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第14話:俺と、夜闇の底にて

 夜闇の底。


 わずかなたいまつの光の下で、悔恨(かいこん)の声が響く。


「……ごめんなさい。ごめんなさい、クライゼさん」


 娘さんが目に涙をためながら頭を下げるその先だ。


 クライゼさんは地面に横たわっていた。上半身には厚く包帯が巻かれているが、そこからは血がじんわりとにじんでいる。


 顔色も悪い。たいまつに照らされる顔は目に見えて青白い。そして、青ざめた顔で固くまぶたを閉じて、ぴくりともしない。


『……なぁ、ノーラ』


 暗闇に溶け込むような、黒色の巨体。アルバは娘さんとクライゼさんを不思議そうに眺めている。


『これさ、どういう状況なんだ?』


 どういう状況……か。


 座り込んで、クライゼさんを見下ろしながら俺は思う。


 正直、俺も理解しきれているとは言えないんだけどね、本当。


 空中で、クライゼさんが娘さんをかばって負傷した。


 その後はよく覚えていられないほどに慌ただしかった。


 途中までは、クライゼさんにも意識があったのだ。なんとか娘さんとクライゼさんの二騎で相手を振り払って、ドラゴンの集結地に戻ってきた。


 そこで何とか、カミールさんの本陣の部隊に合流は出来た。


 だが、そこからもまた逃走劇だった。地上もまた、完全に劣勢だったのだ。


 娘さんはラナとアルバを連れて、必死に逃げて。クライゼさんも血を流しながら、サーバスさん以外のハイゼ家のドラゴンを連れて、何とか逃げて。


 そして、現在だった。


 俺たちはどこぞの山の中にいて、クライゼさんは意識を失って倒れ込んでしまっていた。


 間違いなくの緊急事態。だが、ドラゴンにとっては、それも人間の事情に過ぎないようだけど。


『あーもう。とにかくさ、いつになったら帰れるのよ。もう疲れたんだけど』


『だな。状況はよく分からんが、もう帰りたいな』


 ラナが不満を述べて、アルバが同意する。


 こんな状況だけど、なんだか苦笑したくなった。やっぱりドラゴンだよなぁ。こんな状況でも、人間の事情なんて毛ほどにも気にしない。


 ただ、サーバスさんはちょっと違うみたいだけど。


『……』


 ドラゴンは人間のことになんて興味がない。そのはずなんだけど、サーバスさんはじっとクライゼさんの顔を見つめている。


 

 サーバスさんがクライゼさんのことをどう思っているのか。それは気になるけど、正直今は現状のことで頭がいっぱいだった。


 勝ちの約束されたはずの戦だった。それが何故こんなことになったのか。


 そして、俺たちは一体どうなってしまうのか。


「おう。邪魔するぞ」


 あるいは、この人であれば答えを持っているのかもしれなかった。


 やってきたのはカミールさんだった。二人の共を引き連れて、この人はいつもと変わらないように見えた。共に逃走劇を繰り広げたはずなのだが、疲れはほとんど見られない。いつもと同じように皮肉な笑みを顔に浮かべている。


「なんだ、クライゼはまだ起きとらんのか」


 カミールさんはクライゼさんに会いに来たようだったが、回数としてはこれで二度目だった。


 この山中にとりあえず部隊を落ち着けて、その際にカミールさんは一度クライゼさんに会いに来ていた。ただ、その時にはクライゼさんはすでに意識を手放していたが。


「ダメです。クライゼさん、ぴくりともしなくて……」


 娘さんが震える声でクライゼさんの容態を告げる。


 カミールさんは不機嫌そうに「ふん」と鼻を鳴らした。


「情けないヤツめ。せっかく役立つようにと招き入れたものを。こんな時に寝ていてどうするのだ」


 俺が人間だったら殴りかかっていたかもしれない。


 自分でも信じられないほどに頭に血が上っているのが分かった。何様なんだ、コイツは? 娘さんをかばって傷ついて、ドラゴンを必死に守ってここまでたどり着いて。


 そんなクライゼさんに、コイツは何をほざいてくれてるんだ?


「ちょ、ちょっと! そんな言い方はないじゃないですかっ!」


 娘さんが顔を紅潮させて怒鳴り声を上げた。だが、この無神経男はまったく気にしたそぶりを見せなかった。


 いや、それどころか、だ。


 まったく信じられなかった。クライゼさんの前にしゃがみこんだと思ったら、その頬をぴしゃりと叩いたのだ。


「おい、起きろ。寝ている場合じゃないぞ」


 そんなことをほざきもしていた。


「や、止めて下さいっ! 何ですか、貴方はっ!」


 娘さんが慌てて制止したが、このバカ男は全く表情を変えずに同じことを繰り返した。


 その結果である。


 あまり肯定はしたくないけど、効果はあった。


 クライゼさんが薄く目を開いた。


「クライゼさんっ!? よ、良かった……」


 娘さんが安堵の息をつく。俺も思わず深々と息を吐いていた。本当に良かった。このままもう目覚めないのではないかと本気で考えていたのだ。


 ただ、この男にはクライゼさんに対するそんな思いは無かったようだった。


「よし起きたな、クライゼ。死体になりかけた気分はどうだった?」


 それが冗談として受け入れられるとでも思っているのだろうか? 本当信じられない無神経男だ。


 クライゼさんはにわかに状況が把握出来ていない様子だった。バカ男をあおぎ、涙目の娘さんに目をやり、最後にサーバスさんをじっと見つめて……ようやく状況を察したようだ。


「……気を失っていたのか。やれやれ。我ながら情けない」


 どこが情けないものですか。


 その俺の思いは、娘さんがしっかり伝えてくれた。


「何言っているんですかっ! 私をかばってくれて怪我して、それでも逃げ切るまで顔色も変えずに動き続けて……良かったです。クライゼさん、死んじゃわなくて本当に良かった」


 ぼろぼろと涙をこぼす娘さんに、クライゼさんは苦笑を向けるのだった。


「心配させて悪かったが、この程度では死なんさ。昔はもっと深刻な怪我を負ったこともある。ただ、血を流しすぎたな。頭がクラクラする」


 死なないとは言っていたが、確かに言葉通り、クライゼさんの口調はかなりしっかりとしたものだった。もちろん重症には違いないし、これも言葉通りで本調子とは程遠いのだろうけど。


「閣下にも心配をかけてしまったようですな。申し訳ありません」


 クライゼさんはカミールとかいう無神経男に心配をかけたと謝罪したけど……それ、必要ないですからね。コイツ、絶対に心配とかしてなかったんで。


 実際そんな感じみたいだった。


 無神経男は不機嫌そうに唇をゆがめている。


「アホか。心配などするものか。お前がこの程度で死ぬ男でないことは、俺はよくよく見知っているからな」


「ふふふ。でしょうな。私も自分がこの程度で死ぬ男でないことは重々承知しているつもりです」


「はん。調子が良いみたいじゃないか。なかなかにほざきおる」


 そこにいたわりは無かった。だが、お互いへの深い信頼感のようなものが透けて見えるようで……


 うーむ。見解をあらためる必要があるのかな。


 無神経男……カミールさんは、持ち前の無神経さを発揮してあんな言葉を口にしたわけではない。愛情の裏返しというか、信頼しているからこそ、あんな物言いになってしまったのだろうか。


 ともあれ、良かった。


 クライゼさんは無事だった。本当一安心だった。ただ、クライゼさん本人は安心などという心境とは程遠いようでして。


「閣下。状況を教えていただきたい。現状はどのようになっているのですか?」


 緊迫の表情でカミールさんに問いかける。


 俺もそれは是非聞きたかった。ここに至るまでが本当てんやわんやで、状況を把握しようなんて考えることすら出来なかったのだ。


 カミールさんは皮肉な笑みで問いかけに答えた。


「状況か? 最悪とだけ覚えておけばいいぞ。おそらく裏切り者がいるな。まったくいいようにハメられたわ」


 最悪なのは予想の範囲内だった。でも、裏切り? ハメられた?


 カミールさんは相変わらず、いつもの皮肉な笑みを浮かべ続けている。


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