第19話:俺と、ドラゴン二体
勝機が見えてきた、そんな状況。
夜闇の下で、光源はたいまつのぼんやりとした光しかないのだが、それでも娘さんもクライゼさんも顔を紅潮させているのがよく分かった。
もちろん俺も同じようなものだった。
紅潮などは出来ないが、心臓の鼓動は明らかに速くなっている。見えてきた勝利に高揚感が抑えられない。
「飛び立つのは日が出てからでいいだろう。もちろん人の目は集まるが、夜闇の中では目測を誤って墜落する可能性があるからな。サーリャもそれでいいな?」
娘さんは力強く頷いてみせる。
「はい。私の腕だとそれが妥当だと思います」
「よし。ノーラもそれでいいか?」
私はいつでも万事OKですので。頷きを見せると、クライゼさんは笑顔を見せてきた。
「こんな形でドラゴンを味方に出来るのは、面白くも頼もしいな。それで、ノーラ。頼みもある。いいか?」
俺に出来ることなら何でもござれ。頷くと、クライゼさんは俺から視線を外した。
まず視線が向いたのはクライゼさんのすぐ側に座っているサーバスさん。次いで、退屈そうに寝転んでいるラナに目を向ける。
「戦力は多ければ多い方が良い。アイツらにも撹乱として参加してもらうことは出来るか?」
んー。それは即答出来ませんな。
俺は首をひねって見せて、まずラナの元へと歩を進めた。俺は撹乱係らしいけど、頭数が増えた方がそれは楽だし、効果も高いわけで。ここは是非ともラナとサーバスさんにも参加して欲しいところだけど。
でもまぁ、ドラゴンだしね。うーん。
見込みは薄そうだなと思いつつ、俺はラナに声をかける。
『ラナ、ちょっといい? お願いがあるんだけど』
ダメだろうなとは思っていた。しかし、な、何? ラナはギラリと俺をにらみつけてきた。
『ようございましたね』
『へ?』
なんざんしょと思っていると、ラナはプイと視線をそらしてきた。
『……結局、話しかけたんだ』
そして、そんな声かけ。多分、娘さんとの意思の疎通のことを指しているんだろうけど。
『えーと、うん。話しかけたけど……』
『それで、そんなに機嫌が良さそうなんだ。なんかスッキリしてる顔しちゃってさ。で、何? お願いって何なのさ?』
機嫌が悪そうだけど、話は聞いてもらえるっぽい。なんでそんなに不機嫌なのかは気になるところだけど、聞いてる場合でもないか。ありがたく本題に移らさせてもらう。
『あー、またですね、戦があるっぽくてですねー』
『また? 疲れてるんだから、いい加減にして欲しいんだけど』
『で、ですよねー。で、それでですね? 一人で空に上がってもらうような、そんなことは出来ませんかね?』
案の定というか、ラナはけげんそうに目つきを悪くした。
『はぁ? 何言ってんの、アンタ?』
『いや俺もついてるんだけど、娘さんを乗せずに敵と戦ってもらいたいというか、そんなですけど……だ、ダメ?』
ラナは「ふん」と鼻を鳴らすのだった。
『そんなわけの分からないのはイヤ』
『さ、左様で』
『そもそもさ、それあのウザいやつのためなのよね? 多分だけど?』
妙なことを聞いてくるラナ。事実ではあるので、俺は頷いてみせる。
『まぁ、うん。そうだけど……』
『だったらイヤ。なおさらイヤ。絶対にそんなことしないから』
ラナはツンとすまして俺の目を見てこようとはしなかった。
う、うーむ。どうにもダメらしい。普段からラナは娘さんを嫌っていたけど、それが影響してしまったということだろうか。
残念だけど仕方ない。ラナを説得出来るような材料なんて俺には無いし。俺はあきらめてサーバスさんへと向かうことにした。ところが、
『……でも、それってさ』
要領の得ないラナの呟き。俺が見つめる中、ラナはじろりと横目で俺をにらみつけてきた。
『えーと、ラナ? どうしたの?』
『……それって、アンタが取られることと関係あんの?』
『はい?』
『いいから答えなさいよ。あのウザいやつががんばったら、アンタは取られずにすむとか、そんな話してたでしょ?』
ちょっとビックリ。あの話、覚えててくれてたんだ。
そして返答だけど……うーむ。関係があるのかないのか。正直微妙なところだよなぁ。
『関係はあると思うよ、うん』
この任務が成功すれば大活躍なのは間違いないわけで。可能性は一応あるのではないだろうか。
『……ふーん。じゃあ、いいわよ』
で、そんなラナさんのご返答。へ?
『え? い、いいの?』
慌てて問いかけると、ラナは俺を見ることなく不機嫌そうに答えてくる。
『いいって言ってるでしょ? だから、さっさとどっか行きなさいよ。私はもう寝たいんだから』
そう言って、ラナはぶすりとして目を閉じる。
どうにも不機嫌そうには見えるが、協力はしてくれるらしい。うーん、これは……持つべき物は友人ということになるのだろうか。
『ラナ。本当にありがとう。助かるよ』
『……ふん』
さてはて、ラナから協力の約束を取り付けまして次です、次。すでに寝ちゃっているアルバは娘さんが乗るらしいのでいいとして、次はサーバスさんである。
俺が見ていることに気づいたのか、クライゼさんを見ていたサーバスさんは俺を見つめてきた。
『話は聞いてたから』
それはあの、話が早くて助かります。
『どうでしょうか? 協力の方はお願いできますか?』
サーバスさんはすぐには答えなかった。再び、じっとクライゼさんを見つめ始める。そして、
『……ごめんなさい』
謝罪を含んだ否定の言葉。どうやらダメらしい。まぁねー、ドラゴンだからねー。
ラナの返答が例外中の例外というか、一体で飛んでくれと言われて頷くドラゴンなんて、まずいないよね。
そのように訓練されたのなら、人間に忠実なドラゴンなのだ。一体でも飛んでくれるだろう。でも、そうでないのなら、ドラゴンは人間の事情なんて汲んではくれないし。
『あー、すみません。無理なお願いしちゃいまして』
俺の方こそがということで謝罪すると、サーバスさんは申し訳なさそうに俺を見てくる。
『ごめんね。断っちゃって』
『いえいえ、一体で飛べって言われても困っちゃいますよね』
『そういうわけじゃないけど……ここにいた方がいいと思って』
『へ?』
それはあの、どういう?
サーバスさんは俺が疑問に思ったことを察してくれたらしい。進んで説明してくれる。
『この人間が死にかけてるから』
この人間って、クライゼさんだよね? それが死にかけてるからって……心配だから離れたくないってことなのかな?
それはまったくドラゴンらしくない心情だけど、サーバスさんはそれ以上説明してはくれなかった。俺から視線を外し、クライゼさんにまた目を落とす。
「話はまとまったか?」
クライゼさんが尋ねかけてきて、俺は慌てて首を縦にふる。
「どうだった? ラナは大丈夫か?」
これには肯定。次に、サーバスさんについて尋ねられたけど、これは否定。
「そうか。一体でも増えたことは喜ばしいことだな」
どうやら二体共参加してくれるようなことは期待していなかったらしい。まぁ、ドラゴンに長く関わっているクライゼさんらしいと言うか。
「とにかく、これでやるべきことは決まった。ノーラとラナが敵陣を撹乱し、そのスキを突いて、アルバに乗ったサーリャが伝令の任を果たす。異論はないな?」
娘さんも頷いたし、俺も頷いた。
多分、これ以上考えるべきことは無いはずだった。
「ノーラ」
娘さんが呼びかけてくる。
俺は娘さんに目を向ける。娘さんは笑っていた。今までの気負った様子でもなければ、悲壮感も無い。自然体の笑みを俺に向けていた。
「やってやろうね。私達で」
ですね、娘さん。
やってやりましょう。打開してみせましょう。
俺は頷きを返してみせる。
夜はだんだんと更けていく。