後日談6:アルベールとアレクシア
さて、全てが終わったわけですが、俺はラウ家でのほほんとはなっていませんでした。
戦後のアレコレの関係とかで、始祖竜モドキの俺は娘さんと一緒にカミールさんのお屋敷にお世話になっているのです。
で、俺目当てのお客さん相手に、相変わらず挨拶音が出る機械となっていたのですが、今日は久しぶりに生命としての息吹を取り戻すことになっていました。
「しかし、正直いまだに違和感はぬぐえませんね」
お屋敷の応接間です。その席の1つに着いておられるのはアレクシアさんでした。素敵なお客人として、俺と娘さんに会いに来て下さったのです。
そして、俺は苦笑でした。それはアレクシアさんの発言にもあるのですが、今の俺は竜人形態で席に着いているわけでして。
「ですね。俺も正直、違和感しかありません」
「てっきり普段はドラゴンの状態でいらっしゃると思ったのですが。前世うんぬんのことがあれば、慣れればやはりそちらの方が良いと?」
これには俺は苦笑を深めるしかありませんでした。全然そんなわけではないのです。俺の隣には娘さんがいらっしゃるのですが、俺に代わって苦笑で口を開かれます。
「そうじゃないです。ドラゴンに戻ったら、すごくこの姿になるのが大変みたいで」
「大変?」
そういうことです。引き継ぎまして、俺はアレクシアさんに応じさせてもらいます。
「ご想像通り、俺が居心地が良いのはドラゴンの姿なんです。お客さんが多いですから、いちいちドラゴンに戻って変身してを繰り返してますと、その心労が本当に」
「あー、なるほど。それは大変そうですが、しかし、本当に人の姿がお嫌いなのですね」
そりゃそうですともって感じで頷きです。アレクシアさんは人をバカにされるような方じゃないですからね。多少、安心して姿をさらすことは出来ますが、出来る限りはこんな姿なんてさらしたくはねぇ?
「別に、そんなことを思う必要がない容姿だと思うんですけどね?」
ここで娘さんでした。苦笑で俺の顔を覗き込んでこられますが、や、やめて下さい、やめて下さい。俺は慌てて手のひらで顔を隠すことになります。
「そ、それは禁止事項です! 恥ずかしいですし、それだけは本当!」
「えー、なんでさ? いいじゃん、そんな減るようなもんじゃないんだし」
「へ、減ってますから! 私の心の健康度が目減りしてますから!」
メンタルポイントがすごい勢いで目減りしているわけですが……この人、けっこう楽しんでませんかね? 娘さんは愉しそうに目を細めておられます。
うーん、娘さんが愉しんでおられるのなら万事オッケー。とは、なれんわけです。や、やだぁ。こんな辱めは本当いーやー。
「……ふふ」
アレクシアさんでした。笑い声をもらされたのであれば、表情にも微笑をたたえておられます。
「相変わらず、人と人になっても仲がよろしいようで。しかし……ふーむ。これを目の当たりにすると、本題がなんとも口にしづらくなりますね」
俺は娘さんと共に首をかしげることになります。疑問の声は代表して俺の方が。
「本題ですか? あの、遊びに来て下さっただけではないので?」
「いえ、違います。ご迷惑をかけるかもしれないので、そのことについて伝えさせてもらおうと」
「ご迷惑?」
「はい。私を相手にして、ノーラに縁談ということになるかもしれませんので」
時間が止まったような感覚がありました。えーと、あの、それは一体?
娘さんもまたけっこう衝撃を受けておられるらしく。小首をかしげながらに、呆然と口を開かれます。
「……え? アレクシアさんがノーラに? 縁談? それは……アレクシアさんがノーラと結婚みたいな話ですか?
」
「まぁ、平たく言いますと。私の生家から、その申し出があるだろうという話になります」
「……へぇ」
そうして、何故だか娘さんはアレクシアさんを見つめて、自身を見下ろされてを繰り返されます。この場には紅茶などが出されていたのですが、さらには、その水面に映る自身を見つめてなどされて、再びアレクシアさんを見つめられて。
「ひ、卑怯っ!! なにそれ卑怯じゃんっ!! 勝てっこないじゃんっ!! 神様、こんなの絶対おかしいってっ!!」
よく分からないことを叫ばれたのでした。果たして、この方は何を相手に何を競っておられるのか。分かりませんが、俺は咄嗟になだめさせていただきます。
「ま、まぁサーリャさん。よく分からないことを叫ばれている場合じゃありませんって。アレクシアさん? 私と縁談とか、何かこう不思議な理由があったりですよね?」
俺なんかに対し、この方が望んでとかあり得ませんし。案の定、何か理由があるそうでした。アレクシアさんは「えぇ」と頷きを見せられます。
「まずですが、ノーラは今やアルヴィルを救った救国の始祖竜様です」
「えー、実態はともかく、そういう話になっているみたいですね」
「多くの諸侯は、ノーラと懇意にしたいと思っているのです。それが、自分たちの有利となる可能性が高いので。そして、ノーラは男性です。独身の男性です」
「……あー、もしかしてですか?」
なんとなく察せられたのでした。アレクシアさんはその通りと頷きを見せられます。
「そういうことです。独身の男性に影響力を及ぼそうと思えば、これが一番てっとりばやいですから」
「あー、はい。なるほど」
「私の生家も、私がノーラと親しくしていたことは知っていたようで。なので、見込みもあれば他の諸侯に先んじて……と、そんな思考になったようです」
紅茶を上品にたしなみながらにアレクシアさんでした。な、なるほどね。そういうことで縁談などという妙な話に。
「……あ、あのー、アレクシアさんがノーラを好きになってとか……そういう話じゃないんですよね?」
娘さんでした。挙動不審に見えるぐらいの様子で、不安そうにアレクシアさんを見つめておられます。アレクシアさんは笑顔で首を左右にされます。
「いえ。ノーラは素敵な男性ですが、私では分不相応ですから」
娘さんは安堵の息をつかれまして、俺もホッとひと安心でした。よ、良かった。そんなことは無いと思っていたけど、アレクシアさんが俺になんてそんトチ狂ったような展開が無くて本当に。
俺の中じゃあ、アレクシアさんは娘さんと並んで幸せになって欲しい方ですからね。ご結婚をされるのであれば、是非とも素敵な男性を見つけていただきたいところですし、それはもちろん俺じゃありません。
そして、その思いは俺以上に娘さんの方が強かったのでしょうかね。安堵の息はそれはもう深いもので、浮かんだ笑みはそれはもう嬉しげなもので。
「よ、良かったぁ。まさかと思いましたけど、そうですか。そういうことでしたか」
「ふふふ。そう安心してもらえますと、事前にお伝えした甲斐がありますね」
「本当それはもう。はは、安心しました。しかしこれ、世の男性にとっても朗報かもですねぇ」
不意に、茶目っ気たっぷりの表情を浮かべられた娘さんでした。何の話かしらん? って俺が思ったのと同様に、アレクシアさんも同じことを思われたようです。
「はい? 世の男性とは?」
「それはそのままの意味です。アレクシアさんが縁談とか、それはもう心を痛める男性が多いでしょうから」
大きく首をかしげられるアレクシアさんですが、俺にはもう、これでバッチリ伝わったのでした。
「あ、ですねぇ。これはもう朗報でしょうね」
「でしょ? 絶対そうなるよね?」
「はい。アレクシアさんは、それはもう大変評判になっておられましたので」
アレクシアさんは「ん?」なんて首をひねられます。
「評判になるですか? それは、あー……もしかして、女性としてですか?」
「はい。もちろんそうです」
今回のアレコレの中で、俺はひっじょーにそれを実感したのです。無愛想とかで、王都ではあまり評判のよろしくないらしいこの方だったんですけどね。戦陣では全然違ったよなぁ。
どんな窮地であれど、取り乱すことなく冷静に振るまわれたこの方はね、武人と呼ばれるような人たちにすごい評判だったんです。
類まれな容姿も持ち合わせておられれば、戦陣の女神さまってね。ドラゴンの耳には、そんな評判もけっこう入ってきたっけなぁ。
ただ、そんな自覚はさっぱりのご本人です。いぶかしげにあごをさすられます。
「はぁ。そんなことは無いと思いますけどねぇ」
俺は苦笑で首を左右にさせてもらうのでした。
「いえいえ。そんなことはそれはもう絶対にあります。私としましては、それは本当ですか? なんて殴り込んでくる人がいてもなんの不思議もなおわっ!?」
ビビリドラゴンは人型になっても健在って言いますか、いや、これは仕方がないでしょうとも。
いきなりです。応接間の扉がガシャン!! って開かれたのです。
な、な、なにごと? って感じですが、あんら? そこに立っておられたのはアルベールさんでした。お父さんが隠居するとかで、ギュネイ家を継ぐなんて噂されている王都の貴公子さんです。
その貴公子さんは肩で息をしながらに、視線を応接間に彷徨わされます。んで、えーと? お目当てはアレクシアさんっぽい?
軽く目を丸くされているアレクシアさんを、アルベールさんはじっと見つめられました。そして、
「あ、アレクシア殿っ!! 縁談などと、それは本当の話でしょうかっ!?」
……俺って、もしかして予言スキルなんて持ってました?
そんな状況ですが、え、えーと、はい。ちょっと混乱していますが、はい。
ちょっと冷静になって成り行きをうかがわせていただきましょう。アレクシアさんは小首をかしげながらにアルベールさんを応じられます。
「えー、はい。確かに、そのような話は……」
「ほ、本当であると!? それで……まさか今日は、その正式な話に……っ!?」
「いえ、違います。そんな話があるかもしれませんが、気にはしないで下さいと伝えに来たのです」
この発言が、アルベールさんに落ち着きをもたらしたようです。
「……と言うことは、あ、アレクシア殿にそのつもりはないと?」
「はい。なのでその、気にしないで下さいという話になるのですが」
深々とした息の音が響きます。アルベールさんは絵に書いたように胸をなで下ろされていました。
「そ、そうか。そうでしたか……あー、すみません。サーリャさん、ノーラ。お騒がせしました。俺はあー、これで」
一緒にお茶をってする余裕は無いって感じです。すぐにアルベールさんは部屋を後にされて、俺は思わず娘さんと顔を見合わせることになります。
アレクシアさんは変わらず不思議そうな表情をされていますが、娘さんには色々思うところがあったようです。それは俺も同じでして、1つ頷きを見せさせてもらいます。
「あの、ちょっと失礼します」
代表して、俺が確認させていただきますってことで。早速、立ち上がりアルベールさんの後を追います。部屋を出て、すぐに追いつけました。アルベールさんは疲れ切った足取りで、玄関に差し掛かったところです。
「あの、アルベールさん?」
声をかけさせてもらいますと、アルベールさんは疲れた表情で振り返られました。
「……あぁ、ノーラか」
なんかあまり話しをする元気は無さそうですが、ここはそうね。娘さんの分まで聞きたいことがありますので。
「あの、もしかしてですが……」
俺らしい不明瞭な問いかけでしたが、アルベールさんに伝わるものはあったようでした。
「……あのさ、ノーラはどう思う?」
真剣な目をしてのアルベールさんの問いかけでした。さすがにちょっと分かりませんでしたので、俺は首をかしげて問い返させてもらいます。
「あの、どう思うとは?」
「俺がサーリャさんに告白したのが去年の今ごろだよな?」
「えー、はい。確か」
「俺は自分がそんな軽薄な人間じゃないと信じている。ただ、アレクシア殿が縁談って聞いていてもたってもいられなくなって……ノーラ?」
なんとなく、どんな意見を求められているかは分かりました。はたして、俺みたいなのが答えていいものかは分かりませんでしたが、
「……こういうことは、そんな割り切れるようなもんじゃないと思います」
ドラゴン風情が人間相手にそんなことを思ったりしましたしねぇ。アルベールさんは静かに頷きを見せられました。
「そう……なんだろうな。ノーラ」
「はい」
「その時には、よろしく頼むな」
俺はもちろんと頷きを見せさせてもらいます。
友人として、その時にはもちろん協力させていただきましょうとも。




