはきました。ですが、あくまで王家の査問官としてこの場にいます。調査は公正明大に行わせて頂きますので」


 カミールさんのお気に入りだからといって、えこひいきするつもりは無い。そんなご意見でしたが、ラウ家に後ろめたいところはまるで無いのだ。公正であってくれれば、もうそれだけで大歓迎だった。


「もちろん。当家もそれを望んでおります」


 親父さんが返事をして、アレクシアさんが頷く。その様子を、娘さんを始めとするラウ家の一門は笑顔で見守るのだった。


 本当ね、一件落着。そういうことで。


 俺ももちろんホッとしていました。大問題になるかと思いましたが、やれやれである。ラウ家としては、これで問題は終了でした。村がドラゴンに焼かれた一件は気になるところだけど、後はアレクシアさんのたちに任せておけばいいのだ。


「……ところで」


 そんなことを言いながら、アレクシアさんは娘さんに目を移した。


「この方が、ラウ家の騎手ですか? その、カミール閣下から、外套を授かったという噂の」


 親父さんが頷き、娘さんが笑顔を浮かべる。


「はい。お初にお目にかかります。私がラウ家の騎手のサーリャ・ラウです」


 娘さんの笑みはどこか親しげだった。カミールさんの親戚ということもあるだろうし、何よりラウ家の味方という、そんな認識があってのものかもしれない。


 ただであった。


 なんだろう。アレクシアさんの目つきがにわかに鋭くなったように俺には思えたけど。


「……何故、ドラゴンを出しているのですか?」


 唐突なそんな疑問だった。娘さんは「え?」と戸惑いを露わにする。


「な、何故ドラゴンをですか? それはその、没収されないようにするためと言うか、ひるんでくれたらいいなって、そんな感じだったんですけど……」


「騎竜を用いるべき場所ではないのに、騎竜を出す。そこに違和感は覚えなかったのですか?」


「え、えーと、少しはそんなことを思いましたけど……」


 娘さんの笑顔は目に見えて曇っていた。


 俺もけっこう戸惑っています。これで一安心。そう思っていたのですが、なんか違う? 雲行きが怪しくなってきたように思えるのですが……


 俺の見間違いなのかどうか。


 アレクシアさんの表情は徐々に剣呑なものになってきたように見えますけど。


「あー、査問官殿? それはあの、ハルベイユ候の横暴な没収に対抗するためでして……」


 親父さんが取りなしに入ったが、その親父さんに鋭い視線は向かうことになった。


「そう言えば、ヒース殿は使者に刃を突きつけておられましたね?」


 今度は親父さんがうろたえることになった。


「は、はぁ。見ておられましたか。あの、確かに。そのような一幕はありましたが、もちろん本気で刃に訴えるようなつもりは……」


「しかし、刃を見せたこと自体が脅しに等しいのでは?」


「それは確かに、そう受け取られたかもしれませんが……」


 言いよどむ親父さんからアレクシアさんは視線を外す。そして、娘さんをキツくにらみつける。


「ラウ家には暴力を是とする粗暴な一面がある。そう理解してもよろしいですね?」


 いや、よろしいですね? って言われましても。娘さんは「え、えーと」とうろたえて、


「粗暴と言われましても、当家は決してそのような……」


「しかし、当主は使者に刃を向け、その騎手はドラゴンを平気で人に向かわせる……正直、私は疑っています」


「へ? な、何をでしょうか?」


「今回の件の犯人が貴女である。その可能性は高いと私は思っているのです」


 ラウ家の一門がにわかにざわついた。


 それはまぁ、当然の反応と言いますか。俺も驚いております。と言うか、冗談じゃないの? って疑ったりしてます。だけど、アレクシアさんに冗談を言っているような雰囲気はまるで無くてですね。


「な、何言ってるんですかっ!? そんなわけないじゃないですかっ!!」


 当然のこととして、反感を叫ぶ娘さん。アレクシアさんはそれを冷たく見返す。


「では、証拠は?」


「しょ、証拠?」


「貴女が犯人ではないという、その証拠はありますか?」


 かなりのところ無茶苦茶な物言いだった。


 これってさ、いわゆる悪魔の証明だよね? そうでは無いことを証明するのは非常に難しいっていうアレである。


 なんか、非常に戸惑ってしまう。アレクシアさん、こんな人だったっけ? 使者のリーダーを相手にしている時や親父さんと挨拶を交わしている時には、こんな感じじゃ無かったんだけど。


 豹変してしまった感じだった。


 娘さんと会話し始めてからである。彼女の知的なふるまいが、なりを潜めてしまったように思えるけど。


 娘さんの戸惑いも深いらしい。


 あたふたとしながら、アレクシアさんの難題に応じる。


「え、えーと、その日は屋敷の敷地にいましたし、お父さんも……当主もそれは証言してくれますけど……」


「身内の証言は信用出来ません」


「じゃ、じゃあ、ノーラ! このドラゴンは見て……って、何でもありません」


 俺が言葉を理解出来ることは内緒にする。それを思い出してのとりつくろいだっただろう。まぁ、本気で言い出しても正気を疑われるだけだろうけど。で、アレクシアさん。冷徹な表情をして、娘さんをにらみつける。


「貴女が犯人では無い証拠は無い。それでいいですね?」


 だから娘さんが犯人である。そんなことを暗に宣言しているような、またしてもの無茶苦茶な物言いだった。


 これに対して娘さんは、


「……見つかればいいんですか?」


「はい?」


「犯人が見つかればってことです! そうしたら、私が犯人ではないってことの証明になりますよね!」


 簡単には自分の無実は証明出来ない。


 そう悟ったからなのか、娘さんは根本的な解決策を提示して、アレクシアさんに食ってかかったのだ。


 アレクシアさんはわずかに眉をひそめたようだった。


「確かに、犯人が見つかれば、貴女が犯人ではないことの証明にはなりますね」


「だったら! 見つけてやりますよ! 私が犯人じゃないことを証明してやります!」


 犯人呼ばわりされたことに腹を立てていたのか、娘さんは怒気もあらわに、そう宣言するのだった。


 一方で、アレクシアさん。こちらも理由はさっぱりだが、何かに腹を立てているらしい。


 目つきを鋭くして、娘さんに応じる。


「そうですね。では、見つけられたらいかがですか?」


「やってやりますよ! でも、犯人が見つかったら、貴方には絶対謝ってもらいますからね! 絶対ですよ!」


 そうして、にらみ合いが始まる。


 ラウ家の一門に、王都からの査問官の人たちもか。皆が唖然として見守る中、二人はお互い一歩も引くことなく、にらみあいを続けていく。


「……ふーむ。ラウ家のことだ。簡単には、ことは終わらないだろうと思ってはおったが」


 ハイゼさんがアゴをなでながら、そんなことをおっしゃていましたが……俺は簡単にことがすめば良いと思ってましたけどね。


 しかしこれは……うん。


 困難はまだまだ続く。


 そんな感じなんでしょうかねぇ?


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