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第25話:俺と、カミール・リャナス

 論功行賞はすぐにお開きになった。


 まぁ、それはそうだろうと言うべきか。戦はまだ完全に終わったわけではないのだ。ほとんど追い散らしたらしいんだけど、まだ逆襲の恐れはあるわけで。


 そんなこんなで、将兵たちは足早に集落の広場を去っていく。そんな中で、興奮冷めやらぬ娘さんは、カミールさんの外套を抱えてボーっと突っ立っていたのだが……不意に「あ」と思い出したような呟きを発した。


「そうだ。おねだり」


 クライゼさんの言葉を思い出したらしかった。


 そう言えばそうでしたね。クライゼさんはそんなことを娘さんに告げていた。当時は首をかしげていた娘さんだが、今は違うらしい。俺の顔を見て大きく頷く。


「おねだりしとかないとね。そうだ。そのためにこの戦をがんばったんだから」


 俺をハルベイユ候に取られないため。ありがたくも、それが娘さんの目的の一つだったのだ。


 覚えておいて頂いて、非常にうれしく思います。俺も、あの裏切者かも分からない冴えないじいさんに取られたくはないのだ。娘さんには是非、おねだりをお願いしたいところだった。


 娘さんは背伸びしてカミールさんを探し始めたが、その必要はなかった。


 カミールさんの方が娘さんに会いに来てくれたのだ。


「あ、閣下」


 娘さんがあわてて頭を下げる中、カミールさんはいつもの皮肉笑いでこちらに近づいてきた。


「そんな人間だとは思わなかったが、お前も存外冷血なのだな」


 で、開幕ジャブみたいな、謎の口撃。


 娘さんは当然「へ?」と目を丸くした。


「れ、冷血? 私がですか?」


「そりゃそうだ。お前と一言話をしたいと思っている連中を、ああも冷酷に袖にしてきたわけだからな」


 俺はちょっと納得しました。あぁ、カミールさんが言っていたのはそのことでしたか。

 

 英雄としてカミールさんから称賛を受けた娘さん。そんな娘さんと話をしたいと、論功行賞の後、多くの人が声をかけてくれたのだ。


 だがまぁ、その時の娘さんは感動の渦の真っ只中でたゆたっていたわけで……生返事しか出来ない状況でした。


 カミールさんの言う冷血とはそのことなのだろう。ただ、話しかけてくれた人の多くは、娘さんの心情をおもんばかってくれたけど。ウブで優秀な新入りを慈しんでくれている感じだった。温かい目で娘さんのふるまいを受け入れてくれた。


 それで現在の娘さんである。


 しまった! といった感じの表情だった。失礼なことをしてしまったと、後悔の念を抱いたようだ。


「そ、それはあの……す、すぐに謝ってきます!」


 で、娘さんらしいリアクション。すぐさま駆け出そうとして、カミールさんに首裏の襟をつかまれる。


「ちょっと待て。冗談だ、冗談。俺の言葉を真面目に受け取るなと、そう言ったばかりだろうが」


「で、でも、やっぱり失礼なことをしてしまいましたし……」


「気にせんでもいい。初めて功績を上げた新入りが、上官からの称賛を受けてどんな状況になるか。あの連中はよくよく知っている。お前の対応を非礼などと受け取るやつはおらん」


 さすがに軍神と呼ばれるカミールさんである。武人たちの心境もよくご存知といった感じだった。


 娘さんは「は、はぁ」とカミールさんに向き直る。まだ謝りたくはありそうだけど、訪ねてきたカミールさんへの対応を優先することにしたらしい。


「それであの、閣下。どうされたのですか? 私に何か御用が?」


 娘さんが尋ねかけると、カミールさんはいつのも皮肉な笑顔で応じる。


「別に御用というほどのこともない。お前と少し話をしようと思っただけだ。聞きたいことがあってな」


「はい? 聞きたいことですか?」


「話題になっているぞ。お前の空戦だ。笛も無しにドラゴンを操って、抜群の空戦を見せていた。あんなもの初めて見たぞ。一体なんなんだ、アレは?」


 そう言って、カミールさんは大きく首をかしげている。


 話題になるのも当然だし、疑問に思うのも当然だろう。騎竜の空戦の常識からは、はなはだしく逸脱しているだろうし。


 で、娘さん。どう返事されますかね? 娘さんは笑顔になって、俺の顔を見て、


「あぁ、それは、このノーラが……」


 そこで言いよどんだ。


「……えーと、まぁ、ラウ家の秘伝の技術みたいなものです、はい」


 そして、そんな返答へ。


 気持ちは分かるような気はした。ドラゴンが言葉を理解する。そんなことが理解されるかどうかという話だ。正気を疑われるよりはごまかしておいた方が良いという判断なのかもしれない。


 まぁ、娘さんの考えは分からないけど、その判断は俺にとってはありがたかった。言葉が分かるなんて広められたら、珍獣みたいな扱いを受けかねないし。そうなったら、第二、第三のハルベイユ候みたいなのが出てきそうで、それは本当勘弁だった。


「ラウ家の秘伝の技術か。ふーむ、本当かそれは?」


 ただ、言いよどんだこともあってか、カミールさんは疑いの目を向けてきた。で、その視線にさらされる娘さんは嘘をつけるようなタチではない。冷や汗を浮かべながら、なんかもう分かりやすく何度も頷きを見せた。


「は、はい! それだけです! 本当ですよ? 嘘とか、そんなことはないですから!」


 娘さんは、もうちょっと嘘をつく練習とかしたらいいと思いました。絶対嘘だとバレた。でも、カミールさんは、あっさりと疑いの目つきを霧散させた。代わりに顔にあるのは、呆れの表情だった。


「そう焦るな。ドラゴンをいかに御するかは、騎手とその家にとってまさに秘伝。おいそれと人に話せるものではない。そのぐらい俺にも分かっている。変なこと聞いて悪かったな。そこは許せよ」


 娘さんはほっとして頭を下げることになった。


「ご理解頂けてありがとうございます。本当にその、秘伝中の秘伝ですから」


「分かった、分かった。で、お前だ。俺には何の用があるんだ?」


「え?」


「背伸びして誰かを探していただろう? てっきり俺を探していたと思ったのだが、違うか?」


 おぉ、カミールさん。貴方、メチャクチャ気がきくじゃないですか。


 まさに渡りに船だった。


 娘さんは笑顔で頷きを見せる。


「そうです! 閣下に用事がありまして、その、おねだり……じゃなかった、お願いがあって参りました」


 行儀良く言い直して、カミールさんの反応を待つ。


 カミールさんは「ふーむ」と首をひねった。


「別におねだりでもかまわんが、まさかあのことか? 抱きしめてもらって、頭をなでてもらいたいのか? 別にしてやってもいいが、あれは冗談だぞ?」


「し、知ってますっ! 違います! それじゃないです!」


「俺も知っているから血相を変えるな。で、何だ? 何を願うのか、とりあえず口にしてみるといい」


 問いかけられて、娘さんは神妙に口を開いた。


「実はあの……ハルベイユ候にドラゴンを取られそうなんです。このノーラがそのドラゴンなのですが」


 事情を打ち明けると、カミールさんは呆れた表情になってため息をついた。


「はぁ。まったく、あの老人は。また、そのクセが出たか。配下の騎手を困らせるのは、悪癖以外の何物でもないぞ」


 あのおじいさんの悪評は、カミールさんも伝え聞くところらしい。これは話が早くなるんじゃないかな? 娘さんは意気込んで、カミールさんの発言に同調する。


「そうなんです! 本当に、もう本当に困ってるんです!」


「心中は察してやる。で、俺にハルベイユ候に一言言ってやれと、そういうことか?」


 もうね、本当スムーズ。


 娘さんは喜び勇んで頷きを見せる。


「そうです! 是非閣下にビシリと言っていただきたいと思いまして!」


「それが貴様のおねだりか?」


「はい! 叶えてはいただけないでしょうか?」


 叶えてもらえる確率はかなり高いのではないだろうか。


 カミールさん自身も、ハルベイユ候には思うところがあって、そして娘さんは抜群の功績を残したのだ。


 娘さんと同様だった。俺は期待をもってカミールさんを見つめる。


 そしての返答ですが、まったくもって、ところがドッコイだった。


「却下だ」


 ……えーと、何故に?


 俺は思わぬ現実にボケーと立ち尽くす。え? この流れって、絶対受け入れてくれるやつだったですやん。


 娘さんは、俺よりは現実への適応が早かった。少し理解に時間がかかったが、すぐに慌ててカミールさんを問いただした。


「だ、ダメなんでしょうか?」


「うむ。ダメだ」


「その理由をお聞きしても?」


「そんなのは決まっている。わざわざ俺が動く必要がないからだ。何もする必要がないのに、お前のために動いてやったなどと、俺は偉ぶるつもりはないからな」


 ん? だった。


 出来ないから、やりたくないから。却下の裏にあるのは、そんな理由ではなさそうだけど。


「あのー、どういう意味でしょうか?」


 困惑して問いかける娘さん。カミールさんは、またしてもの呆れ顔だった。


「お前は自分がどれだけの活躍をしたのか分かっているのか? 今回の戦で、お前の名は一流の騎手として知れ渡ることになった。そんなお前から、騎竜を奪い取ることなど誰にも出来ん。そんなことすれば、汚名以上に国王からの詰問を受けるわ」


「いえ、でも、その……そんな実感がまったく無くて……カミール閣下が力添えをして下されば一安心だと思ったのですが」


「ふーむ。まぁ、気持ちは分からんでもない。だが、やはり却下だぞ。何のために、俺がお前に外套をくれてやったと思っているんだ」


 俺にとってもはてさてだったが、娘さんは首をかしげてカミールさんを見上げた。


「な、なんのためですか? えーと、ご褒美に良いものをくれてやるみたいな意味かと思ってたんですけど……」


「アホか。だったら、俺の着古したヤツなんてやらん。ちゃんと新品を用意してくれてやるわ」


「それは、あの、確かに」


「ただの褒美とはわけが違うのだぞ? こんなことは俺も滅多にはやらん。それは評価以上にな、証明なのだ。お前がカミール・リャナスの後ろ盾を得たということのな」


 カミールさんは娘さんの腕にある外套を指差した。


「ハルベイユ候から強奪の使者でも来たのならな。それを羽織って、裏地を見せてやるといい。俺の家紋が縫いとられているからな。それで言ってやればいい。で、用件は何ですかな? これで終わりだ。文句など出るはずもない」


 俺は思わず外套を見つめていた。う、うーむ。立派な品物だとは思っていたけど、今はなおさら輝いて見えるような。


 錦の御旗とか、葵の御紋とか。そんな感じなのだろうか。


 カミールさんを味方につけた。この外套は、その事実を言葉以上に雄弁に証明してくれるものらしかった。


「……もう十分に力添えをいただいていたんですね」


 噛みしめるような呟きだった。娘さんは勢いよく頭を下げる。


「ありがとうございます! これで本当安心できました。ノーラは取られずにすみますし、私は婿をとらずにもすみそうです!」


「うむ。婿だなんだは初耳だが、まぁ上手くやるといい。あぁ、それとな。これで俺の恩返しが終わったと思わんことだな」


「へ?」


 首をかしげて頭を上げる娘さん。カミールさんは仏頂面で言葉を続ける。


「死ねという命令を出さざるを得なかったことは俺にとっての生涯の恥辱だ。お前に対して、情けなくも非道を働いてしまった。これはもう悔やんでも悔やみきれん」


「え、えーと……それは、あの状況では仕方がないような……」


「あんな状況を招いてしまった時点で問題なのだ。で、あんな命令を出してしまったわけだ。だが、お前はやってくれた。抜群の活躍をもって、状況を見事に好転させてみせた」


「……」


「正直、俺は救われた。死なずにすんだことなどが、どうでもよく思えるほどにな。この恩をな、俺は生涯忘れんぞ。お前もな、俺に大きな貸しを作ったことを忘れるなよ。何かあれば、俺を頼れ。いいな?」


 軍神。


 そう呼ばれる人間の人生を貫く何かが、俺には垣間見えたような気がした。


 娘さんはどんな思いを抱いたのだろうか。頷くその顔にあったのは笑顔だった。軍神への敬意がにじんでいるような、そんな笑顔。


「……はい。その時には必ず閣下におすがりしたいと思います」


「それでいい。まぁ、俺の方が頼る機会は多いだろうがな。俺の戦場には必ずお前を呼んでやるからな。そのつもりでいろよ」


「はい。それは私も望む所です」


「それはありがたい。ではな、そろそろお暇させてもらうとしよう。また会おう、空の英雄。それに、その相棒もな」


 そう言って、カミールさんは去っていった。急に広場がガランとしたような気がした。あの人はねぇ、本当にまぁ色々な意味で存在感がある人だったなぁ。


「……はぁ。すごい人だったなぁ」


 圧倒されたようなため息が娘さんの口からはもれていた。俺と同じような感慨を抱いていたのかもしれない。俺が頷きを見せると、娘さんも合わせて頷いてきた。


「本当ね、最初は失礼な人だと思ったけど……うん。良い人っていうか、すごい人だった」


 良い人って言うにはちょっとアクが強いしね。俺がまた頷きを見せると、娘さんは不意に笑みを浮かべた。


「でも、とにかく良かったね。ノーラが取られることはなさそう。私本当に一安心で……あ、でも。ノーラはどうなの? あっちの方が多分良い生活は出来るよなぁ。ハルベイユ候の方に行きたかったとか、そんなこと思ってたりする?」


 不安そうに尋ねかけてきてますが、それ、正真正銘の杞憂です。俺は苦笑の思いで、首を横にふる。娘さんはホッとした笑みを浮かべてきた。


「良かった。でも、私はノーラのことが一番だからね。何か不満があったらちゃんと伝えてね?」


 それはこっちのセリフでございます。娘さんと共にあれるように努力していきますので、なにとぞご指導ご鞭撻のほどお願いいたします。


 そんな思いはちょっと伝わらなかったと思うけど、娘さんは引き続き笑顔だった。


「とにかく、上手くいったなぁ。ちゃんと活躍出来て、ノーラがとられずにすみそうで、私も騎手を続けられそうで……にしても、私単純かもなぁ」


 唐突な苦笑だった。はて? と思っていると、娘さんはその先を説明してくれた。


「大変なことばっかりだったのにさ。でも、終わってみたら、全部良い思い出のような気がしてくるの。そんなもんかな?」


 俺も苦笑出来るものならしたかった。それ、めちゃくちゃ分かります。俺もかなり悩んだし、苦労したはずなのだけどね。終わり良ければ全て良しの精神で、全てを良い思い出に変換しちゃってる感じはある。


 だから、俺は頷く。まぁ、そんなもんじゃないですかね、人間ってのは。


 娘さんの苦笑は笑顔に変わる。


「あはは。そっか。そんなもんだよね……ねぇ、ノーラ」


 またの問いかけ。俺が首をかしげると、娘さんは何故か妙に切ない表情を見せてきた。


「早くさ……帰りたいよね」


 やるべきことを成し遂げて、郷愁が襲ってきたということなのでしょうか。


 まぁ、そうねぇ。


 美化してみても、大変な日々だった。穏やかな日々が本当になつかしく思える。親父さんねぇ、元気かなぁ。会いたいね。俺でそうなのだから、娘さんはなおさらに恋しく思っているだろう。


 俺は頷きを返す。


 成果を引っさげて、早く帰りたいものだった。


 俺の生まれた場所。なつかしき俺と娘さんの我が家へ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] これで俺の恩返しが終わったと思わんことだな こんなカッコいいセリフ聞いたの久々です まだ敵の影がちらついていますが果たして… 味方になってくれている人に良い人が多く結構泣ける、じんわりと…
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