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第4話:俺と、王都からの来訪者

 いつぞやに娘さんから聞いたことがあった。


 先日の戦から帰ってきた日に、娘さんは外套をかかげて親父さんに自慢したそうだ。


 どうだ、と。


 これで婿なんかいるか、と。私はこんな騎手なんだぞ、と。


 戦前の意趣返しというか、嫌味にそう伝えたそうだ。親父さんをちょっとばかり困らせてやるつもりだったとのこと。


 だが、困惑したのは娘さんの方だったらしい。


 親父さんはただただ泣いてくれたそうだ。


 身を震わしての嬉し泣きだったとのこと。


 娘さんも思わず一緒に泣いてしまったとのことですが……俺はそんな話を頭に浮かべていた。


 そりゃまぁ、こうなるかもですけどねぇ。


 親父さん、ブチ切れてしまいました。


 刃先を突きつけられた使者のリーダーは、喉を引きつらせながらに叫ぶ。


「しょ、正気か!? 使者である私に刃を向けることは、ハルベイユ候に刃を向けることと同義だぞ!」


 脅しの意味合いの強い制止の叫びだった。


 だが、親父さんはまったくの真顔で、ひるんだ様子はまるで無い。


「それに何の問題がある? ハルベイユ候領内の村がドラゴンに焼かれる。そんな大事件が起きたというのに、やっていることは当家への唾棄すべき嫌がらせだ。刃を向けられる程度、当然のことではないか?」


 親父さんの両目が物騒に細められる。使者のリーダーは「ひぃ」と短く悲鳴を上げ、


「き、貴殿が悪いのだぞ! 以前に素直にドラゴンを渡しておけばこんなことには……っ!」


 唖然と成り行きを見守っていた俺だけど、この発言に関しては思うところが大いにあった。


 まぁ、そんなことが理由だとは思ってたけどさぁ……それ、言っちゃう? あえてここで言っちゃう?


 こんなことを言ったところで火に油を注ぐだけだ。


 助かりたいなら黙っておくべきだったと俺は思うけど。


「そうか。では、ためらう理由は無くなったな」


 そして、案の定の親父さんの反応でした。


 お、親父さん? 武力で争うことはしないって、そういう話でしたよね? いやさ、気持ちは分かりますが……む、娘さん? どうされますかね?


「の、ノーラっ! お父さんを止めて! 死体の山が出来ちゃうから! お父さん、作っちゃうから!」


 娘さんが必死の形相で俺に訴えかけてくる。


 親父さんを止めてくれと、そんな要望。う、うん。確かに止めるべきだし、俺はもちろん尽力しますけど、作っちゃうの? 向こうの方が数は多いし、危ないのはラウ家であって親父さんの方だと思うんですけど……


 実際のところ俺の考えは少数派らしかった。


 ラウ家の一門は「逃げろっ!」なんて、使者の集団に呼びかけている。


 使者の集団は「マズイぞ」「虎の尾を踏んだか」と顔面を蒼白にしつつ、完全に腰がひけていた。


 な、なんなの? 親父さん、そんな阿修羅みたいな人なの? ど、どうしよう。娘さんには止めてって言われてるけど、そんなことしたら、俺が斬り殺されちゃったりしないよね?


「ノーラ」


 娘さんはすがりつくように俺の顔を見つめてくる。


 よ、よし。覚悟を決めよう。ドラゴンの俺だったら、さすがに斬り殺されることはないだろう、多分。


 使者の集団を斬り殺してしまえば、それは冤罪でも無い、間違いなくの重罪だ。娘さんのためにも、ここは防いでみせなければ。いや、くっそ怖くはあるけど。


 そう思って、何とか親父さんを止めようと、ひとまず飛びかかろうと思って。


「あっはっは! さすがはラウ家だ! やはり尋常にすむはずもなかったか!」


 呵々大笑。


 にわかに愉快そうな笑い声が響きましたが……こ、これは? なんだか非常に聞き覚えがある笑い声でありますがって、あぁ。


 本当、お久しぶりでした。


 冬空の下でも、ツルリと光るナイスなスキンヘッド。


 ハイゼ家の当主さんが、竜舎の前に現れたのだ。


「は、ハイゼさんっ!」


 救世主の到来。娘さんの喜びようは、本当救世主を出迎えるようなものだった。


 ラウ家の面々もそんな感じだった。ホッと安堵したように「ハイゼ殿が来られた」と、口々に声を上げている。


 俺もね、なんだか一安心だった。親父さんの相手を任せるならハイゼさん。そんな思いが俺にもあったのだ。


 と言いますか、すでにしてハイゼさんの効能は出ていた。親父さんはいつの間にか長剣を下ろしていた。下ろして、元の持ち主に手渡している。


「まぁ、冗談の範疇でしたな?」


 苦笑しながらのハイゼさんだった。親父さんは当然と頷きを見せる。


「当然ですな。その通りで」


 娘さんは「絶対ウソだ」なんて呟いていましたが、その思いは使者のリーダーも同じらしい。


「何を言うかっ! あれほどのことをして冗談ですませるつもりかっ!」


 憤然と叫びを上げたが、これに対してもハイゼさんの表情は苦笑だった。


「冗談でしょうな。冗談でなければ、今頃首だけの死体が十はあってもおかしくはない」


「そんな言い訳が通用するものか!」


「まぁまぁ。そんなことはどうでもよろしいことで。それよりも居住まいを正された方がよろしいのではないでしょうかな? 貴殿らも、一応挨拶をしておく必要はあるでしょうに」


「は? 挨拶?」


 使者のリーダーは怪訝な表情をしたが、俺は察して納得だった。


 今回の件で、ハイゼさんはラウ家への協力者だった。対策を練るところから、この人は協力してくれていた。


 その上で、ハイゼさんは案内役を買って出てくれていた。


 解決策……救いの手がスムーズにラウ家に来てくれるように、その案内役をしてくれることになっていたのだ。


 そしての今である。


 つまりはどういうことか。


 ハイゼさんはうやうやしく、背後を手のひらで示す。


「ラウ家への客人でしてな。王都からのお客人で」


 にわかに歓声が湧いた。


 それはラウ家の一門からのものだった。救いの手が現れたとの喜びの声である。


 俺も安堵しながら目をこらした。ただ、そんなことをする必要はなかったけど。


 十メートルの距離もなく、そこにいたのだ。十人ばかりの男の集団だ。王都からとのことで、おぉ、なんかそれっぽい。服装も都会の文官って感じで立派だし、立ち姿もなんともお上品。


 なんかね、頼りになりそうな感じがぷんぷんしますね。ただでである。俺はちょっとばっかり首をかしげることになった。


 集団の先頭である。


 そこにいたのは、若い女性だった。


 娘さんよりも少し年上に見える程度の、ともすれば幼いと言えるような女の人。腰までの黒髪をひるがえして、何とも大変おきれいな方ですが……男の人たちの同僚なのかな? 服装はほとんど一緒に見えるけど。


 っていうか、もしかしてリーダー? 先頭に立ってるし、態度もそれっぽい。堂々とした足取りでこちらに近づいてくる。


「……失礼。私はアレクシア。王下の査問官です。国王の命により、ハルベイユ領に派遣されました」


 そのおきれいな方は、淡々とそう名乗られましたが……査問官? 気になるところはありましたが、この人が待ち人ということで、相違はないんでしょうかね?


「王都の。それは、よくぞいらしてくれましたな」


 今まで物騒な無表情だった親父さんの顔に笑みがある。では、そういうことで間違いないのかな?


 これで本当に一安心だった。


 待ち望んだ、救いの手。本当、よくぞいらしてくれました。


「……王都の……査問官?」


 いぶかしげに呟いたのは使者のリーダーだった。もちろん、この人は歓迎なんてしていない。イヤな予感でもしているのか、眉間にシワを寄せて査問官だと名乗った女の人を見つめる。


「よろしいですかな? 私はハルベイユ家の者ですが、査問官とは、その例の査問官のことでよろしいのですかな?」


 問いかけに、女の人はこれまた淡々と応じる。


「例のと言われても困りますが、世間で知られている通りのものかと」


「王家の目となり耳となり、諸侯の行跡を監督し、その報告をする役職ですな?」


「はい。その通りです」


 ありがたい質問で回答でした、私、なるほどです。娘さんから今回の解決策について、一応の説明を受けてはいたのですが、救い手の具体的な役職みたいなのは聞いていなかったので。


「……その査問官が何故ここハルベイユ領にわざわざおいでになられたので?」


 使者のリーダーは不審な目をして、査問官さんに問いかける。この様子を見て、俺は『ふふふふ』でした。


 この人、まだ分かってないらしいですね。


 査問官という役職までは知らなかったけど、何のためにどんな人を呼んだかということについては、俺はよく聞き及んでいる。もうね、詰んでますから。そう伝えて上げたくもあるけど、俺はドラゴン。まぁ、状況の推移を見守らせていただきますかね。


「村が一つドラゴンに焼かれた。その報告を元に、我々は調査に参ったのです」


 予想通りというか、予定通りの返答。使者のリーダーはにわかに不満の表情を見せる。


「でしたら、その必要はありませんな。これはハルベイユ候領の問題であり、我々がしっかりと調査を行わせてもらっていますので」


 どの口がそれを言うのやらであるし、その言い訳はね、通用しなかったりするんだよなぁ。


「いえ、この件については、王国からの調査も行わせて頂きます」


「わざわざ、ですか? それはまた何故? ここはハルベイユ候領ですぞ? 自治が認められていれば、法治も認められている。これは明らかな過干渉では?」


「他の案件であれば、越権行為となるかもしれません。ただ、今回はドラゴンの件ですから」


「ドラゴンであればそれが許されると?」


「貴方も分かっておられるのでは? ドラゴンはそもそも誰のものか? そこをお考えになって頂ければ」


 これでようやく状況を理解したらしい。


 使者のリーダーは苦々しげな顔をして黙り込んだ。


 そうである。この論理が、解決策の根っこにあったりするのだ。


 ラウ家のドラゴンはそもそも誰のものか? それへの答えは、ハルベイユ候のものとなる。


 では、ハルベイユ候のドラゴンは、そもそも誰のものか? これへの答えはハルベイユ候ではなかったりするのだ。


 正解は王家のものとなる。


 すべてのドラゴンは王家のものであり、その管理下にある。実態はともかくとして、建前はそうなっているらしいのだ。


 だからである。


 ドラゴンが村を焼いた。これはハルベイユ候領だけの問題とはなり得ないのだ。


 王家の問題として裁かれる。そんな余地が存在したりする。


「……ふん。日和見の王家がこんな時に限って……」


 憎々しげな呟き。使者のリーダーは査問官さんを強くにらみつける。


「なるほど。カミール・リャナスの名前がどこで出てくるかと思えば……こういうことだったか」


 はい、だった。こういうことでございますね。


 カミールさんに助けを求める。これはもう、難癖をつけられた当初から決まっていたことだった。


 ただ、カミールさんは大物とは言え、一人の貴族に過ぎない。ハルベイユ候の裁定に異議を唱えるのは、内政干渉と言うか、ちょっとばかり難しいだろうと予想は出来た。


 だからこその今回だった。


 カミールさんにちょっと王家に働きかけてもらったのだ。


 実際のところ、王家はこういう問題は諸侯に任せきりなようだけど、査問官の人が来てくれるように問題提起をお願いした。


 で、王家はどうにも動かざるを得なくなって、今日のような運びになったということだった。


「……しかしですな。わざわざおいで下さったようですが、全ては徒労でしたな」


 何を思ったのか、使者のリーダーはふんぞり返って査問官さんに、そう告げる。査問官さんは小さく首をかしげる。


「徒労ですか?」


「調査はすでに終了しています。犯人はラウ家であり、そこに疑問をはさむ余地はありません」


 なーにが調査なんだか。


 ラウ家の一門からは「ふざけるな!」と次々に怒声が上がる。親父さんも娘さんも、心底といった感じの呆れ顔だった。


 で、査問官さんである。


 端正な顔に表情はなく、淡々と口を開く。


「そうなのですか。証言はとれたので?」


「もちろん取れております。被害にあった村人からも、ここ近辺の住人からも、もちろん」


 とんだ嘘八百である。


 ただ、俺はちょっと心配になった。俺はなかなかのネガティブドラゴンである。査問官さんが、この発言を信用しないかと、それが心配だった。


 でも、それはさっぱり杞憂だったけど。


「分かりました。では、我々も聞き取りで確認させて頂きましょう」


 そんな返答。


 使者のリーダーは目に見えての苦渋の表情だった。


「いや……それは必要ないのでは? 我々が綿密な調査をすませておりますので。過剰な調査は住民の負担にもなるでしょうし」


「処罰に関する調査は、いくら徹底してもし過ぎということはありません。住民には申し訳なく思いますが、王家の査問官として念入りに調査させて頂くつもりです」


「……それは、職務に熱心で素晴らしいことと思いますが」


 もうね、目が泳いでいるでやんの。案の定だけど、この人たち調査なんてまったくやってないよね? あらためて調査なんかされたら困るって、そんな感じだよね?


「と、とにかく! 犯人はラウ家と決まっている! 今後の被害を防ぐためにも、ドラゴンは速やかに没収させてもらう!」


 反論は出来ず、とにかく目的を達成しようと、そういうことらしい。


 竜舎に近づこうと、俺たちを乱暴にかきわけようとしてくる。


「ちょ、ちょっと! 証拠なんてないんですよね? さっさと帰って下さいよ!」


 娘さんが抗議の叫びを上げて立ちはだかるが、使者のリーダーは強引に歩みを止めない。


「うるさいっ! さっさと渡せ! それが貴様らの義務だ!」


 使者の集団も俺たちを排除しようと詰め寄ってくる。で、俺たちももちろん対抗する。親父さんもいよいよ顔を真っ赤にして立ちはだかり、ラウ家の一門も怒鳴り声をあげながら使者の集団につかみかかる。


 俺ももちろん参加するけど……ぬ、ぬおおお! なんか、悩ましい! その気になれば、人間の十や二十なんてまとめて弾き飛ばせるけど、査問官さんたちの手前、それも気が引けまして。


 障害物になるぐらいしか、なかなか出来ないけど……止めて! 目に指はいれないで! 本当もう、まとめて焼き払いたくなるけど……だ、誰か! 本当なんとかして!


 願いはかなうことになった。


 ただ、かなりのところ想定の外のプロセスを経ることになったけど。


 ドドンッ!! と。


 誰もが思わず動きを止めていた。耳をつんざく爆発音にひるまされていた。


 その爆心地である。


 俺も含めて、皆が皆注視する。


 査問官さんである。その手のひらでは、こぶし大の炎が静かにゆれている。


「ま、魔術師……」


 誰のものかは知らないが、その呟きは皆の胸中にあるものと一緒だったであろう。


 査問官さんは、今まで通りの無表情で固まる面々を見渡す。


「……落ち着いていただけたようで何よりです」


 衆目を集めつつの、淡々とした呟きだった。

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