終話:俺と、未来への期待
と言うことで、私帰って参りました。
竜舎に収まって周囲を見渡す。陽光の下にある見慣れた景色。見慣れた屋敷に、見慣れた山並み。まぁ、秋のよそおいは深まって、出発した時と比べれば違うところも多かったけど……ねぇ?
『家ねぇ』
隣でラナがしみじみと呟く。
『家だな』
アルバの呟きにも安堵感のようなものがにじんでいるようだった。
本当にねぇ。家って感じ。景色もそうだが、空気も匂いもそうだった。息を吸うたびに妙に安心する。ここが自分の居場所だと、あらためて実感させられるのだった。
『…………』
なんか無性にボケっとしたくなる。この安堵感にただただ浸っていたくなる。
でもまぁ、そんなのは……なかなか難しいんだけどね。
『……むぐぅ』
思わずうめいて、竜舎の壁にもたれかかる。い、胃が痛い。ストレスで胃壁がちょっとやばい。前世と違って、お酒に頼ってもいないのになぁ。なんか本当に胃壁が薄くなっちゃってる感じ。
『お前、また悩んでんのか?』
異変に気付いて、アルバが首をかしげて問いかけてくる。俺は『まぁねー』と胃の痛みに耐えながらの返答。
めっちゃ不安なのだった。その原因はと言えば、娘さんと意思の疎通を図ったから。これに尽きた。
帰り支度が始まるまでは良かったんだけどね。
それまではまだ勝利の余韻があった。勝てたんだから万事OKだよねみたいな、そんな楽観的な胸中でいられたのだ。
だが、帰り始める頃には、かなり俺の頭も冷静さを取り戻してしまいまして。
当初の懸念を思い出してしまったのだ。
嫌われたらどうしよう。そういう問題である。
『……ぬがー』
またまた思わずうめいてしまう。今はまださ、きっと良いんだよなぁ。娘さんにとって、俺は活躍に重要な役割を果たしたドラゴンなんだから。俺の性格なんて関係なく、大事なドラゴンでいられるだろう。
でも、平穏の日常に戻って時間が経ったら?
活躍の記憶も遠くなって、活躍する機会もなくなったら? そこにあるのは俺の性格がむきだしになる瞬間だ。
活躍で装飾されるわけでもなく、俺の性格が露わになる。
その時にはたして娘さんは俺と今まで通りの関係でいてくれるだろうか。それが心配だった。そんなわけで、俺の胃壁はズタボロになったりしているのだ。
『なによ、コイツ。またウジウジしてんの?』
ラナが呆れたような声を上げる。
『だな。心配ではあるが、よく悩んでばかりいられると、逆に感心するな』
アルバもまた心配とは口にしているものの、呆れ成分の方がかなり多めな感じだった。
な、なんかもう、同僚たちからすら見放されつつある? だ、だよねー。俺ってやっぱりそういうヤツだよねー。あははは、怖いっ! ここでの生活が怖いっ! や、やだぁ。嫌われるのやだぁ。ひぃぃぃ。
「ノーラっ!!」
めちゃくちゃビビりました。壁に体をぶつけながら、思わずジタバタしてしまう。
む、娘さん? 娘さんだよね? 俺はビクビクしながら、声のした方向を見つめる。
そこにいたのはやはり娘さんだった。戦用の軽装から着替えた娘さん。今は村娘ルックなスカート姿だった。スカートのそでをパタパタと揺らしながら、こちらに急いで近づいてきている。
え、えーと、大変可愛らしいと思いますが……何用ですかね? 俺たちを竜舎に入れてから、娘さんは急いで屋敷へと戻って行った。てっきり屋敷で祝勝会でもあるのかしらと思っていたのだが、どうやら違ったの? それで俺に対して何か御用で?
竜舎の前にまで来た娘さんは不思議そうに首をかしげた。
「どうしたの、ノーラ? なんだかビクビクしてるけど……風邪?」
ち、違います。将来に対しての悪寒はすごいですけれど。俺が首をよこに振ると、娘さんはパッと笑みを浮かべる。
「良かった。じゃあ本題に入っても大丈夫だよね?」
ほ、本題? まさかもう俺の性格の悪さがバレた? やっぱノーラいらないわとかになっちゃう? ハルベイユ候の元にポイされちゃったりする?
い、いや、まだ早い。多分、それはまだ早い。
そう思って、いよいよブルブル震えながら娘さんの様子をうかがう。
「はい。これ」
娘さんはそんなこと言いながら、俺の目の前に両手で何かを差し出してきた。思わず震えるのを忘れた。これは……本?
本だった。タイトルとらしき文字列が表紙にあるが、もちろん俺にはさっぱり読めず、内容は分からない。
ただ、何となく子供向けっぽいような。タイトルの文字列はどことなくポップな字体だった。表紙にはドラゴンのイラストがあったのだが、それもデフォルメされたどこか可愛いものである。
「ノーラ、これ何だと思う?」
どこか楽しげに問いかけられましたが、娘さんや。その問いかけに対して、俺にとれる選択肢は非常に限られていまして。
とにかく首をかしげておく。娘さんも、俺の事情に気づいたらしい。「ごめん、ごめん」と苦笑をが頬に浮かぶ。
「聞かれても困るよね。でも、そのためのコレだから」
そのためのコレ? 俺があらためて本を覗き込む中で、娘さんのウキウキした声が響く。
「これはね、文字の勉強のための本なの。私も小さい時にこれで勉強したんだ」
あぁ、だった。
理解した。娘さんが求めているものが良く分かった。
「ノーラ。良かったらさ、これで字を勉強しない?」
そんな、娘さんから俺への提案だった。
「字が分かったら、多分何とか出来ると思うの。ノーラの伝えたいことが分かるようになると思うの。そうなったら、きっとすごく楽しくて……どうかな? ノーラが嫌だったらもちろん断ってくれていいんだけど」
そう言いつつも、俺が頷くのを期待しているということなのか。娘さんは不安そうな目をして、俺の顔を見つめてきている。そんな娘さんに対して俺は……
頷く。縦に頷く。
娘さんはパァっと顔を明るくする。
「それって、そうだよね? 勉強してもいいってことだよね?」
俺は再び頷く。
いよいよ娘さんは満面の笑みになった。
「良かった! ノーラ、ありがとう! 私もがんばって教えるから、ノーラもよろしくね! がんばってね!」
心底嬉しそうに声を上げる娘さん。
その一方で俺はと言えば……う、うーむ。すでにして後悔していたりします。
なんか、嫌な予感がするよなぁ。ネガティブモンスターの俺としては、そう思わざるを得ない。
ジェスチャーで交流している今ですら、いつ馬脚を現してしまわないかとビクビクしてるのに。筆談出来るようになったら、今までより何十倍も俺の欠点が露出する機会が増えてしまうのではなかろうか。
こ、怖い。正直恐ろしい。今からでも撤回したくなるけど……まぁ、仕方ないかなぁ。
本当仕方ない。頷いてしまったのだ。娘さんは、きっとすごく楽しいと言ってくれた。そして、俺も同じことを思ってしまったのだ。
娘さんと今まで以上に交流出来たら、それはきっと楽しいことではないかって。
だから仕方ないのだ。
「よし! 早速やるよ、早速!」
娘さんは意気込んで、言葉通り早速本を開きにかかっていた。
さて、では俺もがんばって覚えてみるとしますかね。
これがどのような結果を招くのかはさっぱりだ。
でも、それがステキな未来につながる。そんな可能性をちょっとは信じてみたいと思ったのだ。
これにて二章は完結となります。
ここまでお付き合い頂き本当にありがとうございました。
この先も、まだまだ続く予定となっております。
よろしければお付き合い下さいませ。