第33話:俺と、騎竜としての終わり
完勝で全てが終わりました。
アクスール・カルバの率いていた元々の反体制派は、当人を含めて残らず降参。テセオラの存在があって彼らに協力していた人たちは、これまた残らずカミールさんとメルジアナさんの傘下に戻りました。
ということで、カルバ、アルヴィルから戦場は失わたわけです。
よって、俺の騎竜としての役割はしゅうりょー。竜舎で安寧をむさぼる毎日が訪れる予感に、ちょいとワクワクしたものですが。
「……はい。あの、ノーラです。初めまして」
多分ですが、今晩で百回以上口にしてますね、これ。
ということで、俺に安寧は訪れていないのでした。完勝した夜、松明の光の眩しい野営の一画です。人間形態というか竜人形態で、カミールさんの隣で挨拶する機械に変貌させられているのです。
戦勝祝いに訪れた諸侯がそのお相手ですね。なんでも、はい。俺がどんな存在か示すためみたいです。討論会に続いて、あらためて俺を披露しまして、テセオラとは違うから安心しなさいってことみたいで。
それが必要なことであることはよく理解出来ました。テセオラのおかげで、今日の数万が会するような戦争だって起こってしまったわけですし。俺がどんなドラゴンかを理解することは、皆さんの不安を取り除くことに大きく役立つことでしょう。
なので、俺も納得ずくで協力させていただいているのですが……あ、あかん。しんどい。めっちゃしんどい。
そもそも、俺は社交的じゃないですし。
さらには、竜人形態というのがなんとも。変化出来たとは言え、別に自分のことが好きになれたとかそんな事実は無いので。
すんげぇ、ストレス。自身という強力なストレス源にさらされて、俺もうダメです。もうそろそろ倒れちゃいそうです。本当、だーれーかーたーすーけーてー。
「あ、あの、閣下?」
そんなグロッキーな俺の耳に、癒やしの声が届いてきました。
娘さんです。俺のことが心配だからと同席してくれていたんですよね。その娘さんの声はカミールさんを呼ぶものであり、カミールさんは「ん?」と反応を見せられます。
「なんだ? 飽きたんだったらお前はさっさと帰れよ?」
「もちろんそうさせていただきますけど、気づいておられますか? ノーラですけど、かなりその衰弱しちゃっているんですが」
あ、気づいて下さっていたんですね。感動がパァッと花開くのですが、これでカミールさんも俺の現状に気づいて下さったみたいです。
「ほぉ、そうだったか。暗ければ、表情をまったく変えんからな。正直、よく分からなかったが」
「大分、精神に来てると思います。一度、退席させていただいても?」
「かまわん。ただ、客人は多いからな。必ず戻ってこいよ」
「はい。じゃあ、ノーラ?」
その笑みは女神様のもの以外の何物でも無かったのでした。ありがとうございます、女神様。もちろん、退席させていただきますとも。
ということで、娘さんと連れ立って陣幕の外へ。夜というのが幸いでした。目立つこと極まりない竜人姿の俺ですが、夜闇がある程度はそのシルエットを隠してくれます。
人気の無い一画にたどり着きます。娘さんは、ここでまた俺に笑みを見せられます。
「よーしよし。良い所見つけられたね。疲れたでしょ。ドラゴンの姿に戻ったら?」
そして、俺のことを知り尽くしておられる娘さんでした。人間もどきの姿が心労であることを、よーく理解して下さっています。
では、ありがたくです。ドラゴンの姿に戻って、一時の安寧を……ってわけにもいかないかな?
「……あー、大丈夫です。このままで、はい」
「え? 大丈夫なので?」
「いえ、実際大丈夫ではないのですが、ドラゴンに戻ったら再びこの姿に戻れるかが……」
ストレスからもう二度と竜人形態にはなれませんでしたとか、普通にありそうな感じがしますし。娘さんは苦笑を浮かべられます。
「ははは、なるほど。じゃあ、うん。座って休もっか?」
ここは小麦の刈られた畑みたいで、人が通るようの土手がありまして。座るのにはうってつけなわけです。俺は娘さんと並んで腰を下ろすことになります。
「……はぁあぁぁ」
そして、自然とデカため息です。本当にもう、これは本当にうわぁ。
「なんか、戦いの後の方が忙しいぐらいだね?」
苦笑で娘さんでしたが、これはもう本当に。
「はい。疲労も心労も、こちらの方が断然」
「あはは、だねぇ。しかし……もしかしたら、ノーラの忙しさはこっちばっかりになるかもねぇ」
「へ?」
「いや、へ? じゃないでしょ。これでさ、多分、当分戦争は無いよ? カルバもアルヴィルも、当分は自分たちの国のことでいっぱいいっぱいだろうし」
あぁ、ってなりました。そうですね、そう言われてみれば。
「あー、確かに。これで騎竜が必要な局面は……」
「まぁ、カミール閣下とアルベールさんのお父さんの件がまだ残ってはいるけど……でも、カミール閣下は心配はないっておっしゃってたし」
「となると、はい。そういうことになりますかねぇ」
騎竜が戦争に必要されることは無いと。やった、じゃあ竜舎で休み放題じゃん! ……とはなれないのが俺の現状ですか。
「……俺って、やっぱりこき使われますかね?」
「多分ねぇ。ノーラはもはや、悪い始祖竜からカルバ、アルヴィルを救った本物の始祖竜みたいになってるしね。色々とやることというか、やらされることはあるんじゃ?」
「……ひえー」
景品表示法とかで罰せられそうですが、ノリはそうだもんなぁ。さっきまでだって、始祖竜殿、始祖竜殿なんて、訪れてきた人たちは俺に頭を下げてきていたし。
「……ただの騎竜なんですけどねぇ」
実態はそれ以上でも、それ以下でも無いのです。ただ、そうはいかない現状というわけで、娘さんは再びの苦笑でした。
「なかなか、今のノーラをただの騎竜とするのは難しいと思うよ? それで……ラウ家の騎竜というわけにはもっといかないかもねぇ」
寂しそうに娘さんでした。確かにと言いますか、ラウ家はハルベイユ侯領の小領主なのです。そんな懸念もあり得るかなって、思えるわけですが。
「それだけは許しませんとも」
ここは、そう言い切らせていただくわけです。娘さんは「へ?」と首をかしげられます。
「えーと、ノーラ?」
「それだけは本当、許さないと言いますか譲れません。俺はラウ家のノーラであり、サーリャさんの騎竜ですから」
ここが俺としての譲れない一線なのです。俺は娘さんの騎竜であるノーラだってね。俺はそれ以外の何者でもないのですから。
ただ、なんか押し付けがましい発言だったかしらん? うっせぇ自意識過剰なんじゃボケっ! とか言われないか心配だったのですが、どうやら杞憂だったっぽい?
娘さんは嬉しそうに目を細めて下さいました。
「……そっか、ありがとう。ただ……騎竜。ふーむ」
そうして、娘さんはマジマジと俺の顔を見つめてこられます。こ、こんな俺を見ないで! みたいな気分で、俺は少しばかりのけぞることになります。
「え、えーと、サーリャさん?」
「……まぁ、うん。どう見ても人間だよねぇ」
「あー、鱗が浮いていたり、尻尾が見えたりはしますが……」
「それでもやっぱり人間だし……ふーむ。相手がドラゴンであってもって覚悟したもんだけど……うーむ」
か、覚悟? 一体なんの覚悟なんですかねって思いつつ、俺は引き続きのけぞり続けますが……へ?
ちょっと目を見張るのでした。娘さんの目つきです。にわかにそれが、明らかに真剣そのものと言うか、どこか切なさを感じさせるものに変化したのです。
「……ねぇ、ノーラ?」
「は、はい、なんでしょうか?」
「ノーラは私の騎竜って言ってくれたけど、それ以外に……騎手と騎竜ってさ、それ以外の……」
それ以外のって、な、なんでしょうか? 娘さんの雰囲気に圧倒されるしかなかったのですが、不意にです。娘さんはぷいっと俺から視線をそらされます。
「……な、何でも無い。とにかく、カミール閣下が待っていらっしゃるかもだから」
娘さんは立ち上がられます。そのまま、俺に背を向けて、元来た道を戻り始められるのですが……
う、うーむ。娘さんの後を追いつつ、俺は首をかしげることになります。分からん。大概長い付き合いになるのですが、それでも何をおっしゃられたかったのかさっぱり分からん。
この辺りが、騎竜ノーラの凡庸さを表しているのでしょうが……ちょっと思うところもあったかなぁ。
騎竜ノーラはこれから必要とされなくなるかもって話で。そして、今後は人間モドキとしての出番が増えるかもって話で。
騎手と騎竜。そんな娘さんとの関係にも、何か変化があるのかなぁ……なーんて。
俺は娘さんが好きなわけです。そのことがあれば、俺が人間もどきに成れたことの意味とか意義とか、今後への影響とか、俺は何をしたいのかとか、色々考えちゃうよなぁ。
まぁ、とは言ってもノーラですから。
平凡以下の存在であることにはまったく変わりはありません。急いでも気負っても、何も成果を生み出すことの出来ない侘しい存在です。
ゆっくりといきましょうか。
騎竜ではないノーラとして何が得られるかは分かりませんが、ゆっくりとそれを求めていきましょう。
正直、不安ですが、後戻りは出来ないわけです。
俺は人の姿で、ゆっくりと娘さんの後を追わせていただくのでした。




