第22話:俺と娘さん
アルバが空を駆ける。
娘さんの意思を受けて、全力で諸侯の元へと突き進む。
騎竜の攻撃をさばきつつ、俺は願うのだった。
届け。
もはや諸侯の上空には、片手で数え切れるほどの騎竜しかいない。それらを撃退しきるのは難しいだろう。だが、避けて伝令を届けるのは、今の娘さんなら十分に出来るはずだった。
だから、届くはずだった。カルバの騎竜たちも、本命が何であるのかに気づいたらしい。慌てて娘さんへと向かおうとする。だが、もちろんそうはいかないわけで。俺は残った体力をふり絞って、妨害行動にはげんでいく。
アルバは速かった。
諸侯の元まで、もう距離は一キロもないだろう。行け。なんとか行ってくれ。俺は固唾を呑んで見守り祈った。
しかし。
『え?』
娘さんが急にアルバを旋回させる。何が起きたのか一瞬分からなかった。だが、すぐに理解することになった。
娘さんの旋回は回避行動だった。
新手である。地上から飛び立っただろう五体の騎竜だった。それらが横手から娘さんに強襲をかけていたのだ。
どうしようもなく空戦が始まった。
もちろん防戦にしかならなかった。もちろん娘さんは、今までの娘さんではない。手綱さばきは今までの不調が嘘のように冴えていた。だから、五体を相手に堂々と渡り会えている。だが、反撃まではどうにもならないようだった。
そして、状況が好転することはあり得ない。
諸侯の上空にあった騎竜が、娘さんに集中していく。多勢に無勢の現状が、さらに深刻さを増していく。
さて、である。
ここで俺は何をすればいいのか? どんな行動を選べばいいのか?
そんなものは、もちろん決まっていた。
『ラナっ!!』
『なにさっ!! 今良いところだってのっ!!』
余裕のある返答だった。だから俺は申し訳ないけど、こう告げるのだった。
『ごめんっ!! ここは任せたっ!!』
俺は娘さんの元へ全速で空を駆る。ラナには本当に悪いと思っていた。今までは二体で十五体ほどをひきつけていたのだが、これが全てラナの負担になるのだ。苦戦は必死のはずだった。
『え、いいの!? よし、任されたっ!!』
まぁ、ラナさんは喜んでおられましたが。うん、大丈夫だね。そう信じて、俺は憂いなく娘さんの元へ急ぐ。
そしてたどり着く。
「ノーラ?」
空戦の最中にあって、娘さんは少し驚いたようだった。だが、その顔には笑みがある。きっと安堵の笑みだった。
「ありがとう! 助かる!」
そう思っていただければ光栄でございます。しかし、この状況で俺に何が出来るのか。
空戦に飛び込んではみたのだ。
だが、俺の存在が事態の打開につながるのかと言えば、現状そうではない。的が二つに増えただけ。娘さんの負担は減ったが、言ってみればそれだけだ。
これではダメなのだ。
これでは力尽きるまで飛び回ることしか出来ない。状況を変えるためには何か新しいことをする必要がある。状況を打開するための何かを。
娘さんも同じことを思っているのだろうか。
空戦の中で垣間見える娘さんの表情は非常に鋭いものだった。狙っているという感じだった。反撃に転じて、敵の数を減らす。その機会をうかがっているようであったが……ふむ?
何か不思議な感覚があった。
何故か分かる。敵の数はすでに十を超えている。それでも何となく分かった。娘さんがどの騎竜を狙っているのか。そして、どのような攻め口で騎手を落とそうとしているのか。
『……よし』
自分の感覚を信じよう。そう思った。
タイミングを図る。狙う騎竜が孤立する瞬間。その時を娘さんも狙っているはずで……よし、来たっ!
ドラゴンブレス。
当てるためでは無い。相手の軌道を制限させるためのものだった。
狙う騎竜は慌ててよける。だが、そこは娘さんの軌道上にあって……
釣り槍が閃く。相手の騎手が、なすすべもなく宙を舞う。
……ふーむ、なるほど。
狙い通り相手の騎手を落とした。そのことへの感慨は無かった。俺の胸中にあるのは、ただただ不思議な実感だった。
勝てる。
俺と娘さんなら、間違いなく勝てる。
「ノーラっ!」
娘さんとすれ違う。その顔には、自信に溢れた笑みがあった。
「勝つよっ!」
そんな言葉が、俺には残された。
そうですね、娘さん。では、勝ってしまうとしましょうかね。
攻守が一変した。
敵勢の動揺が伝わってくるようだった。相手の動きが、目に見えて悪くなった。騎竜を操るよりも現実の把握に忙しい。そんな様子に俺には見えた。
まぁ、そりゃそうだろうねぇ。
圧倒的に優勢だったはずなのだ。それなのに次々と騎手を森にさよならさせられたら、そりゃあね。
「次いくよっ!」
娘さんが威勢よく呼びかけてくる。はいさ、次はアイツですね。では、アシストさせてもらうとしましょうか。
全て分かるのだ。
娘さんが誰を狙っているのか、どのように落とそうとしているのか。
その理由はと言えば、もちろんこれだ。俺、娘さんの騎竜だもんね。
だから分かるのだ。身にしみて分かっているのだ。娘さんの手綱さばきのクセはもちろんだ。どんな攻め口を持っているのか、そしてどんな場面でどんな攻め口が選ばれるのか。そんなことも、当然知り尽くしている。釣り槍の振るい方、その範囲だって、俺は体感として把握している。
それで、だ。
そんな俺と娘さんがコンビを組んだら一体どうなるのか?
一心同体といって、何の差支えも無かった。多勢に無勢だろうが何の問題にもならない。生まれたのは、一片のスキも無い、完全無欠のコンビネーション。
これは尋常の相手ではない。
相手もそれには気づいたらしい。俺がアシストして、とどめは娘さん。その流れをかんがみてなのか、娘さんへの警戒が数段上昇した感じだった。より防御的に娘さんに対応している。これでは娘さんを落とすことなど出来はしないが、確実に娘さんを疲労させることは出来るだろう。攻勢に出るのはその後なんて、そんな胸算用が働いているのかもしれない。
でもね、そんなのそう上手くはいかないわけで。
娘さんを警戒して、俺へのマークが緩んだ。そのスキを突く。俺もね、ただアシストしか出来ないわけじゃないからね。なので、バシンである。
敵の騎手に、すれ違いざまにしっぽでの一撃をお見舞いしてやりました。「あ」と呆気にとられた声を残し、赤の森に落ちていく。高度は大したことないからね。そんな重症を負うようなことはないだろうけど、ともあれこれで騎手を一人減らせたわけだ。
「あはは! ノーラいいね!」
笑い声が俺の耳い届く。次いで、悲鳴も。俺の一撃が敵に動揺を生んで、そのスキを娘さんが華麗に突いたということらしい。騎手がまた一人、森へと落ちていった。
本当、圧倒的だった。
まだ騎竜の数に余裕はあったらしく、地上からは次々と新手が現れる。だが、それはその分獲物が増えただけのこと。
矢継ぎ早に地上へとお帰り願うことになった。
絶好調だった。これはいつまででも戦えるんじゃないか? そう思って、合わせて二十も落としたところで……
空戦が止んだ。
空白地帯が生まれていた。まだまだ敵の騎竜は多い。だが、攻めかかってこない。俺と娘さんを遠巻きにして旋回するのみ。
おそらく諦めたのだ。
俺と娘さんにはかなわないと、諦めて様子を見ることしか出来なくなったのだ。
『……』
なんだろうな、この感覚は。
静かだった。数多の騎竜を周囲にして、静かな勝利の時間が続いていく。
空を統べる。
言葉で表すとしたら、そんな感じだろうか。
「あ」
不意にそんな呟きが上がった。その主は娘さんで、慌てたように俺の元に近づいてきた。
「の、ノーラ! ラナ呼んで! そうだ、戦ってる場合じゃなかったんだ!」
俺も『あ』だった。
あまりにも優位に戦闘が進みすぎて、若干それに酔ってしまったようなところがあった。
そうである。
俺たちの目的はあくまで伝令なわけで。俺は慌ててラナに声を飛ばす。
『ラナっ! 楽しんでるところ悪いけど、ごめんっ! すぐこっち来て!』
お楽しみのところ戻ってきてくれるか心配だったが、それは杞憂だった。何故か不満の顔をしながらすぐ戻ってくれた。で、俺に対して首をひねりながら声をかけてくる。
『うーん、やっぱりさ』
『ん?』
『なんか物足りないのよね。遊ぶなら、やっぱアンタよね。次点でアルバ』
言葉通り、欲求不満を覚えてあっさり戻ってきてくれたようだった。その上で、俺を高評価してくれているようだが……う、うーむ。正直ラナと遊ぶのは大変だけど、帰ったら付き合って上げないとかな。今日の件には、本当感謝しかないし。
「じゃあ行くよ? 目的を果たさないと」
娘さんの言葉にしたがって、諸侯の軍勢へと降りる。
妨害はなかった。まるでお見送りを受けているようで、旋回する騎竜の群れを背にして、地上へと降りていく。
木々の合間をぬって地に足をつける。降りた場所は助言通りに、人目の多いところだった。
少なくとも百を超える将兵の目が集中してくる。娘さんは「うっ」と目に見えてたじろいだ。
「こ、こういうの苦手だけどなぁ……よし」
一つ気合を入れて、声を上げる。
「わ、私はカミール閣下の使者ですっ! カミール閣下の指示を伝えにきたのですが、え、えーと……」
娘さんは不安そうに、居並ぶ将兵を見渡す。将兵たちはぴくりともせずに娘さんを注視している。
「ど、どうしよう? なんか不審者みたいに思われてるっぽくない? そんな感じじゃない?」
たまらずといった感じで俺に不安を訴えてくる。うーむ、どうですかねぇ。俺には、彼らは別の感情で娘さんを見つめていると思えるのですけどね。
「え、えーと、本当ですよ? 私、カミール閣下の使者ですからね? ほ、ほら! 手紙! 手紙ありますから! ほらカミール閣下の手紙で……ど、どなたかいいですか? その案内とか取次とか、ダメですか? え、ダメ? えぇ……?」
娘さん、くっそ混乱しております。
伝令の使者だと信じてもらえていないのではないか。娘さんはそんな疑念の下に、大慌てのようだけど……多分ですけどね、使者だと信じてもらえていないわけではないんですよね。
おそらくは畏怖だった。
彼らもきっと、娘さんの激戦を遠目にでも目の当たりにしたに違いない。だからこその畏怖。驚異的な戦果を上げた娘さんを、彼らは使者として受け入れることが出来ないのではないか。
英雄として受け入れ、恐れ多くて声をかけることすら出来ないのではないか。
で、俺がこの光景にどんな思いを抱いたのか。
そんなものはね、まったくね……ふふふん。誇らしい以外に何もないよね、えぇ。