後日談4:アルフォンソとカミール
アルフォンソは社交の人だ。
その点において百戦錬磨であれば、相手によっての立ち振る舞いなどは熟知しきっている。
ただ、そんな彼でもこの状況にはどんな表情をすればいいのかすら分からなかった。
「なんだその表情は? せっかく貴殿が好みそうなぶどう酒を用意したのだぞ? 少しは美味そうな顔をしてみせんか」
アルフォンソは妙な表情で黙り込むことしか出来ない。
(これは……なんだ?)
状況としてはこうだった。ここはカミール・リャナスの屋敷であり、その応接間で彼は屋敷の主と共にあった。
カミール・リャナス……かつての政敵に酒の席に付き合わされている。そう、そんな状況なのだ。
「……そろそろ、理由を口にする気はないのか?」
アルフォンソはガラスの酒杯を卓に置いて問いかける。招かれての今日だったが、そもそも理由すら聞かされていなかった。
彼はすでに敗北を認めている。この国に必要なのはカミールだと認めている。であればこそ、敗者として勝者には従うのみと招きに応じたのだが、その理由はもちろん気にかかる。
カミールは酒杯の赤に目を落としたままで応じてきた。
「隠居するらしいな?」
招かれた理由はその辺りにあるらしいが、彼は一体何が言いたいのか。分からないままにアルフォンソは頷きを見せる。
「そうなる。家督はアルベールに。私は領地にて、今後一切国政に関わることは無い」
これが彼の忠臣としての最後の働きだった。今後のアルヴィルのためにと、彼が決断したことだった。
それはもちろん、アルフォンソの政敵であるカミールにとっても好ましく映るものであるはずだった。ただ、実際のカミールはと言えば、
「……ふん。相変わらず堅苦しい男だな」
心底つまらなそうに酒杯をかたむけているのだった。その様子に、アルフォンソは首をかしげる。
「異論でもありそうな様子だな?」
「当然だ。忠義だなんだと考えた末の答えなのだろうが、お前もまだ若いだろうに。わざわざ働き盛りが1人隠棲する必要など無かろう」
彼に理解出来たのは、カミールが自身の隠居に肯定的な意見をもってないことだった。しかし、そこにある感情、理由がまったくつかめない。よって彼は引き続き、首をかしげ続けることになる。
「……何か、貴殿にとっての利益でもあるのか?」
そういうことにはなるらしい。カミールは淡々とした頷きを見せてくる。
「ある。貴殿のせがれはどちらかと言えば俺寄りの人物だからな。アルフォンソ・ギュネイの後釜にはなれまい?」
「……反カミール・リャナスの旗頭にはということか?」
「そういうことだ。バラバラに騒がれるよりは、まとまってくれている方が多少面倒が減るからな」
その意見には納得のいくところはあった。それぞれに妄動を許すよりは、まとまってくれていた方が行動の予測も対処もしやすい。ただ、それでカミールの意見に頷けるかと言えばそれは大きく違ったのだが。
「王都に反目を残すよりは良いと思うが」
アルフォンソが王都を去れば、ギュネイ派と呼ばれる派閥が解消されることは間違いない。カミールの主張するところよりも、そちらの利益が大きいように彼には思えたのだった。少なくとも、カミールにとってはそのはずだと。
だが、そのカミールは皮肉げな苦笑を彼に見せてくる。
「ふん。まぁ、俺にとっての王都が居心地の良いものになることは間違いないだろう。ただ……俺はそれで良いと思うのだ」
「ふむ?」
「俺の一強では居心地が悪い者も多いだろうし、なんとも極端だからな。俺が言っても説得力は無いだろうが、無礼者ばかりが幅を利かせるのも正直どうかとは思う」
「……ふーむ」
「俺とお前が王都でいがみあっている。そのぐらいの方が、アルヴィルにとってはちょうどいい気がするのだが……どうだ? お前はそうは思わんか?」
にわかに応じることは出来なかった。アルフォンソはカミールの顔をまじまじと見つめることになる。
「……貴殿が始祖竜に気に入られた理由はその辺りか?」
そしての問いかけだったが、カミールはいぶかしげに目を細めてくる。
「なんだそれは? 意味は分からんが、俺は別にアイツに気に入られているわけではないぞ? アイツの好きなサーリャを俺が買っていた関係でのただの縁だ。むしろ、多少怖がられている気配もあるな」
その返答に、彼は一層胸中の思いを確かにするのだった。
(あるいは……必然だったか)
自身が敗れたのはということだ。アルヴィルを筆頭する貴族として、豊かな教養と品格を持ち合わせているという誇りはあった。ただ……器という意味では、一段も二段も劣る。そんな思いが彼の胸には確かに芽生えることになった。
「なんにせよ、本題を頼むぞ、本題を。どうする? 俺は別に、貴殿が隠居する必要なんぞ無いと考えているのだが」
問いへの答えは決まっていた。アルフォンソは静かに首を左右にすることになる。
「いや、やはり王都に反目を残す不都合の方が勝ろう」
ギュネイ派、リャナス派の対立構造を残す方が問題がある。自身の不足を感じ取ったこともあれば、自身が王都に残る意味を見出すことは出来なかった。ただ、
「別に反目なんぞ、どうとでもなろうが。たまにこうして酒でも飲み交わせば、それで決定的な衝突なんぞは回避出来る」
「は? 酒を?」
「そうだ。間違いなくマズイ酒になるだろうが、嫌とは言うまい? 庶民と比べれば圧倒的に恵まれた身の我らだ。むしろ、たまにはマズイ食事を楽しむべきだろうさ」
確かにその通りには思えた。たまにでもこうして卓を囲む場を設ければ、アルフォンソとカミールが破滅的な仲であるとは誰も思わないだろう。そうであれば、派閥としての対立もそこまでは激化しないに違いない。ただ、
「貴殿は……私のことが嫌いなのだと思っていたがな」
苦笑の思いでアルフォンソだった。自身が勝者であれば、こんなことは決して提案出来なかった。そんな敗北感があっての発言だったが、そんな内実はカミールの知るところでは無いらしい。淡々と応じてくる。
「それはお互いさまだろうが。ともかく、これからも頼むぞ。お前が去ってから思い知ったものだがな、政治から王家の面倒まで俺1人でなどともう勘弁だ。諦めて、まずい酒を飲んでくれ」
そうして、心底まずそうな顔でカミールは酒杯をあおる。それに釣られて、アルフォンソも初めて酒杯をかたむけ……そして、苦笑だった。
(ふふ、まずい酒か)
鼻を抜けたのは美酒の芳醇な香りのみであった。




