第31話【アルフォンソ視点】:忠臣の決断
カルバ本隊に次ぐ規模を持つ、アルヴィル勢をまとめた1万の軍勢。
その総指揮を任されるアルフォンソの姿は、軍勢の本陣にあった。
前線が遠いにせよ、妙な彼の様子だった。陣幕の中、アルフォンソはじっと椅子に腰を下ろしていた。そして、戦況などにはまるで興味が無い様子で、手にある便箋を指でもてあそんでいる。
「さっきから楽しそうに見えるけど、結局それは何なの?」
その疑問の声の主はケーラだった。戦場には似つかわしくない彼女ではあるが、アルフォンソがとある意図をもってこの場に呼び寄せていたのだ。
その彼女に、アルフォンソは指を止めて頷きを見せる。
「これですかな? これは、カミール・リャナスからの書状になります」
「へぇ、カミールの?」
「討論会が終わってすぐにですな。いきなり訪ねて来て、言葉も無く押し付けてきました」
ケーラは肘掛けに頬杖を突きながら、便箋をしげしげと見つめる。
「そりゃ、カミールらしいけど……内容は? 恋文なんてことはないのでしょう?」
アルフォンソは心底の嫌悪の表情で首を左右にすることになった。
「気持ち悪いことをおっしゃらないでいただきたい。テセオラを討伐した暁には、リャナス家の当主を退くとの誓約書です」
「……へぇ?」
このことが何を意味するのか。分からないケーラでは無いらしく、鋭い目での笑みを見せてくる。
「自身は政治の舞台から退くから、安心してテセオラ討伐に精を出せってこと?」
「えぇ、間違いなく」
ふーん、とケーラだった。背もたれに体を預けつつ、頷きを見せる。
「寂しくなるけど、まぁ、仕方ないわね。このままじゃ、テセオラにまつわる問題が解決しても、アルヴィルに貴方の居場所が無いものねー」
「そう気を回して来たようですな」
「良かったわね。これで心置きなくカルバとの戦いに望めるかしらね?」
その問いかけに、アルフォンソは答えなかった。代わりに、彼は便箋を両手でつかんだ。そして、ためらいなく破り去ると、戦場の風にあっけなく散らした。ケーラは分かりやすく目を丸くしてくる。
「あらまぁ」
「滅私奉公はギュネイ家のものでこそあれば」
「そういう意地の張り方をしたわけね。じゃあ、どうするの? 戦後だけど、カミールが健在であれば、アルヴィルを売った男である貴方に居場所なんてないわよ?」
「ご心配なく。跡を継がせるべき者が、カミールの下で元気にしているようですので」
「あぁ、逆に貴方が隠居するの。正直、意外ねぇ。こんなの、貴方がカミール・リャナスに対し負けを認めるようなものでしょ?」
確かにだった。その意識はアルフォンソにもあった。カミールと懇意にしているアルベールに跡を任せるとなれば、負けた以上に軍門に降るようなものだと。だが、
「あの始祖竜のおかげですからな」
「ん? ノーラを話題にしてる?」
「はい。あの始祖竜のおかげで、アルヴィルの諸侯はテセオラに反旗をひるがえす意思を固めることが出来ました」
「そりゃそうだけど、えーと、それが?」
「その始祖竜が認めるのがカミール・リャナスなのです。退くべきは……残念ながら私でしょうな」
今後のアルヴィルに必要な力はどちらなのか? 歴然であれば迷いようがなかった。業腹であろうとも、こう結論するしかなかったのだ。
ただ、彼女に異論はあるのか。ケーラはわずかに首をかしげてきた。
「そう……なのかしらね? 別の道もあるような気はするけど、しかしまぁ、これも残念ね。有能な政治家がアルヴィルの表舞台を去ることにね」
「惜しんでいただきありがたい限りであります」
「そりゃ惜しむわよ。本当、残念ね。軍神に並ぶ戦上手の勇姿も、これで見納めってことかしら?」
当然その通りだったが、その点についてアルフォンソの考えは及んでいなかった。
「ふむ。言われてみれば、これが最後の戦場となり得ますな。であれば……見せつけねばなりますまい」
アルフォンソ・ギュネイの誇りにかけて、その実力をカルバ、アルヴィルの諸侯に、そして何よりもカミールに見せつけなければならない。
そう決意を固めるアルフォンソに、ケーラは楽しげな笑みを見せてきた。
「貴方のその意外と熱いところは私は好きよ。どっちを狙うの? テセオラ? アクスール? それとも、その両方?」
「アクスールはカルバの王家に連なる者です。彼に関しては、カルバの者どもに任せた方が後腐れが無いでしょうな」
「カルバの連中を援護してやって、空ではテセオラってこと? ふふふ、そう。がんばりなさい、アルフォンソ。せっかく私を呼びつけたのだからね」
そうなのだった。ここに、アルフォンソが彼女を呼びつけた意図があった。
自身の最後の戦いを、王家が認める戦で……王家の軍勢、その指揮を託された忠臣で終わらせたいという彼のわがままだった。
「……申し訳ありません、ケーラ様」
「ふふふ、忠臣に気持ち良く働いてもらうのも上に立つ者の役目でしょ? しかし、陛下はねぇ? 本当はひそかにここまで来ていただく予定だったのよ? ただ、戦場は嫌だって本当にね。いよいよ、退位させた方が良いのかしら?」
アルヴィルの忠臣として、なんとも反応のしようがないアルフォンソだった。「ごほん」と、咳払いをして立ち上がる。
「では、あー、ふむ。アルヴィルの忠臣として、はりきらせていただきましょう」
「あら、頷きにくいことをごめんなさいね。ともあれ、あお願いするわ。アルヴィルの実力を、貴方の手でカルバの者どもに見せつけてやってちょうだい」
望むところであった。アルフォンソは笑みで頷いた上で、攻勢の指揮を早速飛ばすのだった。




