第20話:俺と、まだ出来てません
『……さて』
とある森、その開けた一画です。
俺は目線を彷徨わせることになります。すぐに目的の存在は発見出来ました。大木の脇です。そこではラナが軽く丸くなりながら俺に目を向けています。
ということで、はい。俺は首筋を彼女に差し出します。
『ではあの、約束通りにトドメの方を……』
『……いっそ気の毒に思えてくるわね、アンタ』
言葉通り、ラナの視線には同情というか哀れみの感情がにじんでいるようでした。
ともあれ、そういうことです。この場には他にも同席者がいました。アヴァランテさんがキレイな犬ずわりをしているのですが、彼女は『ふーむ』なんて呟きをもらされます。
『なかなか出来ないものだな』
本当、そういうことです。俺は『はぁぁあああ』とため息をつかさせてもらうのでした。
結局、俺たちはハルベイユ侯領に戻って籠城っぽい状況を選ぶことになりました。
反攻に出られるような戦力なんてさっぱりありませんからね。その上で、近い内に討伐の軍勢が差向けられるのは想像に難しくなく。ハルベイユ侯領は山と森ばっかりで天然の要害みたいなところがありまして、ここで迎撃の体勢を整えているわけです。
ただ、地勢だけで覆せる不利ではありえません。よって俺です。今はハルベイユ侯の屋敷に仮住まいをさせてもらっているのですが、その近くの森でこうして人化の修行の方をね。
ただ……わははは。その成果はですね、まぁ、こんなもんでしてね、うははは。
『……うあぁ。死にてぇ』
こんな呟きだって漏れる状況なわけです。
『そもそもだが、貴殿には人に成れる素質はあるのか? 期待に応えるために、無理をしているだけでは?』
アヴァランテさんからは、そんな疑問の声だってもれてくるのでした。その疑問には納得しかありません。なにせ俺には人間になれる兆候するさっぱりですからね。ただ、
『なれる……そのはずなんですがねぇ』
元人間である俺だったら。しかし、この辺りの事情はごく一部の人にしか説明はしてはいません。アヴァランテさんは首をかしげての疑念の態度でした。
『ふーむ。そうは思えないがなぁ』
『いえ、でも出来るはずで……あの何かないでしょうか?』
『何がだ?』
『えー、なんといいますか、余計なことを考えずに目的にただまい進出来るようになる魔術とか』
自己変容の魔力なんてものが存在するのですから、そんな魔術も存在しそうなものですが。考えていただけているそうです。アヴァランテさんは軽く首をひねられます。
『……うーむ。まぁ、あることには間違いなくあるが』
『あ、やっぱりあるんですか?』
『精神性に影響を与える魔術だな。それはある。この世界のドラゴンがやけに大人しいのも、恐らくはその余波だろうし。お前たちの言う始祖竜ソームベルだが、それの自身への魔術が後裔たちに影響を与えているのだろう』
始祖竜とかいうワードに俺は思わず胃を痛くするのですが、それはともかく。俺は身を乗り出すことになります。
あるのね、そっかあるんだね。
これは状況を打破する一手になり得るのでは? そう期待するわけですが、アヴァランテさんは引き続き首をひねっていて。
『だが、難しいぞ? 術理は想像力だ。精神状態を変えようと思えば、自分が怒っている、悲しんでいると思い込める能力が必要になるし、そのための修練はなかなか以上に大変だろう』
『あー、すぐに実現ってわけにはいきませんか?』
『無理だ。それぐらいだったら薬に頼った方がいいだろう。こちらの世界にもあるんじゃないか? 依存性に問題はあるが、妙に高揚したり集中力が増すたぐいのアレだ』
『お、お薬はちょっと……』
効果的かもしれませんが、俺の倫理観、道徳観が否と叫んでいるわけで。抜け出せなくなったりしても困るしね。いやまぁ、俺の不甲斐なさで娘さんがどうこうなったら生きていられませんし。お薬も立派に選択肢に入ってくるような……
『ま、相談出来ているだけマシかもね。アンタは一体だったらウジウジ悩むことしか出来ないし』
ここでラナさんからの一言でしたが、それは確かに。相談出来ているだけ解決に近づいているような気分ではありますが。
『進展がなあ』
してないよなってことで。後は、俺の気持ちの問題っぽいんだけどなぁ。これはまったく、どうしたら良いのやらって話で。
『相談する相手を間違えてるんじゃないの?』
そしてラナでした。俺は首をかしげて見せることに。
『相談する相手?』
『そう。私たちは違うんじゃないかって』
私たち。それはドラゴンじゃダメなんじゃないかってことですかね?
『人間にすべきってこと?』
『そう。私たちじゃ、アンタの悩みを理解出来る感じがしないし』
アヴァランテさんが『ふむ?』なんて首をかしげておられましたが、それはそうでしょう。多分これは、俺が元人間だってラナに打ち明けたからこその発言でしょうし。
……人間に相談する……ねぇ?
正直、気乗りはしませんでした。みっともない前世のことを打ち明けて、変な風に思われるのは嫌ですし。ただでさえ情けないドラゴンなのに、それ以上に見損なわれるのはなぁ。
少なくとも娘さんにはもってのほか。ただ……どうしようもない現状であれば、それも……うーむ。
『あと、ノーラ。ちょっといい?』
『ん? また助言してくれるの?』
『違う。アンタは気づいていないみたいだけど、人間来てるわよ?』
俺はビクってなるのでした。
まさか娘さんが来ていて、人間に化ける特訓をしていることがバレるのでは? なんて思ったものですが、むむ? この足音は……
「ははは。面白い光景だな。ドラゴンばかりで人の姿が無くな」
そんな声かけがありましたが、近づいて来られたのはハイゼさんでした。俺はホッと一息です。この方は、俺が人化する特訓をしていることをご存知のお一人ですので。
「こんにちは、ハイゼさん。あの、どうされました?」
この問いかけには、安堵感は皆無でした。だってそりゃあね? 用事なんて分かりきっているのです。俺の様子を見に来られたに間違いなく、俺は「善処しているのですが……」ってがんばっているアピールしか出来ることは無いのです。
ただ、んー? 俺はハイゼさんの顔色をうかがうことになります。いつもにこやかなこの方なんですが、なんでしょう? どうにもそこにある笑みには、えーと同情? そんな感情が透けて見えるような。
「……えー、本当にあの、どんなご用事で?」
不吉の予感に思わず尋ねかけます。ハイゼさんは変わらずの表情で応じられます。
「どうにも不思議な状況になったようでな。カミール閣下がお呼びだ。すぐに屋敷に戻ってくれ」




