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第3話:俺と、晴天の霹靂

 えーと、修羅場です。

 

 本当、そんな感じでした。


 とある晴れの日、ラウ家の竜舎の前だ。


 ここでは一度も見たことの無い光景だった。大勢の人がいた。数としては二十そこそこ。女性も男性もいるが皆が皆、そろって金髪碧眼。どこか娘さんや親父さんに似ている人たちだった。


 で、その人たち。武装しています。割と本格的な武装。胸当てやら、すね当てやらを身に着けていたりして、腰には当然長剣を差していたりする。


 で、この場には娘さんに親父さんの姿もあった。


 親父さんはいつもの通りの格好だったが、娘さんはそうではない。前回の戦と同じだった。簡易な皮の鎧に身を包み、その上でカミールさんから下賜されたあの緋色の外套を羽織っている。


 その娘さんは、集団の先頭に立っていた。そして、剣呑な雰囲気をまとい、目つきを鋭くとがらせている。


「……お引取り下さい。貴殿らの主張に、私たちが受け入れることが出来る余地は一切ありません」


 敵意をにじませてそう告げる。


 誰に告げたか? それは、これまた武装した三十人あまりの集団だった。


 先頭には、リーダーと思わしき壮年の男性が立っている。


 その男性である。こちらはややたじろいでいる感じだが、目つき鋭く娘さんをにらみつけてくる。


「上意である。ドラゴンを引き渡せ。大人しく従うことが貴殿らのためになると思うが」


 娘さんは鼻を鳴らして答えない。


 代わりと言うことか、俺の頭をそっとなでてくる。俺も、もちろんこの場にいたのだ。そして、娘さんの隣で目の前の集団に対峙している。


 さて、娘さんは俺の頭をなでできましたが……まぁ、お前からも何かしらやってくれと、そういうことですかね。


 やっていいのなら、そりゃやりますよ。俺も今回の件には、かなりのところ腹を立てていたりするのだ。


 キバをむき出しにしてうなり声を上げる。


 効果はそれなりにあった。リーダー格の男は「うっ」とうなって後退りする。だが、それだけだった。息詰まるにらみ合いがいぜんとして続いていく。


 さてはて、である。


 何故、こんな状況になっているのか?


 村が黒いドラゴンに焼かれた。そんな事件が、この状況の原因となっている。


 ラウ家に疑いの目がかかったのだ。


 まぁ、そのこと自体には思うところはなかった。ラウ家にはアルバという黒のドラゴンがいる。ひとまずの疑いがかかることは、当然と言えば当然だった。


 そして、調査のためとハルベイユ候の元から使者が訪れてきて……問題はここからだった。


 犯人だとロクな調査もなく決めつけられたのだ。


 さらには犯人だとして、騎竜の任の剥奪を告げられ、騎竜の没収が告げられた。


 これが使者が訪れてきたその日の出来事なのだ。明らかに恣意的な何かを感じざるを得なかった。最初から調査する気などなかったとしか思えない。ラウ家を陥れるための意思が間違いなくそこにはあった。


 ……事件を聞いた時は、対岸の火事だなんて思ったものだけどねぇ。


 困難は畳み掛けるものだとは言うけど、またしてもの問題だった。


 しかも、今回は今までのものと比べて、かなりのところタチが悪かった。


 明確な悪意が存在する。

 

 理由はイマイチ判然としないけど、とにかく悪意を向けられているのだ。


 以前には、一騎討ちを強いられたことがあったが、そこにはハイゼ家の当主さんの優しさがあった。ラウ家を潰そうとするような悪意はなく、徹底的に追い詰めてくるようなこともなければ、逆に救いの手を差し伸べてくれることすらあった。


 でも、今回は違うのだ。


 明確な悪意であり、敵意。それに立ち向かわなければならない。


 しかし、まぁね。


 腹を立てながらうなり声を上げつつも、俺はこの状況をちょっと楽観したりもしていた。


 今までの積み重ねだった。


 解決策があるのだ。しかも、今まで以上に分かりやすく、信頼性の高い解決策が。


 ただ、その解決策。今すぐに実行出来るようなものではなくてですね。


「何度でも言いますが、お引取り下さい。貴殿らの横暴に当家は付き合いきれません。当然、ドラゴンを引き渡すことなど思いもよらぬことです」


 娘さんが舌鋒鋭く使者の集団に向き合う。


 使者の集団は、今日、ドラゴンを没収するためにここを訪れていた。その使者のリーダーは苦々しげに娘さんに応じる。


「こちらも何度でも言わせてもらいますが。すぐにドラゴンを引き渡されるように。良い加減、我々も付き合いきれませんのでね」


「その言には、私もまた同じ言葉を返すしかありませんが。お断りです。お引取り下さい」


 まったくもっての平行線だった。


 こうしてにらみ合いが続くことになるのだが、これは娘さんを始めとするラウ家が望んで作り上げている状況だった。


 時間稼ぎである。


 解決策はすぐには成り立たない。だからこその、成り立つまでの時間稼ぎである。俺たちドラゴンを没収させないようにと、こうしてにらみ合いを続けているのである。


 多くの人が集まってくれているのもこのためだった。ラウ家の一門が集まってくれているのだ。力づくでの没収を防ぐために、武装して集まってくれていた。


 没収されても、疑いが晴れたら無事に返してもらえる。そう思えるんだったら、こんな時間稼ぎも必要なかったんだけどね。


 向こうには悪意があるのだ。どうでもラウ家を陥れたい意思がある。下手したら、没収されたドラゴンは毒殺でもされてしまうのではないか? そんな懸念があって、ドラゴンをひとまず引き渡すというのは無しという話になったとのこと。


 ということで時間稼ぎである。


 ドラゴンは渡さないし、もちろん騎手である娘さんも渡さない。その上で解決策の成立を……救いの手がやって来るのを待つのだ。


「……はぁ。貴殿らも、よくよく物分りが悪いと見える。とにかく、大人しくドラゴンを引き渡されよ。それが貴殿らの義務であろうに」


 反対にと言うか、当然にと言うか、とにかくさっさとドラゴンを没収したいといった感じの使者のリーダーだった。


 うんざりとした表情を見せつつ、娘さんの顔をにらみつけてくる。


「分かっているのだろう? ドラゴンはハルベイユ候からの預かりものだ。貴殿らのしでかしたことを思えば、ここは素直に返還することがせめてもの筋ではないか?」


「何を言いますかっ! ロクな調査もせずに罪を押し付けておいてっ!」


 抗議の意思は示しつつも、冷静ではあろう。そう娘さんは言ってはいたのだけど、思わずといった感じで怒鳴りつけていた。それに対し、使者のリーダーは呆れたような表情を浮かべる。


「盗っ人猛々しいと、そんな感想しか浮かびませんな」


「……それは非礼が過ぎるような気がしますが?」


「非礼で済んでいる内に考え直すことですな。そうでないと我々としても……実力行使をせざるを得なくなる」


 にわかに金属音がそろって響く。


 それは使者の集団が、一斉に武器を構え直した音だった。


 明らかな脅迫だった。痛い目を見たくなければということである。それに対し娘さんは……


「でしたら、我々も相応の対応をせざるを得ませんね」


 冷たい表情をしての対抗の宣言だった。一歩どころか、一ミリも退く様子を見せなかった。

 

 ラウ家の一門からも、金属音がいっせいに響く。一触即発。い、いやぁ、ね? ちょっと困惑してしまいます。気持ちはもちろん分かる。ただ、目的はあくまで時間稼ぎ。やりあうなんてのは、まったくもって予定に無かったはずなのですが……皆さん、頭に血が上っちゃってますね。目的を忘れて飛びかかってしまいそうな、そんな雰囲気が少しばかり漂い始めてしまっている。


 ま、まぁ、しかしである。


 これもまた予想の範囲内。こういう時のためにと、この方が武装せずしてこの場にいるのだ。


「皆、落ち着け」


 淡々とした呼びかけだった。


 その主は親父さんだった。娘さんの隣で沈黙を守っていた親父さんだ。こういう時のストッパーとして、冷静にこの場で待機されていたのだ。


「とにかく落ち着け。刃傷沙汰にしたところで解決するものは何もないぞ」

 

 淡々と、ラウ家の一門に呼びかけておいて、今度は使者のリーダーに向き直る。


「貴殿も、あまり挑発的な言動はひかえて頂きたい。もめごとを起こすために、わざわざここまで足を運ばれたわけではないでしょうに」


 ……本当は、一番腹立たしい思いをしているのはこの親父さんだと思うんだけどね。ただ、当主としての自覚がそうさせるのか。表面上は極めて冷静に見えた。


 娘さんを始めとするラウ家の一門は、制止にあって一様に殺気を収めた。だが、使者の集団の方は、まったくそんな気配は無かったけど。


「挑発的であるのは貴殿らでしょうに。大人しく罪を認めてドラゴンを引き渡せば、我らも紳士的でいられたものを」


 くっそ腹立つ言い分だったが、親父さんの方こそ、それこそ紳士的だった。


 淡々として、使者の男を相手する。


「使者殿。とにかく一度戻られたらいかがかな? 正直、この裁定には私も首をかしげざるを得ない。何か行き違いや思い違いがあるのではないですかな? ハルベイユ候とも、もう一度話し合われては?」


 努めて穏便に対応する親父さん。対して、使者のリーダーは鼻息荒く応じてくる。


「はん。戻る必要などはありませんな。これは決定事項です。当主なら当主らしく、この決定に従われるがよろしい。まさか、この程度の判断すら貴殿にはなし得ないのですかな?」


 明らかな挑発に思えた。あるいはラウ家から武力に訴えくることを望んでいるのかもしれない。村が焼かれたことは間違いなく冤罪だけど、ここで暴力沙汰になれば、それは正当な処分の口実になりかねないし。


 だがしかし、さすがは親父さんだった。


 まったくの不動。挑発に対して、表情をぴくりとも動かさない。


「とにかく、一度お帰りになられるのがよろしいと思いますが」


 そしての、冷静な一言。


 使者のリーダーは口惜しげに表情をゆがめたが、まだ挑発は止めなかった。


「……どうにも余裕があるようで。どこからか助けが来るアテでもあるのかどうか」


 そう言って、使者のリーダーは娘さんに目を向ける。いや、正確には娘さんの着る、緋色の外套へだが。


「虎の威を借る狐ということか。情けない。ラウ家の祖霊も、さぞ悲しんでおられることでしょうに」


 またもやの挑発でしたけど、内容としてはビンゴでした。カミールさんに助けを求めたのは事実。ただ、直接的にカミールさんに助けてもらおうとか、そういうわけじゃないんだけどね。


 ともあれ挑発。ただ、今回もまた親父さんを動かすことは出来なかったけど。


「この件が不当であれば、あるいはカミール閣下が動いて下さることもあるかもしれませんな」


 ちょっとばっかり匂わせつつ、適当に受け流す。


 もう気づいてもいいだろうにね。親父さんに挑発は通用しないのだ。何を口にしたところで、親父さんの鉄面皮を崩すことは出来やしないのだ。


 負けは無いなって、そんな風に思えた。


 こうして時間稼ぎをしていれば、その内に解決策が……救いの手はやってくるのだ。なんかもう、もはや大船に乗っているような、そんな気分にさえなれた。


 と言うことで、寒いですし、お帰りになられたらどうですかね?


 俺なんかはそう思うのだが、使者のリーダーはまだ諦めるつもりはないらしい。


「……ふん。娘を使って、上手いこと取り入ったものだな。汚いヤツめ」


 そしての挑発……なのか? なんか全体的に意味の分からない呟きだったけど。娘を使ってとか、汚いヤツとか。コイツ、何を言っているんだ?


「使者殿。それはどういう意味ですかな?」


 思わずと言った様子で、親父さんが問いかける。使者のリーダーは吐き捨てるような口調で、それに応える。


「なにを白々しい。そんなことは貴殿が一番良く知っているだろうに」


「知っていれば、こうして問いかけることもありませんでしたが」


「そうですな。あまりこういうことを言いたくはありませんが……お尋ねとあれば仕方ありませんな」


 使者のリーダーは親父さんから目を外した。そして、何故か娘さんを見てせせら笑った。


「当家では話題になっておりましてな」


「何が、ですかな?」


「カミール・リャナスを上手く喜ばしてその外套をせしめた。そう、もっぱらの評判です」


 この男は何が言いたいのか? そんな感じで、親父さんは少しばかり首をひねりながら頷く。


「まぁ、そうですな。当家の騎手は抜群の活躍によって、カミール閣下の意図を無事成し遂げたのですから」


「ははは。そんなものは上辺だけのことと評判なのです」


「は?」


「カミール閣下は男で、ラウ家の騎手は可憐な女性ですからな」


「……」


「これ以上は言いますまい。真相は貴殿らがよくよくご存知でしょう」


 場に、沈黙が下りる。


 その中で、俺が何を思ったかと言えば……ふーむ、ふむふむ。なるほどね、うん。


 コイツ、燃やしちゃっていいですよね? いや、コイツらか。使者の連中は、どいつもこいつも下品な笑みをその顔に浮かべている。コイツらねー、本当ねー……ねー?


 いやまぁ、その、我慢するけどね? 我慢するけど、こんな下劣な物言いを我慢しなきゃいけないのは、かなりしんどいね。


 当人はなおさらだろうか。


 きっと顔を真っ赤にして怒気を露わにしてるんだろうなぁ。そう思って俺は、娘さんの顔を見上げる。あるいは制止しないといけないだろうかなんて思ったけど……あれ?


 意外だった。


 娘さんはまったく怒っていない。かと言って、笑ってるわけじゃもちろんなくて、焦ってる? 娘さんは何故か冷や汗を額に浮かべておられますが。


「お、お父さん? 落ち着いて? ね?」


 娘さんはそう声をかけたが、むしろ親父さんは誰よりも落ち着いているような。


 思慮深げに黙り込んでおられた。で、不意に頷きを一つ。そして、


「おい。それをよこせ」


 一門の若党の一人に声をかける。若い男性も、何故か冷や汗を顔に浮かべていたけど、それって何ですかね? 若い人は、それが何か分かっていて動揺している感じだけど。


「と、当主殿。しかし、それは……」


「大事にするつもりはない。良いから、よこせ」


「は、はぁ」


 若党は困ったように娘さんに目を向ける。娘さんは小さく首を横にふっていたが、結局その意思表示は無駄になったようだ。


 なんかもう、華麗だった。


 親父さんは若党の長剣の柄に手をかけると、自分の腰にあるかのようにスラリと引き抜いた。


 え、えーと、親父さん?


 俺が戸惑う中で、これまた華麗だった。続く動作で、親父さんは長剣の先をピタリと突きつけた。使者のリーダーの喉元へ。


 あまりにスムーズ過ぎて、現実に理解が追いついていないようだった。使者のリーダーは刀身を唖然と見下ろしている。そこに親父さんは泰然として告げた。


「まずはお前だ。残りの連中も並んで待て。一人残らず首だけにしてくれる」


 娘さんや若党が何を心配していたのか。


 それが分かって、俺も思わず冷や汗だった。


 親父さん。冷静の仮面の下で、間違いなくブチギレておられますね、はい。


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