後日談3:ラナとサーリャ
「ごめんね。来るのが大分遅れちゃって」
夜闇に沈んだドラゴンの集積地において、ラナはそんな言葉を丸くなりながらに聞くことになった。
目だけで見上げれば、そこにいるのはサーリャだ。手には木桶があり、そこにはドラゴン用の試料が入っている。
彼女はラナたちの面倒を見に来たということだった。腹も減っていれば、それはラナにとっては悪くないことだった。ただ、ラナには別に気にかかることがあれば、返答は礼とはならなかった。
「ノーラはどうしてんの?」
一度戻ったかと思えば、すぐさま慌ただしくこの場を後にしていった彼のことが気にかかっていたのだ。サーリャは「あぁ」と苦笑を浮かべてくる。
「あの子? あの子は始祖竜様だから。まだカミール閣下に忙しく連れ回されてるかな」
カミールについて、興味もなければラナはよく覚えてはいない。ただ、始祖竜という言葉については、思考を呼ばれるものがあった。
「人間になれるからって、その関係?」
「そうそう。色々と、政治的な感じで」
ふーん、とラナだった。人間には色々とあることを理解してはいたが、興味をそそられるものでは無いのだ。返答は当然、気のないものとなる。
ただ、別に思うところはあった。
そうなのだ。ノーラは人間になれるのだ。そのことを思うと、ラナには思うところがあった。頭上のサーリャと関連付けて思うところがあった。
「しかし、良かったわね」
そのラナの言葉に、サーリャは大きく首をかしげる。
「へ? 良かったって何?」
「だから、ノーラが人間になれて。アンタも悩む必要がなくなったでしょ」
サーリャはキレイに笑みのままで固まったのだった。
「……え、えーと、もしかしてそういう話?」
「他に何があんのよ」
呆れてのラナだった。彼女はおおむね、全てを正しく理解していたのだ。少なくとも、ノーラが理解しているよりは、サーリャの心中を正しく理解していた。
だからこその「良かったわね」だった。ただ、これは単純におめでとうという意味ではなかった。
彼女なりの思案の結果だったのだ。
ノーラとサーリャがお互いに好感を抱いていることを彼女は理解していた。自分がつけいるスキが無いこともまた、彼女は理解していた。
ただ、それで諦めるとなれるほどに彼女の浅いものではなかった。
「ま、人間の方は譲ってやるわよ」
それが彼女なりの結論だった。ただ、当然これはサーリャに理解出来るものでは無く。
「へ、へ? あの、ラナ?」
「だから、人間の方は譲ってやるって言ってんの。ただ、ドラゴンの方は譲らないから」
ある種の妥協の産物だった。
その意味はサーリャにも届いたのだった。彼女は「ふーむ」と腕組みをすることになる。
「わ、分かった。ラナが何を言いたいのか分かったけど……やっぱりその、ラナってそうだったんだ」
ラナは「ふん」と鼻を鳴らすことになる。
「そういうことになるかしらね。なーんで、あんなヤツをって正直思ったりするけど」
「は、ははは。あんなヤツか、うん」
「でも、そういうことよ。で、アンタになんか譲ってやるつもりは無かったけど……でもまぁ、こういうことになったし」
ノーラが人間に転じられるようになったということだ。ラナは鋭くサーリャをにらみつける。
「なんか不満でもある? いいじゃない。人間とドラゴン。それぞれ違う相手がいたってさ」
「いや、あー……なんか合理的に思えるような気も。ただ」
「は? ただ?」
「……私さ、こういう相手が出来たの初めてだから。独占とか、そういうこともしたくなるかもなって」
ラナは剣呑に目を細めることになる。宣戦布告以外の何物でも無いと思えたのだ。ただ、彼女は考えることになった。確かにであった。人のノーラがサーリャと仲良くしていたとして、それを自身が何でもないように眺めることが出来るかと思えば。
「……そうね。なかなか難しいかもね」
名案だと思ったが、意外と難があるのかもしれない。そう悩むことになるラナに、サーリャはほほえみかける。
「でしょ? だから……今まで通りってことかな?」
今まで通り。そうなるだろうとラナは頷く。
「そうね。じゃあ、今まで通りね」
「まさか、ラナとこういうことで戦うことになるとは思わなかったけど……まぁ、うん。これからもよろしくね」
「……ふん」
よろしくと返す気にはなれなかった。なにせ、ラナの理解では自身は大きく不利なのだ。
(……さて。今後はどうするべきか)
そうして、ラナは思案を錬る。
いよいよだった。実際のところ、ラナの中でその想いは非常にあやふやだった。そうかもしれないぐらいのあやふやなものを抱き続けてきた。
しかし、明確に敵を得て、いよいよ彼女は自覚することになった。
自分がノーラについてどう思っているのか。彼女は明確に思案する。どうすれば彼を我が物に出来るかを、彼女は初めてその明晰な頭脳で考え始めるのだった。




