第21話:俺と、空戦の先駆け
空に上がる。
ラナを引き連れて、秋の青空へ。
反応は劇的だった。
上空では、五体の騎竜が飛び回っていたのだが、すぐさま俺たちの元に殺到してきた。
だが、殺到してきて、それ以上のことはなかった。
ドラゴンの視力がとらえるのは、騎手たちのそろっての不審の表情。
素直に納得である。そりゃそうだろうねぇ。
俺たちの背には騎手が乗っていないのだ。指示があってのことだろうが、このドラゴンたちは何のために空に上がってきたのか? そんな感じで、カルバ王国の騎手たちは不審の思いで俺たちを観察しているのだろう。
『ねぇ、ノーラ』
背後から、どことなく不安げなラナの声。俺はゆっくりと旋回飛行しながら応える。
『ラナ、どうかした?』
『どうかしたも何もないわよ。とりあえずはアンタの背中を追って飛んでれば、それでいいのよね?』
ラナの口調は不安げで、かなり居心地が悪そうなものだった。
これもまた、そりゃそうかといった感じだった。
もちろんのこと初めての経験だしね。何度も戦場の空に上がったことのあるラナだけど、そこには騎手としての娘さんの姿と指示があったわけで。
一体で戦えと言われて何をすればいいのか。
そこに戸惑いを覚えているらしい。
『うん。とりあえず付いてきてくれればいいから』
戦ってもらえなかったとしても、一体より二体の方がはるかに目立つ。ラナがただ飛んでいるだけでも、相手を引きつけるのには十分効果的なはずだった。
でも、ただ……ね?
普段の遊ぶ感覚でやってくれたらいいのにと、そんなことを思わないでもなかった。
いつもの感覚で縦横無尽に暴力性を発揮さえしてくれれば、相手を混乱させるのには十二分なんだろうけどね。いっそ殲滅してくれやしないかと、そんな期待さえ出来てしまうのだが。
まぁ、世の中上手くいかないものである。出来る範囲で最善を尽くさなければ。
俺は旋回を続けつつ、とある方向を遠目に見すえた。距離は五キロもないだろうか。低い山の一角だった。上空で、十数体のドラゴンが旋回している場所があるのだ。
あそこが娘さんの目指す場所である。諸侯が集合しているだろう地点。娘さんの伝令を成功させるには、騎竜たちをあの場所から引き離さないといけないけど……やっぱりダメだな。ただ飛んでるだけじゃ、引き寄せることまでは出来ない。
ということで、実力行使と参りましょうか。
『ラナ。行くよ』
『つ、ついてくからねっ! 置いていかないでねっ!』
ラナさんの速さでそんなことは起きないと思いますけど。とにかく、やってみるか。
手近な騎竜に狙いをつける。それでは、はい。ドラゴンブレス。
空に業火が走り、空気が変わった。
カルバの騎手たちの顔に緊張の色が走る。
よーし、ではやってやりますかね。逃げ出す騎竜の背を追って、ドラゴンブレスを二発、三発。当てるつもりでいった。まぁ、当たりはしなかったけど、脅威と認識させるのには十分だった様子。
「なんだとっ!? あれはなんだっ!?」
どの騎手の言葉かは分からないが、恐怖のにじんだ驚きの叫びだった。
まぁね。ドラゴンが勝手に飛んで、騎手もなしに襲ってくる。きっと彼らからしたら常識の外の出来事だろうからなぁ。
恐怖は伝染し、強烈な反応を生んだ。
諸侯の上空にいる騎竜のいくらかがコチラに向かってきた。地上からは次々と、カルバの騎竜が上がってくる。
対処すべき重大な敵だとどうやら認識されたらしい。
ふーむ、予定通りでございます。こうやって敵を引きつけるだけ引きつけて、後は娘さんにお任せということで。
娘さーん! 見てて下さいねー! 俺やってやりますからね! バリバリっとやってやりますからね!
なんて意気込んではみたのですが……正直、甘かった。
釣り槍などは、ドラゴンのウロコには歯が立たない。だからこそ、敵が選んだ対抗手段はドラゴンブレスだった。
空を無数に埋める騎竜たちが、次々にドラゴンブレスを放射してくる。それを俺たちは全力で飛びながらかわしていくのだが……ぬ、ぬぬぬ。ちょっと辛いかもな、これ。
なんとか回避することは出来るのだ。ただ、状況が進展しなくなってしまった。
忙しすぎて、反撃が出来ないのだ。だからこそ、敵はこの頭数で十分だと思ったらしい。騎竜が集まらなくなった。諸侯の上空の騎竜は、補充された上で、数が変わらなくなってしまった。
『ちょ……ま、マズイって!』
思わず叫んでしまう。脳の芯は焦燥感でしびれるようだった。マズいのだ。これは本当にマズい。
状況が動かなくなって、ただ避け続けるだけの時間が続く。その間にも俺たちの体力は確実に消耗し続けているわけで……
先が見えない。娘さんにつなぐまでの展望が開けない。
その上で問題があった。おっかなびっくり飛んでいるラナだ。俺よりも与し易しと思われているのか、積極的にドラゴンブレスの標的にされてしまっているのだ。
『ちょ、ちょっと! ノーラ、どうすんのよ!』
どうするかって、ど、どうする?
一度戻るか? いや、そんな選択肢はあり得ない。地上でも当然戦況は動いている。世が明けて、カミールさんを包囲する敵勢も活発に動き始めているのだ。
カミールさんは自軍について三百程度と言っていたような。包囲に参加している敵兵は、少なくとも二千は超えているように見えた。その自軍から見ての大軍は、急速に包囲を狭め始めているのだ。羽虫の死骸にむらがるアリのようだった。カミールさんの部隊を食い尽くさんと、攻勢を目に見えて強めている。
ウダウダしている時間は一切無いのだ。一刻も早く、娘さんが空に上がれる状況を作らないといけない。そして、諸侯の部隊を動かさなければいけない。でも、これは……
『あっ!?』
その声は悲鳴に似ていた。背後にラナの気配がない。俺は慌てて首を伸ばし、背後を確認する。
『ら、ラナっ!?』
何が起きたのかは分からない。相手の騎竜が俺とラナの間に割り込んできたのか、ドラゴンブレスを回避するための行動の結果なのか。とにかく、ラナは俺から引き離されていた。そして標的にされている。オドオドと空を飛ぶラナが、ドラゴンブレスの標的にされている。
『の、ノーラっ!!』
それはきっと助けを求める叫びだった。だが、俺は間に合わない。数多の騎竜たちがそのアギトを開く。ドラゴンブレス、その予兆。そして……
「ぐ、ぐぁっ!?」
悲鳴が上がった。いや、人間のだけど。ドラゴンブレスを浴びたカルバの騎竜に騎手が、じわじわと地上に降下していく。
『……ふーむ』
なんか納得してしまった。一体何が起きたのかと言えば、口を開いた騎竜の一体を、ラナは先制してドラゴンブレスで迎撃。で、ドラゴンブレスの密度がさがったところで、スルリと無事回避しきったのだった。
ラナが俺の背後に戻ってくる。
『……』
そして、飛びながら何故か黙り込んでいる。何か考えておられるようだけど、あの、ラナさん?
『……なーんだ』
そんな呟き。何か納得しておられるようですが、ふむ?
『これってさ、もしかして遊びみたいなもの?』
尋ねかけられる。事実としては、違います。まったく違います。でも、ここはそうねぇ。
『えーと、大体そんなもんかな?』
『そっか。じゃあ、ノーラ』
『うん』
『遊んでくるね』
で、始まってしまいました。ラナ先生によるドラゴン残虐ショー。もうね、速さと軌道が違った。騎手を乗せていないからこその、疾風のような速さと獣のような軌道。
慣れている俺だから相手が出来るけど、カルバの騎手さんたちからすればねぇ。悪夢と言って間違いないのではなかろうか。まったくもって太刀打ち出来ないようだった。次々とガジガジされて、騎竜の悲鳴が次々に上がる。
……なんだかなぁ。上手くいってるからいいんだけど、俺ってまったく必要ないんじゃ? ちょっと寂しい気分になるけど、それはともかくとして。
狙いがハマり始めていた。
次々と敵の騎竜が集まってくる。地上からもそうだが、諸侯の上空からも頭数がどんどん割かれていく。
頃合いとそういうことになるのだろうか。頼りになる友人の顔が思わず頭に浮かんだ。アルバ。娘さんのこと本当よろしく頼むよ。
眼下からだった。
娘さんの駆るアルバが、黒の巨躯を踊らせて空中に飛びだした。