表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

42/366

第22話:俺と娘さん

 アルバが空を駆ける。


 娘さんの意思を受けて、全力で諸侯の元へと突き進む。


 騎竜の攻撃をさばきつつ、俺は願うのだった。


 届け。


 もはや諸侯の上空には、片手で数え切れるほどの騎竜しかいない。それらを撃退しきるのは難しいだろう。だが、避けて伝令を届けるのは、今の娘さんなら十分に出来るはずだった。


 だから、届くはずだった。カルバの騎竜たちも、本命が何であるのかに気づいたらしい。慌てて娘さんへと向かおうとする。だが、もちろんそうはいかないわけで。俺は残った体力をふり絞って、妨害行動にはげんでいく。


 アルバは速かった。


 諸侯の元まで、もう距離は一キロもないだろう。行け。なんとか行ってくれ。俺は固唾を呑んで見守り祈った。


 しかし。


『え?』


 娘さんが急にアルバを旋回させる。何が起きたのか一瞬分からなかった。だが、すぐに理解することになった。


 娘さんの旋回は回避行動だった。


 新手である。地上から飛び立っただろう五体の騎竜だった。それらが横手から娘さんに強襲をかけていたのだ。


 どうしようもなく空戦が始まった。


 もちろん防戦にしかならなかった。もちろん娘さんは、今までの娘さんではない。手綱さばきは今までの不調が嘘のように冴えていた。だから、五体を相手に堂々と渡り会えている。だが、反撃まではどうにもならないようだった。


 そして、状況が好転することはあり得ない。


 諸侯の上空にあった騎竜が、娘さんに集中していく。多勢に無勢の現状が、さらに深刻さを増していく。


 さて、である。


 ここで俺は何をすればいいのか? どんな行動を選べばいいのか?


 そんなものは、もちろん決まっていた。


『ラナっ!!』


『なにさっ!! 今良いところだってのっ!!』


 余裕のある返答だった。だから俺は申し訳ないけど、こう告げるのだった。


『ごめんっ!! ここは任せたっ!!』


 俺は娘さんの元へ全速で空を駆る。ラナには本当に悪いと思っていた。今までは二体で十五体ほどをひきつけていたのだが、これが全てラナの負担になるのだ。苦戦は必死のはずだった。


『え、いいの!? よし、任されたっ!!』


 まぁ、ラナさんは喜んでおられましたが。うん、大丈夫だね。そう信じて、俺は憂いなく娘さんの元へ急ぐ。


 そしてたどり着く。


「ノーラ?」


 空戦の最中にあって、娘さんは少し驚いたようだった。だが、その顔には笑みがある。きっと安堵の笑みだった。


「ありがとう! 助かる!」


 そう思っていただければ光栄でございます。しかし、この状況で俺に何が出来るのか。


 空戦に飛び込んではみたのだ。


 だが、俺の存在が事態の打開につながるのかと言えば、現状そうではない。的が二つに増えただけ。娘さんの負担は減ったが、言ってみればそれだけだ。


 これではダメなのだ。


 これでは力尽きるまで飛び回ることしか出来ない。状況を変えるためには何か新しいことをする必要がある。状況を打開するための何かを。


 娘さんも同じことを思っているのだろうか。


 空戦の中で垣間見える娘さんの表情は非常に鋭いものだった。狙っているという感じだった。反撃に転じて、敵の数を減らす。その機会をうかがっているようであったが……ふむ?


 何か不思議な感覚があった。


 何故か分かる。敵の数はすでに十を超えている。それでも何となく分かった。娘さんがどの騎竜を狙っているのか。そして、どのような攻め口で騎手を落とそうとしているのか。


『……よし』


 自分の感覚を信じよう。そう思った。


 タイミングを図る。狙う騎竜が孤立する瞬間。その時を娘さんも狙っているはずで……よし、来たっ!


 ドラゴンブレス。


 当てるためでは無い。相手の軌道を制限させるためのものだった。


 狙う騎竜は慌ててよける。だが、そこは娘さんの軌道上にあって……


 釣り槍が閃く。相手の騎手が、なすすべもなく宙を舞う。


 ……ふーむ、なるほど。


 狙い通り相手の騎手を落とした。そのことへの感慨は無かった。俺の胸中にあるのは、ただただ不思議な実感だった。


 勝てる。


 俺と娘さんなら、間違いなく勝てる。


「ノーラっ!」


 娘さんとすれ違う。その顔には、自信に溢れた笑みがあった。


「勝つよっ!」


 そんな言葉が、俺には残された。


 そうですね、娘さん。では、勝ってしまうとしましょうかね。


 攻守が一変した。


 敵勢の動揺が伝わってくるようだった。相手の動きが、目に見えて悪くなった。騎竜を操るよりも現実の把握に忙しい。そんな様子に俺には見えた。


 まぁ、そりゃそうだろうねぇ。


 圧倒的に優勢だったはずなのだ。それなのに次々と騎手を森にさよならさせられたら、そりゃあね。


「次いくよっ!」


 娘さんが威勢よく呼びかけてくる。はいさ、次はアイツですね。では、アシストさせてもらうとしましょうか。


 全て分かるのだ。


 娘さんが誰を狙っているのか、どのように落とそうとしているのか。


 その理由はと言えば、もちろんこれだ。俺、娘さんの騎竜だもんね。


 だから分かるのだ。身にしみて分かっているのだ。娘さんの手綱さばきのクセはもちろんだ。どんな攻め口を持っているのか、そしてどんな場面でどんな攻め口が選ばれるのか。そんなことも、当然知り尽くしている。釣り槍の振るい方、その範囲だって、俺は体感として把握している。


 それで、だ。


 そんな俺と娘さんがコンビを組んだら一体どうなるのか?


 一心同体といって、何の差支えも無かった。多勢に無勢だろうが何の問題にもならない。生まれたのは、一片のスキも無い、完全無欠のコンビネーション。


 これは尋常の相手ではない。


 相手もそれには気づいたらしい。俺がアシストして、とどめは娘さん。その流れをかんがみてなのか、娘さんへの警戒が数段上昇した感じだった。より防御的に娘さんに対応している。これでは娘さんを落とすことなど出来はしないが、確実に娘さんを疲労させることは出来るだろう。攻勢に出るのはその後なんて、そんな胸算用が働いているのかもしれない。


 でもね、そんなのそう上手くはいかないわけで。


 娘さんを警戒して、俺へのマークが緩んだ。そのスキを突く。俺もね、ただアシストしか出来ないわけじゃないからね。なので、バシンである。


 敵の騎手に、すれ違いざまにしっぽでの一撃をお見舞いしてやりました。「あ」と呆気にとられた声を残し、赤の森に落ちていく。高度は大したことないからね。そんな重症を負うようなことはないだろうけど、ともあれこれで騎手を一人減らせたわけだ。


「あはは! ノーラいいね!」


 笑い声が俺の耳い届く。次いで、悲鳴も。俺の一撃が敵に動揺を生んで、そのスキを娘さんが華麗に突いたということらしい。騎手がまた一人、森へと落ちていった。


 本当、圧倒的だった。


 まだ騎竜の数に余裕はあったらしく、地上からは次々と新手が現れる。だが、それはその分獲物が増えただけのこと。


 矢継ぎ早に地上へとお帰り願うことになった。


 絶好調だった。これはいつまででも戦えるんじゃないか? そう思って、合わせて二十も落としたところで……


 空戦が止んだ。


 空白地帯が生まれていた。まだまだ敵の騎竜は多い。だが、攻めかかってこない。俺と娘さんを遠巻きにして旋回するのみ。


 おそらく諦めたのだ。


 俺と娘さんにはかなわないと、諦めて様子を見ることしか出来なくなったのだ。


『……』


 なんだろうな、この感覚は。


 静かだった。数多の騎竜を周囲にして、静かな勝利の時間が続いていく。


 空を統べる。


 言葉で表すとしたら、そんな感じだろうか。


「あ」


 不意にそんな呟きが上がった。その主は娘さんで、慌てたように俺の元に近づいてきた。


「の、ノーラ! ラナ呼んで! そうだ、戦ってる場合じゃなかったんだ!」


 俺も『あ』だった。


 あまりにも優位に戦闘が進みすぎて、若干それに酔ってしまったようなところがあった。


 そうである。


 俺たちの目的はあくまで伝令なわけで。俺は慌ててラナに声を飛ばす。


『ラナっ! 楽しんでるところ悪いけど、ごめんっ! すぐこっち来て!』


 お楽しみのところ戻ってきてくれるか心配だったが、それは杞憂だった。何故か不満の顔をしながらすぐ戻ってくれた。で、俺に対して首をひねりながら声をかけてくる。


『うーん、やっぱりさ』


『ん?』


『なんか物足りないのよね。遊ぶなら、やっぱアンタよね。次点でアルバ』


 言葉通り、欲求不満を覚えてあっさり戻ってきてくれたようだった。その上で、俺を高評価してくれているようだが……う、うーむ。正直ラナと遊ぶのは大変だけど、帰ったら付き合って上げないとかな。今日の件には、本当感謝しかないし。


「じゃあ行くよ? 目的を果たさないと」


 娘さんの言葉にしたがって、諸侯の軍勢へと降りる。


 妨害はなかった。まるでお見送りを受けているようで、旋回する騎竜の群れを背にして、地上へと降りていく。


 木々の合間をぬって地に足をつける。降りた場所は助言通りに、人目の多いところだった。


 少なくとも百を超える将兵の目が集中してくる。娘さんは「うっ」と目に見えてたじろいだ。


「こ、こういうの苦手だけどなぁ……よし」


 一つ気合を入れて、声を上げる。


「わ、私はカミール閣下の使者ですっ! カミール閣下の指示を伝えにきたのですが、え、えーと……」


 娘さんは不安そうに、居並ぶ将兵を見渡す。将兵たちはぴくりともせずに娘さんを注視している。


「ど、どうしよう? なんか不審者みたいに思われてるっぽくない? そんな感じじゃない?」


 たまらずといった感じで俺に不安を訴えてくる。うーむ、どうですかねぇ。俺には、彼らは別の感情で娘さんを見つめていると思えるのですけどね。


「え、えーと、本当ですよ? 私、カミール閣下の使者ですからね? ほ、ほら! 手紙! 手紙ありますから! ほらカミール閣下の手紙で……ど、どなたかいいですか? その案内とか取次とか、ダメですか? え、ダメ? えぇ……?」


 娘さん、くっそ混乱しております。


 伝令の使者だと信じてもらえていないのではないか。娘さんはそんな疑念の下に、大慌てのようだけど……多分ですけどね、使者だと信じてもらえていないわけではないんですよね。


 おそらくは畏怖だった。


 彼らもきっと、娘さんの激戦を遠目にでも目の当たりにしたに違いない。だからこその畏怖。驚異的な戦果を上げた娘さんを、彼らは使者として受け入れることが出来ないのではないか。


 英雄として受け入れ、恐れ多くて声をかけることすら出来ないのではないか。


 で、俺がこの光景にどんな思いを抱いたのか。


 そんなものはね、まったくね……ふふふん。誇らしい以外に何もないよね、えぇ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ