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第1話:俺と遠雷(1)

 ラウ家の領地にも冬がやってきました。


 この辺りはあまり雪がふらない。だからこそと言うか、周囲の景色はどこか物悲しいものに変わっている。


 いつもの放牧地も、草は枯れ果て、むきだしの土の地面が顔をのぞかせている。紅葉でにぎわっていた山々の木々だったが、それもいつかの昔だった。今はすっかり葉を落として、枯れ木のにぎわいといった風情である。


 その上で、ここらの気温は立派に低かったりする。


 無情な景色の中で、冷たさは肌にしみて、風は目に痛い。


 正直、俺はあまり冬は好きじゃありませんでした。気を滅入らせながら、ただただ寒さを耐え忍ぶ。それが俺にとっての例年の冬だった。


 だが、今年はそんな冬にはなりそうも無かったけど。


「よし。じゃあ、これ読める? これ」


 俺の竜舎の前だった。


 毛皮の外套を着込んだ娘さんがいた。木の丸椅子に腰をつけつつ、楽しそうに俺に本を開いて示してくる。


 えーと、読めます。内容としてはおとぎ話だった。昔々あるところに素晴らしい王様がいまして、そこにドラゴンが現れて王様の色々に協力してくれました的なお話。


 まぁ、内容はともかくである。


 ここで意思表示。俺は前足のかぎ爪で、土の地面をガリガリする。


《よめます》


 このぐらいは余裕で出来るようになっていた。現地の言葉での筆談である。娘さんは「おぉ」と感心したように声を上げる。


「すごいなぁ。このぐらい簡単に読んじゃうし、書くこともけっこう出来ちゃう。まだ、一ヶ月ぐらいしか経ってないのに。ノーラって、もしかしたら天才?」


 笑顔でほめたたえてくれる。


 そんなこと言われちゃうとねぇ。俺の鼻もぎゅぎゅいと長くなってしまいそうだけど……まぁ、一応積み重ねがあるわけでして。


 元の世界で文字文化に慣れていた。それもあるし、普段からあの字はどんな意味かなんて、色々と類推したりはしていたのだ。


 だからの現在である。


 娘さんとの一ヶ月の勉強の結果、俺はそれなりに文字が読めて、書けるようにもなってきました。


「よーし。どんどんいこう、どんどん。ノーラ、次はこれ。読んでみよっか」


 娘さんは意気揚々と次のページを示してくる。俺との勉強会を心底楽しんでいると、そんな感じだった。


 そんな様子を見るのは、俺も楽しかった。人間程度の表情筋があれば、俺もにこりとほほえんでいたことだろう。


 しかし……うーむ。


 ちょっと気にかかることがあった。娘さんに嫌われるかもしれない。それが俺の最大の懸念ではあったが、そのことではなかった。まだ俺の性格が如実にあらわれるような、そんな複雑なやりとりは出来はしないしね。


 では、俺は何を気にしているのか。


 それは娘さんが今日もここにいること自体でして……


『ねぇ、ノーラ』


 隣からラナが声をかけてくる。その声音はどこかうんざりしていて、その表情もなんだか不満げに見えたけど。


『どったの、ラナ?』


 問いかけると、ラナはじろりと娘さんをにらみつける。


『このウザイの、また来てんの? 本当、毎日来てやしない?』


 あー、それねぇ。そこはね、俺も気になるところでして。


「ノーラ? ラナ何言ってるの?」


 娘さんに不思議そうに問いかけられる。俺はカギ爪を使って、ラナの言葉を素直に伝えた。


《まいにち きてないか って》


 娘さんは「そんな、そんな」とカラカラと笑うのだった。


「あははは。まっさか、そんなことないよ。いくらドラゴンが好きな私でも、さすがに毎日は無いって」


 人間程度の表情筋なんて必要も無かった。俺は思わず真顔になる。


 娘さんや、来てます。来てますからね? 毎日来てます。本当毎日ここに来てますから。


 それがね、俺の気にかかることだったりするのだ。


 鍛錬がある日も、そうでもない日も。好天で温かい日も、冷たい氷雨が降る日も。


 毎日来ているのだ。そして毎日、長い時間をここで過ごしている。


 ちょっと不安なんですよね。娘さんの私生活。一体どうなっているのだろうか。


 私生活に無の字が刻まれていた俺が心配するのはおこがましい気はするけど……それでも何だかなぁ。


 ちゃんとクオリティオブライフを保っておられるのだろうか? 人間らしく、人間関係の中での充実した生活を送れているのだろうか? 


 本当、老婆心だけどそんなことが気になるのだった。俺のことを気にして日常生活が犠牲になっていたら、それは本当嫌だし。


「どうしたの、ノーラ? 何か考えこんでるみたいだけど」


 察しよく、娘さんがそんなことを尋ねかけてくる。


 さて、どうしましょうか。めちゃくちゃ迷う。めちゃくちゃ迷うが……一応、言っといた方がいいかなぁ。


《まいにち じゃなくても だいじょうぶ ですよ》


 なんとかかんとか。苦労しながら、それだけをつづる。だが、俺の意思は伝わらなかったようだった。娘さんは不思議そうに首をひねっている。


「ノーラ? それどういう意味?」


 う、うーむ。ボキャブラリーが貧弱な現在、意思を伝えるのはなかなか難しい。えーと、じゃあ次の手は。


《いつもの せいかつ だいじ です》


 片言っぽくなったけど、こんな感じでどうでしょうか? 


「……ムリしてノーラに会いに来てるんじゃって心配してくれてるの?」


 ズバリでございます。 


 いつもの生活を大事してもらえればって思うけど、はてさて。返答はいかに。


「あははは! 大丈夫だってば。そんなムリなんかしてないし」


 またしてものカラカラとした笑い声だった。


「本当、大丈夫だからね? 他にやることなんてないしさ」


 そして、こんな言葉が続いた。


 うーむ。だったら別にいいような、他にやることがないっていうのが気になるような。


 そんな前世の俺の人生そのものみたいなことを言われたらねー。年頃の娘さんって、もっとこう、色々なことに忙しそうなイメージだけど。この世界の若い人は違うって、そう理解しちゃってもいいんでしょうかねぇ。はてさてはて。


 そんなことを悶々と考えていたらだった。


 思わず『あ』と声を上げる。屋敷の方から、一つの人影がこちらに向かってきていた。


「……なにやら楽しそうだな。一人で」


 呆れたようなというか、ちょっと毒が含まれているような呟きだった。


 親父さんだった。


 こちらも毛皮の外套を着込んだ親父さんが、竜舎の前にやって来たのだ。


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