第20話:俺と、朝焼けの出陣
紅葉の森が、朝焼けにまるで燃えているようだった。
朝が来た。
多くの人の命運を決める、そんな朝だ。
「では、これを持っていくといい」
支度を終えた娘さんに声がかけられる。カミールさんだった。無愛想な表情をして、手には手紙のようなものが握られている。
「あの、それは?」
首をかしげる娘さんに、カミールさんは手紙をひらひらとかざして見せた。
「見ての通りだ。カミール・リャナス直筆の書状だ。諸侯の連中に言うことを聞かせるためにな、一応のこと用意をしたのだ」
娘さんは笑顔で手紙を受け取る。
「ありがとうございます。私そんな口が上手くはありませんから。これで安心して伝令に向かえます」
「はん。そんな理由で渡したつもりではないんだがな。裏切り者共は、お前を俺からの伝令だと認めたがらないかもしれん。そのための保険だ、保険。身分証のような物だと思え」
なるほどであった。伝令が必ず成功するようにとのカミールさんの配慮であるらしい。
娘さんはこれも笑顔で頷く。
「分かりました。身分証と思って、持っていきます」
「うむ。それとな、降りる時には人目が多い場所を選んで降りろよ。目立てるだけ目立て。俺からの伝令が来たと、出来るだけ多くに知らしめろ。伝令が来たと知っている人間が多ければ多いほど、俺の指示が黙殺される可能性は低くなるからな」
やっぱりただ豪胆なだけじゃあ、軍神とまで呼ばれることはないんだろうかね。カミールさんは顔に似合わない細心の注意を見せてきた。それに対し娘さんは何を思ったのか。笑顔が苦笑に変わる。
「あはは。目立つのは苦手なんですけど……分かりました。努力します」
「そうしてくれるとありがたい。だが……ふーむ。おかしなものだな」
はて、おかしいこと?
娘さんも疑問に思ったらしい。不思議そうに首をかしげる。
「おかしいって、あの、何がでしょうか?」
「お前の態度だ。何なんだ? 俺は死にに行けと命令したつもりだったのだがな」
カミールさんはいぶかしげに腕を組んで首をひねっている。
「思えば、クライゼの様子もおかしかった。お前のことを心配していないはずはないのだが、しんどいから寝るなどとほざいて見送りにも来ない。そして、お前だ。妙に余裕がある。なんだ? 怯えすぎて気でも狂ったか?」
なんかこう、非常にカミールさんらしい物言いだった。これには娘さんも苦笑するしかないようである。
「そんな狂っているつもりはないですけど……余裕はあるかもしれません。ね? ノーラ、そんな感じだよね?」
娘さんは隣に立つ俺の頭にポンと手を置いてくる。
うーむ、まぁ、そんな感じですかねー。ぶっちゃけ緊張はしているんだけど、平常心を失うようなヤバい緊張感じゃないというか。
心地よい緊張感……なのかな?
意識が冴えて、体に力がフツフツとみなぎるような、そんな緊張感を俺は味わっていました。
「……ふーむ」
娘さんの返答を受けてのカミールさんだった。一つうなって、そして何故か納得したように頷きを見せた。
「なるほど。これが本当のお前か」
「へ?」
「クライゼを負かした騎手がいる。そんな噂は俺も聞いていた。サーシャ・ラウ。そうだった。確かにお前の名前だったな」
俺は思わず得意にならざるを得なかった。
ふふふふ、そうですとも。カミールさん、これがね娘さんなんですよ。一騎討ちにおいて、クライゼさんと五分に渡り合った稀代の騎手。その本来の姿なんです。
そして、今日の娘さんには一騎討ちの時と同じような雰囲気があった。いや、それ以上か? 気のせいか、あの時以上の余裕が今の娘さんにはあるような感じだった。
娘さんは「あはは」と苦笑して頷いた。
「それは確かに私です。でも、あれは偶然ですけどね。私の実力なんて、そんな大したものじゃありません」
「ほう? 足りない実力でよくもクライゼに勝てたものだな。クライゼもそろそろ引退か?」
「い、いえいえ。クライゼさんはやっぱり私よりもはるかにすごくて。でも、私にはこの子がいたので」
そう言って、娘さんは俺の頭をなでるのだった。
「覚えておいて下さい。ノーラです。この国で、間違いなく最高のドラゴンですから」
娘さんは得意げにそんなことを言ってくれたのでした。はい、過言です。間違いなく、優良誤認です。法廷で争えば有罪は免れないだろう。でも嬉しいです。娘さんはモチベーターとしても最高なのか。やる気がどどんと湧いてきましたよ、えぇ。
「……ふーむ。そうか、コイツがか。よし、覚えておいてやろう」
カミールさんはそう頷き、ふと空に視線を上げた。
「ではな、任せたぞ。相変わらず、空にはうようよ騎竜が飛んでいるが……ま、なんとかしてみせろ」
娘さんは力強く頷きを見せる。
「はい。何とかしてみせます」
「無事成し遂げることが出来れば、抱きしめてやって、頭をなでてやるからな。そのつもりで行ってこい」
「え、えぇ?」
「冗談だ。だが、まぁ期待しておけ。間違いなく熱い歓迎をしてやる」
「お、お手柔らかにお願いします」
苦笑しながら、娘さんは「さて」と空を見上げる。
「良い天気だなぁ……よし、行くとしますか」
娘さんは俺の背中をポンと叩いてきた。
さてはて、それではですね、娘さん。行くとしますかね。
今日の俺は騎竜では無い。それでもやることは同じだった。
娘さんのために全力を尽くす。
過言にもこの国一番と言われてしまったのだ。少なくとも今日一日は、それにふさわしい働きをしてみせましょうかね。
では、空へ。