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第28話:俺と、くっそ怖い

 耳が痛いぐらいでした。


 兵士たちのざわめきに軍馬のいななき。ドラゴンはまぁ、いつもどおり静かなものでしたが、数千を超える人々とそれに付随する騒音が圧をもって俺の耳に届いているのです。


 よって戦争なのでした。


 場所は、王都とハルベイユ侯領の中間にある穀倉地帯です。慌てて小麦の刈り取られたそこが、合戦の舞台になります。


 で、そこに設けられたドラゴンの集積値に俺はいるのですが……


「いい? 1体当たり20体ね? これが譲れない一線だからね?」


 娘さんが真剣そのもの表情で目の前を見渡されます。


 娘さんの前にいるのは俺を含めたラウ家組のドラゴンたちです。最初に反応を見せたのはラナでした。人間くさく、首をぐねりとひねります。


「1体当たり20体……ねぇ? そんだけのドラゴンを墜とせって? そりゃちょっと難しくない?」


「難しくってもやるの! じゃないとアレだよ? ノーラがこう、戦犯として後世に語られかねないからね! がんばるの!」


 まぁ、はい。現状はそんな感じなのでした。


 俺の残念討論会の結果は、非常に残念なものになったのです。俺や娘さんの知る限り、現状にはさっぱりの変化は無し。多勢に無勢はそのままに、本日こうして決戦なんてなってしまったのですねぇ。


 責任ね、感じざるを得ないよね。ということで俺はラナとアルバに頭を下げさせてもらいます。


『なんとかこう、活躍してなんとかしたいもので……本当、お願い。なんとかがんばってみてくれないかな?』


 ラナは『ふーむ』なんて短くうなります。


『まぁ、アンタがそう言うんだったらがんばってはやるけどさ。ねぇ、アルバ?』


『あぁ。それでお前の心が休まるんだったらな。出来る限りのことはさせてもらう』


 持つべきものは友達だよなぁ。ただ……うーん。


 なんかげっそりとしちゃう。こっちの軍勢は確か1万ちょっとだっけ? 対して向こうさんは、少なくとも3万とか。それが穀倉地帯の平原にずらーっと陣を構えている。


「……絶望的……ですよねぇ?」


 娘さんは眉間にしわを寄せながらに頷かれます。


「だねぇ? でも、なんとかするしかないから。がんばろう。本当、がんばろう」


 俺は頷きを返させてもらいます。


「それだけですよね。がんばりましょう」


 絶望的であろうと希望を持って戦い抜くとそれだけです。あるいは、これが娘さんとの最後の空になるかもしれませんが……だからこそか。後悔の無いように精一杯ね。


「なんだ? 辛気臭い顔をして、お前らどうした?」


 そんな決意を固めたところででした。不意に、不思議そうな声が投げかけられたのですが、えーと、この声は。


 振り返ります。そこには、共を連れたカミールさんが不思議そうに俺たちを眺めていました。


「なんと言うかな、妙な悲壮さを感じるわけだが……本当どうした? ここに来て体調でも崩したか? 酒でも飲みすぎたか? んん?」


 別に、そうは思っていない様子のいつも通りの適当なカミールさんでしたが……いや、あのですね?


「あの、逆に尋ねさせていただいたもよいですか?」


「ふむ? 俺も飲むには飲んだが、さすがに舐める程度に留めておいたぞ?」


「いえいえ、そんなことでは無くてですね。閣下はその……何故、そのようにあっけらかんとされているので?」


 そこがね、心の底から気になるわけです。カミールさんは不思議そうに首をかしげられました。


「あっけらかんとしていて、何か悪いことでもあるか?」


「わ、悪いと言いますか、現状ですよ? 窮地なんですよ? さすがにですか、その様子には違和感があると言いますか」


 娘さんもまた何度も頷かれていました。ですよね、何でそんな態度が出来るのよって正直なりますよね?


 ここで俺たちの疑念が伝わったみたいです。カミールさんは「あぁ」なんて、なんでもないように頷かれます。


「そういうことか。お前たちは、絶望的な戦だなどと無駄に悲壮な決意を固めていたわけか」


 なんか現状への解釈に違いがあるような。娘さんが咄嗟に叫ばれます。


「む、無駄ってなんですか! 現状なんて、どう考えても絶望的な状況じゃないですか!」


「うーむ。つくづくお前は俺を信用していないようだな? 何度も言ってやったろうに、まったく」


 呆れ調子のカミールさんでしたが、何をおっしゃってるかは理解出来るのでした。


「すでに勝っている……ですか?」


 不審の表情での娘さんです。カミールさんは淡々と頷きを見せられます。


「そういうことだ。もう勝敗は決している。俺たちの勝ちで決まっていれば、何をそんな悲壮になる必要がある?」


 これがですね、カミールさんのご意見なのです。討論会が終わってから、一貫しておっしゃっていることなのですが、


「い、いやぁ? 現状を見ると、そんな感じはさっぱり……」


 申し訳ないのですが否定をさせてもらいます。カミールさんは呆れの表情であごをさすられました。


「お前らなぁ。まだ討論会を大失敗と引きずっているわけか?」


「そ、それはまぁ。実際に大失敗でしたし」


「どう考えても大成功だったろうにな。まぁ、いい。それよりもいいか? お前に頼みがある」


「へ? あ、あの、今さら腹を切れと言われましても……」


「アホ抜かせ。開戦に当たってな、一言頼みたいんだ。なんでもいいぞ? どうせ勝ち戦だ。適当にそれっぽいことを響かせてくれればそれでいい」


 俺はちょいと黙り込むことになります。思わぬ提案でしたが、あの、それってどうなんですかね?


「大戦犯が何か言ったところで士気は上がらないと思いますが……」


「だから、言っているだろうに。お前は俺たちの始祖竜だ。よほどのことを言わん限りは士気は上がる。じゃあな、任せたぞ」


 そうして、カミールさんはあっさりと去っていかれたわけですが、俺は娘さんと不審の視線で見送ることになりました。


「……あの、失礼なことを言ってもいいですか?」


「いいよ。多分、私が思っていることと同じだから」


「ではあの、素直に。討論会からですけど、あの人、ちょっとおかしくありませんか?」


「だよね。何故かもう勝ったつもりでいるし。あと、今回のもおかしくない? なんで無勢(ぶぜい)なのに、私たち正面から会戦を挑んでいたりするの?」


 そこが最大の謎だったりしました。俺は頷かせもらいます。


「ですよね。私はてっきり、ハルベイユ侯領が要害であることを活かして戦うものだとばかり」


「私もそう思ってたけど、これじゃあね?」


「数的な不利がそのまま出ますよね。あの人は、ズルズル戦うのも芸が無いだろなんておっしゃってましたけど……」


「もしかして、あの人もう実際は負けた気でいる?」


「正直、自暴自棄でおられるような気はするような」


 全ては俺の失敗が根底にあるんでしょうけど……不安だ。まったくもって不安しかない。俺たちは今日でどうなってしまうのか。


「よ、ノーラ! それにサーリャ殿!」


 娘さんと不安の思いで見つめ合っているとでした。不意に声がかかれば、あ、今度はこの方ですか。


 アルベールさんです。アレクシアさんと連れ立ってのご登場でしたが……む、むぅ。


 いつもであれば喜ぶべき出会いなんですけどね。ただ今はちょっとなんと言いますか。


「提案があるのですがどうでしょうかね? どちらがより戦果を上げるのかって競争でもしませんか? 勝った方はそうだな。無事に王都に戻った時に、飯をおごってもらえるってことで」


 陽気にアルベールさんが声を上げれば、和やかな表情でアレクシアさんでした。


「それは面白いですね。残念ながら私は参加は出来ませんが、ふーむ。どちらが勝つかを賭けさせて……いえ、1人では賭けになりませんか」


「だったら周囲を巻き込めばいいでしょう。おーい! 俺とサーリャ殿、どちらが戦果を上げるか! 賭けたいヤツはいないか!?」


 これまた陽気に呼びかけられて、アレクシアさんはのんびりとその様子を眺められていて。


 そして、そんな2人を俺と娘さんは怪訝の表情で見つめるのでした。だって、その、ねぇ? 


「あ、あのー……何故、お2人はそんなに明るいので?」


 思いを素直に声にします。アルベールさんはきょとんとした表情で首をかしげられます。


「何故って、ん? そりゃ明るくもなるだろう。いよいよ、あの金ピカに引導を渡してやっての勝利なんだからな」


「その通りです。勝利が目前となれば、私であってもそれは多少は」


 そうおっしゃるお二人ですが、う、うん。ですよねー、なんかこんな感じですよねぇ。


 このお二人もカミールさんと似たような感じなのです。討論会から、すでに勝利を確信されているような感じで。


「逆に尋ねたいけどさ、何でノーラとサーリャ殿はそんなに暗いんだ? どう考えても勝ってるだろ?」


 不思議そうにアルベールさんでしたが、俺と娘さんはそろって一歩後ずさることになるのでした。そして娘さんは俺の体に隠れながらに口を開かれます。


「こ、怖い。なにこれ? 皆さん、敗色濃厚でちょっと気が変に……」


「ふーむ、むしろ俺たちからすれば、勝利を目前にしてこれだけ気落ちしているノーラにサーリャ殿が不思議なのですが……まぁ、うん」


 アルベールさんは笑顔で俺の鼻面をポンと叩かれました。


「じゃ、後でな。ここに来て墜ちるなんてマヌケが無いようには頼むぞ」


 どうやら、2人は会戦を間近にして挨拶に来ただけみたいです。笑顔を残して去っていかれました。そう、朗らかな笑みを残して。


「……あの、サーリャさん」


「……うん。なんかこう、私たちだけ別の世界に紛れ込んじゃってるような感覚すらあるよね」


「ぶっちゃけ怖いです」


「私も怖い。なにこれ? 本当、なにこれ?」


 そうして、1人と1体で戦慄を続けるわけですが、とにもかくにも今日はそんな日です。


 決戦は目の前に迫っています。


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