第22話:俺と、前夜(1)
で、光陰矢の如しでした。
「しっかし、まさかこんな形で王都に戻ってくるなんてねぇ」
そんなことをおっしゃりながら、娘さんは手にした荒布で俺を磨いて下さっています。普段であれば幸せそのものの時間でしたが、今日に限ってはまったくねぇ、そうねぇ。
ここは王都のカミールさんのお屋敷でした。その、闇夜に沈んだ竜舎に俺はいるのですが、そうなのです。
ついに来ちゃったんですよねぇ。ついに明日、俺とテセオラの討論会が開かれちゃうんです。
「大丈夫? 緊張してる?」
俺の目を見つめての問いかけでしたが、俺は首を左右にすることになります。すると、娘さんは「そっか」と苦笑を浮かべられます。
「まぁ、ノーラだから。そんなわけがないと思うけど……大丈夫だから。私は騎手で、ノーラは騎竜。上手くいかなくたって当然。ま、適当にね」
そうして、娘さんは俺の体調を気遣われたのでしょう。ちゃんと寝られるようにってことなのか、「それじゃ、また明日」とほほえみと共に去っていかれました。
その去りゆく後ろ姿を見つめて俺は思うのです。本当、緊張してはいないんだよね。俺は……ただただ絶望しているわけで。
『……ひー』
俺は思わず頭を抱えるのでした。こう器用にです。頭をぐねりと前足の下に潜り込ませて、なんとかそんな感じで。
だって、もう、うわー。出来てませんもん。結局、人化とかさっぱり出来てませんもん。
『……なんか、アンタねぇ。結局そういうことか?』
隣の竜舎からの呆れの声でした。目だけで見上げれば、首を伸ばしてきたラナが俺を見下ろしています。俺は頭を抱えたままで頷きを見せることに。
『……そう。さっぱり出来ないんだよ、さっぱり』
『まぁ、そんな感じなんだろうけどさ。ちゃんと相談したわけ?』
『相談?』
『人間に相談。人間だった時のことが原因で人間になれないって、それはちゃんと話したの?』
それはもちろんでした。俺は再びの頷きです。
『したよ。アレクシアさんにもアルベールさんにも、親父さんにもハイゼさんにも。でも……ダメだった』
本当、進退極まりましたからね。恥を忍んで、皆さんに相談させていただいたのです。ただ、その結果ですが、
『ダメだったか?』
『そう。ダメだったなぁ』
皆さん、親身に聞いて下さったんですけどね。でも、ダメでした。さっぱりダメだったんです。心は軽くなったような感じはあっても、それは成果につながることは無く。
『何かなぁ? 何がいけないかなぁ?』
うめいてもがくことになります。俺にしては、出来る努力はちゃんとしたと思うのですけどねぇ?
『……で、サーリャには?』
『へ?』
俺は首をかしげることになります。
『娘さん? 娘さんに相談したかってこと?』
『そりゃそれ以外にないでしょ』
『いや、してないけど』
『は? なんでさ?』
なんでってそりゃあねぇ?
『あの人にだけは、俺が人間になれるなんて知って欲しくないし。人間になった俺なんて見られたくないし』
であれば、相談なんてねぇ? あり得ないわけなんだけど、ラナは何故だか呆れのため息をついてきて。
『アンタねぇ? それこそダメなんじゃないの?』
『だ、ダメって言われてもなぁ。ここは譲れないというか……そこら辺が本当、俺の生きている理由みたいなところがあるし』
『でも、アンタが人に成れなかったら問題あるんでしょ? サーリャだって嫌な目に会うんじゃないの?』
『…………』
『覚悟決めなさいって。何が一番ダメなのよ? 何が一番アンタにとって嫌なことよ? そこ考えなきゃダメでしょ』
俺は黙り込むしかありませんでした。なんかこう、もう……正論としか言いようが無いよな。
『……俺って、弱いからなぁ』
『知ってる。でもまぁ、安心しなさいな』
『へ? 安心?』
『私がいるから。私はアンタが何になろうが……まぁ、嫌いにはならないわよ』
俺はラナの顔を見つめることになります。なんかもうね。本当これはね。
俺は竜舎の中で立ち上がることになります。
『……じゃあ、あの、嫌われた時には』
『慰めてやるから、さっさと行ってきな』
ということになるわけです。
持つべきものは友人ってね。最後に頼れる相手がいるってのは本当にもう……暖かいと言うか。
さて、娘さんのために嫌われに行くとしましょうか。なんて思いつつもなかなか一歩が出ず、『はよ行けっ!!』と尻尾でどつかれることになりまして。
よろけつつ、とにかく向かいます。竜舎を出て、屋敷に向かいます。
しっかし夜であれば、いきなり尋ねるのは迷惑かしらん? なんて、俺のウジウジしたところが引き返す理由を探し始めるのですが……おや?
いらっしゃいました。
リャナス家の放牧地です。そこに娘さんは立っておられました。じっと夜空を見つめておられました。
天体観測をされているのであれば、やはり邪魔するのは……って、いやいや。もういい加減それはいいから。
「サーリャさん?」
近づいて声をかけます。娘さんは「へ?」なんて俺に目を丸くされました。
「え、ノーラ? どうしたの?」
本題に出るのにはまだ勇気が足りませんので。ちょいと世間話ということで、俺もまた夜空を見つめさせてもらいます。
「星がキレイですが……えーと、そういう趣味ってありましたっけ?」
星を眺めるご趣味がってことですが、娘さんは苦笑で首を左右にされます。
「無いよ? でも、眠れなくってさ。私のじゃないけど大舞台なんだし」
どうやら緊張されてってことみたいです。俺のためなんかにわざわざ……なんて感動はそこそこにさせてもらいましょうかね。
本題に行きましょうか、本題に。きっかけは娘さんが与えて下さいそうでした。
「ノーラもそんな感じ? 緊張して眠れなくって散歩?」
その問いかけに、俺は首を左右にさせてもらいます。さてはて、あまり逡巡していると気力ゲージが底をつきそうですし。ラナの心遣いを裏切らないためにも、ここは……よし。
「サーリャさんにですね、ちょっとご相談がありまして」
うおー、言っちゃいましたですよ、うわー。「あ、ごめん。忙しいから」なんて言葉をつい期待しちゃいましたが、当然優しい娘さんであればそんなことはありません。
「私に相談? 珍しいけど、もちろんうん。私で役に立つならそれはもちろん」
笑顔で快諾していただけました。よって、さぁ本番です。どうやって本題を切り出すかって、あかん。んなこと考えてたら、いよいよメンタルポイントが尽きてまう。
ここはもうね。率直にいくしかないでしょうとも。
「実は……あの実は、私、人間に変化するための練習をしていまして」
娘さんは笑顔で頷かれます。
「そっか。ノーラは人間に変化するための……ん?」
笑顔のままで首をかしげられました。
「……は? 人間に変化する練習? え、なに? ノーラそんなことやってたの? っていうか、出来るの? テセオラだけの何かって理解してたけど、え、ノーラ出来ちゃうの?」
「え、えーと、はい。俺も出来るかなってことで練習を」
「え、いつから?」
「あー、カルバからの撤退戦の頃には」
「……他の皆さんは知ってたの?」
「えー、少ないですが俺の回りの人たちは……って、ひぃ!?」
悲鳴を漏らしてしまいましたが、それはですね。娘さんが俺の鼻面をつかんで、なかなかな目つきでメンチを切っておられるからでして。
「……なにそれ? コソコソしてるのは知ってたけどさ、でも隠したいのであればって知らないふりしてたけどさ。なんで私ばっかり仲間外れなのよ!! そんなに私が信用出来ないか!!」
めっちゃ怒られてますね、俺。表情がひきつるような気分を味わうわけですが、い、いやいやいや。決して娘さんを邪険にしたわけでは無くってですね。
「ご、誤解ですっ!! もちろん私はサーリャさんのことを誰よりも信用しておりまして……っ!!」
「だったら何で話さなかったのよっ!! そこに信用があるなんて誰が思えるもんですかっ!!」
そ、それはまぁ確かに。ただ……う、うーむ。どこから話せば良いのやらって、そこが難しいところです。まぁ、全て話すつもりですので。思いつくところをそのまま言葉にすればそれでいいですかね。
「え、えーと、どうしてもサーリャさんには話せない個人的な事情があったのでして」
「心の底から信用出来ないって?」
「ち、違いますってば。その……人間に成れたとして、それをサーリャさんには見せたくなかったと言いますか」
「は? やっぱりなんか信用がない感じ? 他の人が良いのに私はダメなの?」
「い、いやいや、そういうわけでは無く……あー、その……嫌われたくなかったので」
「はい?」
「人間の姿を見られてしまえば、サーリャさんに嫌われると思ったので」
娘さんは大きく首をかしげられました。
「私に嫌われる? それはえっと……どういう意味? その姿は、他の人には良くっても私には悪く見えるような感じなの?」
ちょっと『あ』でした。これはその……う、うむ。俺にとって娘さんは特別だって、それ口にしなきゃいけない流れだよなぁ。




