第23話:俺と、前夜(2)
好意を伝えるのは恥ずかしい限りです。ただ、今さら口にしないのは無しでしょうとも。俺は意を決して言葉を作ることになります。
「えー、間違いなく、誰が目の当たりにしても嫌悪する感じになると思います。ですが……」
「ですが?」
「……あー、サーリャさんだけにはその……どうしても嫌われたく無かったので」
割とオブラートに包めた感じはあります。でも、どう考えてもこれは好意の表明でありまして、その結果ですが、
「……まぁ」
娘さんのボキャブラリーには無いようなセリフを聞くことになったのでした。で、その後です。何故かはよく分かりませんが、娘さんは自分の頬をさわったり、首筋をさわったりと忙しくされます。
「……あらあら、まぁまぁ。なんかこう、いきなりそんなことを聞かされると……いやでも、うん」
娘さんはつくろったような笑みで頷かれました。
「えーと、事情にはまぁ、頷かせてもらいましょう。相談だもんね、相談。そこが重要だからね」
何か葛藤というか心の動きが感じられましたが、ま、まぁ、はい。俺にとってもそこが重要ですので。
「は、はい。それであの、相談です。人化なのですが、その、上手くはいっていなくて」
「ふーむ、なるほど。それでまぁ、鬱屈とした感じに。ただ、う、うーん。そもそもだけど、私って相談相手としてどうなの? 人化が魔術かどうかは知らないけど、私に助言出来るところってある?」
首をかしげられる娘さんでしたが、そこはもちろん。
「技術的な問題じゃないっぽいですから。精神的な問題っぽければ是非」
「精神的な問題? なに? どうしても緊張しちゃって失敗しちゃう的な?」
「そこもよく分からないのですが……」
いよいよ打ち明ける時が来たわけです。うおー、喉からっから! 水呑みてぇ。水場に行きてぇ。ただ、ここで日和ったら一生ものの後悔になるのは手堅いところですから。
「あの……私、前世人間でして」
ん? と、娘さんは笑顔で首をかしげられました。
「……はい? あの、ノーラくん? ヤブから棒に何?」
「いえ、ですから。私、前世人間なんです」
それ以上に言いようが無いわけです。ただ、そうなりますよねぇ。
娘さんは右に左に首をかしげられます。そして、「んー」なんて眉間をぐりぐりと押されます。
「……えーと、あー、うーん? 前世人間? それはえーと、その?」
「そのままの意味です。私、元人間なんです。あのー……やっぱり気持ち悪いですかね?」
心配になり尋ねます。だって、ほらねぇ? ペットが前世人間の男だったりすれば、普通は色々思うところじゃないですかね?
娘さんは「うーん」とうなり声を上げられます。
「いや、気持ち悪いとかは無いけど、そう言えば小さい時から妙なドラゴンで……あー、でも前世? よく分からないというか、理解するのにとりあえず一晩……あ、ダメか。明日、討論会か」
明日人化出来なかったら、何のための人化なのかってなってしまいますので。ご理解いただけた通り、ご相談いただきたいのは今なのです。娘さんは難しい顔で頷かれます。
「わ、分かった。そういうことで納得しておく。で、その前世が人間で何が問題なの? それが人になれない理由になるの?」
なるわけです。ここから先も話したくはない感じだけど、もちろんここまで来たらね。
「えー、なるんです。私はその……本当、どうしようもない人間だったので」
「どうしようもない?」
「はい。容姿はもちろん、性格もと言いますか……だからだと思います。なんかもう全然で」
俺はため息でした。人化出来ない事実もそうですし、こうして相談せざるを得なくなった現状そのものも。
「本当、出来ないんです。それであの、私にはそんな過去があって、どうすれば人に成れそうかって是非ご意見をうかがいたいのですが」
ようやくの本題の本題ですね。娘さんは腕組みでした。
「……そもそも性格のどうしようもないノーラが想像出来ない。でも……ちょっと分かるかもなぁ」
「へ? わ、分かるので?」
「分かる。どうしようもないとか、うん。そう、アレだよね。うわぁ、そうだ。私、そんな時期あったなぁ」
そうして、いきなり頭を抱えられたのでしたが、えーと?
「さ、サーリャさん?」
「しゅ、修行先から家に戻って、それでノーラたちに当たり散らして……な、何故私はあんなことを……」
ちょっと懐かしくなりました。俺や娘さんが、騎竜に騎手なんて名乗れる前の話だよね。修行先で色々あったとかで、娘さんがトゲトゲしかった時期があったものですが、
「お、覚えておられたのですねぇ」
「そ、そりゃあね。だからこう……ちょっと分かる。騎手に成れる資格なんて無いって気分だったから。ただ、私にはノーラがいたからなぁ。おかげで引きずらずにはすんで……」
唐突にです。娘さんはマジマジと俺を見つめてこられます。そして、
「良かったら話してみる?」
「へ?」
「なんか嫌な思い出って感じで、その場にいなかった私にはもうどうしようもないかもだけど……本当、良かったらだけどさ。それで心が軽くなるかもしれないし」
うっ、ってなるわけです。
そもそもですが、俺は娘さんに嫌われたくなくて人化のことを黙っていたのです。見られたらまず嫌われるって。俺の前世について話すことは、それに勝るとも劣らない効果を上げるはずで。
ただ……うん。このままテセオラの思い通りになって、娘さんが悲惨な状況に陥ったりすればね。そっちの方が俺にとっては辛いはずなんです。
ちょいとエネルギーが必要だったので、大きく息を吸い込んで……俺は頷きを見せます。
「ではあの、よろしくお願いします」
娘さんは「喜んで」と笑みを見せられます。そういうことで、始まってしまうんだなぁ、うん。
ようこそ、地獄の責め苦よ。
みたいな気分でした。ただ、うん。ただ……
「ほ、ほぉ? それはなかなかと言うか、なかなかな人だね?」
元々の人間関係についての思い出話の最中です。「ふーむ」なんて娘さんはあごをさすられていて、俺はちょいと笑い声をもらすことになり。
「ははは。ですよね? なかなかですよね?」
「まぁねー。うん、なかなかだよね。ただ、ノーラにももう少しやりようがあったような」
「ですかね?」
「まぁ、当人じゃないから言えることかもだけどねー」
そんなこんなで会話が続きます。うん、ふっつうに会話出来てますね。
覚悟していたものとはほど遠い現実でした。放牧地に腰を下ろしながらの、のんびりとしたやりとりです。
……なんと言うか、不思議な感覚だなぁ。
あれほど思い出したく無かったことなんですけどね。ただ、実際口にするとそこまででは無いというか。
きっとまぁ、俺ってそういう人間ですから。胸の内にあるものを鬱々と発酵醸造しちゃうタイプですから。むっつり口を閉じていたからこそ、嫌な思い出をさらに嫌なものにし続けてきたってことになるのでしょうか。
もっと早く誰かに話せていたらなぁ。そう思うのでした。ただ、それは無理な話だったでしょうね。
娘さんだからこそなのでしょう。娘さんだからこそ打ち明けられたし、娘さんだからこそこうして和やかに思い出話に出来るってことで。
「あっ」
唐突にです。娘さんは何故だか眉をひそめられました。
「し、しまった。楽しくって普通に雑談みたいになっちゃったけど……これ、大丈夫? 役に立ってる?」
微笑的な気分でした。そんなことを尋ねられましたら、返答としてはもちろん。
「はい。それはもう十分以上に」
「あー、それだったら良かった。じゃあ人間になれたり出来そう?」
その点はうーむ。感覚ですけどね、あくまで感覚ですが。
「出来る……かもしれません」
「あはは、かもか。でもまぁ、あまり気にしないようにね。さっきも言ったようなだけど私は騎手で、ノーラは騎竜。活躍する場は戦場であれば、皆さんも分かって下さってるし」
明日どんなことになってもって感じですかね? 俺は頷きを見せさせてもらいます。
「えぇ。皆さんがいらっしゃるわけです」
「そうそう頼ってくれれば良いからね」
「はい。それでサーリャさん。今夜は本当にありがとうございました」
もはや討論会は明日のことでは無く、今日のことになっていそうですしね。そろそろということです。娘さんは笑顔で頷かれます。
「そっか。名残惜しいけど……よっと」
娘さんは立ち上がられて、早速足を屋敷の方に向けられます。
「もう夜も深いけど、ゆっくり休んでね。じゃあ」
ということで今夜のお別れです。また明日だか今日だかと俺も挨拶を……ってなる予定でしたが。
「サーリャさん」
なんか名前を呼びかけてしまいました。すでに屋敷に向かわれていた娘さんは不思議そうな顔をして振り向かれます。
「ノーラ? どうしたの?」
「……あー、はい。えーと、好きです」
……アレかな? 非モテ陰キャらしいというか、少し優しくされると好きになっちゃうアレかな? いや、もとから好きなので、少し優しくされると向こうに気があるなんて思っちゃうアレかもしれませんが。
ともあれ口走ってしまったのでした。娘さんはわずかに目を丸くされ……ジワリとした笑みを見せられました。
「だったら相思相愛かな? じゃ、おやすみ」
そして、今度こそ娘さんは屋敷に去られましたが、う、うーむ。菩薩様やでぇって気分でもありますが、どう受け取られたのでしょうかね? 冗談の成分はゼロでしたが、やっぱり冗談として受け取られたのかな?
ま、別にいいですかね。
そんなことよりも明日です。いや、今日です。俺をよく知る人たちは、俺を生温かい目で見守ってくれることでしょうが……こういう時ぐらいはね。ちょっと予想を裏切ってみるのもいいかもしれないですよねぇ。




