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第17話【アルフォンソ視点】:王女との会合

 王都にて、アルフォンソは懐かしい顔に会っていた。


「これはこれは。噂の裏切り者殿にご挨拶に来ていただけるなんてね」


 そして、手厳しい挨拶を受けているのだった。


 アルヴィル王都。そこには他国の賓客を迎えるための王家の屋敷がいくつもあるのだが、その1つ、その一室だ。


 アルフォンソの前には、1人の貴婦人が立っていた。緋色のドレスに身を包んだ長身の美しい女性。


 ケーラ・アルヴィル。


 彼は知っていた。彼女は美しいだけではない。おそらくは王家の中で唯一政治が分かる女性であり、尊敬に値するだけの人間であると。


 唯一の欠点としては、カミールと懇意にしていることが上げられるのだが、いずれにせよ彼女はアルフォンソが敬意を抱く女性だった。だからこそである。彼女の挨拶にアルフォンソは深々と頭を下げるしかなかった。


「この度はまことに…恥ずかしくもこのような……」


「あはは、いやぁね。冗談よ、冗談。さ、座りなさいな。ひとまず落ち着いて紅茶でもね?」

 

 そうしてケーラは瀟洒(しょうしゃ)な長椅子に腰を下ろしたが……アルフォンソは驚きの目で彼女を見つめるのだった。


「……お怒りではないのですか?」


「ふふふ。まぁ、色々と思うところはあるけれど、死にそうな顔をしている人間には何も言えないでしょ? 貴方も大変だったわねぇ。自業自得とは言えるけど、バカな信者を持つと苦労するわね?」


「そう理解して下さるのですか」


「一応、私は貴方をそれなりに知っているつもりだから。良いから早く座りなさいな。そして今日の用件についてね?」


 アルフォンソは頷いて、ケーラの真向かいに腰を下ろす。


 この対面はアルフォンソが願ったものだった。ケーラに……王家に伝えることがあってこの場を設けてもらったのだ。


「ケーラ様。ギュネイ家は、カルバ王家と手を握ることなりました」


「信者どもの先走りを真にしたってことね」


「は。ですが、もちろん我らが心はカルバになどはございません」


 これがアルフォンソの用件だった。ケーラは聡明な女性であれな、意図は十分に伝わったらしい。苦笑を浮かべて頷いてきた。


「そうだろうと思ったけど、なるほどね。カルバの中より、私たちを守って下さると?」


「それ以外に、私には出来ることが思いつかず……申し訳ありません」


 それが、彼が苦渋の末に選んだ道だった。


 始祖竜擁するカルバにアルヴィル王家は降伏を選んだ。そして、すでにアルヴィルの諸侯はカルバに降る道を選んでいる。


 ここから挽回を期するのは難しいを超えて不可能。アルヴィルから、カルバを駆逐することは出来ない。そう判断したアルフォンソはカルバに取り込まれる道を選んだ。カルバの重臣として、内からアルヴィル王家を守り抜くと決意したのだ。


「……しかし、ごめんなさいね」


 彼は目を見張ることになった。この選択への反応は、あるとすれば罵倒だと思っていたのだ。だが、実際にケーラが口にしたのは明確な謝罪の言葉であり。


「ケーラ様?」


「私も陛下をお止めさせてはいただいたのだけどね。ギュネイ家が寝返るはずもなければ、妙なことは考えないようにって。でも……ダメだったわねぇ」


 ケーラは「はぁ」と苦笑でため息をついた。


「始祖竜を擁するカルバが西から王都を目指しているってね。日々怯えて神経を擦り減られておられたから。ギュネイ家が寝返ったってお耳にされたらもうダメだったわ。もはや王家に味方はいないって、降伏するしかないってね」


 アルフォンソにとって胸を痛めるしかない話だった。頭を下げることにもなった。


「まったくもって……申し開きのしようもなく……」


「あはは、だからもう良いわよ。何を言っても過去が変わるわけでもないし。しかし、不思議なものね?」


「不思議……ですか?」


「えぇ。まさか、たかが一体のドラゴン程度にこうも世の中が乱されるなんて」


 たかが一体のドラゴン。その言葉が指しているものをアルフォンソは咄嗟に理解は出来なかった。


「……まさかカルバの始祖竜のお話で?」


「他に何かある?」


「たかが一体でしょうか?」


「それはそうよ。たかが言葉をあやつって、魔術を使って、人に化ける程度よ? その程度の存在が、本来一体何が出来るっていうのよ?」


 笑顔でのケーラだった。それに対しアルフォンソは……しばし考えた末に頷いた。


「そうですな。本来であればそうでしょうな」


「戦力にはなるかもしれないけど、それだけよ? 言葉を操って、人になれるぐらいで何? そんなの十分に人間で間に合っているでしょ?」


「確かに。ですが……やはり始祖竜となれば」


「見てしまうのかしらねぇ? 実態以上の大きなものを」


 アルフォンソは再びの頷きだった。


「左様でしょうな。人に転じるとなれば、伝説にある始祖竜そのもので」


「箔もついてしまったものねぇ。突如現れたと思えば、窮地であったカルバの反乱軍を勝利に導き」


「さらには、その威名をもってアルヴィルの王家を降伏させた……と」


 ケーラは苦笑で長椅子に背を預けた。


「本当にねぇ? もう、王家に忠誠を尽くしているのなんて貴方ぐらいじゃないの? 誰もかれもが、もう始祖竜さま始祖竜さまよ」


「まったく……嘆かわしいもので」


「虚実に忠誠を奪われるのは王家の恥よねぇ。それで……何かないかしら?」


 アルフォンソは王家に忠誠を誓っている。

 

 だが、人物として一番買っているのは王位に無いこの王女であり、彼は自身の感性の正しさを実感するのだった。彼女の目を細めての笑みには為政者として凄みがにじみでていた。


「……あと十年も、この件が遅ければと思えてなりません」


「私が王位を継いでいたらって? ははは、買いかぶっていただいて恐縮なんだけど、それよりも本題よ。何かないかしらね? あの始祖竜の虚実を引き剥がす何か良い方法は?」


 それは彼も常々考えていたことであれば、即答は可能だった。


「つまづいてもらう。それぐらいでしょうか」


「快進撃に終止符をって話? まぁ、それくらいになるわよねぇ」


「始祖竜の加護の下に敵は無し。このような盲信を引き剥がすにはやはり」


「ハルベイユ侯なんかはけっこう良いところまでいったみたいね? でも、次は……どうかしらねぇ。カミールはまだやる気みたいだけど劣勢だから」


 アルフォンソは頷かざるを得なかった。リャナス一門の残党や、その協力者たちは戦うつもりのようだが、そこに見込みがあればアルファンソはすでに協力を願い出ていた。


 あまりにも多勢に無勢であるのだ。そこに始祖竜の威力があれば万が一の勝ち目もない。だからこそ彼はカルバに与する道を選んでいた。アルヴィル国内において、テセオラの快進撃が止まる可能性はあり得ないと踏んでいるのだ。


 であれば、この状況を打破するにはどうすれば良いのか?


「……この状況は、我々の手札で覆すのは難しいかと」


 自身の才覚に強烈な自負を持つアルフォンソだった。だが、そんな彼にも口に出来ることは情けない敗北宣言しかない。


「そうねぇ。なかなかねぇ」


 ケーラの口から漏れるものも、アルフォンソへの同意でしかない。ただ。アルフォンソはにわかに首をかしげることになった。


 ケーラの表情だ。それが自身のものとは大きく違ったのだ。


「ケーラ様?」


「ねぇ、アルフォンソ? その始祖竜もどきには私は会えないものかしら?」


 彼女は表情に微笑すらたたえていた。気になる表情ではあったが、ともあれアルフォンソは彼女の疑問に答えることになる。


「やはり始祖竜はカルバにとって虎の子ですからな。協力者であるはずの私であっても、対面はまだ一度も」


「とすると、私じゃなおさらかしらね?」


「おそらくは。しかし……ケーラ様?  何故始祖竜との対面など? まさか暗殺を?」


 人の姿であれば、人の身でも仕留めようがある。そんな発想があっての発言かと思ったのだ。ただ、ケーラは苦笑で首を左右にしてくる。


「まさか。出来るのならやってみてもいいけど、相手は異常なドラゴンだし、相当な警戒の中じゃあねぇ? そもそも、それが出来るのであれば、貴方がすでに実行しているでしょ?」


「それはその通りですが、それでは?」


「大した話じゃないわよ? 会ってみたからこそ見えてくる弱点みたいなのがあるかもしれないでしょ?」


 どうやら、先ほどの笑みはある種の闘志の表れのようだった。アルヴィル王家の人間として、諦めて現状に流されるつもりは無い、と。


 そうなるとアルフォンソとしても負けてはいられなかった。アルヴィル第一の忠臣として、彼女の意図を遂げる方策を考えなければならない。


 そして、深い思索に入った矢先だった。応接間の扉が軽くコンコンと音を立てる。「あら?」とケーラが軽く首をかしげる。


「込み入った話があればと言っておいたのだけどね。いいかしら?」


「は。もちろん」


「どうぞ。入りなさいな」


 入ってきたのはケーラの侍女らしき女性だったが、アルフォンソは彼女が何を告げてくるのかと注意深く耳をかたむけることになる。


 ケーラとアルフォンソ。アルヴィルを代表する二代巨頭の会談に割って入っての注進なのだ。昨今の情勢を考えれば、他愛ない用件であるとは彼には思えなかった。


 侍女は困惑の表情で言葉を告げてくる。


「ケーラ様にお客様のようで、その……強引なお客様で名前を知れば会わざるを得ないなどと……テセオラ様とおっしゃっていましたが」


 アルフォンソは思わずケーラと顔を見合わせることになる。驚きがあってのことだが、彼女はと言えば「ふーむ」などと軽く首をかしげていた。


「これは……ツキがあるってことで良いのかしらね?」


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