表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

349/366

第22話:俺と、前夜(1)

 で、光陰(こういん)矢の如しでした。


「しっかし、まさかこんな形で王都に戻ってくるなんてねぇ」


 そんなことをおっしゃりながら、娘さんは手にした荒布で俺を磨いて下さっています。普段であれば幸せそのものの時間でしたが、今日に限ってはまったくねぇ、そうねぇ。


 ここは王都のカミールさんのお屋敷でした。その、闇夜に沈んだ竜舎に俺はいるのですが、そうなのです。


 ついに来ちゃったんですよねぇ。ついに明日、俺とテセオラの討論会が開かれちゃうんです。


「大丈夫? 緊張してる?」

 

 俺の目を見つめての問いかけでしたが、俺は首を左右にすることになります。すると、娘さんは「そっか」と苦笑を浮かべられます。


「まぁ、ノーラだから。そんなわけがないと思うけど……大丈夫だから。私は騎手で、ノーラは騎竜。上手くいかなくたって当然。ま、適当にね」


 そうして、娘さんは俺の体調を気遣われたのでしょう。ちゃんと寝られるようにってことなのか、「それじゃ、また明日」とほほえみと共に去っていかれました。


 その去りゆく後ろ姿を見つめて俺は思うのです。本当、緊張してはいないんだよね。俺は……ただただ絶望しているわけで。


『……ひー』


 俺は思わず頭を抱えるのでした。こう器用にです。頭をぐねりと前足の下に潜り込ませて、なんとかそんな感じで。


 だって、もう、うわー。出来てませんもん。結局、人化とかさっぱり出来てませんもん。


『……なんか、アンタねぇ。結局そういうことか?』


 隣の竜舎からの呆れの声でした。目だけで見上げれば、首を伸ばしてきたラナが俺を見下ろしています。俺は頭を抱えたままで頷きを見せることに。


『……そう。さっぱり出来ないんだよ、さっぱり』


『まぁ、そんな感じなんだろうけどさ。ちゃんと相談したわけ?』


『相談?』


『人間に相談。人間だった時のことが原因で人間になれないって、それはちゃんと話したの?』


 それはもちろんでした。俺は再びの頷きです。


『したよ。アレクシアさんにもアルベールさんにも、親父さんにもハイゼさんにも。でも……ダメだった』


 本当、進退極まりましたからね。恥を忍んで、皆さんに相談させていただいたのです。ただ、その結果ですが、


『ダメだったか?』


『そう。ダメだったなぁ』


 皆さん、親身に聞いて下さったんですけどね。でも、ダメでした。さっぱりダメだったんです。心は軽くなったような感じはあっても、それは成果につながることは無く。


『何かなぁ? 何がいけないかなぁ?』


 うめいてもがくことになります。俺にしては、出来る努力はちゃんとしたと思うのですけどねぇ? 


『……で、サーリャには?』


『へ?』


 俺は首をかしげることになります。


『娘さん? 娘さんに相談したかってこと?』


『そりゃそれ以外にないでしょ』


『いや、してないけど』


『は? なんでさ?』


 なんでってそりゃあねぇ?


『あの人にだけは、俺が人間になれるなんて知って欲しくないし。人間になった俺なんて見られたくないし』


 であれば、相談なんてねぇ? あり得ないわけなんだけど、ラナは何故だか呆れのため息をついてきて。


『アンタねぇ? それこそダメなんじゃないの?』


『だ、ダメって言われてもなぁ。ここは譲れないというか……そこら辺が本当、俺の生きている理由みたいなところがあるし』


『でも、アンタが人に成れなかったら問題あるんでしょ? サーリャだって嫌な目に会うんじゃないの?』


『…………』


『覚悟決めなさいって。何が一番ダメなのよ? 何が一番アンタにとって嫌なことよ? そこ考えなきゃダメでしょ』


 俺は黙り込むしかありませんでした。なんかこう、もう……正論としか言いようが無いよな。

 

『……俺って、弱いからなぁ』


『知ってる。でもまぁ、安心しなさいな』


『へ? 安心?』


『私がいるから。私はアンタが何になろうが……まぁ、嫌いにはならないわよ』


 俺はラナの顔を見つめることになります。なんかもうね。本当これはね。


 俺は竜舎の中で立ち上がることになります。


『……じゃあ、あの、嫌われた時には』


『慰めてやるから、さっさと行ってきな』


 ということになるわけです。


 持つべきものは友人ってね。最後に頼れる相手がいるってのは本当にもう……暖かいと言うか。


 さて、娘さんのために嫌われに行くとしましょうか。なんて思いつつもなかなか一歩が出ず、『はよ行けっ!!』と尻尾でどつかれることになりまして。


 よろけつつ、とにかく向かいます。竜舎を出て、屋敷に向かいます。


 しっかし夜であれば、いきなり尋ねるのは迷惑かしらん? なんて、俺のウジウジしたところが引き返す理由を探し始めるのですが……おや?


 いらっしゃいました。


 リャナス家の放牧地です。そこに娘さんは立っておられました。じっと夜空を見つめておられました。


 天体観測をされているのであれば、やはり邪魔するのは……って、いやいや。もういい加減それはいいから。


「サーリャさん?」


 近づいて声をかけます。娘さんは「へ?」なんて俺に目を丸くされました。


「え、ノーラ? どうしたの?」


 本題に出るのにはまだ勇気が足りませんので。ちょいと世間話ということで、俺もまた夜空を見つめさせてもらいます。


「星がキレイですが……えーと、そういう趣味ってありましたっけ?」


 星を眺めるご趣味がってことですが、娘さんは苦笑で首を左右にされます。


「無いよ? でも、眠れなくってさ。私のじゃないけど大舞台なんだし」


 どうやら緊張されてってことみたいです。俺のためなんかにわざわざ……なんて感動はそこそこにさせてもらいましょうかね。


 本題に行きましょうか、本題に。きっかけは娘さんが与えて下さいそうでした。


「ノーラもそんな感じ? 緊張して眠れなくって散歩?」


 その問いかけに、俺は首を左右にさせてもらいます。さてはて、あまり逡巡(しゅんじゅん)していると気力ゲージが底をつきそうですし。ラナの心遣いを裏切らないためにも、ここは……よし。


「サーリャさんにですね、ちょっとご相談がありまして」


 うおー、言っちゃいましたですよ、うわー。「あ、ごめん。忙しいから」なんて言葉をつい期待しちゃいましたが、当然優しい娘さんであればそんなことはありません。


「私に相談? 珍しいけど、もちろんうん。私で役に立つならそれはもちろん」


 笑顔で快諾していただけました。よって、さぁ本番です。どうやって本題を切り出すかって、あかん。んなこと考えてたら、いよいよメンタルポイントが尽きてまう。


 ここはもうね。率直にいくしかないでしょうとも。


「実は……あの実は、私、人間に変化するための練習をしていまして」


 娘さんは笑顔で頷かれます。


「そっか。ノーラは人間に変化するための……ん?」


 笑顔のままで首をかしげられました。


「……は? 人間に変化する練習? え、なに? ノーラそんなことやってたの? っていうか、出来るの? テセオラだけの何かって理解してたけど、え、ノーラ出来ちゃうの?」


「え、えーと、はい。俺も出来るかなってことで練習を」


「え、いつから?」


「あー、カルバからの撤退戦の頃には」


「……他の皆さんは知ってたの?」


「えー、少ないですが俺の回りの人たちは……って、ひぃ!?」


 悲鳴を漏らしてしまいましたが、それはですね。娘さんが俺の鼻面をつかんで、なかなかな目つきでメンチを切っておられるからでして。


「……なにそれ? コソコソしてるのは知ってたけどさ、でも隠したいのであればって知らないふりしてたけどさ。なんで私ばっかり仲間外れなのよ!! そんなに私が信用出来ないか!!」


 めっちゃ怒られてますね、俺。表情がひきつるような気分を味わうわけですが、い、いやいやいや。決して娘さんを邪険にしたわけでは無くってですね。


「ご、誤解ですっ!! もちろん私はサーリャさんのことを誰よりも信用しておりまして……っ!!」


「だったら何で話さなかったのよっ!! そこに信用があるなんて誰が思えるもんですかっ!!」


 そ、それはまぁ確かに。ただ……う、うーむ。どこから話せば良いのやらって、そこが難しいところです。まぁ、全て話すつもりですので。思いつくところをそのまま言葉にすればそれでいいですかね。


「え、えーと、どうしてもサーリャさんには話せない個人的な事情があったのでして」


「心の底から信用出来ないって?」


「ち、違いますってば。その……人間に成れたとして、それをサーリャさんには見せたくなかったと言いますか」


「は? やっぱりなんか信用がない感じ? 他の人が良いのに私はダメなの?」


「い、いやいや、そういうわけでは無く……あー、その……嫌われたくなかったので」


「はい?」


「人間の姿を見られてしまえば、サーリャさんに嫌われると思ったので」


 娘さんは大きく首をかしげられました。


「私に嫌われる? それはえっと……どういう意味? その姿は、他の人には良くっても私には悪く見えるような感じなの?」


 ちょっと『あ』でした。これはその……う、うむ。俺にとって娘さんは特別だって、それ口にしなきゃいけない流れだよなぁ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ