第24話:俺と、ハレの舞台
きっとこの先には俺と娘さんにとって素晴らしい出来事が待っているはず。
そう思って、わくわくしながら兵士さんの背中についていって……ちょっとビビることになりました。
たどり着いた先は、集落の中心地だった。
広場と言っていいのかな。土がきれいに敷かれた、広い空間があった。
そこを埋め尽くす、人、人、人。
ほとんど限界一杯なのではないだろうか。とにかく広場が人で埋め尽くされている。
将兵が集まっているのだ。しかも、その将兵たちの様子がどうにも尋常ではない。
なんて言うかな……ハイソ? ちょっと古くさい言い回しだが、ハイソサエティ。くっそ身分が高そう。鎧も兜も外套も、何だかとってもツヤツヤピカピカして風格がある。
それでである。
そんな将兵たちの目がずらりとして、俺と娘さんに注がれているのだ。
「……う、うわぁ」
娘さんが思わずたじろいでいたが、俺も内心かなりビビってました。俺ってかなり権威主義的なところがありまして。立場上の上司だったり、お偉いさんを前にすると、かなり委縮してしまうところがあったり。
よし。娘さん、帰りましょう。
思わずそんな進言をしたいところだったが、そんなことは俺の能力として出来やしない。それに、帰るなんてことは、この状況が許してくれないらしかった。
「おお、やっと来たか。俺を待ちくたびらせるとは、なかなかの大物ぶりではないか。んん?」
この人らしい口ぶりと言うか、何と言うか。
娘さんを呼び立てた張本人である。カミールさんは教壇に立つように将兵たちを前にしていた。そしてその位置から、皮肉な笑みをたじろいでいる娘さんへ向けてきていた。
「い、いえその、すみません! お待たせしてしまったようで……」
なにが何やらといった感じだったが、とりあえず頭を下げる娘さん。それを見て、カミールさんは皮肉を引っ込めての呆れ顔になった。
「いい加減分かってもいいだろうに。俺の話すことを真面目にとらえても、ロクなことにはならんぞ」
なんか、この人ってなるべくして嫌われてるんだろうなって、そんな気分になりました。いや、悪い人じゃないんだろうけどね。ただ、俺にとってもそうだし、娘さんにとってもとことん相性が悪い人である。娘さんは納得がいかないという感じで、ちょっとばっかり不満顔だった。
「そんなこと言われても困るんですが……」
まったくもってその通りだと思いますが、カミールさんはまったく気にも留めなかった。
「とにかくメンツは揃ったな。よし。では、本題に入るとしようか」
で、何かが始まるらしかった。
将兵の視線がカミールさんに集まるが、どことなくこの場の雰囲気が変わった。期待感というか、わくわく感? 厳かではありつつも、どことなく浮かれた空気が流れ始めました。
やっぱりこれって、そういうことじゃないでしょうかね?
娘さんはわけが分からずの緊張顔だけど、俺はうきうきとしてカミールさんの次の言葉を待った。
「時期が良いということだな。今回の戦で中心的な役割を担ってくれた者たちが、上手いことこの場に集まってくれた。それで、だ。こういうことは早めにすますのに限るのでな。早速始めるとしようか」
カミールさんは、居並ぶ諸侯を一度ぐるりと見渡した。
「論功行賞だ。まぁ、まだ美味しい思いは出来んし、とりあえずのだがな。だが、貴殿らの活躍、王国への忠節。このカミール・リャナスが把握していることはひとまず公言させてもらおう」
やっぱりだった。
非常に簡易というか、発言通りとりあえずのものらしいが、とにかく論功行賞。活躍した者が、その活躍を認められ、何かしらの褒美を約束される。そんなイベントが始まるらしい。
そして、始まった。
どうやら、諸侯と呼ばれたお偉いさんの全員がこの場にはいるらしい。次々と名前を呼ばれて褒めたたえられていく。その中にはくだんのハルベイユ候の姿もあった。うーん、ただの冴えないおじいちゃんって感じ。この人の所に行くのはやっぱり嫌かもなぁ。娘さんの方がね、そりゃいいよね、正直ね。
しかし、カミールさんはやっぱりすごい人なのかもね。
四人の実力ある諸侯。その中には、必ず二人は裏切者がいる。そうカミールさんは確信していたはずなのだが、平気でその四人を褒めたたえて見せていたのだ。
まぁ、確証もなしに裏切り者だなんて言い出せば、とんでもない騒ぎになってしまうだろうけど。
それでも、顔色一つ変えずに褒め称えるのはさすがというか、軍神と呼ばれるような人はやっぱり普通の人とは違うというか。
ともあれ論功行賞は続いていく。
危急の時にあって、勇戦を続けた部隊の指揮官。単身敵陣に攻め入って、敵将の首を奪ってきた勇士。
続々と名前が上げられて、カミールさんから一言二言、言葉をかけてもらっていく。
その中での娘さんだった。どうやら、何故自分が呼ばれたのかにようやく気づいたらしい。だんだん、そわそわしてきました。わずかに顔を紅潮させて、固唾を呑んで様子をうかがっている。
そして、ついにその時がきた。
「サーシャ・ラウ」
来ましたねぇ、この時が。
分かっていても反応は遅れてしまうものらしい。娘さんは慌てて声を上げた。
「は、はい!」
とりあえずのところ、今までに名前を呼ばれた人物の中で、こんな初々しい声を上げた人はいない。カミールさんもどこか呆れ顔だった。
「そんな慌てて返事をしなくてもよかろうに。ともかく、サーシャ・ラウ。貴殿の働きについて、俺はあえて言葉は重ねんぞ。まさに筆舌に尽くしがたい活躍だったからな。そもそも周知のことであれば、わざわざ語る必要もあるまい」
今までの人物で、こんな妙な褒め方をされた人はいなかったし、だからこそ娘さんがどれだけの活躍をしたのかが分かる気がした。
居並ぶ将兵の顔にある表情も、未熟な騎手を見るようなものではまったく無かった。
実際に娘さんの活躍を目の当たりにした人たちだろうか。多くの将兵の顔にあるのは、自軍の英雄を見る親しげかつ頼もしげな表情だった。
本当にねぇ……ふふん。クライゼさんじゃないけど、鼻が高いったらないね。マジ嬉しい。本当嬉しい。
で、娘さん。
カミールさんに褒められて、将兵に尊敬の視線を向けられて、どうすればいいのか分からなかった様子。顔を真っ赤にして、居心地が悪そうに立ちつくしている。
そんな娘さんに、カミールさんはニヤニヤしながら手招きをして見せた。
「ほれ、英雄。そんなところで立ちつくしている場合じゃないぞ。俺の前に出てくるがいい。騎手らしく、そのドラゴンの方の英雄も連れてな」
へ? と娘さん。
俺も『え?』だった。今までに名前を上げられた人物で、前に出ろなんて言われた人物は一人もいなかったのだが……
ともあれ、カミールさんに呼ばれたのだ。娘さんはためらいつつも、俺を連れて前に進み出る。
将兵が道を空ける中、カミールさんの目の前へ。
カミールさんはニヤリとして娘さんを見下ろした。そして、妙に優雅な動作で羽織っていた外套を脱いだ。いつも身にまとっている緋色の外套だった。
「これを貴殿に授けよう。カミール・リャナスの外套だ。まぁ、大切にするようにな」
カミールさんに外套を押し付けられ、娘さんは思わずといった感じで胸に抱き取る。その瞬間だ。「おぉ」と将兵たちが一斉にざわめいた。
そこには感心と羨望の響きが込められているように俺には思えた。
俺は論功行賞についてなんて、さっぱり知識は無い。それでも分かった。おそらくこの行為は、将兵にとって最大級の名誉に値するのではないかと。
娘さんにもそんな実感があったのか。
恥ずかしさも戸惑いもきれいに消えていた。
娘さんは青い瞳をうるませて腕の中の外套をただただ見下ろしている。
そこにある感情が何かと言えば……きっと感動だとか、そういうものじゃないだろうか。