第16話:俺と、ラナとの夜
んで、夜です。
『……うーん。うぅーむ』
まぁ、いつも通りでした。
木の杭が並び、そこに縄でつながれたドラゴンが並ぶって戦地らしいドラゴンの集積地です。そこに俺はいました。丸くなって、うんうんうなっているのでした。
だってねぇ?
別にうなったところで何も解決しないだけどね? でも、こんな状況じゃあね? 泰然とかまえるなんて俺には無理な話でね?
そして、これもいつも通りでした。
『んがぁもう!! 毎晩うっさいっての!!』
隣で丸くなっているラナが吠えかかってきました。安眠の邪魔をしてくれるなってことですよね。
まぁ、だったら隣で寝なければいいのにって話ではありますが。俺も気を使って集積地の外れで寝てますし。
ただ、そんなことはともあれです。俺は思わずラナの顔を見つめます。その凶暴性を秘めた鋭い牙を見つめます。
『……いざという時にはね? 首をガブってね、お願いね?』
『……え、なにそれ? ちょっと怖いんだけど』
俺はあのラナをドン引きさせることに成功したのでした。我ながら意味の分からない発言だからね、仕方ないね。
でも、正直な本心でした。もう本当、俺がふがいないせいで娘さんたちがひどい目に会ったら耐えられないからなぁ。その時には是非とも、ラナに引導をってそんな気分であって。
うん。なんかけっこう病んでますかね、俺。そんな俺の様子は彼女を心配させるものだったらしく。ラナはどこか心配そうな眼差しを俺に向けてきます。
『アンタねぇ……そもそも何なのよ? 最近ずっと、一体何で悩んでるわけ?』
ラナを信用していないわけじゃないんだけど、娘さんに伝わる可能性は出来るだけ低くしておきたかったので。
俺が人化の練習をしていることはラナには話していなかったのでした。でも……そろそろなぁ。誰にも相談せずってのは無理かなぁ。
『えーと、実は……俺は今、人間に変化するための練習をしてまして』
打ち明けて、俺の頭に浮かんだのはいつぞやの夜でした。娘さんに媚びたいのかテメェキモっ! みたいな罵声を浴びたもんですが、今日もその再現になるのかどうか。
『……なるほど。なんで練習をしているかは知らないけど、なりたくもない人間にね。そういうことか』
ふっつうに理解してもらえました。そう言えば、人間になんかなりたくない旨をその時に伝えていたっけね。そのことをしっかりと覚えていてくれたようです。
その上で、ラナさんは賢いお方でした。
『で、アンタがこんなに悩んでいるってことは、アンタが人間になれればこの状況は変わるって? なんか、大変なことになってるんでしょ?』
『そ、そうそう。今は本当に大変な状況で……』
『そうだとは思ったけど、そういうことか。アンタって、いっつも変なところで必要とされるわよねぇ』
なんか知能知数でラナにダブルスコアをつけられているような予感が。ともあれ、本当にその通りであれば、俺は何度も頷きをみせます。
『う、うんうん。そう、そういうこと。本当、人間になれずにってそんな感じ』
『ふーん。じゃあ、そう言えばいいじゃん』
『はい?』
『俺は人間にはなれませんって。なれないものは仕方ないんだし、それで終わる話でしょ?』
なんか、ラナらしいさっぱりとした結論でした。ただ、残念ながら、それで終わる話じゃないんだよなぁ。
『えーと、それでは終わらないっていうか、終わらせられないっていうか』
『ん? じゃあ、成れるわけ? 成れそうなわけ?』
『い、いや? でも、成れるとは思うんだよ』
『は? じゃあ、成ればいいじゃん』
『そ、そう簡単には……成れるとは思うんだけど、成れなくて困ってるって言うか……』
ラナは眉間に大きく谷を作ったのでした。
『……分からん。アンタが何を言っているのかさっぱり分からん』
だよねーって感じでした。この辺りを説明しようと思えば俺の前世について説明する必要があるけど……うん。
あまり口にはしたくないんだけどね。ただ、俺のために真面目に頭を悩ませてくれているラナを見ると、そりゃあね。
『……元々、俺って人間だったんだよね』
前世なんて言うと、その概念から説明が必要そうだったからこんな物言いになりました。ラナは『はぁ?』なんて戸惑いを口にしてきた。
『アンタが? は、いつよ? 昔からアンタはそんな感じだったんじゃないの』
『そうなんだけど、それよりも前にって言うか。そういう時が俺にはあったんだよ』
本当、人間臭くなったよなぁ。ラナはぐねりと首をひねっていました。まぁ、ワケ分かんない話だしね。信じてはもらえないかなぁと思っていたのですが、
『……まぁ、アンタは嘘とか言わないしね』
なんか信頼を向けてもらえたみたいです。これまた人間臭く頷きを見せてきました。
『分かった。そういうことにしとく。で、何? 元々人間だったから人間になれるって?』
『あー、そんな感じ。人間に化けるのも魔術らしいんだけど、魔術って想像出来ないとでしょ? 元人間の俺だったら出来るはずなんだよ。他のドラゴンには出来なくっても、俺だったら間違いなく』
そう言えば、テセオラはどうなんですかねぇとか思うのですが、それは今はどうでもいいか。ラナは『ふーん』と一応の同意を示してきます。
『理屈はそれっぽいかもね。じゃあ何? それでアンタが出来ないのはどうして?』
そしての核心でした。俺がもっとも頭を悩ませてきたことですね。もちろん確信なんてありませんが、あるとすればそれは……
『嫌い……だからかな』
『嫌い?』
『そう。人間だった時の自分がさ』
ラナは首をかしげて見せてきます。
『嫌いって……自分が嫌いだったの?』
『そうなるね』
『そんな嫌なヤツだった?』
『どうだろう。そういう嫌いじゃなくって、なんて言うかな。思い出したくもないって言うか。ただただ、嫌な思い出って言うか』
『ふーむ?』
『でも、やっぱり嫌なヤツだったかな。そりゃ人に好かれないだろうって人間だったと思う。俺は……そんなアレに戻りたくないから。みんなに嫌われたくないから』
だから、出来るのに出来ないってことになっているのだろうけど、やっぱり分かりにくい話だったよなぁ。
ラナは黙り込んだ。理解しようと努力してくれているのかどうか。別に考える必要は無いから。そう伝えさせてもらおうと思った、その時でした。
『……そっか。なんでアンタが昔からウジウジしてんのか、その理由が分かった気がする』
そんなことを口にしてきました。ラナはじっと俺の目を見つめてきます。
『それ、そんなに重要なこと?』
『へ?』
『今のアンタはさ、色々なのに好かれてるじゃない? だったらそれでいいじゃない。アンタが昔の姿に戻ったところで、誰もアンタを嫌いになったりしないわよ。私も……そうよ。そういうところが重要じゃないの?』
俺は瞬きを忘れてラナを見つめることになりました。
なんと言うかその……正直嬉しかったっていうか。こんなことを言ってもらえて、暖かいものを確かに感じたって言うか。
だよね、そうだよね!
そう返したくはなりました。ただ……うーん、ただ……
『ごめん。やっぱりあー、気になっちゃうんだよ』
俺は弱いから。
どうしても忘れることは出来ない。どうしても過去を恐れざるを得ない。
ラナは『はぁ』とひと息でした。
『そっか。まぁ、アンタが人間だったのならね。私じゃあそうね。ドラゴンじゃあまぁ、アンタの気持ちを理解するのは……そうね』
俺はそういうわけじゃないと首を左右にさせてもらいます。
これ以降は沈黙でした。暗闇の底で、ただただドラゴンの寝息ばかりが響いていました。




