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第16話:俺と、重責

「ちょ、ちょっと待って下さいっ!」


 カミールさんの命令に、娘さんは抗議の叫びを上げた。


「こんなケガしてるんですよっ! なのにクライゼさんに飛べってなんですかっ!」


 俺もまったく同感だった。ただ、感想はそればっかりじゃなかったっていうか。


「サーリャ。俺もまったく同感だが、まず話を聞いてみようじゃないか。カミール閣下。俺に伝え手として飛べとおっしゃりましたが、どこへ飛べという話なのですかな? そして、何を伝えろと?」


 クライゼさんが疑問の声を上げたけど、それは俺の疑問でもあった。


 カミールさんは現状へ対処しなければいけないと言っていたが、クライゼさんに飛んでもらうことがこの窮地を脱するための手段になるのだろうか?


 では、クライゼさんはどこへ飛ぶのか? どこかに助けを呼びにいくと、そういうことなのだろうか?


「はん。どこへと言ったところで、まさか王都に助けを呼ぶわけにもいくまいに」


 カミールさんは腕組みで呆れ顔だった。


 それはまぁね。王都がどこにあるのかは知らないけど、近場であることはあり得ないだろう。現在は包囲されてしまっているわけで。夜間ということで相手の攻め手はゆるんでいるようだが、悠長に遠出している場合ではないか。


「それじゃあ、あの、どこにですか?」


 娘さんが尋ねて、カミールさんは北の方向を気だるそうに指差した。


「向こうだ。諸侯のバカ共が、向こうで太平楽を気取っているからな。そいつらに伝令を頼みたいのだ」


 なるほどだった。


 現状は危急の時であり、助けを頼むのなら近くの味方。もちろん、そういうことになるのだろうけど……んん?


 味方? え、今って、援軍を頼めるような味方っているのですかね?


「あの、今って、諸侯の皆さんも大変な時なのでは? 向こうも包囲されてたりとか……?」


 戦ビギナー仲間である娘さんが、俺の疑問を口に出してくれた。


 カミールさんは表情にある皮肉の色を濃くするのだった。


「ふん。んなわけあるか。包囲どころか、諸侯で集合してピンピンしているぞ」


「え、えぇっ!? ほ、本当なんですかっ!?」


「実際に見たわけではないがな。話が終わったら、北の空を見てみるといい。松明をひっさげたカルバの騎竜がうようよ飛んでいる。おそらくこちらとの連絡を阻止するためだろうが、つまり連絡をされたら困る大軍がそこにいるわけだ。実に分かりやすい」


 カミールさんの発言を受けて、クライゼさんが「でしょうな」と納得の声を上げた。


「そもそも、こちらが軍勢の規模としては大きかったのですからな。こちらの四千に対し、向こうは多く見積もって三千。そして、伏兵があったようですが、二千も三千も伏していたら、流石に気がつけないわけがない」


「どうやら魔術師と騎竜を多数森に伏させておいたらしいがな。ともあれ、伏兵の数は千には到底届くまい」


「我々全体を包囲するにはあまりにも少ない。そういうことで」


 なるほど、分からん。でも、どうやら諸侯の皆さんには余裕があるということなのだろうか?


 だったら、その、何で? っていう疑問がまた出てきてしまうのだけど。


「……でしたら、何故諸侯の方々は助けに来てくれないのですか?」


 戦アマチュアを代表して、娘さんが再び尋ねかけてくれる。それに対する反応は、謎の大笑いであった。


「はっはっはっ!! もう夜だからな。寝支度にでも忙しいのだろうさ」


「ふ、ふざけないで下さいよ! こんな時に!」


「ふーむ。こういう時だからこそ、ふざけたくなるのだがな。まぁ、いい。真面目に答えると、これが四つ目となるだろうな」


「四つ目?」


「裏切り者がいるだろう理由の四つ目だ」


 カミールさんは不意に指を四本立ててきた。


「全軍の中で、俺に次ぐ実力者は四人いる。その四人はほとんど同じほどの権勢の持ち主だ。では、その四人の内、二人が裏切り者だったら? どうなる。分かるか?」


「え、えーと……助けが来ることはまず無いような気はします」


「そういうことだ。残り二人が味方で救出を叫んだとしても、二対二だ。結論は出まい。ウダウダとその場にとどまるしかなくなる。助けなど来るはずもないわけだ」


「そ、そんな……」


「無能ばかりが集まって、ロクに決断も出来ないという可能性もあるがな。まぁ、結果は同じだが。助けが来ることはなかろうな」


 娘さんが肩を落としていたが、やっぱりそうなるよな。俺も多分、同じ気持ちだった。味方には余裕がある。だったら、この窮地も脱することが出来るのかと思ったけど……これじゃあ希望なんてまったく抱けない。


 ただである、何故か、カミールさんの表情に絶望している感じはまったくなかった。


「そう落胆するな。だからこそ、伝令を頼みにきたのだからな」


 それは、どういう意味なんでしょうか?


 娘さんが注視する前で、カミールさんは一つ頷きを見せた。


「うむ。何とかはなる。伝令さえ、無事に届けばな」


「な、何とかって……助かることが出来るんですかっ!?」


「まぁな。諸侯が動きさえすればなんとかなるのだ。数ではいぜん間違いなく上回っているのだろうからな。そして、伝令さえ届けば、連中は間違いなく動く」


 そう言われてもといった感じで、娘さんは不安そうに首をかしげる。


「動いてくれるんですか? 伝令が届けば? 例え裏切者がいたとしても?」


「動く。例え裏切り者がいたとしても、俺が動けと伝えてやればな。しかるべき指揮官の指示があれば、連中もウダウダはしていられまい」


「……裏切っていても、聞いてもらえるものですか?」


「聞く。裏切者共はな、俺の首をとりたいだけなのだ。決して、アルヴィル王国を裏切りたいわけではない。事実、手勢をもって、俺に挑みかかってくるようなことはなかったのだ」


「……」


「その上で、考えてもみろ。俺は王の任命を受けて、この軍勢の大将として参戦している。そして、その大将の命令を、知っていて聞かなかったとしたらどうなる? 体面が悪くなる程度の問題ではすまなくなるぞ」


「……」


「だから、動く。絶対に動く。俺の命は欲しいが、大領主としての地位には未練のある半端者共なのだ。己の地位を守るためにも、どうしても動かざるを得なくなる。俺はそう確信している」


 カミールさんの言葉が、どれほど正しいのかは分からない。


 だが、希望は間違いなくある。


 そんな気分に俺はなるのだった。


「で、話は最初に戻るのだがな」


 カミールさんは、笑ってクライゼさんを見下ろした。


「その伝令をお前に頼みたいのだ。どうだ、クライゼ? いけるか?」


 クライゼさんは黙り込んだ。そして、横になったまま、両腕を胸の前に上げようとして……深くため息をつく。


「はぁ。閣下。申し訳ありませんが……」


「ダメか?」


「腕が満足に動かせません。手綱を操るのは正直ムリです」


 それはそうだろうと俺は思う。


 胸から両腕にかけて、激しい裂傷を負っているのだ。腕を動かすどころか、身じろぎするのにだって激痛をともなっているはずだった。


 カミールさんの表情が初めて曇ったような感じだった。


「ふーむ、そうか。ムリか。いや、そんな気はしていたがな」


「申し訳ありません、閣下」


「アホが。無茶を言っているヤツに気などつかうな。だが、そうか。ムリか。そうなると……」


「……はい。そうなりますかな」


 クライゼさんとカミールさんが、そろって娘さんに目を向ける。これが何を意味するのか。さすがに俺でも分かったが、当人は気づいていないようだった。


「あの……どうされましたか?」


 それでも予感はあったのかもしれない。娘さんは不安そうに眉尻を下げていた。カミールさんは皮肉な笑みをその顔に浮かべる。


「どうされたも何も無いだろうに。お前は騎手なのだろう?」


「は、はい。一応は……って、え?」


 気がついたらしい娘さん。カミールさんはおどけて、しかつめらしく告げる。


「では、クライゼに変わり貴殿にその重責を担っていいただこうか。サーシャ・ラウ殿。貴殿に騎手として伝え手の任を命じる。是非、その職責を果たしていただきたい」


 娘さんは呆然と立ちつくしていた。


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