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第23話:俺と、空戦の後、地上にて

 クライゼさんのながーいため息が響く。


「はぁぁぁ……やれやれだ。腕だけはケガをするもんじゃないな。一人で食事も出来んとは」


 陣幕に囲まれた草原だった。その地面、上等な布のベッドに寝かされてのクライゼさんの愚痴である。


 娘さんはクライゼさんの横に腰を下ろしつつ、木のお椀とスプーンを手にして苦笑を浮かべるのだった。


「まぁ、仕方ないですし。あきらめて世話を受けて下さい」


「ふーむ。まぁ、あきらめるしかないだろうな。だが、弟子にこのような……うーむ。生き残ったら生き残ったで、悩みは尽きないものだ。なぁ、ノーラ?」


 娘さんの隣に座る俺は、『うーむ』と首をひねるしかないのでした。


 いや、そこまで世話を受けることを嫌がらなくてもとしか思えませんが……まぁ、そうかもですね。無事生き残られたからこそ、クライゼさんもそんな贅沢な愚痴を口に出来るわけで。


 結果はこんなでした。


 娘さんが伝令を無事成し遂げた結果だ。


 娘さんもクライゼさんも無事生き残って、安穏とした時間を過ごせるようになっていた。


 大勝だったのだ。


 まったくもっての大勝。


 ウダウダしていた諸侯が動き出したら、あっという間に大勢が決まってしまった。


 そしての現在である。


 カミールさんの部隊も完全に窮地を脱することになった。今は、ハーゲンビルの平地の集落に陣を構えて、俺たちも場所を同じくしていた。


 そして今、娘さんはクライゼさんの介護に心血を注いでいたりしている。この大勝の立役者のはずなのだが、そんなことは当人はどこ吹く風。尊敬するクライゼさんの具合ばかりが気になるようで、甲斐甲斐しく面倒を見たりしている。


 まぁ、世話をされる当人は困り顔と言うか、はっきりと嫌がったりしてるけど。


「しかし、やはり裏切り者がいたのだろうな」


 クライゼさんがそんなことを口にして、娘さんはむっと唇をとがらせる。


「クライゼさん。ご飯の世話をされたくないからって、変な話をしだすのは止めて下さいよ」


 どうにも図星であったらしい。クライゼさんは不満げにため息をつく。


「はぁ。なんでお前の世話など受けないといけないんだ。今まで通り、カミール閣下の手の者に任せておけば良かったものを」


「ダメです。私はクライゼさんの弟子なんですから。それは私の役目です」


「師匠が嫌だと言ってるものを……しかしな、お前は気にならないのか?」


「何がですか?」


「さっきの話だが、この大勝だ。数では勝っていても、ここまでになるのはおかしいとは思わなかったか? 密約が破綻したからこその撤退であり、それが勝利という形になったとしか俺には思えなかったが。つまり裏切り者はいたと、そういうことだ」


 確かに、そんな気はするような。


 向こうにまともに抵抗しようという気があれば、こんなに早く戦は終わらなかったと思うしね。伝令が成功してから、まだ五時間も経ってないわけだし。


 密約が破綻して、カミールさんを殺せる見込みがなくなった。だったら、これ以上戦い続ける意味はない。


 そんな感じの内幕が透けて見えるような気はした。


 ただ、娘さんはそんなことは心底どうでもよさそうだけど。


「私はそんなことよりも、クライゼさんがちゃんと食べて、ちゃんとケガを治してくれることの方が気になるんですけど。出来れば、ちゃんと屋内で休んでもらった方が嬉しいんですけどね」


 そんな不満の声に対し、クライゼさんは苦笑を浮かべるのだった。


「俺も屋内で良いのだが……こう見られていると少しな」


 まぁ、確かにそうかもしれない。


 クライゼさんの見上げる先だ。そこにはサーバスさんの顔があった。昨夜と同じだった。クライゼさんのことをじっと見つめているのだ。


「こう見つめられていると、少し離れづらいものを感じる。どうなんだ、ノーラ? 多少は心配をしてくれたりするのか?」


 俺は『うーむ』とうなることになった。


 多分、そうだと思う。ただ、サーバスさん自身は、それを明言はされていないわけで。


 いや、実際心配されてるとは思うんだけどね。でも、サーバスさんは自分の胸中にあるものを、どうにも表現しかねておられるようでして……


「……ふふふ。悪かったな、ノーラ」


 俺の迷いがどう受け取られたのか。クライゼさんは申し訳なさそうに笑うのだった。


「気を使わせたな。ドラゴンがどんな生き物か、俺はよくよく承知しているつもりだ。お前が例外だということも、もちろんな」


 ドラゴンは人間に従いはするが、なつきはしない生き物。


 だからこそ、サーバスさんが自分のことを心配しているわけがない。そんなクライゼさんの意見でございましたが、いや、俺はそんなつもりで黙り込んだわけでは無いわけで。


「あの、ノーラは首をふってますけど?」


 娘さんの言葉通り、俺は慌てて首を横にふっていた。それを見て、クライゼさんは寝ながらに首をかしげる。


「では、心配してくれているのか?」


 そう言われると、ちょっと反応に困るのですが。


「ノーラ、結局どっちなの?」


 不思議そうな顔した娘さんに尋ねられたのですが、いや、その何とも。多分イエスっていうのは、どう表現したらいいんでしょうね?


「ふーむ、何やら表現に悩んでいるようだな」


 そんな俺の心境を、クライゼさんは的確に察してくれた。


「首の動きだけでは、伝えられることにも限界はあるだろうな。何か方法を考えてやらないと気の毒ではある」


「あぁ、そうですねー。せっかく言葉が分かるんですから。ノーラ、どうしよっか?」


 それこそ、俺に答えようがない問いかけをしてくる娘さん。うーむ。俺としては、いくつか方法は思いつくのですが。


 しかし、娘さん。平気で俺と交流してこようとするなぁ。俺が人の言葉が分かると知って、態度も変わってくるのかと思ったけど……ちょっと一安心だった。


 娘さんは唐突に「まぁ、それはともかく」と、流れをぶった切った。


「ノーラについては今度考えるとして、サーバスについてもノーラともっと交流出来るようになってから。クライゼさん、それでいいですよね?」


「いや、もちろん異論はないが……いきなりなんだ?」


「ちゃんと食べて下さいってことです! ほら、口を開けて下さい! あーんですよ、あーん!」


 う、うーむ。娘さん、なかなか攻めておられる。ケガの理由が自分だっていう負い目もあるのだろうけど、それ以上に娘さんの世話焼きの側面が顔をのぞかせている感じ。


「……ノーラ。どうにかしてくれ」


 クライゼさんはうんざりと助けを求めてこられましたが、すみません。それは私の能力を明らかに超えております。


 師匠としてのプライドがあるのか、どうにも諦めの悪いクライゼさんだった。突きつけられたスプーンを嫌そうな顔をして眺めている。


「はぁ。英雄は英雄らしく、人混みの中で偉そうにしていればいいものを」


「なんですかいきなり。誰が英雄ですか、誰が」


「寝てはいたが、話は聞いているぞ。お前たちはとんでもない活躍をしたらしいな。俺も師として鼻が高いぞ」


 なんかちょっと、世話を受けたくないために話題を出してきた感がありますが……ともあれ、クライゼさんのお褒めの言葉でした。


 これはもちろん嬉しいものだったらしい。眉間にしわを寄せていた娘さんが、ニコリと笑みを浮かべる。


「ありがとうございます。ただ、私の実力じゃありません。そもそも策はクライゼさんの物ですし。その上で、アルバにラナ、ノーラの頑張りがあっての成果です」


 疲れ切って寝ているアルバにラナ、そして俺を見つめての、娘さんの静かな言葉だった。


 うーむ。娘さんは本心から自分の手柄じゃないって口にしてるんだろうけど……本当、言葉が話せないことが恨めしいなぁ。言葉が話せたら、どれだけ娘さんがすごかったのか、言葉を尽くして説明してみせるのにね。


 で、クライゼさんだ。


 この人も娘さんの性格は重々承知しているようだった。顔には苦笑いが浮かんでいる。


「本心から言っているのだろうがな。謙遜もすぎれば嫌味になるぞ?」


「いえ、別に謙遜しているわけじゃないんですけど……」


「とにかく、お前のおかげ多くの命が救われた。良かったな。文句なしの大活躍だ」


「まぁ、その、クライゼさんの命が助かったのは本当に嬉しいですけど。別に大活躍だとかそんな……」


 クライゼさんに褒められて、さすがに娘さんは照れくさそうにしていた。そして、そんな娘さんを見て、クライゼさんは何故か首をひねったりしていましたが。


「サーリャ。大活躍だぞ? どうした?」


「へ? いやどうしたと言われても困るんですけど」


「ふーむ。お前は変なところで切り替えが良いな。お前がどんな思いで今回の戦に臨んだのか。忘れたわけではないだろうに」


 娘さんはいまだに首をかしげたりしていましたが……さすがに俺は思い出しました。


 そうだ。そうだった。


 娘さんが、どんな重荷を背負い、そして何を求めてこの戦に臨んだか。さすがに忘れられるわけがなかった。


 でも、娘さんはなんか忘れてる? まぁ表情に出てないだけで、多分まだ興奮してるだろうからなぁ。その影響なのでしょうかね。


「失礼。サーリャ・ラウ殿はおられますか?」


 そんな折の来訪者だった。


 兵士が一人、丁寧な物腰をしてこちらをうかがってきた。


「……よし。時間稼ぎが実ったか」


 そんな問題発言をこぼしつつ、クライゼさんが応じる。


「用件は分かっている。サーリャ。カミール閣下のお呼びだ。すぐに準備をしろ」


「へ、へ? えーと、そうなんですか?」


 娘さんが戸惑いつつも兵士さんに目配せをする。兵士の人は、にこやかに頷きを見せる。


「はい。その通りです」


「他にはまず無いだろうからな。ドラゴンも連れていけよ。騎手がドラゴン無しでは格好がつくまい」


 娘さんは「ドラゴン?」と戸惑いを深くする。


「え? ドラゴンが必要になるような、そんな用事なんですか?」


「もちろんだ。いいから早く行け。カミール閣下をあまり待たせるな」


「は、はい」


「うむ。それとな。おねだりは忘れるなよ。念の為にな」


 娘さんは「おねだり?」とさらに困惑を深めたようだった。


 とは言え、カミールさんを待たせるなと言われて、娘さんは素直に急ぐつもりらしい。


 立ち上がって、俺にはてなと首をかしげてくる。


「よく分からないけど……行こっか?」


 そうですね。行きましょう、そうしましょう。

 

 俺は何となく察していた。大活躍だったのだ。そしてカミールさんは熱い歓迎をしてやると、飛び立つ前の娘さんに告げていたのだ。


 そんなんだから、期待せざるを得ない。


 俺はワクワクしながら、娘さんの手綱に従うのだった。


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