第18話【アルフォンソ視点】:テセオラ(1)
入室してきた男をアルフォンソは目を細めてみつめることになった。
(これが……テセオラなのか?)
普通とは言えない男ではあった。カルバ貴族風の衣装に身を包んでいるのだが、立派な体格をして、顔つきも悪くなかった。勇壮なと呼べるものであり、そこにある眼差しには自信の光がみなぎっている。
立派な風采の若者ではあった。しかし、この男がくだんの始祖竜なのか、どうか。今の様子からだけでは判別がつかない。
ともあれ、この男には礼儀はあるらしい。立って迎えたアルフォンソとケーラに対し、堂々とした仕草で頭を下げてくる。
「急な来訪をお許しいただき感謝します。私はテセオラと申します。まぁ、貴殿らにとっては始祖竜とした方が通りは良いかもしれませんが」
男――テセオラは目を細めた笑みを見せてくる。自称するところでは始祖竜らしいが、実際はどうなのか。もちろんまだ判別はつかない。
ケーラもまた男の素性に考えを巡らせているらしい。静かに目を光らせていたが、さすがに彼女のアルヴィル王家の女性だった。
礼儀には礼儀をということだ。男に対し、軽く頭を下げて見せた。
「これはご丁寧に。私はケーラ・アルヴィルと申しますが……始祖竜殿とは、なかなか面白い名乗り上げですわね?」
これに対し、テセオラはわずかに目を見張ってきた。
「ほぉ、面白いですか? 信じてはおられないということかな? 信じていただけたからこそ、お招きいただけたと思っていましたが」
「ふふふ。恥ずかしいですけど、私はそこまで素直ではありませんから。興味が湧いての今です。今の流行の名とは言え、始祖竜を名乗るお客様など、なかなか目にする機会がありませんので」
悠然としたところを見せるケーラであり、アルフォンソはさすがであると見直すことになる。始祖竜の名に右往左往しない様子は、アルヴィルの王家として非常に頼もしいものに彼の目には映った。
ともあれ大事なのは本題だ。この男が本当にくだんのテセオラなのかどうかだが、アルフォンソにもまた言及する機会は恵まれそうだった。
「そちらの方もどうかな? 信じてはいただけないのだろうか?」
男が微笑を浮かべながらにアルフォンソに目を移してきた。すかさずケーラがにこやかに紹介を始める。
「彼はアルフォンソ・ギュネイです。有名人ですけど、ご存知ではなく?」
「あぁ。もちろん知っている。我らの素晴らしき新たな友人と聞いているが……そう言えば、お会いする機会には恵まれませんでしたな」
少なくとも、自身とテセオラがまだ会えていないことは知っているらしい。アルフォンソは表面上はにこやかにテセオラに頷きを見せる。
「まったくその通りで。残念ながら面会は許されずじまいとなりました」
「それはすまないことをしたが、ご理解いただけるとありがたい。何分、周囲が過保護なものでな」
その発言は光景として理解出来るのだった。テセオラの周囲だ。立派な身なりと体格をした男たちが五人、目を光らせて彼を囲んでいる。
護衛と理解出来た。少なくとも、それだけの注意を払われるべき人物だと理解出来るのだが……
「単刀直入にお願いしますわ。いっそのこと、ドラゴンになっていただけないでしょうか? そうでもして下さらないと、私たちとしても態度を決めかねるのですけれど」
ケーラが言葉通りに鋭く切り込む。テセオラを名乗る男は笑顔で応じてきた。
「なるほど。では……」
アルフォンソは目を見張ることになった。男の姿が揺らいだのだ。にじむように揺らいで形を失い、その向こうには金色のドラゴンの姿が確かにあった。
「……この部屋の広さでは、竜種に変じるとまではいかないもので。どうでしょうかな?」
気がつけば、そこには今まで通りに男が立っていた。そして、にこやかにアルフォンソとケーラの反応をうかがってきている。
状況とこの現象。当人だと理解するのが妥当のようだった。視線を向けてきたケーラにアルフォンソは頷きを送る。ケーラは笑みでテセオラに頷きを見せる。
「お手数おかけしましたが、おかげで納得が出来ました。どうやら、貴方がそのテセオラ殿のようで」
「ご理解いただけたようで幸いです」
「しかし、そのテセオラ殿がいかがされたので? 私にお会いに来て下さったようですが」
当然の疑問であり、アルフォンソは内心で頷くことになる。
この男が始祖竜だとして、問題はそこだった。一体、何を目的にこの場所を訪れてきたのか。
「それはもちろん説明させていただきましょう。しかし……ふふ」
不意に、テセオラは妙な笑い声を漏らしてきた。その意味は何なのか。説明はなく、しかし彼は自身の護衛たちに視線を移した。
「悪いが外してくれないか? これでは気楽な歓談とはいくまい?」
「し、しかし、それではお身が……」
「心配はない。下がってくれ」
何を思ったのか、護衛たちを部屋の外に下がらせたのだった。その上で、彼は苦笑に似た表情をアルフォンソたちに向けてくる。
「しかし、まったく……面白い。貴殿らは、始祖竜に動じるところがないのだな?」
意図は分からなかったが、ケーラが泰然とそれに応じる。
「ふふふ、そうですね。多少、慣れがあるかもしれませんね」
「慣れ? それはもしかして彼か? ノーラというこの国の始祖竜か?」
「あら、ご存知で? まぁ、そういうことです。人間臭いドラゴンを知っているものですから、ねぇ?」
ケーラが笑顔で目配せをしてくる。実際のところ、アルフォンソはノーラという存在をよくは知らない。自分の目的を邪魔してくれた、忌まわしい存在という程度の認識だ。
しかし、敵の前で停滞を見せるようなことは政治家として許らされなかった。すかさず応じる。
「そうなりますな。ですので、人に転じることが出来るとしてもそれほど」
余裕を見せるためにもアルフォンソは笑みで応じる。すると何が楽しいのか。テセオラは目に見えて楽しそうな笑みを浮かべた。
「くくく……本当に愉快だな。不思議なものだ。私が出会う大人物は、何故か敵か敵だったものばかりになるな」
アルフォンソは目を細めることになる。社交辞令や褒め言葉とばかりには受け取れなかったのだ。カルバの凶行の理由はあるいはその辺りにあるのではないか? カルバにロクな人材がいないということが、この現状につながっているのでは思わされたのだ。
なんにせよ、社交辞令として応じるべき発言だった。アルフォンソは「ははは」と軽い笑い声をもらし、ケーラもまた同様のふるまいを見せる。
「ふふふ、まったくお上手で。さ、ともあれ立ち話もなんですから」
ケーラの勧めで、それぞれが椅子に着くことになる。そして、早速だ。そのケーラは、目を光らせながらに唇を開いた。
「では、ご用件をうかがいましょうか。わざわざ、この屋敷にいる私を探し出されたようですが、そこにある目的は何でしょうか?」
そして、テセオラもまた言葉を無駄に弄するタチではないらしい。彼は即座に笑みで頷いた。
「では、早速失礼しよう。ケーラ殿はカミール・リャナスと懇意にされているという話だな?」
アルフォンソは身構えることになった。自身にとっても敵であったカミールだったが、同時にカルバにとっても最大の障壁だったのがあの男だ。
その関係から、不条理ではあるものの何かしらの処罰がケーラに下るのかと思えたのだ。ケーラにも同様の思いはあるらしい。彼女は「あら?」などと、わざとらしく首をかしげてみせた。
「彼との交流は、何かしらの罪科に値するものだったのかしら?」
「ははは。そういった妙な話では無ければ安心するといい」
一安心する一方で、内心首をかしげるアルフォンソだった。であれば、この男がカミールの名を出してきた理由は何なのか。
「カミール・リャナスを我々に降らせる方法。かの者と懇意にされていた貴殿であれば、何か思いつくところがあるのかと思ったのだ」
どうやら、それが理由らしかった。ケーラが変わらず首をかしげながらに応じる。
「カミールを降らせる方法? それは軍門に降らせるという意味の話でしょうか?」
「そうなる。私はな、彼を味方にしたいのだ」
「味方に? へぇ。良い敵になると思いますけれどね」
その思いはアルフォンソにもあった。彼もテセオラについては出来る限りで調べ上げていたのだ。
戦いばかりを求め、現在のカルバの暴走もそれに起因する。そう聞いていれば、味方にするという言葉には違和感しかなかった。
しかし、実際はどうなのか。2人を前に、テセオラはニヤリと笑みを深めてきた。




